009 他人の狙いが見えない時は、見えない場所にも目を向けよ
「お初にお目にかかります、アルシファイア公爵令嬢。」
「…………」
「あ、待ちなさい!」
寮から学園本堂へ続く道。
少女二人が、アリ゜ス達の行く手を阻む。
両サイドで縛った微かに巻き髪気味な少女と、後ろで髪を一つ縛りにした少女。
薄水色のツインテール髪をした少女が発した第一声は、礼儀正しい言葉遣いに反して、相手を馬鹿にしたこびりつくような粘り気の強い抑揚だった。もう一人の薄桃色のポニーテールをした少女は、怯えと敵意を綯い交ぜにしたような視線だけを向けてくる。
二人を避けて通り過ぎようとしたアリ゜スが踏み出した先へ、両腕を広げながら躊躇なく再び立ち塞がった。
「無視するんじゃないわよ!」
アリ゜スの後ろからその光景を見ていた二人。普段の笑みが消え細い目に怒りを滲ませ睨む獅子の風格ニーニャと、表情と体の全てで苛立ちと敵意を表す狂犬の体現者ニーネ。
再び進路妨害をしてきた敵に対し、長い巻き髪が揺れる程の勢いで噛みつかんニーネだったが、アリ゜スは遮るように片手で制し、努めて平静な声で返した。
「邪魔よ?退いて下さるかしら。」
「相変わらず偉そうね!そんなだから、王子様にも捨てられるんじゃなくって?」
「…………」
「あらごめんなさい?本当の事だからって、いえ本当の事だからこそ、言われて辛い事もありますわよねぇ?」
「……どうやら人違いではなさそうね。」
「…人違い?もしかしてアルシファイア様は少々頭が足りないんでしょうか。この状況で人違いなんて。」
「はあ…。まず一つ。」
勢いよく人差し指を立てたアリ゜ス。
その挙動に、相対する二人の少女は思わず体が反応する。
「アルシファイア公爵令嬢はこの学園に二人居る。」
ポニーテールは警戒を少しだけ緩め、ツインテールは嘲笑と共に緊張を解いた。
「…フン。だから?」
「二つ…。お互い、初めて見る顔じゃないでしょう?」
「お!?覚えて…!」
「当たり前じゃない。なのに、お初に…なんて言われたものだから。私の事だと思えないでしょう?てっきり妹でも見つけて挨拶したのかと。」
「それは…貴女が、忘れてるかもと思って…!親切で初対面の挨拶をしてあげたのよ!」
「そうでしたか。ああ、あと。ついでにもう一つ。貴女、私の事、『相変わらず』偉そう…とか仰られてましたか?んんー…。初めて会う相手に使う言葉ではないわよね?」
「っ…!」
「なのに初対面の体で、ですか…。はあ。それで?私、いつ頃と比べて相変わらずだったのかしら?」
「う、っ!うるさいわね!」
「失礼いたしました。せっかくのお心遣いも、無駄にしてしまってごめんなさい。で?私に何用で?登校中なので手短にお願いしたいのだけれど。」
「フンっ…!見てたのよ?昨日のアレ。」
「……はあ。それで?」
「ハッ!強がっちゃって…。どう?実家に見捨てられて、王子様にも構って貰えない気分は。」
「……」
「ふふふっ。ねえ、聞かせてよぉ。今、どーんな気持ちぃ?」
表情が険しくなったアリ゜スへと追い打ちをかけるように、ツインテールの少女はその下からゆっくりと表情を見上げ、絡みつくように言った。
「……え?それだけ?」
「…は?」
「あー…本当に、そうなのね。王子様云々の事で挑発したかったと。ならもう、目的は達せられているのかしら?用事は済んだのよね?では、ごきげんよう。」
「このっ、馬鹿にして!!無視すんなって言ってんでしょうが!」
再び横にズレて移動しようとするアリ゜スを、二人の少女がもう一度体で止めにかかる。
その光景を見ていたニーネが、犬歯を剥き出しにして唸り始める。
「…ああ。歩行者の進路妨害って、何かの法的に罪にならなかったかしら。」
「私の質問に答えなさいよ!」
「そうね……先に二つ質問させて貰える?」
