3話3 冷たいココア
今度は五月雨が喋り始めた。
「汐の言う通り、梢もほんの少し、お母さんのことを気にしているかもしれない。だけどそれと、ずっと仲良くするのは別の意味だよ」
「なんで? 好きなら仲直りできるよ」
「できないんだよ」
同い年の五月雨が、悲しそうにしてる。……ちょっとだけ、話を聞いてあげてもいいと思った。かわいそうに見えたから。
「確かに自分のことを愛してくれる人でも、なんというか……愛の形が違うことがあるんだ。花を育てていると思ってごらん」
花……と聞いて、小学校の理科の授業で育てた朝顔を思い出した。
「その花はもしかしたら、体をつついてくる鳥の入ってこない家の中でかくまわれたいと思ってるかもしれない。それか、たくさん日の光を浴びられるように野原に据わりたいと思ってるかもしれない。だけど僕たちは花の気持ちが分からないから、空気のきれいな森の中で育てるかもしれないし、虫や動物でにぎやかな沼地で育てるかもしれない。枯らしちゃうのにね」
……確かに。必要な水の量や日光の量が、植物によって違うから、育てる前によく調べましょうって習った気がする。それが、妖精にも同じっていうことかな。五月雨、回りくどい話し方をするなー。
「だから、そんなすれ違いをするくらいなら、たとえ愛し合っていたとしても一緒にいない方が幸せなんだよ。苦しいけど、大事な花を枯らしてしまうほうがよっぽどつらいから。想いが途切れているならなおさら」
五月雨は自分の指をいじりながら話す。宿題をしてるときのあたしみたい。何を言ってるのか分からないのはそうなんだけどなんだか、それよりも五月雨がかわいそうって気持ちの方が強くなってきた。
分かったことにして、話を進めよう。
「何かあったの?」
「ううん。何も」
「何もなかったらそんなこと言わない」
「ちょっと、汐ちゃん、そういうのだよ」
せーちゃんがあたしを止める。なんで?と思うけど、ここは言うことを聞いてみる。
「汐ちゃんも、話したくないことをずっと聞かれたら嫌でしょ?」
「話したくないこと……」
せーちゃんの言葉を分かるように、考えてみた。
けど分からない。
「話したくないことがない!」
「「「もう……」」」
六花さんがしゃがんでた足を崩して、五月雨が背中を丸めて、せーちゃんは背もたれにのけぞった。
一時的ないらいらは、蒼空と朝露とムギと一緒に、冷たいココアを飲んで収まった。汐との仲直りは、汐が謝ってくれるのを待つことしかできない。それからあたしに必要なのは……、やっぱり、本当のお母さんと別れて、生活を叔母さんに頼りっぱなしなのがもやもやする……これを解決することだ。申し訳ないというか、なんでこんなあたしのこと、養ってくれるの?というか、このままでいるのがあたしの本当の姿?というか……。こんなこと、ただ同じ塾に居合わせただけのムギや蒼空、ただ学校と学年が同じだけの朝露には話せない。
でも正直に言って、学校のクラスメイトよりも塾のみんなの方が仲が良い気がする。特殊な状況にたったの十二人で置かれて、優しくまとめてくれる先生がいて……。
先生も色々悩んではいるみたいだけど、現状はあの塾が仮住まいだ。あたしたちが立派になったら人間界に帰っちゃうかもしれないし、ずっと塾をやってくれるわけでもない。先生も、あたしと似た気持ちなのかな。
あたしに友だちをくれた先生、お母さんから解放してくれた先生、絵をほめてくれた先生。先生とずっと一緒にいられたらいいのに。
「氷が入ったココアも良いものだな」
「王子さま、飲んだことなかったの」
朝露と蒼空が会話する。
「温かいココアは、体調のすぐれないときに出されることが多い。元気なときに飲むココアも珍しい」
「蒼空はさ、」
あたしはそこに飛び込んだ。
「あったかいココア、誰が作ってくれるの?」
朝露が、そんなことも知らないの?って顔をしてる。それもそうだ。だけど、聞いてみたかった。
「おやつや飲み物はメイドが用意してくれる。特にメイド長の帚木が、ココアは栄養があって体が温まるから、とよく勧めてくれるな」
「へえ、メイド長さんが」
あたしはメイド長という妖精を知らないので、そのくらいの相槌しかうてない。でも朝露は違った。
「えっ、あのメイド長が?」
「知ってるの?」
朝露は言っていいことと悪いこととを考えるように、空と蒼空を見比べた。
「……あくまで挨拶を交わした程度だが、小さいのの妹は怯えていた」
朝露は五月雨の妹につけて、メイド長は怖い妖精だと言った。また知らない妖精が増えたけど、五月雨でさえあんな様子なんだから、その妹なんてもっと甘やかされて育ってるんだろう。
「見た目は怖いし口調も厳しいが、根は優しいぞ!」
蒼空がほぼ意味のない注釈をつける。でも、優しいのは本当だと思う。体を気遣ってココアを勧めてくれるメイド長さん、そんな妖精があたしのお母さんだったらなぁ。
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