6話2 親子
「先生、この二人をどうなさいますか」
蝶二さんはいつにも増してうやうやしく、私に尋ねた。
私の一存で決めて良いことなのだろうか。でも、ここで私が言わないと、さっきの必死な気持ちを救えない。私の気持ちも、猪目さんの気持ちも、薄雲さんの気持ちもだ。
「……薄雲さんは、五月雨を心配してくれただけです。全く悪いことはしていません。だからこれまで通り、自由にさせてあげるべきです」
私は少し深呼吸した。
「五月雨は、……」
深呼吸したのに、まだ足りない気がした。いくらでも酸素が、私の体から漏れてしまうような気がする。だけど本当に苦しいのは五月雨だから。
「五月雨も、自分から教えてくれました。悪い心に染まってなんかいません。私に権限があるなら、私に預からせてください」
「しかし」
蛍さんが反論しようとする。
「ただでさえ傷ついて弱っている子どもを、信頼できない場所に送れないというだけです」
「情につけこまれて危害を加えられたらどうする」
「私は、猪目さんも蝶二さんも、五月雨の心も信頼しています。それで十分です」
私の判断を隊に報告する旨は伝えられたけれど、力づくでの抵抗はされなかった。
蝶二さんの脅しが効いたのか、私の思いが尊重されたのかは分からない。
どちらでも良い。五月雨を守ることができたから。
そうだろうか。これで五月雨を守ったことになるのだろうか。本当は、諜報部に預けた方が声を治してもらえたかもしれないし、蒼空の解放にも繋がって、五月雨にはそちらの方がうれしかったかもしれない。
悩みながら、猪目さんと蝶二さんと話して、まず決めたことは、鹿の子さんについてだった。私たちはよくても、悪魔の仲間である五月雨と、魔法の苦手な鹿の子さんを同時に見ていることはできない。優先するのは、騎士団に目を付けられている五月雨だ。
申し訳ないけれど、鹿の子さんは他のお家で見てもらうことにした。王宮に帰ってもらおうかとも考えたけれど、混乱しているところに行っても鹿の子さんは緊張してしまうだろうし、他のメイドさんたちも手が空かないだろう。くれぐれも経緯を聞かないで、ごく内密に、というお願いを通してくれそうなお家が、私が知っている中に一軒だけあった。
「子手毬が世話になっている先生からのお願いなら何なりと。大事にお預かりいたします」
子手毬が暮らしている劇団の団長の梅枝さんは二つ返事で了承してくれた。
でも鹿の子さんにしてみれば、我が家を離れて私の生徒のお家に行かされるなんて理解が追いつかないだろう。最近の騒動で我が家が危ないかもしれないから、とは伝えてあるものの、
「それなら、先生もお泊りした方が……」
とか、
「猪目さんも蝶二さんも、蛍さんもいらっしゃるのですから危なくなんてありません」
とか、考えられるだけの理由を考えて言って嫌がる。何度も謝って、どうしてもそうするしかないことを飲み込んでもらおうとした。
「ほら、キミは立派なメイドだろう? 先生の言うことを聞くんだ」
子手毬がそう言うと、鹿の子さんは不満そうに頷いた。年上のかっこいいお姉さんが言うことだから聞きたくなったのか、褒められて否定できなくなったのか分からない。どちらにしても、子手毬のおかげだ。
「また、お礼をしますので」
鹿の子さんが好きな果物やお菓子の箱を手土産に持たせて言うと、梅枝さんは、
「いいえ、こんなにたくさん頂いて。迎えに来られるまでに食べきれるかのう」
と、孫娘を見る祖父のように目を細めた。子手毬が辛辣な目を向けている。年頃の子は親のだらしないところを見たくないものだ。でもそういう自然な拒絶感を隠さないのは、子手毬が梅枝さんをちゃんと身近に感じているからだろう。先生と生徒という関係では成し得ないことだ。血がつながっていなくても、親子、家族というのはいいものだ。
でも、五月雨はそうではなかった。
声での会話ができず、他の妖精からの念話も受け取れない。そこで筆談を試みた。妖精の文字は、書こうとしても一文字以上は書けなかった。二文字目からは手が震えてペンが持てない。
ダメ押しのつもりで、人間の文字で書いてもらうことにした。五月雨は勉強の成績がいい。中学生が習う英語で表現できるくらいの文章なら読み書きができる。こちらが質問しながらなら伝えられるはずだ。
狭い物置部屋の中に、蝶二さんに結界を張ってもらい、その中で小声で尋ねる。
「さっき言っていた〝お父さま〟は、家庭訪問のときに私たちと会ったお父さんですか?」
〈はい〉
日本語でなら、二文字が書けた。五月雨も驚いて、少し笑ってくれた。
「お父さんの名前は?」
〈ももよ〉
五月雨はしっかりと、騎士団に宣戦布告した悪魔の名前を書いた。五月雨のお父さんは、あの悪魔だ。
猪目さんが机を叩いた。
「足引……なんで、会っていたのに気づかなかったなんて……」
百夜はネオンを取り返した際、自身が行方不明になっていた元・警護部隊長の足引であると告げている。猪目さんは足引さんにかわいがられていた(猪目さん本人は少々うざがっていた)らしい。偽物かもしれないと蝶二さんは言っていたけど、どうしても気になるだろう。それが、私と一緒に会っていて、更に家にまで上がらせてもらってた人だったなんて、信じられないのも当然だ。
「朧月隊長が、認識疎外の魔法を使っていたと言われていました。戦闘時だけでなく、普段も使っていると踏むべきで、あなた程度なら見破れなかったでしょうね」
蝶二さんはさくっと猪目さんをからかった。けれど、猪目さんはいつものように言い返す気力がない。