「……なに。」
「貴女方、お名前は?」
「っ!」
何かを言い淀む桃髪の少女を、水色髪の少女が止める。
「ごめんなさいね。顔は覚えていたのだけれど、お名前はちょっと…。教えて下さるかしら?」
「…アンタに、教える義理なんてないわ!」
「そう、それは残念。ではもう一つ。公爵家の後ろ盾が無いアリ゜ス・アルシファイアには、失礼を働いても恐ろしくない。だからぶつかってでも体で止めてやろう、と。そう言う認識でよろしいかしら?」
「……だったら何よ。」
「なら、どの家の権威でなら、貴方は屈してくれるかしらね。」
「……?」
「ニーネ。ニーニャ。」
「っ!?」
「私の前を歩いて、私が通れる道を作ってくれないかしら?」
「はいですわ、アピス様!」
「はい、アリ゜ス様。」
アリ゜スと、向かい合う二人の少女たちの間にあるのは、人が一人入り込むのがギリギリ程度の距離。そこへニーネとニーニャが左右から割り入る。
対する二人は接触を避けるように、その身を数歩下げる事しかできなかった。
手で扇を打ち鳴らすその音を合図に、三人が一塊のまま無遠慮に歩き出す。
「あ、ちょっと!待ちなさ…!アルシファイア!私の質問無視して!答えなさいよ!」
「……」
「あんた!下級生の、取り巻きに縋って!恥ずかしくないわけ!?」
「……そうね。」
三人を追うように、真横を速足で歩く二人の少女。
だがアリ゜スは急に立ち止まり、その二人へと振り向く。振り向かれた当の二人は、予想外の出来事に驚きと怯えを見せる。
「貴女風に言うのなら…」
「……」
前を歩いていたニーネとニーニャ、特にニーネがだいぶ遅れて気付き、アリ゜スと離れた分の距離を慌てて戻る。
僅か数秒の沈黙。その数秒だけ、上品さのかけらもないニーネの足音がこの場で一番大きな音だ。
その足音が途切れた時、アリ゜スは楽しそうに笑って言った。
「貴女に、教える義理なんてないわ?」
それは、穏やかで品のある微笑み。
アリ゜スの表情を見てなのか、はたまた答えを聞いてなのか。その場で固まるツインテールとポニーテールの二人。
再びアリ゜ス一行が歩き始めても、彼女達が追いかける事はなかった。
「またね、名も知らぬ何処かの誰かさん。」
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教室に入って来た予想外の男を見て、教室が騒めく。
「席につけ。」
男は教壇に向かい、我が物顔で占拠した。
その光景にどよめきが増す。
そこに居たのは、剣術授業担当でありこのクラスの担任でもあった教師・モーブルではない。
その異様な光景に、一人の活発な男子生徒が声をあげる。
「あの、イルサークア先生…」
長身の青年、レイヴン・Y・イルサークア。
未だ若者に見える彼が、教壇に立つ光景。それは年がそう離れて感じない学園2年生である彼等の目にも、違和感が拭えないものだった。
黒髪黒目、更には衣服や羽織るマントまで、全てにおいて黒が前面に押し出された格好の教師。
黒で統一されたその姿は、顔に見合わぬ威圧感や風格を感じさせる部分はあるものの、それでも他の教師たちと比べて若さを隠せていないチグハグ感が残っていた。
「なんだ。」
「モーブル先生はどうしたんですか?」
「説明する。まずは席につけ。……なんのつもりだアルシファイア。」
彼、レイヴンが教壇に立つ前から、殆どの生徒は席に座っている。立っていた殆どの生徒も、彼に言われるまでもなく自席へと向かい順次着席していった。
しかし。アリ゜スは彼がその名を呼ぶまで、教壇から一番近い席を見下ろし、座ろうとする素振りを見せなかった。
声をかけられて初めて、レイヴンへと顔を向ける。
だがアリ゜スが何かを言う前に、彼女が立っていた理由を彼は見つけた。
