005 金髪悪女を叩いてみても、ボロもホコリも出て来ない
「本日は前回の座学でも少し触れた、属性魔法同士の相乗と相殺について、実際に属性魔法を合わせながら確認していきたいと思います。魔法の相乗・相殺を行う上での階級や属性は、大きな目安ではありますがそれが全てと言うわけではありません。では同じ階級の魔法同士をぶつけながら、相殺が発生しない場合に考えられる原因はなんだったでしょうか。……では、ロッテンバルドさん、わかりますか?」
「はい、えっと…二つの魔法のバランスが悪いから…?です。」
「ええ、間違いではありません。が、魔法の何のバランスが悪いか、もう少し具体的に言えますか?」
「あー……。込めた魔力の強さの違い、です。」
「その通り、ありがとうございますロッテンバルドさん。えー、魔力の強さ、これは『魔力濃度』とも言います。向かい合う二人の魔法使い同士が、お互い火の中級魔法を相手に向けて撃ったとします。今までは、二つの魔法がぶつかれば相殺されて、消滅すると言ってきました。概ねの場合この通りになりますが、実際にはこうならないケースもいくつかあります。例えばどちらか片方が込めた魔力が極端に多い場合、同じ火の中級魔法でも、込められた魔力が少ない方が消滅し、魔力が多い方がそのまま進行する事があります。これは魔法に込められた魔力量、つまり遠距離属性魔法に内包された魔力濃度の影響が最も大きいと言われています。では実際に、二つの魔法をぶつけてみましょう。」
女性教諭は名前を呼んだ生徒…茶髪の少女に細かい指示を出し、実際にお互いの魔法をぶつける。
教師は魔法を放った直後、数歩横へと移動。すると生徒が放った魔法は、教師の放った魔法を打ち破りそのまま直進。教師が先程まで居た場所に、何かの幻影を見つけたように吸い込まれて行き、その先の壁に当たって消えた。
王国では公共施設内の魔法利用が制限される事は多く、学園でもそれは同様だ。
攻撃魔法に分類される魔法は基本、緊急時以外使用禁止となっている。使用した場合は状況が検分され、正当性が認められない場合罰則が下される場合もある。
ただし、本堂以外の学園施設においては、定められた一部の魔法利用が許可されているスペースもある。
その中でも最も魔法に関する自由が許されているのは、他とは違い威圧感のある、黒い外壁をした立派な建物。
その見た目故に、『漆黒殿』。
正式名称は『複合魔法堂』なのだが、こちらで呼ぶ生徒はほぼ居ない。
魔法干渉を遮断・分解する特殊金属が使われており、内外からの魔法殆どを受け付けない仕様になっている。
その為内側から見てもほぼ一面黒だが、床だけは魔物の皮が張られていて質感が違い、色もクリームのような薄黄緑をしている。
材質の違いから能力面では他に劣る…という事もなく、むしろ壁等と同等の対魔性能に加え、更に熱に強く水を弾く。
また床だけでなく、ただのガラスに見える窓でさえ、実は殆どの高度魔法を弾いてしまうと言われている。
これらの特性から名前の通り、主な用途に魔法の複合的利用、つまりは魔法の実技授業や魔力・魔法技能測定等での利用が想定されている。
現在この漆黒殿では、二年2クラスの合同授業が行われている。そこにはアリ゜スの姿もあった。
アリ゜スを含むその場の全ての生徒は、普段の制服の他、短めの黒いマントを利き手側の肩に羽織っている。
また腰や腕にはベルト、もしくは専用のホルダーが巻かれており、そこにはもれなく木製か金属製の短い棒があった。
「このように、魔法に込める魔力の濃淡で結果が異なる場合があります。魔物の中にも魔法を使う種類は多いですが、魔力濃度を任意で操作できるのは今のところ人間だけと言われています。そのため対魔物戦を生き残るには、魔力濃度を意識できるかが大変重要です。もちろん属性魔法の相殺には属性の相性なども大きく関わって来るので、習得した属性が複数ある方は、魔力濃度よりそちらを意識して使用する方が効率は良いでしょう。」
女性教諭は話をしたまま、持っていた木製の短い棒を腰のホルダーに差し込み、新たに金属製の更に短い棒を二本取り出す。それぞれの棒の先から、小さな水と火の魔法を出して見せた。
説明をしながら二つを棒の先から放ち、ぶつかった瞬間小さな火が消えた。
