7話1 路地裏の取引
夜、下のきょうだいたちが寝た後の誰もいないリビング。ここが俺、人間の先生の塾にも通う将来を期待された高校三年生、薊の勉強場所。高校の宿題と塾の宿題、どちらから手を付けようか迷っていると、人の気配がした。
「お兄ちゃん」
珍しくマキが俺に声をかけてきた。手に何か紙切れを持っている。
「何だ?」
「これ、お兄ちゃん使う?」
マキは紙切れ二枚を俺に手渡す。勉強用につけていた小さい光キノコの、赤っぽい光に当てて見る。赤っぽい光は、得意な魔法が炎系に偏っている証拠。もっと白っぽい方が見やすいんだけど、今の俺にはこれが限界だ。
「遊園地のチケット?」
「うん。お菓子の当たりでもらったんだ。使用期限が近いんだけど僕、もうすぐ模試があるから行けなくて」
これ、当たりじゃなくて在庫整理だったんじゃ……そういうことは置いておいて、二枚しかないなら下のきょうだいたちを連れていくことはできない。高校の奴らも、一人誘ったら四、五人はついて来たがるだろうし。俺が行かずに二枚とも誰かに譲っても同じだろうし……あ、そうだ。
「んー。あんがとな、とりあえずもらっておくよ」
恥ずかしいからマキには言わないまま、俺は二人で遊びに行きたい奴を思いついた。
「では、今週の宿題をやってこなかった方は来週末までに出せば八割の点を差し上げますので、頑張ってください。それでは、お疲れさまでした」
まだ八割、宿題の提出点がもらえることが分かった塾の授業終わり、俺は帰るふりをして、細い道でそいつが出てくるのを待っていた。
俺が高校三年生で最年長だ。塾に多い、いくつも年下の奴らとは接し方が難しい。三つ違うだけで、流行りとか考え方がムギと話が通じないことがあるし、四つ違うヒイルや朝露とはつるむきっかけすら見つからない。同い年のマキの話をしてた頃もあったけど、同じ教室にいるのに弟扱いは嫌かなと思ってやめた。最年少の汐と五月雨は話す以前に、俺のデカい図体を怖がらないのが不思議だと思っちまう。俺が十三のときってあんなにちっさかったのか?
それで俺がよく話すのが、初めは一個下だったけど、こないだ同い年になったこいつ――
「子手毬!」
俺は声をかけたが、それより前に子手毬は気づいていたみたいで、驚く様子もなく足を止めた。魔力が高いし扱いもうまいから、近くに知ってる奴がいるかどうかなんて意識しなくても分かるんだろう。俺とは違う。子手毬は美しく仁王立ちして、長いポニーテールを風になびかせる。
「どうしたんだ。待ち伏せなんてかわいいことをするじゃないか」
「……待ち伏せってかわいい……のか……?」
子手毬の感性はよく分からない。俳優だからなのか、子手毬個人の性質なのかも分からない。でも、いつも俺が負けたみたいになる。
「要件を聞こうじゃないか」
「へいへい」
堂々としている子手毬に返事しながら、裏路地の方に手招きする。
城下町は俺の住んでる南東の街よりきれいに見えて、こういうところは似ている。大通りの雑踏から、一歩踏み込めば暗い影の世界。ちょっと恥ずかしい秘密の話なんていくらでもできる。南東の街と違うのは、ゴミが落ちていないことと悪い大人が少ないこと。王宮が近いから、騎士団がよく取り締まっているんだろう。
「闇取引みたいだな」
「ああ。俺の弟が手に入れたブツなんだが、お前に一つくれてやろうと思ってな」
演技遊びに付き合いながら、遊園地のチケットを差し出す。
「今週末、遊びに行かね?」
子手毬は、ゆっくりとチケットを受け取り、まじまじと見た。それで、目を丸くした。
「嬉しいよ。こういうのは初めてだ」
「意外だな。モテそうなのに」
「止してくれ。本当に誘われたことがないんだ。中学校までは浮いていたからね」
子手毬は、裏路地のより深い方向に三歩進む。せっかくのきれいな立ち姿が建物の影に埋もれていくのを眺める。
「確かに、俳優は浮くよな」
「ああ。でも、この塾には占い師も王子さまもいるからな。俳優なんて大したことはないんだろう。嬉しいよ」
「いや……」
俺は、言葉がうまくまとまらないままに喋り始めた。
「そうじゃなくて。単に、お前は話しやすいなって思ってるよ。同性で年が近いってだけかもしれねえけど……お前が俳優でも王族でも、多分、そのチケットは渡した……と思う」
我ながら歯切れが悪い。馬鹿な俺を、子手毬は笑う。
「そうか! そうか! それは嬉しい」
こいつも、喋り方は俳優っぽいけどずっと〝嬉しい〟ばっか言ってるな。語彙力ないのか?
「はは、ありがと。じゃ、土曜の十時にまたここで」
「ああ。楽しみにしている」
俺は夕飯の買い出しに、子手毬はまっすぐ稽古に向かって飛んで行った。




