7話4 火山の前のサル
「薊、ここからは慎重に動け」
予想外の言葉だった。
「今までも十分ビビってただろ?」
「違う。中々に強い魔力を感じるよ。魔法を使った気配もある。ただの遊園地従業員とは思えないくらいの」
「あ?」
俺の魔力は弱い。塾の中では、って意味だけど、周囲の魔力をうまく感じ取ることはできない。ネズミだろうがサルだろうが火山の前に立っても、それを丘なのか火山なのか理解できないみたいに。だから普段は、分かる奴の言うことを信じるしかないんだが、今の子手毬はダメそうだし……どうかな。
「でもさ、進まねえと出られねえから。ほら、大学生がバイトしてるのかも。行くぞ」
俺はずんずん進んでいく。
右手の壁に、隠し扉のような切れ目。ここから何か出てきそうだ。俺はそこに注意する。
予想通り、隠し扉が動く。でもそこには何もない。
「え?」
拍子抜けしていると、天井から何か小さいものが振動する音がする。見上げると、ハチの群れ!
「サハル・ルンジーエ!」
子手毬が呪文を唱えて、俺たちに防壁を張る。
「何だこれ! 怖がらせる方向性が違うんじゃねえの!?」
「全くだよ……」
子手毬はため息をつく。
すると、天井がまた音を鳴らした。
「ウオハモ・ナムカ」
天井から女の子が飛び降りてきて、蹴りで子手毬の防壁を壊した。
「嘘だろ!?」
その子は五月雨とか汐くらいの背で、長い青い髪に、緑の目、黒いマントとドレス、そして聞きなれない呪文――悪魔の眷属、ネオンだ。子手毬はもう一度防壁を張り直す。
「『嘘だろ』はボクの台詞。さっきまでの妖精はここで卒倒してくれたのに。でもお姉さん、そんなことしなくてもいいよ。この子たちは全部ボクの幻影だから」
ハチの群れは姿を消す。そして防壁も消える。……あれ、今こいつ、子手毬のこと『お姉さん』って呼んだけど、聞き間違いか?
「それに、あなたの魔法じゃ弱くて役に立たない。――ウオハモ・ナムカ」
ネオンが唱えると、俺たちの目の前に突如、ドラゴンが現れた。ドラゴンは不自然にかくかくと動いて、口を開けた。喉の奥に、赤い光が見える。……炎を吐くつもりだ! でも子手毬の魔法で対抗できないなら、俺の魔法でも対抗できない。
俺はとっさに子手毬の前に立って腕をかざす。
「馬鹿! 薊!」
……終わった。そう思ったが、俺はしっかり足二本で立っていた。熱くも痛くもない。炎も、ハチの群れと同じ幻だったみたいだ。ついでにドラゴンは、もともとここにあったデカめの人形を操っていたみたいで、動かなくなった。
「は?」
呆れる俺たちを、ネオンは箒に座って上から眺めている。
「お兄さん、薊っていうの?」
ネオンが聞いてくる。
「ああ。そうだ」
「やっぱり、人間の先生のところの妖精……危なかった。じゃ、これで」
ネオンは飛んでいこうとする。
「いや、ちょっと待て!」
俺はジャンプしてネオンの靴を掴んで足止めする。
「お前、何がしたかったんだよ!」
「触らないで」
ネオンは俺に掴まれたままの足で俺の顔をこつこつと蹴る。何か、重い鎖みたいなものがでこに当たってる気がするけど、そんなものは見えない。これも魔法か? いや、ひるんでる場合じゃない。マキよりちょっと小さいくらいの子どもがこんなことをしてて、ほっといていい訳が無い!
「箒から下りて正座!」
俺は声を張った。
「は?」
ネオンは顔色を変える。
「なんでそんなこと」
「いいから正座!」
根気強く言いながら、掴んでいる足を下に引っ張る。
「分かった! 下りるから……」
ネオンは諦めたのか箒から下りて、でも立ったままなのでもう一度言うと、正座ではなく姿勢の悪い三角座りになった。ここで俺は妥協する。
「聞く。なんでここで妖精を襲う?」
「ここで待ってるだけで怖がってる妖精がたくさん来るから、心のカケラを奪いやすいんだ。それに、ちょっとずつならばれにくいし」
心のカケラ――こいつにそれを取られると、しばらく無気力で魔法が使えなくなるってやつか。
「なんでそんなことするんだよ! ここには怖がりに来てるが、楽しみにも来てるんだ! それを邪魔するんじゃねえ!」
俺は全力のデカい声で叱った。ネオンは嫌そうな顔をする。
「知らない。ボクだって命令されてやってるんだから、効率的にやらせてよ」
「他人を傷つけることに効率とか言うな! どんだけ責任が重いことか知らねえのか!」
ネオンは自分の髪を指で遊ぶ。
「……やっぱり、騒がしいところは嫌だな」
ネオンはそう言って立った。
「おい、待て!」
俺の制止は効かず、ネオンは空間移動魔法で姿を消した。俺も子手毬もできない魔法をこうもあっさり使われると、もう悔しささえ感じない。
「何だったんだ、あいつ」
「薊、無事か!」
子手毬にケガがないか確認される。
「ああ。とりあえず、外に出よう」
俺も子手毬も、魔物屋敷を堪能することを忘れて走って順路を進み、あっという間に勝手口にたどり着いた。昼の青空がまぶしい。
そして子手毬は、いきなり俺の頬をはたいた。
「弱いくせに、ボクの盾になったり、悪魔の眷属に説教したりなんてするんじゃない! もし本当に攻撃されたらどうするつもりだったんだ!」
子手毬は俺を叱った。いつもの声だ。
「悪い。でも攻撃されなかった。ネオン、俺のこと『人間の先生のところの』って言ってたな。それで攻撃しなかったのか?」
「なぜ知っているんだ? それでなぜ、塾に通っていることが攻撃しない理由になる?」
俺たちは悩む。
「ところでさ、さっきネオン、子手毬のこと『お姉さん』って呼んでたな。間違われてやんの」
「えっ……」
子手毬は言葉を詰まらせてそっぽを向く。
「何だよ」
「えっと…………まあ、そうだな! 全く、髪が長いとか体が細いとかで女だと決めつけないでほしいものだ」
「だよな!」
俺たちはちょっと笑った。子手毬の頬が、ちょっと赤くなってる気がする。