「しかし魔力濃度操作は、魔法使いならば意識一つでいつでも直ぐできる汎用性の高い、とても実績的な技術です。使える魔法の種類が少ない初心者はもとより、場所により使用できない魔法があったり、得意系統が一つだけ突出している、咄嗟に出す魔法が偏ってしまう癖があるなど、実戦では属性をいつでも最適に選んで出せるとは限りません。その為魔力濃度の操作は大切な基本なのですが、意外と忘れやすい事項としてもよく知られています。皆さんも注意しましょう。それと、もう一つ面白い物を見せましょう。アルシファイアさん、ご協力お願いできますか?」
「はい。」
「ありがとうございます。あ、まだ座ったままで。少し待って下さい。」
「はい。」
立ち上がろうとしたアリ゜スを止め、説明を続ける教師。
その様子を眺める一人の男が居た。
「魔法を構成する魔法式に無駄や歪みが少ないと、その分魔法に込める情報を圧縮する事ができ、これは魔法そのものを強固にする事ができます。先程の魔力濃度に対して、これを魔法密度と言います。」
「魔法密度については前にも一度説明しましたか?」と質問する教師に、数人の生徒が頷きで返す。
うち一人が声に出して返事をし、教師は満足そうに頷いて続けた。
「魔力密度は、単に密度とか情報密度と呼ばれる事もあります。魔力濃度も言ってしまえば『魔力の密度』と言う意味ですし、魔力濃度と魔法密度、語感も近い為混同されがちですが、全くの別物です
。この二つは大きく違います。魔力濃度の操作は初心者にも使える簡単な技術ですが、魔法密度を自在に操作できるのは魔法の操作技術に優れた方々。殆どが魔法を長年使い続けた熟練者だけです。アルシファイアさんの火魔法が大変優れているのは、昨年度から何度かお話していたと思いますが…その美しい魔法式から発生する密度の濃い魔法は、下手な宮廷魔導士程度は軽く凌駕するでしょう。」
どよめきが起こり、無遠慮な視線が一斉に動く。
話の中心となったアリ゜スは黙って座ったまま、教師の話に耳を傾け続けていた。
「お静かに。実際に戦って勝てるとかのお話ではありませんよ?扱える魔法の種類や等級、魔法の複合やアレンジなど、技術と知識を兼ね備えた上で、それを実用レベル以上に日々練磨しているエキスパート。なればこその宮廷魔導士です。」
どよめきの余韻が治まりきらず、教師が咳払いで空気を切り替える。
「ただ、先程言ったようにアルシファイアさんの火魔法の緻密さは、学生の中で群を抜いています。その為私見ではありますが、一般的な宮廷魔導士と火属性同格魔法に限った魔法勝負をしたならば、ほぼ確実にアルシファイアさんに軍配が上がると考えています。これは公爵家がそれぞれ持つ得意属性にも関連しており、アルシファイア公爵家に継がれる火属性魔法の知識や技術を元に、アリ゜スさんが小さい頃から修練を積み重ねた結果と言えるでしょう。皆さんは同じ学生だから自分にもできるかもと、軽い気持ちで彼女の真似をようなする事が無いように願います。ではアルシファイアさん、前へ。」
「はい。」
「アルシファイアさんは、合図をしたら私にファイアーボールを。あ、全ていつも通りで大丈夫ですよ?。」
「わかりました。」
「それでは皆さん。優れた技術で繰り出される初級魔法と、一般的な中級魔法。二つをぶつけるとどうなるのか、予想しながら見て下さい。ではアルシファイアさん、お願いします。」
「はい。行きます。……ファイアーボール」
「フレイムジャベリン!」
ほんの少し先んじてアリ゜スが、それを見た教師が重ねるようにそれぞれ魔法を放つ。
アリ゜スの出した魔法は、輪郭ができ始めた直後にはもう完成した、彼女の握りこぶし程度の大きさをした、橙色の球。
それに対して教師が放ったのは、空中に生まれた火種が一瞬で燃え上がり形作った、全長が本人の身長分はある、燃え盛りゆらめく大きな槍。
機械的に進む音も揺らめきも無い球に比べ、数メートル離れていても熱が伝わってきそうな勢いの炎が音をたてながら、うねる尾を引き空中を走る。その圧倒的迫力に、誰もが息を呑む。
二つがぶつかってからは一瞬だった。
巨大な槍が小さな球に刺さり、飲み込み膨らんだ。かと思えば、槍は接触部から内側に落ち窪む。瞬く間に穴となったそこから、もはや槍の形状を失った炎が刹那の内に裏返る。
アリ゜スへと向かっていた火の尾が、空中で反転したように教師へと向かう。
だが勢いは見る間に衰え、教師の遥か手前で霧散した。
生徒は驚きの声をあげたり、唖然とした顔をする者が殆どだ。