彼女の見下ろしていた、恐らく彼女が座る予定の席。その椅子や机。そこには、切り裂いたような大小いくつもの傷が見え、その上から赤黒2色の乾いていない塗料がふんだんにぶちまけられていた。
その余波が飛沫となって床や直ぐ後ろの机にまで飛び散っているが、アリ゜スの席と比べ雲泥の差がある為か、座っている本人達もほぼ気にしていない。というより、一つ前の、アリ゜スの席の惨状に目を奪われているのだろう。
「なん、だ、これは…!お前がやったのか!?」
「……自分の席をこうまで汚す馬鹿が何処におりますか。」
「なら、誰が…」
「あの…」
レイヴンへの説明要否を迷っているらしい女子クラスメイトの声に、アリ゜スは被せるように言った。
「わかりません。ですがひとまず代わりの筆記用具を持って来ようと思いますので、一度寮へ戻ってもよろしいでしょうか?イルサークア先生。」
「ああ…あ?いや待て!それとこれとは、関係ないだろう。」
「……廊下の、私物入れを。」
「……!?」
ほんの少し、眉根を寄せたように見えたアリ゜ス。その言葉。
「私物入れ」。
その単語を聞いて、とある可能性に思い至ったレイヴン。深く考える間も無く、廊下への短い距離を全力で走った。
そこには予想通りの…いや、予想を上回る惨状が広がっていた。
彼が教室に入る時は教室へと意識が向いていて気が付かなった、しかし本来見逃しようもないような、あまりに異常な光景。
個性を持たずにずらりと並んでいるはずのロッカー。
その内の一つが、一目でわかる個性で彩られていた。
錠が壊されたと直ぐにわかる、一部分がひしゃげた歪なロッカードア。
開けたその内側へと、的確に赤色がぶちまけられていた。
勿論、中にある物は余す事無く赤に濡れているだろう。
中を汚すのに余ったソレが、殺人現場を演出するわざとらしいフィクションのように、赤くたっぷりと床を濡らしていた。
頭に浮かんだのは、ロッカーに人を詰めナイフで刺すアリ゜ス・アルシファイアの姿。
…そんなわけはない。
イメージを振り払うように頭を振った。
頭に浮かんがイメージに違和感は無い。だが、嗅覚がそれを否定する。
血溜まりからは、もっと鼻の奥に刺さるような臭気がする。
そこに充満する鼻の神経を麻痺させるようなキツく重い臭いは、教室の中でも感じた、塗料と同じモノ。
「筆記用具を取りに、一度寮へと戻ります。」
「っ!?」
いつの間にか教室の扉まで来ていたアリ゜スの声に驚き振り返る。
教室からの明かりで見え辛い彼女の顔に、言葉を失う。
その悲惨な光景に大きなショックを受けていたレイヴンとは対照的に、彼を見上げる目の前の少女には、一切の動揺が見て取れなかった。
彼女のその凪いだ表情は、レイヴンを更に困惑させる。
「何故、動じていない…?」
「驚くほどの事でもないので。」
「この光景がか!!」
「はいそうです。で、寮へ戻る許可を。」
「寮…?」
「代えを取って来ます。」
「……」
「許可を。」
「……わかった。」
「あー、あと…」
「…なんだ。」
「机と椅子の交換は、して頂けるのでしょうか?」
「……確認しておこう。だが恐らく直ぐには無理だ。戻ってきたらひとまず、空いている別の席に座れ。」
「わかりました。直ぐに戻ります。」
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手ぶらのまま玄関方面に歩きだす、優雅な後ろ姿。
レイヴンはその反応に、その背に、大きな違和感を持っていた。
異常と言う他無かった。
一切の動揺が見て取れない淡々とした表情、合理的な行動。
それはどう見ても、たった今悪意を集めてぶつけられるような悲惨な嫌がらせを体験したばかりの、16~7歳の少女がする反応ではない。
とても、被害者の態度には見えない。
自作自演…か?
