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サハル・ルンジーエ  作者: 在原白珪
第4章
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5話1 占い

 それから一夜が明け、昼が過ぎ、授業の時間になった。皆、新聞や噂で知ったのか、暗い顔をしている。五分ほど私は教室に入らずに廊下から様子を見ていたけれど、誰も喋らなかった。一昨日まであんなに仲良く遊んでいたのに、と思うと悲しい。皆、蒼空のことが大好きで心配なのだ。

 今日はグループワークの授業をやめにして、人間界の物語を聞かせるだけにした。

「昔、ヘンゼルとグレーテルという兄妹がいました。家が貧しく、困った両親は、二人を連れて森に入りました」

 何をしても頭に入らないだろうけれど、せめて少しでも、楽しいお話を聞かせたかった。


 授業が終わると、皆は小さな声で、物語の感想を言い合うようになった。

「魔女って何だろうね。魔法って怖いのかな」

「魔力の強い知らない大人はちょっと怖いかも。ねえ、五月雨君」

 せきれいが五月雨に話をふった。ちょうど五月雨は、魔力の強い知らない大人に脅かされたような青い顔をしていた。

「そう、かな……。そうかもしれない。もしかしたら僕たちも、小さな子には怖いのかな」

「まあ、そうだろうな」

 朝露が眼鏡をかけ直しながら答えた。

「だから、高い魔力は隠すんだろう」

「……うん」

 五月雨はどこかぼんやりと、黒い尻尾の先を下げている。

「寂しいんだ?」

 ヒイルがそう、割って入ってきた。朝露がにらみ、夜鷹が腕を引っ張って下がらせようとする。五月雨が蒼空の不在を悲しんでいるのに、それをより強く思わせたくないのだ。けれどヒイルはものともしない。

「寂しくてつらいなら、そう言って泣けばいいじゃない。そうしたら皆がよってたかって慰めてくれる。君はそういうの、好きでしょ?」

「ヒイル!」

「っ……ヒイル」

 朝露と夜鷹が怒る。

「帰ろう」

 夜鷹はヒイルの腕を更に引っ張り、ヒイルはそれを魔法で跳ね飛ばした。

 せきれいが夜鷹に駆けよって、薊、子手毬、六花が目を光らせる。

「こんなお葬式みたいな塾、ボクは嫌だよ。解決するのに他の方法がいい?」

「方法って。まずは五月雨に謝れ」

 薊が叱るのに、ヒイルは水晶玉を取り出した。

「占ってあげる。誰が蒼空を閉じ込めたのか」

 考えるより先に、私の足が動いた。

 靴音を鳴らして足早に歩き、ヒイルの魔法の水晶を取り上げる。

 本当は触れられるかも分からなかった。初めて手に持ってみて、重さに驚きながら、何とか堪えながら、大人として言う。

 言うはずだった。でも、言葉が出てこない。

 それでもしっかりと、ヒイルの血のように赤い目を捕らえた。

 けれど、ヒイルも私の黒い目を捕らえていた。

「先生、犯人捜しは嫌い? 占いが外れるのが怖いの?」

「違います」

「じゃあ、返してくれる?」

「だめです」

「なんで」

「占ったら、ヒイルが傷つくと思うから」

 ヒイルは歯を見せて笑う。

「なんで」

 答えを知ってしまったヒイルが、犯人や騎士団に狙われてしまったら? 残酷な答えにヒイルの心が耐えられなかったら? ヒイルだけじゃなく、他のみんなも……。

 色々なことを考えているうちに、ヒイルが喋り出した。

「傷ついてるのは先生じゃないの? 故郷に帰る方法を壊されて、もしかしたらそれが自分の生徒のせいかもしれない。さっさと真実を知って、楽になってよ」

「いいえ」

 私は水晶玉を抱え込む。

「私は、私の気持ちが楽になるよりも、蒼空を助けたいです。ヒイル、占うなら蒼空を助ける方法を教えてください」


 先生はどこまでも善人だ。かわいそうなくらいに。

 でもボクは違う。前から思っていた通り、五月雨が怪しい。本当にどうして、今日は泣かないんだろう。王子さまについて何か知っていて、それを黙っているんじゃないか。そう、問い詰めたかった。

「まあ、いっか。――サハル・ルンジーエ」

 先生の腕の中にあった水晶玉を魔法で浮かせ、王子さまを助け出す方法を映させる。


 赤い。赤々とした炎が一面にゆらめいている。その中に、黒くて大きなものが、翼を広げて風を起こす。

 煽られた炎がこちらに飛んでくる。


「わっ」

 ボクはさっきの夜鷹みたいに、軽く吹き飛ばされて尻餅をついた。

「大丈夫か」

 子手毬に心配される。

「……見るなって言われたみたいだ」

「誰に?」

「……精霊とか?」

「キミが分からないのなら、誰にも分からないな」

「師匠なら見られるかも。でも、師匠はこういう占いは嫌いだ」

 屈辱的でも本当のことを言う。それが占い師だ。

 ここでようやく、泣き虫の五月雨が泣きだした。 

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