9話4 ガラスの髪飾り
「お父さま、ボク頑張ったでしょ?」
屋敷に戻って早速、ボクはお父さまに聞いた。
「そうだな」
「ご褒美は?」
「は?」
「だって頑張ったから」
「契約として命令したんだ。契約以上のことはしない」
「人でなし!」
「悪魔だからな」
お父さまはまたボクを笑って、ポケットから小さな飴玉を出した。
「今日のところはこれで」
「少ない」
ボクは飴玉を受け取って、包みを剝がして口に入れた。いちご味だ。
「やれやれ……悪魔に文句を言うとは。怖いもの知らずで困った子だ」
お父さまはため息をつく。
「やれやれ……愛娘の言い分を無視するなんて。愛情を知らない困ったお父さまだ」
「このっ!」
お父さまをからかったボクに手を上げようとして、ぎりぎりのところでお父さまの動きが止まる。
ボクとお父さまとの契約は、ボクを健康に生かす代わりに、ボクはお父さまの娘になって命令に従う、ということ。だから契約が守られる間は、お父さまはボクの体を傷付けられない。
ボクは思いきり笑う。
「ボクとの契約も大事だし、兄さまとの契約も大事だよ? 兄さまが望む通り、ボクたちは家族でいなきゃ。家族なら堅苦しい契約に縛られず、相手のために必要以上のことをすることに喜びを見出すもの」
「随分と賢そうな口を利くじゃないか。五月雨との契約のために、君に優しくしろと?」
お父さまは眉間にしわを寄せる。
「そう。普段はできるんだから、ちょっとボクがかわいくないときでも同じようにしてよ」
「さっきの言葉はちょっとどころではなかった」
「さっきのってどれ?」
お父さまは皮張りの椅子に座って、ボクを招く。ボクは膝の上に座る。
「……『愛情を知らない』というのは言いすぎだ。その場で適当なものを用意できなかっただけでそう言われるのは気分が良くない」
「そんな理由で殴り掛かろうとされるのも嫌だな」
お父さまはボクをぎゅっとして、しばらく動かなかった。不思議と、お父さまをからかってやりたい気持ちが薄れていった。
「…………すまない、城に行ったせいで気が立っていたのかもしれない」
お父さまはそう囁いて、ボクをより強く抱いた。
「ウオハモ・ナムカ」
お父さまは魔法で花を出した。紫色のガラスのバラが一輪、ボクの髪飾りになる。
お風呂上り、夕食を待つまでの時間、紫の髪飾りを眺めていた。
「きれいだね、どうしたの?」
兄さまが聞いてきた。
「お父さまがくれたんだ。けど、分かってないよね、お父さま。ボクはこういう派手な色じゃなくて、もっと淡い色が好きなのに」
「ふふ、そうだね」
兄さまはボクの髪を一束手に取った。
「でも、紫陽花の髪の色に似合うよ。お父さまは僕たちのことを知っていないところがあるけど、僕たちの知らないことを知ってる。きっとこれから、お互いに分かることが増えていくよ」
兄さまは、お父さまよりボクのことを知っているはずだった。ボクの好きな色も、好きな曲も、好きな話も知っている。けど、今日ボクが髪を青くして、騎士たちを蹴散らしたことを知らない。このバラを貰うまでにお父さまとどんな会話をしたかも知らない。それは多分、すごく大きなことだ。
「紫陽花はいいね、お父さまにおねだりをするのが上手で」
初めて、兄さまにそう言われた。
「兄さまもしてみればいいじゃない。家族なんだから、おねだりくらいしなくちゃ」
「怒られないか、怖くなっちゃうんだ」
兄さまはかわいい猫の耳を垂れる。
「そうなったらボクが守ってあげる。大丈夫だよ」
初めて、ボクがそう言った。どきどきする。これまではボクが言ってもらう立場だったのに、入れ替わっただけでこんなにいけない気持ちになるなんて。
「ありがとう。それじゃ、僕にもガラスで何か作ってもらおうかな」
兄さまはにこにこして言う。兄さまは、ボクの気持ちを知らない。