ふと頭に過る。
しかし、腑に落ちない。
否定はできない。
が、そんな事をする意味があるのか…
思考が少しだけ頭を巡ったが、また直ぐに振り払い教室へと入る。生徒達に指示を出す為に。
「俺は教員室に行く。お前たちはそのまま座って待て、直ぐに戻る。」
「あの、先生…」
「なんだ。」
「モーブル先生は…」
「……」
彼が最初に教室へ入って来た時、真っ先に質問した生徒が繰り返すように問う。
そう言えば答えていなかった、と思い出す。
今はそんな場合ではない、と。突っぱねてしまえば終わる話だった。
…しかし、その言葉が詰まる。
拒絶してはいけないような気がして。
僅かな逡巡の後、結局その口は開かれた。
「今日から俺が、このクラスの担任だ。詳しくはアルシファイアが…いや、帰りに話す。今は時間が無い。1時限目の準備をして待て。」
「あの、先生!」
歩き始めようとしたところを、更に別の女生徒が引き留める。
「なんだ…」
「あの、私、席、移動して良いですか!?」
「…何故だ。お前が席を変える必要は……」
その言葉を聞いて、つい目線でクラスの席状況を確認してしまう。
この生徒は今、横長の二人席を一人で広く利用している。
場所は、アリ゜ス・アルシファイアが使っていた席の隣。
後方には同じように、長机を一人で使っている生徒が一人だけ居る。
他の席は全て埋まっていた。
クラスの席に決まりは無い、生徒の自主性に任されている。
しかし学年が変わる際のクラス替えが無いこの学園では、1年生のうちに席は概ね固定化する。
時折気分で変わる事もあるが、それも生徒間での話し合いで決まる場合が殆どだ。
そしてその「自主性」の結果は大体決まって、クラスで最も爵位の高い家の令嬢・令息が、最後方の席に陣取る。
それはレイヴンが学園生だった頃よりも前からの、必ず人伝に聞こえてくる伝統的で暗黙なルールの一つだった。
…しかし。この教室では、最前列にあの女の席がある。
ここ数年で突然伝統が変わった?考えにくい。
いや。
このクラスだけが異常なのかもしれない。
アリ゜ス・アルシファイアの、先程の態度もそうだ。
このクラスには、自分の知っている「普通」とはかけ離れた何かが、ある。
そう考えると、席の移動を希望する生徒の声は切実で、その表情は神に縋り願うような心細さにも見えた。
レイヴンへと向けられるそれは、無意味な席替えを願い出るにしては、あまりに必死な表情に見えるのだ。
その顔を見れば、嫌でもわかる。
あの女が戻って来た時、彼女と相席になるだろう可能性。それが非常に高い事は、想像に難くない。
「いや、良い。好きにしろ。」
目の前の少女は、恐らく逃げたいのだ。アリ゜スの来ない場所へ。
腑に落ちる。だが同時に疑問にも思う。
いくら公爵令嬢相手とは言え、いくら悪い噂を持つ生徒とは言え。
同級生をそこまで恐れるものだろうか。
それが席移動を願い出た彼女だけなのか、若しくはこのクラスでの共通認識なのか。
時間がある時に情報を集めたい所だが…
それにはまず、担任としての信頼を得る方が先だろう。
ならば、多少の事には目を瞑り、柔軟に対応するべきだ。
魔道具研究者として特別待遇で学園に迎えられているレイヴン。
その立場を最大限利用し、このクラスの担任業務に自らを強引に捻じ込んだ。
勿論これは、前クラス担任であるモーブルの強い嘆願があってこそ通った異例中の異例ではあるが。
…そのために、多少犠牲にした物もある。
望外の幸運で手に入れた切り札、無駄遣いはできない。
「はい!」
そそくさと荷物をまとめ、後方のとある女生徒の席へ。相手から許可が返ってくるより早く、半ば強引に相席となっていた。
そんな席移動の光景を横目に、声をあげる者が他に居ないかを目線だけで確認するレイヴン。
もう一度「教員室へと向かう。」と告げて、教室の扉へと歩く。
「!?」
そこへアリ゜スが、扉の向こうから姿を現した。
「…おい、1時限目まで時間が無いんだ。早く取りに行け。」
「は?いえ、もう在りますが…」
「……?」
「…ほら。」
「……?」
何を言っているのか理解できない。
寮の自室へ取りに行くという話ではなかっただろうか。
アリ゜ス・アルシファイアが寮へ向かったと思っていたのが、1分前かそこらだ。
寮まで、それも自室まで行き、目当ての物を取って来る。全力で走れば10分程だろうか?1時限目に間に合う可能性も少しはある。しかし淑女教育を受けた貴族の令嬢が、学び舎で走るわけもない。10分前後の遅刻は確実だった。
だが、確かにその手には筆記用具と数冊のノートが存在していた。
在り得ない光景だった。
「……それを、どこから持って来た。」
「勿論それは……あー…自分の、部屋。から?」
「そんなわけがないだろうが!!」
「それは、まあ、いえ、申し訳ありません…。あの、アレです。実は、たまたま近くにありまして。」
「馬鹿にしているのか!?」
「はあ…。あのですねえ、先生。必要な物は、ここにあります。それでよろしいではありませんか。」
「必要な物」。そう言って見せつけるように両手で持たれた、筆記用具が入ったであろう筆袋と、3冊のノート。
この女の言う事は、確かにそうだ。在るのだから、それで良い。頭では理解できている。
しかし。だからと言ってすんなりと飲み込めるような話では…!
