5話1 占い
それから一夜が明け、昼が過ぎ、授業の時間になった。皆、新聞や噂で知ったのか、暗い顔をしている。五分ほど私は教室に入らずに廊下から様子を見ていたけれど、誰も喋らなかった。一昨日まであんなに仲良く遊んでいたのに、と思うと悲しい。皆、蒼空のことが大好きで心配なのだ。
今日はグループワークの授業をやめにして、人間界の物語を聞かせるだけにした。
「昔、ヘンゼルとグレーテルという兄妹がいました。家が貧しく、困った両親は、二人を連れて森に入りました」
何をしても頭に入らないだろうけれど、せめて少しでも、楽しいお話を聞かせたかった。
授業が終わると、皆は小さな声で、物語の感想を言い合うようになった。
「魔女って何だろうね。魔法って怖いのかな」
「魔力の強い知らない大人はちょっと怖いかも。ねえ、五月雨君」
せきれいが五月雨に話をふった。ちょうど五月雨は、魔力の強い知らない大人に脅かされたような青い顔をしていた。
「そう、かな……。そうかもしれない。もしかしたら僕たちも、小さな子には怖いのかな」
「まあ、そうだろうな」
朝露が眼鏡をかけ直しながら答えた。
「だから、高い魔力は隠すんだろう」
「……うん」
五月雨はどこかぼんやりと、黒い尻尾の先を下げている。
「寂しいんだ?」
ヒイルがそう、割って入ってきた。朝露がにらみ、夜鷹が腕を引っ張って下がらせようとする。五月雨が蒼空の不在を悲しんでいるのに、それをより強く思わせたくないのだ。けれどヒイルはものともしない。
「寂しくてつらいなら、そう言って泣けばいいじゃない。そうしたら皆がよってたかって慰めてくれる。君はそういうの、好きでしょ?」
「ヒイル!」
「っ……ヒイル」
朝露と夜鷹が怒る。
「帰ろう」
夜鷹はヒイルの腕を更に引っ張り、ヒイルはそれを魔法で跳ね飛ばした。
せきれいが夜鷹に駆けよって、薊、子手毬、六花が目を光らせる。
「こんなお葬式みたいな塾、ボクは嫌だよ。解決するのに他の方法がいい?」
「方法って。まずは五月雨に謝れ」
薊が叱るのに、ヒイルは水晶玉を取り出した。
「占ってあげる。誰が蒼空を閉じ込めたのか」
考えるより先に、私の足が動いた。
靴音を鳴らして足早に歩き、ヒイルの魔法の水晶を取り上げる。
本当は触れられるかも分からなかった。初めて手に持ってみて、重さに驚きながら、何とか堪えながら、大人として言う。
言うはずだった。でも、言葉が出てこない。
それでもしっかりと、ヒイルの血のように赤い目を捕らえた。
けれど、ヒイルも私の黒い目を捕らえていた。
「先生、犯人捜しは嫌い? 占いが外れるのが怖いの?」
「違います」
「じゃあ、返してくれる?」
「だめです」
「なんで」
「占ったら、ヒイルが傷つくと思うから」
ヒイルは歯を見せて笑う。
「なんで」
答えを知ってしまったヒイルが、犯人や騎士団に狙われてしまったら? 残酷な答えにヒイルの心が耐えられなかったら? ヒイルだけじゃなく、他のみんなも……。
色々なことを考えているうちに、ヒイルが喋り出した。
「傷ついてるのは先生じゃないの? 故郷に帰る方法を壊されて、もしかしたらそれが自分の生徒のせいかもしれない。さっさと真実を知って、楽になってよ」
「いいえ」
私は水晶玉を抱え込む。
「私は、私の気持ちが楽になるよりも、蒼空を助けたいです。ヒイル、占うなら蒼空を助ける方法を教えてください」
先生はどこまでも善人だ。かわいそうなくらいに。
でもボクは違う。前から思っていた通り、五月雨が怪しい。本当にどうして、今日は泣かないんだろう。王子さまについて何か知っていて、それを黙っているんじゃないか。そう、問い詰めたかった。
「まあ、いっか。――サハル・ルンジーエ」
先生の腕の中にあった水晶玉を魔法で浮かせ、王子さまを助け出す方法を映させる。
赤い。赤々とした炎が一面にゆらめいている。その中に、黒くて大きなものが、翼を広げて風を起こす。
煽られた炎がこちらに飛んでくる。
「わっ」
ボクはさっきの夜鷹みたいに、軽く吹き飛ばされて尻餅をついた。
「大丈夫か」
子手毬に心配される。
「……見るなって言われたみたいだ」
「誰に?」
「……精霊とか?」
「キミが分からないのなら、誰にも分からないな」
「師匠なら見られるかも。でも、師匠はこういう占いは嫌いだ」
屈辱的でも本当のことを言う。それが占い師だ。
ここでようやく、泣き虫の五月雨が泣きだした。




