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サハル・ルンジーエ  作者: 在原白珪
第1章
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1話4 「気さくすぎる騎士」猪目

「人間さま、お初にお目にかかります。騎士の猪目(いのめ)と申します。人間さまの護衛を勤めさせていただきます」

 想像していた騎士さまとは違って、鎧を付けない軍服姿、赤い髪はポニーテール、優しそうな目をしている。歳は二十代半ばだろうか。腰には長剣を差している。

「どうぞよろしくお願いいたします。お時間が許せばぜひ、中に入られてお話ししませんか?」

 猪目さんは嬉しそうに礼をした。妖精はみんな人懐っこいのかな。私はもともと座っていたのと向かいのソファに彼を促す。鹿の子さんはお茶を淹れに出ていった。

「まさか、私なんかに護衛の方がつくなんて申し訳ないです」

 私が腰を低くしていると、猪目さんは和やかな雰囲気になった。

「いえいえ、大事な人間さまですから! 進んで襲おうとする妖精はいないでしょうけど、しばらく次の召喚も出向もできない今、何かあったら天変地異ですよ」

「そんなに大変な……」

「まさか、向かわせた妖精が人間界で行方不明になるなんて、誰も思っていなかったんです。まじめで優秀な奴だったので」

 段々と言葉が軽くなってきている気がする。これは多分、恥ずかしがり屋な鹿の子さんとは違って、気さくな性格を隠すのが苦手なんだろう。

「お知り合いだったんですか?」

「ええ。というか、上司でした」

 『上司』という言葉が私の心に打撃を与える。また仕事中のような言葉にどきっとしたが、猪目さんはしっかりと仕事中だ。それにしても、私相手とはいえ、上司を『奴』だなんて呼ぶんだなぁ。何かありそうだ。

「上司がいなくなって、不安なんじゃないですか?」

 うーん、と猪目さんは悩む。

「まあ、俺たちのこと、可愛がってくれてたっちゃあ可愛がってくれてたんですけど。こう、ちょっと……愛が重かった?」

「ああ……」

「寂しさはちょっとあるけど、せいせいしたというか……失礼、冗談です。喪失感がすごいです」

 猪目さんは咳払いする。

「大丈夫です。私の人間界での上司もいい人ばかりではないので」

「そうか、苦労してたんだな。お疲れさん」

「お疲れ様です」

 猪目さんは言葉が軽いを通り越して、もう敬語ですらなくなっていた。足も組んでいる。でも全くいらつかせないのですごい。

 鹿の子さんが戻ってきて、紅茶をカップに注ぐ。猪目は軽く礼をして、角砂糖を三つ入れて口をつけた。

「私、この世界のことをほとんど知らないんですが、騎士ってどんなお仕事なんですか?」

「ん? ええと、治安維持と、王宮の警護だな。街や村で何かあったら駆けつけて、要人、特に女王陛下をお守りする。俺はこれまで文化大臣付きだったんだけど、外されてあんたの護衛になった」

「一人で、ですか?」

「いや、俺が休みのときは他の奴が交代で付くぜ。一か月以内に会えると思う。メイドもそうだよな?」

 鹿の子さんはびくついて答えた。

「いえ、こちらの場合は一か月以内、とはならないと思います。体調不良か忌引きにならない限り休みにはならないので」

「そうか、大変だな」

「いえ、騎士さまに比べれば……」

「比べるもんじゃないよ。お前も座ったら?」

 鹿の子さんはさらにびくつく。どうしていいか分からない様子だったので、私の隣に座るよう促した。顔を真っ赤にして従う様子がかわいい。

「鹿の子さんです。私の護衛ということなら一緒にいる機会も多いでしょうから、名前を覚えてやってください」

「分かった。よろしくな、鹿の子!」

 鹿の子さんは緊張でへろへろになりながら挨拶する。私と同じくらいの大人でも、異性で、しかも騎士なんて身分だと怖いのだろう。慣れてくれるといいけど。

 ふと、気づいた。私は猪目さんに、しばらく世話になる前提で話をしてしまっている。これから女王に謁見して帰る方法を聞こうというのに。どうしてだろう。鹿の子さんを落ち込ませたくないあまり、半年に一回くらい帰省、だなんて言っちゃったせいかな。

「いやあ、あんたらがいい人そうで良かった! ほら、何十年前に召喚された人間はめちゃくちゃ無愛想だったっていうし、メイド長って厳しいだろ?」

「そうなんですか?」

 鹿の子さんは頷く。

「メイド長は女王さまに直接お仕えなさる方で、私たちをまとめる方でもありますから、自然とお仕事に厳しくなられるのでしょう。私たちにも厳しくて、しょっちゅう叱られてしまいますが、そのおかげでちゃんと仕事ができている、と思います」

「正直言うと?」

「怖いです」

「だよな~」

 猪目さんは笑っているが、鹿の子さんは引きつっている。本当に怖いんだろうな。もしかしたら、メイド長に叱られすぎて恥ずかしがり屋になったのかな。猪目さんは私以外にもこの調子ならメイド長に、叱られるとまではいかなくても、注意されたり睨まれたりはしていそうだ。大して気にしてはいないけど、お互いに何となく苦手なんだろうな。

「何十年前に召喚された人間っていうのは?」

「あんたの前にも、人間を召喚したことがあったんだよ。そのときは災害があって、一人でも妖精を外に出していられないって理由で。まあ、いきなりがれきだらけの知らない土地に連れてこられたら不機嫌になるのも分かる気がする」

 猪目さんはノリが軽いだけじゃなくて、人の立場になって気持ちを考えられるみたいだ。確かに私も、きれいな妖精界にいながらも望郷の思いを抱いている。

「人間の風習はちょっとだけ教えてくれたらしいんだけど、わざわざ聞かないと教えてくれなかったらしい。それでというか、騎士団の中でもストレスに強く、人付き合いのいい俺が護衛に選ばれたって聞いた」

 まさか妖精の口からストレスなんて言葉を聞くなんて。おかしくて笑いを漏らしてしまう。でも、その人選は当たりだ。護衛が怖い人じゃなくてよかった。

「鹿の子も、きっと同じだ」

 猪目さんの言葉に鹿の子さんは驚いて、少し考えた。

「恐縮ですが、ストレスには弱いです。怒られるとお腹が痛くなります」

「そっか! でもまあ、鹿の子がどんな失敗しても怒りたくはならねえと思うから安心しろ」

「……ありがとうございます」

 猪目さんと鹿の子さんのやり取りに、私はにこにこしてしまう。二人とも勤務中だとは思えないくらい、癒される。なんか、永遠にとは言わないけど、人間界に戻りたくなくなってきたかも。近づいてくる女王さまとの謁見の時間に少し、待ち遠しい以外の気持ちが混じってきた。

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