「ほら、先生。1時限目が始まるまで、そう時間はございませんよ?」
声を出せずに立ち呆けていたレイヴン。
アリ゜スは自分が立っていた、教室と廊下を繋ぐ扉がある場所へと彼を促し、小声で「どうぞ」と付け加えた。そのまま堂々と、彼の横をすり抜けて行く。
その背を睨んだところで、アリ゜スには何一つ届かない。
時間の無駄。そんな言葉が頭を過った彼は、顔を悔しそうに歪めながら速足で教員室へ向かい始める。
「少しよろしいかしら。」
閉めるドアの向こうからアリ゜スの声が聞こえたが、気にしている余裕などない。
ああそうだ、その通りだ!時間が無い!
教員室に行って報告、ロッカーの掃除の手配と、机と椅子は……どうすれば良い?いや、現状はひとまず全て伝えて、確認を…そうだ、確認が必要だ。何が起こっている?何故あの女はあれだけ冷静なんだ!?まさかこのクラスでは、あんな事が日常的に起こるとでもいうのか!?モーブル先生があれだけ担任を降りたがっていた理由は、まさかこれか…?違う!そんな事は今はどうでも良い…!私にも授業の準備があって…報告をすれば、あとの対処は任せて良いのか?わかるわけがない…こんな事態の対処方法、知るわけがない!何故初日でこんな不幸が起こる!?それともなんだ、このクラスの担任には、これが毎日続くのか…?この異常なクラスだと。そうだ、異常だ。おかしい。
何も考えないつもりが、教員室へ向かう短い時間で無駄に思考を巡らせ続ける。
もっと大事なことがあるはずだと分かっていても、止まらない。
何がおかしいって、もちろんクラス全体が既におかしいが、何よりアレは規格外だ!
アレを前にすると常識が何一つ通用しない。
なんだ『たまたま近くあった』って!?そんなはずがないだろうが!
…いや、いや冷静になれ。確かに持って来たのだから、ならば近くにあったのは間違い無い。
取り巻きか、もしくは噂の影武者にでも持って来させたのだろう。
結局、事前に今日起こる事を知っていたとしか思えないが。
…いや、これも違うか?俺が教室に来る前に命令しておけば、持って来させていたのなら、あの速さも理解できる。
俺が教室に着く前から、あの状況だったんだ。なら在り得ない事は無い。
だが、違う。問題はそこじゃない。
持って来た物だ。
寮に予備の文房具がある?
学園の中にも、緊急で必要になった時の為の学習道具の専売店があるのに?
自室に保管するのは珍しい。が、全くないとは言えない。
だが。あの量はなんだ…!?
ペン一本、ノート一冊程度まだギリギリわかる。
それが、ノート数冊?筆記用具が一式入った筆袋!?そんな物を、予備に自室に置く奴が居るか!?
予備が必要になると予め知っていた!
それしか…そうとしか、思えない…!
やはり、自作自演。
導き出された結論は、それだけだった。
教員室へとたどり着いたレイヴンは改めて、あの惨状をどう言葉で伝えようかと頭を悩ませる。
「もう嫌だ」。担任になった初日で、既にその選択を後悔し始めている自分が居る。
頭を駆け巡っていく幾つもの案の中に紛れて、そんな余計なノイズが頭をかすめたせいだろう。
なんとも渋い顔をしたまま教員室への扉を開けてしまい、教員たちを驚かせたのは言うまでもない。
そしてそんな自分を見た直後の、元担任モーブルの憐憫を微かに含んだニヤケ顔を、レイヴンは生涯忘れる事はないだろうと思った。
諸々の報告をすませ、一旦戻った教室。
アリ゜ス・アルシファイアのその隣、そこで本日何度目か数えるのも忘れた驚きがあった。
席移動したはずの女生徒が元の席に戻り、絶望の表情を浮かべていた。
「……そのまま準備をして待つように。」
レイブンは、考える事を放棄した。
遅くなりましたが、近日再会予定です。
もう少々お待ちください。




