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サハル・ルンジーエ  作者: 在原白珪
第1章
21/203

5話2 真似

 次の授業の日の授業終わり、みんなが帰り支度をする中、蒼空は朝露に声を掛けた。

「朝露、少し話をいいか?」

 朝露は面倒そうに、でも許可した。断ったらもっと面倒だと思ったんだろう。

「今の授業、何を思いながら聞いていた?」

「は?」

 意外な質問に、たまたま声が聞こえたらしい六花と五月雨も手を止め、耳を傾ける。他の生徒たちは続々と教室を出ていく。

「それは、どういう意味で?」

 朝露は帰り支度を進めながら蒼空の話を聞く。

「そのままの意味だ。何でもいい。内容についてでも、先生の話し方でも、眺めていた雲の動きから連想したことでもいい」

「雲なんて」

「たまに窓の方を見ていただろう? 雲でないものに注目していたなら、それも教えてくれ」

 眼鏡の向こうで朝露の目は話を断らなかったことへの後悔でいっぱいになっている。

「僕が授業を聞いていないっていう言いがかり?」

「責めている訳ではない。君の気持ちを知りたいのだ」

「何で王子さまがわざわざ僕なんか」

 機嫌の悪そうな朝露とは反対に、蒼空は笑顔になる。

「教室の中で、私と最も遠い者を探していた。それで初日、ぶつかってしまった君がそうだと思ったのだ。王族として、人々の気持ちを分かろうとしないのはあり得ない」

 朝露は鞄を閉め、よっこらせと立ち上がる。

「じゃあ今の僕の気持ちを教えてあげますよ、王子さま。かったるいんで早く帰りたい」

 教室を出ようとする朝露を蒼空が追いかける。

「待ってくれ!」

「サハル・ルンジーエ」

 朝露が唱えると、現れた幻影のような扉の中に消えて行った。空間移動魔法だ。確か、魔法の中でも難易度の高い魔法で、使う魔力は少ないけれど、仕組みが難しいらしい。朝露は怠惰そうに見えて、裏で努力しているんだろう。

「人の気持ちを知るというのは難しいな」

 蒼空は苦しげに六花と五月雨を振り返る。

「私はどうすればよかった?」

 六花と五月雨は二人で顔を見合わせて、困った顔をする。

「先生……」

 蒼空は私を呼んだ。

 頼ってもらえたことに安心する気持ちと、期待に応えられそうにない不安が入り混じる。片付けようとして手に持っているチョークを落としてしまうか、融かしてしまいそうだ。本当は猪目さんに代わってもらいたい。でも、蒼空が頼ったのは先生である私だ。私は心に鞭を打つ。

「他者の心を理解するのは難しいことです。私にもみんなの心は分かりません。でも、近づこうとすることはできると思います。直接話を聞けないなら、他の行動をしてみてはどうでしょう?」

 ひねり出したやんわりとした意見に、蒼空はまだ納得がいかないようだったが、それを助けてくれたのは六花だった。

「真似をしてみてはいかがでしょう?」

 六花の透き通る声は少し芯を持って、大人らしく聞こえた。

「真似?」

「はい。気になる人の仕草や行動を真似てみるとその人の気持ちに近づける、と本に書いてありました」

「六花は物知りだな。ありがとう、試してみるよ」

 蒼空の表情は穏やかになる。けど、蒼空が朝露の真似なんて、大丈夫かな?


 また次の授業の日、蒼空は教室に入るなり魔法を使った。

「サハル・ルンジーエ」

 蒼空のジャケットが大きめのセーターに変わる。ネクタイは外れ、シャツのボタンが一つ開く。かっちりと留めてあった前髪のピンは色のついたクリップに変わって緩く額を出す。気品ある顔つきはそのままに、親近感の沸く雰囲気が醸し出される。

「どうしたんですか?」

 私は思わず蒼空に近づく。先に教室にいた子手毬、せきれい、汐も注目する。

「この格好で外に出ようとしたら従者に止められた。だからここで着替えた。問題ないだろう?」

 蒼空は満足げだ。一昨日、六花に助言された通り朝露の真似をするため、格好から入ったということだろう。

「ええ。授業を受けるのは楽な服装で構いませんよ」

「ありがとう」

「王子さますごーい!」

 汐が歓声を上げる。

「あたし、着替えとか変身の魔法苦手なんだよねー」

「私も使う機会が少ないから、慣れている訳ではない」

 慣れていない魔法でも一発で成功してしまう蒼空、さすが王子さまだ。

「ボクは得意だよ。色々な格好をするのは楽しい」

「子手毬さんもすごいなぁ。うちも変身の魔法上手くなりたい!」

 せきれいに子手毬が微笑む。子手毬は親睦会の日、ヒイルに魔法をかけられた汐を助けていた。この教室の中では年長で、魔法の技術も魔力も高いらしい。

「それなら、今度教えてあげよう」

「いいの? ありがとう」

「あたしも習うー!」

 挙手する汐の頭を子手毬が撫でる。

「いいよ。汐もおいで」

「やったー!」

 子手毬はみんなのお兄さんみたいだ。

「では私も……」

 蒼空は言いかけて、首を横に振って止めた。

「いや、何でもない。汐とせきれいは向上心があって、子手毬は面倒見がよくて素晴らしい」

 確かに、蒼空は「私も教えてほしい」と言いかけていた。でもそう言えなかったのは多分お家の事情だ。他に勉強することや習うことがあって、みんなとわいわい魔法を練習する時間なんてないんだろう。この塾ではのびのびとできても、やっぱりみんなと同じ若者時代は過ごせない。その事実を知っていくのって、どんな気持ちなんだろう。

「王子さまも素晴らしいよ。ずっと努力し続けているんだから。たまにはそうして、気を抜いてみるのもいいんじゃないか」

「ありがとう、子手毬」

 そうは言っても、蒼空が気を抜くことなんてできない気がする。蒼空は汐からも子手毬からも、朝露からも「王子さま」と呼びかけられている。みんながそう呼びたくて呼んでいるというより、王子なんて珍しい身分を知ってしまったら自然とそう呼んでしまうものだ。そして蒼空はそう呼ばれる間、ずっと王子たり得るように努力してしまうんだろう。いくら朝露の真似をして気楽な格好をしても、それは変わらない。

「先生」

 蒼空は私を呼ぶ。

「眼鏡もあった方がそれらしいだろうか」

 朝露の真似のために、細かいところまで写し取ろうとしている。……眼鏡よりはスラックスをジャージにする方が効果がありそうだけど、それはさすがに似合わないって分かってるのかな。

「丸っこくて大きいのが似合うと思います」

「そうか」

 蒼空は台形の眼鏡を魔法で出してかける。見た目は朝露に近づいたけれど、中身は優等生な蒼空のままだ。

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