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サハル・ルンジーエ  作者: 在原白珪
第4章
172/203

6話1 剣の音

 魔法陣から鎖が二本伸びる。鎖は赤い炎を帯びて、蛇のように五月雨を捕らえた。

「五月雨!」

 私はまた勝手にそちらへ向かおうとしたが、阻まれる。

 それは、監視役の蛍さんだった。私たちの緊急事態を見ていて飛んできたのだろう。

「助けてください! 五月雨を!」

「死にたいのか! それとも悪魔に味方するのか!」

 蛍さんは私に怒鳴り、きつく手首を掴んだ。

 痛い。痛いけれど、五月雨を助けなきゃ。

 鎖は五月雨の首に巻きついて、締め上げている。

「何が……起こって、」

 猪目さんが迷う間にも、五月雨は最後の悲鳴を上げた。

 鎖と魔法陣は消える。

 五月雨は床に崩れながら咳き込む。

 薄雲さんが恐る恐る、五月雨の体を起こさせ、背中をさすりながら話しかける。

「五月雨……君、今のは……」

 五月雨はうるんだ目を開けて、薄雲さんに顔を向けた。

 そして口を動かす。

「、……っ、…………!」

 でも、声が聞こえない。五月雨は咳をする。

「喉が痛いの? 今、治すから。――サハル・ルンジーエ」

 薄雲さんが治療魔法をかけるも、外から見えている怪我は消えない。声も出ない。苦しんでいる姿を見て、猪目さんは剣を鞘に収めた。

「私が使うより上位の式がかけられています。……とても入念に準備したような」

 五月雨は静かに頷いた。

「知っているのか」

 猪目さんに再度頷く。

「そんな契約があった、ということでしょうか」

 薄雲さんは五月雨を抱きしめる。無言の内に「怖かったね、痛かったね、ごめんね」と言っているようだった。

 私も蛍さんに止められさえしなければ、猪目さんに止められても振りほどいて、そうしたかった。

――「自由に外出もできないなんて、囚人みたいでかわいそう」

――ヒイルが頬杖をついて言う。

――「そんなことないですよ。ついてきてもらうのは護衛のためで、皆さん良くしてくれますし……」

 春に、そんな会話をしたことを思い出す。守ってもらうことがこんなに苦しいなんて、あのときは分からなかった。

「一応聞く、薄雲」

 猪目さんが力のない声で言う。

「いつから気づいていた」

「たったのさっきです。魔法を無理に使おうとしたとき、呪文と魔力の流れに違和感があって」

「悪魔に特有の呪文があるというのか」

 今度は蛍さんに聞かれる。

「はい」

「どこで知った」

「大学で伝え聞いた噂のようなものです。種族によって魔法の呪文が違うのだと。そんなことより、早くお医者さんに診てもらわないと」

 焦る薄雲さんを、蛍さんが睨む。

「医者に診せる意味はない。悪魔は死なん。それに、前の悪魔は診察と投薬を拒否した」

 蛍さんが言う「前の悪魔」とはネオンのことだ。病室にいた私に黄色い花束をくれた……

 私と同じように、五月雨の表情も怒りを表していた。何かを訴えようとしているけれど、声が出ない。魔法も使えないから念話もできない。

 けれど、それ故に蛍さんに情報を渡さずに済んでいる。悪魔はこれを狙って、自白した五月雨に喋れなくする魔法をかけたのだろうか。

 私にはそう見えたけれど、蛍さんはつやつやとした唇をにっと伸ばした。

「ほう、貴様も前の悪魔と無関係ではないらしいな。仲間内での絆があると見える」

「やめてください!」

 薄雲さんが五月雨をかばおうとする。

「悪魔の味方をするか」

「よせ」

 それまで黙っていた、猪目さんが二人の間に割って入った。

「生徒が苦しんでたらどんな事情でも守ってやりたくなるのが先生だ。蛍はそんなやつをいじめるな。薄雲は五月雨の今と、お前の罪悪感を混ぜて考えるな。それは五月雨の人生をお前のものにしてしまうようなものだ」

 薄雲さんはうつむいて口を結ぶ。見ている私が、心臓を潰されるようだった。

 蛍さんはまだ反抗ぎみに眉を吊り上げる。

「だが、悪魔は悪魔だ。それは諜報部で引き取らせてもらう。おい!」

 蛍さんが窓に向かって声を出すと、騎士団の制服の妖精が一人、何もないところから出てきた。隠れて見ていたらしい。

 彼は襲い掛からん勢いで、猪目さんと向かい合っている蛍さんと挟み撃ちにするように、五月雨と薄雲さんに腕を伸ばす。

 彼が私の知らない妖精だからかもしれない。二人が危ないと思った。

 猪目さんと対になるように、私が彼の腕を受け止めて、強く掴んだ。

「「先生!」」

 猪目さんと薄雲さんの声が重なる。

「……何の真似ですか」

 彼は私の立場を知っているらしい。静かにそう聞いた。けれど、腕の力は弱めない。私もそれに応える振るまいをしなければならない。

「騎士と言えど、私の生徒を傷つけることは許しません。連れていかないでください」

 彼は表情を厳しくするばかりで、何も言わない。

 けれど、大きな剣を抜く音が聞こえた。諜報部の騎士は剣を持たない。

「先生、遅くなりました」

 それは、蝶二さんの剣だった。猪目さんからの念話に応えて、駆けつけてくれたのだ。

 でも、いつも挿している警護部の剣とは違う。猪目さんもそれに気づいた。

「おい、それは戦闘部の……」

「もちろん、私が賜ったもので、扱いにも慣れていますのでご安心を」

 蝶二さんはもともと戦闘部に所属していたと、蛍さんから聞いたことがある。そういえば、あの大きな剣は戦闘部の騎士が持っていたような気がする。あんな大きな剣をけろっと片手で持っているのを見て、それが現実の話であったと、やっと理解した。蝶二さんはすごい騎士だ。

「猪目も剣を抜きなさい。先生が戦おうとしておられるのですよ」

 猪目さんは口答えせずに、もう一度剣を抜いた。さっきはあんなに怖かった猪目さんの剣が、今は私を安心させてくれる。

「私たちは先生の身を守ることを第一に、意志を守ることを第二に行動します。先生は陛下がお招きになった、この世界の客人です。あなたたちも、先生の言葉に逆らうことの意味が分かるでしょう」

 蝶二さんはゆっくり歩いて、私たちに近づいた。蛍さんともう一人の諜報部員は一歩、二歩と退いて、薄雲さんと五月雨から離れる。

 薄雲さんと五月雨は、大きな剣を持った蝶二さんを恐れていなかった。

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