8話1 「かっこいい兄さま」五月雨
空が夕焼けになる頃、僕は塾から家に帰る。影絵みたいになるのは、屋敷の窓から見る森も、森の木の間から見る屋敷もきれいだ。屋敷に着いたら、夕食を取りながら塾で習ったこと、見たこと、聞いたことをお父さまと、同い年の妹に話す。塾に行くのは荷が重い気がするけど、話をすると二人が楽しんでくれるから、それは良いことだと思う。
今日の夕飯は、グラタンとミネストローネだ。お父さまは料理が上手で、食が細い紫陽花に合わせてあっさりと、でも栄養はたっぷりに作ってある。それでいて僕が食べても満足できる。コックさんになっても上手くいくくらいだと思うんだけど、お父さま自身は全く鼻に掛けない。心では自慢に思っているかもしれないけど、寡黙だから分からない。
「梢は叔母さんと暮らすようになって、元気そうになったよ。授業の後に中学校や叔母さんのことを話してくれて、今日は花の絵を描いてくれたんだ。後で見せてあげるね」
妹の紫陽花は、スプーンをくわえたまま嬉しそうな顔をした。
紫陽花はあまり外に出られない。体に障るというのと、両足を繋ぐ鎖みたいな魔道具が目立つからってお父さまが止めている。最近は元気でいる時間も増えたし、魔道具くらい魔法で見えなくすればいいのに。そう思うけど、お父さまには何も言えない。だから僕は、紫陽花に外の物をたくさん見せてあげたい。
紫陽花が言う。
「お母さんはひどいのに、叔母さんは優しいんだね」
「そうみたい」
紫陽花は、梢よりも梢の家族の方に興味を持ったらしい。
「お母さんと叔母さんは姉妹なんでしょ?」
「そうだよ」
「姉妹なのに似ていないんだね」
「そういうこともあるよ。きょうだいがみんな似ている訳じゃないから」
「お父さま、ボクたちは似てる?」
紫陽花がお父さまに聞く。お父さまに対して遠慮がないところとか、気持ちがすぐ顔に出るところとか、紫陽花は僕と似ていないところが多いと思う。僕だったらそう答えるけど、お父さまはフォークを皿に置いて少し考えている。
「似ているよ」
お父さまはふっと笑う。
「五月雨も、紫陽花も、とても良い子だ。素直で、優秀で、とても可愛い」
僕は嬉しいけど恥ずかしくて、むっとした。
お父さまは僕たちを子ども扱いしすぎている。ミネストローネの中のウインナーはタコの形に切ってあるし、デザートのりんごはうさぎの形に皮が剥いてある。昔はこのりんごを「紫陽花の耳とお揃いだよ」って言って食べさせていたけど、もうこんなことをしなくてもちゃんと食べる。何なら、僕はコーヒーだって飲めるようになったと思う。
「可愛いだなんて言われずに、もっと頼られる妖精になりたい」
夜、寝室で僕はそう紫陽花に話した。お父さまの寝室は別だから、二人きりで話せる時間。紫陽花はもう横になって、僕は隣のベッドに座って本を開きながら話をしていることが多い。夜の冷たい空気を遮るために重いカーテンを閉めて、月の光の代わりに金柑色のランプをつけている。僕が一日の中で一番好きな時間だ。
「兄さまは可愛いし、頼りになるんだよ。お父さまもきっとそう思ってる」
紫陽花の声が優しい。普段の天真爛漫な振る舞いもかわいいけど、今みたいな穏やかな表情も落ち着く。それでつい、秘密にしたいと思っていたことも話してしまう。
「そうかな。可愛いなんて言われてる内は一人前じゃないと思うんだ」
「ボクから見たら兄さまは一人前だよ。一人きりで塾に行って、お勉強して帰ってくる。ボクにはできないから……」
紫陽花は自分で言ったことに悲しくなったのか、頭まで布団を被った。うさぎの耳と布団を掴む指だけが少し覗いている。僕はその指に触れた。紫陽花は少しも日に焼けていない、細い指をしている。僕は自分よりも繊細な指を、紫陽花の他に知らない。
「紫陽花もそのうちできるようになるよ。魔力は僕より大きいんだから」
「ボクは魔力よりも元気な体が欲しかった……。梢って子がうらやましい」
紫陽花はすねている。かわいそうって気持ちと、どうしようって気持ちが半分ずつ混ざる。紫陽花にとって、騎士よりも強い魔力は意味を持たないらしい。体のせいで、発揮できる場所がないから。
「紫陽花はだんだん元気になってきているよ。多分、これからもっと……」
「そうかもしれないけど、今元気なのが良かった。足にこんなのをつけなくても普通にしてたい」
紫陽花は布団の中で足を動かした。鎖が擦れる高い音がこもって聞こえる。
「明日、お出かけしよう?」
僕が言うと、握っている紫陽花の指が動く。
「できるの?」
「魔道具を外して外を歩けるように、お父さまにお願いしよう。きれいなものがたくさんあるよ」
僕はどうしてか、できないかもしれない約束をした。




