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サハル・ルンジーエ  作者: 在原白珪
第2章
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7話4 火山の前のサル

「薊、ここからは慎重に動け」

 予想外の言葉だった。

「今までも十分ビビってただろ?」

「違う。中々に強い魔力を感じるよ。魔法を使った気配もある。ただの遊園地従業員とは思えないくらいの」

「あ?」

 俺の魔力は弱い。塾の中では、って意味だけど、周囲の魔力をうまく感じ取ることはできない。ネズミだろうがサルだろうが火山の前に立っても、それを丘なのか火山なのか理解できないみたいに。だから普段は、分かる奴の言うことを信じるしかないんだが、今の子手毬はダメそうだし……どうかな。

「でもさ、進まねえと出られねえから。ほら、大学生がバイトしてるのかも。行くぞ」

 俺はずんずん進んでいく。

 右手の壁に、隠し扉のような切れ目。ここから何か出てきそうだ。俺はそこに注意する。

 予想通り、隠し扉が動く。でもそこには何もない。

「え?」

 拍子抜けしていると、天井から何か小さいものが振動する音がする。見上げると、ハチの群れ!

「サハル・ルンジーエ!」

 子手毬が呪文を唱えて、俺たちに防壁を張る。

「何だこれ! 怖がらせる方向性が違うんじゃねえの!?」

「全くだよ……」

 子手毬はため息をつく。

 すると、天井がまた音を鳴らした。

「ウオハモ・ナムカ」

 天井から女の子が飛び降りてきて、蹴りで子手毬の防壁を壊した。

「嘘だろ!?」

 その子は五月雨とか汐くらいの背で、長い青い髪に、緑の目、黒いマントとドレス、そして聞きなれない呪文――悪魔の眷属、ネオンだ。子手毬はもう一度防壁を張り直す。

「『嘘だろ』はボクの台詞。さっきまでの妖精はここで卒倒してくれたのに。でもお姉さん、そんなことしなくてもいいよ。この子たちは全部ボクの幻影だから」

 ハチの群れは姿を消す。そして防壁も消える。……あれ、今こいつ、子手毬のこと『お姉さん』って呼んだけど、聞き間違いか?

「それに、あなたの魔法じゃ弱くて役に立たない。――ウオハモ・ナムカ」

 ネオンが唱えると、俺たちの目の前に突如、ドラゴンが現れた。ドラゴンは不自然にかくかくと動いて、口を開けた。喉の奥に、赤い光が見える。……炎を吐くつもりだ! でも子手毬の魔法で対抗できないなら、俺の魔法でも対抗できない。

 俺はとっさに子手毬の前に立って腕をかざす。

「馬鹿! 薊!」


 ……終わった。そう思ったが、俺はしっかり足二本で立っていた。熱くも痛くもない。炎も、ハチの群れと同じ幻だったみたいだ。ついでにドラゴンは、もともとここにあったデカめの人形を操っていたみたいで、動かなくなった。

「は?」

 呆れる俺たちを、ネオンは箒に座って上から眺めている。

「お兄さん、薊っていうの?」

 ネオンが聞いてくる。

「ああ。そうだ」

「やっぱり、人間の先生のところの妖精……危なかった。じゃ、これで」

 ネオンは飛んでいこうとする。

「いや、ちょっと待て!」

 俺はジャンプしてネオンの靴を掴んで足止めする。

「お前、何がしたかったんだよ!」

「触らないで」

 ネオンは俺に掴まれたままの足で俺の顔をこつこつと蹴る。何か、重い鎖みたいなものがでこに当たってる気がするけど、そんなものは見えない。これも魔法か? いや、ひるんでる場合じゃない。マキよりちょっと小さいくらいの子どもがこんなことをしてて、ほっといていい訳が無い!

「箒から下りて正座!」

 俺は声を張った。

「は?」

 ネオンは顔色を変える。

「なんでそんなこと」

「いいから正座!」

 根気強く言いながら、掴んでいる足を下に引っ張る。

「分かった! 下りるから……」

 ネオンは諦めたのか箒から下りて、でも立ったままなのでもう一度言うと、正座ではなく姿勢の悪い三角座りになった。ここで俺は妥協する。

「聞く。なんでここで妖精を襲う?」

「ここで待ってるだけで怖がってる妖精がたくさん来るから、心のカケラを奪いやすいんだ。それに、ちょっとずつならばれにくいし」

 心のカケラ――こいつにそれを取られると、しばらく無気力で魔法が使えなくなるってやつか。

「なんでそんなことするんだよ! ここには怖がりに来てるが、楽しみにも来てるんだ! それを邪魔するんじゃねえ!」

 俺は全力のデカい声で叱った。ネオンは嫌そうな顔をする。

「知らない。ボクだって命令されてやってるんだから、効率的にやらせてよ」

「他人を傷つけることに効率とか言うな! どんだけ責任が重いことか知らねえのか!」

 ネオンは自分の髪を指で遊ぶ。

「……やっぱり、騒がしいところは嫌だな」

 ネオンはそう言って立った。

「おい、待て!」

 俺の制止は効かず、ネオンは空間移動魔法で姿を消した。俺も子手毬もできない魔法をこうもあっさり使われると、もう悔しささえ感じない。

「何だったんだ、あいつ」

「薊、無事か!」

 子手毬にケガがないか確認される。

「ああ。とりあえず、外に出よう」

 俺も子手毬も、魔物屋敷を堪能することを忘れて走って順路を進み、あっという間に勝手口にたどり着いた。昼の青空がまぶしい。

 そして子手毬は、いきなり俺の頬をはたいた。

「弱いくせに、ボクの盾になったり、悪魔の眷属に説教したりなんてするんじゃない! もし本当に攻撃されたらどうするつもりだったんだ!」

 子手毬は俺を叱った。いつもの声だ。

「悪い。でも攻撃されなかった。ネオン、俺のこと『人間の先生のところの』って言ってたな。それで攻撃しなかったのか?」

「なぜ知っているんだ? それでなぜ、塾に通っていることが攻撃しない理由になる?」

 俺たちは悩む。

「ところでさ、さっきネオン、子手毬のこと『お姉さん』って呼んでたな。間違われてやんの」

「えっ……」

 子手毬は言葉を詰まらせてそっぽを向く。

「何だよ」

「えっと…………まあ、そうだな! 全く、髪が長いとか体が細いとかで女だと決めつけないでほしいものだ」

「だよな!」

 俺たちはちょっと笑った。子手毬の頬が、ちょっと赤くなってる気がする。

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