「このように、相殺しながらもまだアルシファイアさんの魔法の方が勢いを残していました。あと二歩程前に居れば非常に危険だった事がわかると思います。皆さん予想外の光景だったのではないでしょうか?ただし、これは極端な例です。対人戦においては属性相性や戦術等で勝敗が決まる事の方が圧倒的に多い。その為そう言った要素らと比べ軽んじられるのも無理からぬ事。もちろん属性や戦術を意識する事は至極重要な事ですが、それのみに固執してしまうと、ある日唐突にアルシファイアさんのようなイレギュラーに遭遇し予想外の結果に見舞われる……そんな可能性もあると言う教訓にしてください。皆様も、扱える魔法の数や等級を磨きつつも、目に見え易い成果ばかりに慢心せぬよう心がけましょう。はい、ありがとうございますアルシファイアさん。」
「待て。アリ゜ス・アルシファイア。」
「っ!?先生!?」
遠巻きに見ていた男が、十数メートルを一歩で飛び、歩きながら声をあげた。
その様子に驚く者、怪訝そうにする者ばかり。
この場で彼を知っているのは、男を「先生」と呼んだ女教師一人だけだろう。
「授業中にその指輪はなんだ。外せ。」
「どなたですか?」
男はアリ゜スの質問に構わず、変わらぬ速度で近付く。
「聞こえなかったのか、右手の指輪を出せ。」
「寄るな!攻撃する!」
「っ!?待て!」「待ちなさい!その方は学園教師です!」
言うが早いか、その男に対し躊躇ない魔法が放たれる。
対して男は、マントを持ち上げて体を隠しながら、二連続で出した水魔法で襲い来る火球を討ち果たす。
「ふざけるな!俺は教師だぞ!」
「うるさい!誰何に答えず近寄った分際で口答えできると思うな!」
「待って!」と、声だけでなく体ごと、女性教師が間に割って入る。
「先生、急すぎます!今のは貴方に非があります!」
「な!?しかし!」
「アルシファイアさんも!原因は確かに彼にありますが、今の対応は少しばかり性急では?」
「一方的にこちらの名を知られている成人の異性が、怒り顔で迫って来るのです。妥当な警戒対応かと。」
「あ、う…言葉で言えばそうなのですが…彼は今年から1年魔法実技の一部を任される新任教師です。紹介を後回しにした私にも責があるのを認めます。ただ、状況から彼が教師だと察する事もできたのではないですか?」
「可能性は高いと判断しましたが、関係無いので撃ちました。」
アリ゜スのその言葉に、相対していた二人だけではなく、生徒の中にも驚きの表情を隠さない者が多い。
男の顔からは怒りが消え、「理解できないモノ」にただただ困惑と驚愕を示している。
「そ、それは、教師と知っていて撃ったと!?」
「単に当たりを付けていた程度、ですが。ただ、人の職と不審者の是非は別問題、という認識です。教育指導者は崇高な職と存じます。が、だからと言って教職者全てを問答無用で信頼するのは愚かかと。それが、教師かどうかも明確に示さない相手ならば猶更では?やましい事がある、と誤解されても仕方がない振舞いかと。」
「…仰りたい事は理解できます。」
「担当ではないクラスの授業に無断で割り込み、こちらの話も聞かず一方的な態度で迫る。そんなもの、不審人物以外の何者でもありません。ですが念のため『どなたですか』と、『私は貴方を知らないので警戒しています』とわざわざわかりやすく表明し、返事を待ってからの対応に心掛けました。……相手は、近付かれてしまえば膂力で勝てない成人男性。婦女子として相応の警戒を示し己が身を守るのは、権利を超えて最早義務かと。故に。先程の対応、恥じ入る所は何一つございませんわ。」
聞いていた女生徒達の中にも、小さく頷く者が数人居た。
「わかりました!全面的に我々の非を認めます。アルシファイアさん、謝罪を受け入れていただけますでしょうか?」
「……本人の口から謝意の一言もないのは残念ですが、ブルードルフ先生に免じて水に流しましょう。」
「貴方も!黙っているのが教師のする事ですか!」
怒り、困惑、驚愕、また怒り。激情を隠そうともせず横で聞いていた男。
不服を前面に出すような態度は、他の生徒が向ける視線を見てその内に萎みはじめていたが、アリ゜スの謝罪要求ともとれる言葉に再び眼光を鋭くする。
鼻を鳴らし再び発した声は、先程と変わらず尊大な態度が見え隠れしていた。
「……こちらにも落ち度はあったようだ。だがそれにしても、ずいぶん暴力的な自衛もあったものだな。」
「礼節を説く立場からのありがたいご高説、誠に痛み入ります。ただ、もし次回があれば、名前と職業くらいは即座に答える事をお勧めしますわ?ああ、もしくは私には、アリ゜ス・アルシファイアだけには名乗りたくない事情でもございましたかしら?レイブン・Y・『イルサークア』先生。」
