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サハル・ルンジーエ  作者: 在原白珪
第2章
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5話2 子ども

 授業が休みの昼下がり、静かな教室に蒼空、朝露、六花、五月雨が集まる。猪目さんが降りてきて、多分、蛍さんも近くにいるんだと思う。

「じゃあ、開けるね。――サハル・ルンジーエ」

 五月雨が空間移動魔法の扉を開けた。うちの玄関の引戸より大きい。

「すごいな、お前」

 猪目さんが感嘆する。五月雨は汐と同じ最年少だけど、勉強だけじゃなく魔法もとても優秀らしい。

 扉の先に、立派なお屋敷が見える。高さは三階くらい、横幅は普通の家四軒分くらいで、外壁にツタやコケは見えない。凝った外観でもないのに、薄明るい夕空を背景にして、どこか神秘的だ。

「行こう」

 五月雨を先頭に、きれいな玄関に足を踏み入れる。廊下もよく掃除されていて、でもかしこまった雰囲気ではない。こういう、上品で優しいお家に生まれてみたかったと思ってしまう。

「ただいま!」

 五月雨がそう言いながら扉を開ける。ここはリビングのようだ。街で一度会ったことのあるお父さんが椅子に座っていた。白い長袖のシャツに黒いショールを羽織っていて、細い金縁の丸めがねをしている。街で会ったときよりは打ち解けた印象だ。立って挨拶をしてくれた。

「おかえり。皆さんは初めまして。五月雨がいつも世話になっている」

 私たちは何となく揃ってお辞儀すると、五月雨が私の腕を笑顔で掴む。

「この人が先生!」

 紹介された。五月雨は私たちが街で知り合っていることを知らないからだ。適当に挨拶する。

「初めまして。葉月です。今日は家庭訪問に応じてくださってありがとうございます」

「いや、こちらこそ。会えて嬉しいよ。よろしく」

 五月雨は私から離れて猪目さんの服の裾を引っ張る。

「騎士の猪目さん!」

 五月雨はこれを全員分やるつもりなのかな。猪目さんもお父さんとは知り合っているけど、知らないふりをして紹介に付き合う。

「先生の護衛の猪目です。俺のことはあまりお気になさらず」

「そうか。よろしく」

 五月雨はまた離れて、六花と朝露の手を取る。

「六花さんと、朝露!」

「えっと……はじめまして」

「……お邪魔します」

 緊張している二人に、お父さんは微笑みかける。

「五月雨と仲良くしてくれてありがとう。今日は楽しんでいってくれ」

 五月雨は得意そうに蒼空の隣に立つ。

「こっちが蒼空!」

「第三王子の蒼空だ。招いてくれてありがとう」

 お父さんは少しの間、蒼空をまじまじと見る。確かに、いくら事前に知っていても、王子さまが家に訪ねてきたら気が動転しそうだ。はっと我に返ったように挨拶を返す。

「このような僻地にわざわざおいでくださり、誠にありがとうございます。どうぞごゆっくり」

 お父さんがうやうやしくすると、蒼空は片手を差し出す。

「かしこまらなくていい。私は、塾にいるときはただの少年になると決めているんだ」

「ここは塾ではありませんが?」

「先生と級友がいるなら、教室でなくてもいいんだ」

「さようですか。ではこちらでも、気楽にお過ごしください」

「ありがとう」

 お父さんは蒼空と握手する。教室では皆慣れてきて蒼空に触れたり会話したりしているけど、思い出せばそこまでの関係になるまでは大変だった。蒼空本人も頑張ったし、六花や五月雨の力も大きかったな。六花は人をよく見ているし、五月雨は人の心を開くのが上手だ。二人が蒼空の味方でいてくれて本当に良かったと思う。

「では、先生と騎士殿と私は別の部屋で話すとして……五月雨もここにいた方がいいのか?」

「どちらでも大丈夫なんですけど、皆と遊びたいんじゃないですか?」

「うん!」

 五月雨の黒くて長い尻尾が揺れる。

「なら、そちらは五月雨に任せるよ。お茶の用意はしてあるから、適当な時間に出してあげなさい」

「うん。おいしいお菓子があるんだ! 後で食べようね」

 五月雨の尻尾がちぎれそうなくらいに揺れる。そんなに美味しいお菓子って何だろう? それとも、みんなでお茶をするのがそんなに楽しみなのかな。緊張していた六花もつられて笑顔になっている。

「では先生、こちらに」

 五月雨に手を振られながら、私と猪目さんはリビングを後にする。

 案内されたのは、同じ階にある客間だった。壁紙は落ち着きのある緑色に黄色い小花柄で、ビターチョコ色の掘りごたつ、艶やかな茶器、ほのかなお香が品の良さを醸し出している。お茶菓子は、人間界の落雁(らくがん)に似ている。

 お父さんが、背の高い急須から暖かい緑茶を注ぐ。

「五月雨は、帰ってくると塾で習ったこと、友だちから聞いたことをよく話してくる」

「ご家族で仲が良いんですね」

「ありがたいことに」

 お父さんはカップを口につける。

「貰いっ子なんだが、仮に血のつながった子がいたとしても、ここまで良くしてくれるかは分からない。そのくらいいい子だよ」

「養子……なんですか? 妹さんは?」

「紫陽花もそうだ。同じ時期に二人とも引き取った。頼る家族のいない子たちだったから」

 鹿の子さんや子手毬のことを思い出す。五月雨と紫陽花さんも、寂しい暮らしをしていたのかな。

「あまり言いふらすものでもないが、五月雨はあなたに懐いているようだから話しておきたい。授業や世間話で辛いことを思い出させたくないから」

「えっと……」

 そう忠告されると、頭が真っ白になる。

「五月雨の元の家族は、……いや、故郷の村もろとも水害で壊された。妖精界と人間界の繋がりが絶たれている間のことだよ」

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