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サハル・ルンジーエ  作者: 在原白珪
第1章
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2話1 私が先生!?

「そろそろお時間ですね」

 鹿の子さんは懐中時計を確認する。

「何だ?」

 猪目さんが尋ねる。

「女王さまに謁見します。一時的にでも人間界に帰れないかお願いしようと」

「そうか。ま、念押しってのは必要だよな。同行するよ」

 そうして私たちは三人揃って女王さまの仕事部屋に向かう。そこまでの廊下もやはり壁に絵が描かれていて美しい。よく考えてみれば、これだけでも異世界の証明になったのかもしれない。

 女王さまの仕事部屋の扉には猪目さんとは違う格好の、恐らく衛兵が二人、控えていた。鹿の子さんからの連絡は行っていたのだろうが、猪目さんの顔を確認して私が要人だと分かったらしく、通してもらえた。

 今日も女王さまは美しい。昨日と変わらない刺繡糸のようなきらきらの髪に、昨日とは違う花畑のようなドレス。傍に控えているの女性たちの中に、しかめっ面のおばさんがいる。彼女がメイド長だろうか。

 女王さまの仕事部屋は、シンプルだが豪華な、少なくとも私にとっては落ち着かない雰囲気だ。光沢のある大花柄の絨毯に、重そうなチョコレート色の机、革張りの椅子、金のフレームの中に街並みが見える窓。そこから差し込む日が後光となって女王さまを照らす。私を真ん中にして、鹿の子さんと猪目さんは少し後ろに立っている。自然と背筋が真っすぐになる。

「おはようございます、人間さま。おっしゃりたいことは分かっているつもりですが、どうぞおっしゃってください」

 女王さまは私という人間を見透かしていて、それをすべて受け止めるような姿勢だ。私は恐れながら申し上げた。

「一時的にでもよいので、人間界に帰れませんでしょうか? せめて家族と仕事場だけにでも連絡をしたいのです」

 女王さまの表情は変わらない。

「申し訳ありません。昨日お伝えした通り、人間界と妖精界を行き来するには大量の魔力が必要で、すぐには貯めることができません」

「貯めるのに、どのくらいかかるのですか?」

「人間さまだけを行き来となると、行きと帰りでそれぞれ五年ずつ。つまり、行ってすぐに戻れるようにするには十年かかります。昨日の儀式も、五年前から計画されていたもので……」

 十年! 十年もしていたら結婚適齢期ぎりぎりになってしまう!

「二つの世界を繋ぐ扉を作るのに、強大な魔力が必要なのです。通る人数が多いほど多くの魔力が必要で、魔力の強い妖精だけなら本人の魔力を使えばいいのですが、人間さまをお連れするには、魔力を持っていない人間さまの分までカバーしなければならず、難しいのです」

「そんな……」

 女王さまの側に控えているメイドたちは平然とした顔をしている。彼女たちは私を召喚するまでの五年間を知っているのだろう。そんな大企画を急にもう一回やれなんて、失礼だったかもしれない。でも……

「お気持ちは分かります。ですからここで一つ、提案をさせていただきます。これは何度か一時帰宅される場合にも、ずっと妖精界から離れられる場合にも有効です」

 女王さまは手を叩く。すると、メイドたちが黒板とチョークを持ってきた。何かの説明をするのだろうか。

「妖精によって、持つ魔力の大きさは違います。生まれつきの部分はありますが、訓練によって強化することができます。そこで、人間さまを人間界へお連れできるだけの大きな魔力を持つ者たちを育てることにします。騎士や官僚、学者など、教養や強い魔力を必要とする職業を志望する若者たちが集まる学校がいくつかありますので、その中から優秀なものを選び、自薦も募ります」

 女王さまの口頭説明に合わせるように、若いメイドがすらすらと図を描く。いくつかある学校とは、図からするに中学校や高校のようなものらしい。

「しかし、魔力だけではいけません。人間さまが一時帰宅なさる場合はご家族や職場の方と連絡を取られる間、あるいは、もう妖精界を離れられる場合には数年間、人間界で妖精だと知られないよう振舞う必要がありますから、その者は人間界での作法や常識を知っていなければなりません」

「妖精だとバレてはいけないのですか?」

「あちらで妖精がいる、となれば大騒ぎになって身に危険が及ぶ、と前の人間さまがおっしゃいました」

 確かに。

「行方不明になっている人間界に送った者は、気難しい前の人間さまからなんとか教わった最後の妖精でした。それで、今回はその教育を人間さまにお願いしたいのです」

「私が?」

 女王さまはにっこりとした。

「さあ、お選びください。このままじっと十年間待たれるか、若者たちの先生となられるか」

 私は唾を飲みこんだ。

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