皮肉に眉をひそめていた男…レイブンの目が見開いた。
「な!?まさか、知っていて!!」
「今年度の新任で魔法実技担当者は男性一人。簡単な答え合わせですわ。ね?」
「……アルシファイアっ…!」
「さあ、これ以上の無駄話は授業妨害ですので。ブルードルフ先生、どうか続きを。」
「待て!まだ話は終わっていない!」
「拒否します。」
「なっ!?」
レイブンと呼ばれた男が伸ばした手が強く打ち払われた。
「必要な説明は既に致しました。あれでもまだ足りないと言うなら授業後にでもすればよろしいでしょう。授業からの過剰な脱線は教師のではなく、学ぶ機会を奪われる生徒達にとっての迷惑です。権利侵害で訴えますよ?」
「っ!?ち、違う!指輪の話が終わっていない!それは、魔力増強の魔法補助具だろう!?そんな物を使って!授業中は外せと言っているんだ!」
「……妹さんと同じ事を言うのですね。」
「…っ!?」
「重ねて、断固拒否します。」
「は!?」
「学園からの許可は出ています。新任の一教師風情が、とやかく言える事ではない。」
「な!?な、なにを、馬鹿な…本当ですか!?」
目の前の少女から、質問先を女教師に切り替える。
男のそれは回りくどく且つわざとらしく、「アリ゜スの言葉は信用できない」と示す態度。
二人のやりとりを呆けて見ていた女教師は、唐突に向けられた男からの質問に、歯切れ悪くも肯定した。
「兼任とは言え、担当するなら去年の事くらい調べて来て下さい、と言いたい所ですが…まあ、新任早々では酷な話かもしれないですね。ただし今回限りです。こんな下らない事で、二度と授業を止めないでいただきたい。ではブルードルフ先生、」
「ま、待て!まだ話は」
「くどいぞ。お門違いだ。確認やら文句やらがお望みならば学園長にでもすれば良い。……次に邪魔をすれば本当に訴えます。」
「……」
「……では、授業の続きをお願いします。」
生徒集団に戻るアリ゜ス。いざ座ろうとするも、依然として沈黙が続くその場に違和感を覚えて振り返る。
「……ブルードルフ先生?」
「はい?あ、はい!では、授業を再開します!」
まだ青年と呼ぶに相応しい若々しさを持つ長身黒髪の男、レイブン・ィヤート・イルサークア。
それから少しの間、無言のまま授業の様子を眺めていた彼だったが、程なくして漆黒殿から姿を消した。
結局何をしに来ていたのか?授業中もその後も、説明は無かった。
************
「アルシファイア!」
「はぁ…お早いお戻りですね?」
魔法実技の授業終わり、教室へ向かう道中。学園本堂に入った所で待ち構えるように、レイブンは立っていた。
声をかけられたアリ゜スは、呆れを隠さず投げやりに応えた。
「次はなんです?髪の色かスカート丈でも注意いたしますか?」
「…お前のペースには乗せられんぞ。生徒指導室へ来い。」
「…っ!なんで……」
「なんだその態度は。返事はどうした。」
「馬鹿も休み休み言って頂けますか?」
「ばっ…!?」
「この一時間どう考えていたのか知りませんが、出した答えがそれですか?」
「くっ…口答えするな!良いから来い!」
「呼び出しの理由も聞かずに『はい行きます』なんて言う馬鹿は居ませんよ、先生。で、理由は?」
「………確認がある。」
「ならここですれば良いではないですか。」
「…他人の耳があっては話しにくい事もあるだろう。良いから来い。」
「因みにお聞きしますが。男性教師が女生徒を呼び出し個室で二人きりになろうなど、そんな馬鹿なお話ではございませんわよねえ?」
「っ!?」
「どなたか女性教師も同伴予定なのでしょうか?御姿が見えませんが。」
「っ…」
「……貴族の子女は特段、純潔を尊ぶ。先生も貴族ならば、当然お判りいただけますわよね?」
「それは……私は…」
「私に執着すると言う事は、まさか義妹様の事でもお聞きになりたいので?」
「!!」
「そのように縋る目で見られても困ります。死んだわけでもないのでしょう?本人に聞けばよいではないですか。」
「な、できるはずがないだろう!」
「はあ。何故できないと?彼女、口が利けなくでもなりました?」
「そういう事では…!直接なんて…。」
「…兄妹仲が険悪なのでしょうか?あ、答えなくて結構ですよ。家庭の事情など知った事では無いので。では、私には関係ない話題のようなので。失礼いたします。」
「まっ…」
「生徒指導室に呼びたいならせめて相応の理由と、それに納得してくれる女性の同伴者を見つけて来てくださいませ。…八つ当たりならば、他所にどうぞ。」
「……」




