4話1 小さな願い
かなりまずい。開塾初日から教室が二分されてしまった。私が小学校の頃もクラス内抗争が起きたことがあるけど、そのときはどうしたんだっけ。この状況をどう解決すればいいんだろう。早く猪目さんに帰ってきてどうにかしてほしいという思いと、猪目さんが帰ってくる前に自分でどうにかしたいという思い。一喝してみんなを静かにしたいという思いと、それぞれの気持ちに寄り添いたいという思い、私だけ魔法が使えないことへの恐怖。否、悩んでいる暇はない。
私は教壇に立ち、思い切り息を吸った。
「皆さん!」
みんなが私に注目する。泣きそうな子、怒っている子、面倒くさそうな子、いろいろいる。
「私がこの場を設けたのは、皆さんが互いを知っていただくためです。考えの違う人どうしが戦うためではありません」
蒼空さんは自慢そうな顔、朝露さんとヒイルさんは納得いかない顔をする。ううん、まだもう少し待って!
「誰かと仲良くすることに必要を見出せない方もいらっしゃるでしょう。私はその考えを否定しません。しかし、ここは学問の場です。皆さんがこの中の誰にも遠慮せず活発に意見を出し合い、助け合い、より良い答えを導くのです。そのために互いを知ることは決して無意味ではありません」
すごく恥ずかしいことを言った。意見の方向性が合ってるか分からないし、年少の子たちに届いたかどうか分からない。筋の通った話だったかも分からない。けど、これが私の思いだ。教室は静かになって、いがみ合っていた空気はどこかに消えた。
「ボクは謝らない。けど、先生がそこまで言うならここにいてあげる」
ヒイルさんがそう言った。
「ありがとうございます!」
私は思い切り頭を下げる。
「じゃあ、僕もそういうことで」
「朝露さん……!」
朝露さんは眼鏡を上げ直した。蒼空さんや薊さんは納得行っていないようだけど、まだ怒っているという感じもない。五月雨さんや夜鷹さんは少しほっとしたような表情を見せる。
「先生、かっこよかったです」
六花さんがそう褒めてくれた。
「ありがとうございます。これからも穏便に過ごしていただけるとありがたいです」
「せんせーカッタい!」
汐さんが笑うと、みんなも笑った。
「学問の場で遠慮しないものなんだろう? 今の先生に向かってはボクたちは遠慮してしまいそうだ」
子手毬さんに、みんなが頷く。
「どうすれば……?」
「では試しに、私を呼び捨てで呼んでくれ」
蒼空さんが言った。彼はこの国の第三王子で、私に塾を任せた女王さまの息子だ。
「いいんですか? だって、親王殿下ですよ?」
「城ではいつもその敬称で呼ばれるからな。他の勉強や魔法の先生たちも同じで、遠ざけられている気がしていた。私は皆と同じように接してほしいし、先生ともっと近づきたい」
猪目さんが公園で話してくれた通りだった。でも彼が持っていたのは、同年代の友だちをはしゃぎたいとか、大人の言うことに逆らってみたいとか、そんなことよりもっと小さな願い。私が叶えてあげられる願いだ。
私は喉の調子を確かめる。どうしよう、さっきよりも緊張している。
「蒼空」
「うむ! 良い感じだ! ずっとそう呼んでくれ!」
蒼空の目はまっすぐに輝いていて、混じり気がない。私が第三王子を呼び捨てだなんて、何だか恐れ多いけれど、その笑顔を見られて嬉しい。
「あたしも呼び捨てがいい!」
「うちも!」
「俺もだ。ついでに敬語も外してくれよ」
汐、せきれい、薊も蒼空に賛同する。そっか、私は肩に力が入りすぎていたのかもしれない。こんな私でも先生で、弱くても頼られる存在だ。一つずつでも、みんなの願いを叶えてあげたい。妖精たちに怯えているだけじゃ、みんなの期待を裏切ることになる。自分のことばっかり気にしてるなんて、かっこ悪かった。
「分かりました。ではこれから、皆さんのことは呼び捨てにします。先生と仲良くしてくださいね」
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