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悪女が騙りて神を裂く  作者: たかはし?
第零章 Ep2 Normal End ~聖女じゃないなら悪役令嬢になれば良いじゃない。~
4/9

004 腫れが酷くて仕方がないなら、極力見ない気にしない






「………。」




 学園の暴君。

 アリ゜スの二つ名に異論を唱える者は居ない。

 しかしだからと言って、彼女が常日頃から目に見える形で強権を振りかざしているのかと言えば、それも違う。

 それを最も強く感じて居るのは、彼女のクラスメイト達であろう。

 授業中に回答を余儀なくされた時。誰かに話しかけられた時。伝えなければならない事がある時。…必要最低限のケースを除けば、彼女の声を聞く機会は殆どない。

 そう、教室内でのアリ゜ス・アルシファイアは恐ろしいほど寡黙だ。


 例えば、平民や低位貴族がアリ゜ス嬢の怪しい噂をしている所を聞かれてしまおうが。例えば、彼女の影武者談議が目の前で賭けにまで発展しようが。

 自分がどれだけ話のネタになっていようとも、彼女の無関心の姿勢は揺らがない。


 彼女や彼女の私物に触れたり、過度の興味や悪意を持って声をかけたり。

 積極的に関わって来る者以外には、彼女自身もまた関わりを持とうとはしない。

 つまりは。

 自ら不用意に近付こうとしなければ、アリ゜ス・アルシファイアは一見、人畜無害な生徒とも言えた。

 故に彼らは、他の学生達ほど彼女を恐れない。


 ……それらの教訓は昨年一年間を通して培われた物であり、その発端に、彼女と公に事を構えたクラスメイト、クラリス・ドゥーチェ・イルサークア公爵令嬢の『自主退学事件』があるわけだが。

 兎にも角にも、そのクラスにおいては『触らぬアリ゜スに祟り無し』が共通認識になっていた。

 有り体に言って、腫れ物扱いである。


 そんな環境だからこそ、クラスメイト間でアリ゜ス・アルシファイアの話題が上がる事は多く、週に数度は新旧入り混じった話題で盛り上がる。

 とは言っても、当然地雷に自ら無防備で飛び込む馬鹿も居ない。本人が居る時は声を潜め、言葉を濁しながらだ。…対策、と言うにはなんとも杜撰なモノだったが。それでアリ゜ス本人が口を出した事が一度もないのだから、誰もが問題ないものと考えていた。

 

 しかし。本日は朝からそんなクラスの空気が違う。

 本人の在不在に関わらず、クラス中でアリ゜ス・アルシファイアの話が飛び交っていた。

 それもそのはず。

 先日入学してきたアルシファイア家の次女、スカーレットによる爆弾発言は、瞬く間に学園中に広まっていた。


 『アリ゜ス・アルシファイアは、アルシファイア公爵家から見限られた少女である』。

 非常に興味が魅かれる話だ。

 この学校で猛威を振るう、公爵令嬢アリ゜スの話題は豊富だ。

 アリ゜スに噛みついた数人の生徒が失踪。実は秘密裏に、公爵家の権力で消されている…とか。

 とある教師が学園を去ったその理由は、転任ではなく辞任だったとなっている。それがなんと、公爵家が国内教育機関に圧力をかけた結果だ…とか。

 公爵家から見放された、公爵家の権力を使えないと言われる少女に纏わる、権力絡みの数々の噂。

 それらの噂は全て嘘だ、とでも言うのだろうか?


 ……もし本当にそうだとすれば、それは誠に喜ばしい事であろう。

 同じクラス、自分達の程近くに常にいた、人生すらを脅かしかねないと恐れていた相手。彼女が実は、なんの害もない無いただの少女だった、という証左となるのだから。


 だが。

 実際に、教師は学校から居なくなった。

 実際に、クラスメイトが一人教室から居なくなった。

 だから彼等彼女等は、この話に嬉々として食いつきはしても、これまで通り何もしない。

 クラスはただ、アリ゜スの噂の真偽を知って居る者が何処かに居ないかを探す場になる。

 居るかどうかもわからない犯人捜しは、大いに賑わう。

 本人だけが素知らぬ顔。


 盛り上がるクラスメイト達の話題の中に、しかし決定的な物は何一つない。

 それもそのはず。きっかけとなったアリ゜スの妹、スカーレットの発言以外、目新しい情報が無いのだから。

 ……そう思っていた彼等の中に、一つのゴシップが、飛び切りの新ネタが投げ込まれる。

 実は今日、当のアリ゜スに関わる、目に見えた一つの変化があったのだと。


 それは、今朝の出来事。

 彼女がなんと、教室までの二人の共を連れていたと言うのだ。

 高位貴族に良く見られるような、供回りを連れた姿をほぼ見かけない、一匹オオカミのような暴君が。


 今まで息を潜めていたが、友人から噂の出所として告発された、内向的な少女。

 その光景を唯一見た女生徒である彼女に、クラスメイトが群がるのは必然だった。

 曰く、二人の顔はどちらも去年一年見た覚えがなかった。うち一人に学校鞄を持たせていた。また迎えに来るような事を言っていた。…見ていて分かったのは、その程度だと。

 「なんだそれだけか」と意気消沈する者も居れば、「その二人の特徴は」と食い下がる者も居て、更にその中から「アルシファイア家の系列にそんな感じの見た目の子が…」と推理を進める者が数人現れる。

 休憩時間になる度教室の何処かで始まるその光景は、午前の授業が終わるまで飽きる事無く繰り返されていた。

 いや。

 その話は昼に入って飽きられるどころか、爆発的に加熱した。




「アピス様!」




 教室の引き戸が、未だかつてない勢いで開かれる。

 ……反発でドアが7割戻る。




「フンッ!」




 もう一度。

 今度は開けた手でドアを押さえつける。




「お供しますわ、アピス様!」」




 そこから顔をのぞかせたのは、赤茶かオレンジを少し薄くしたような色の、巨大鉛筆。

 均一な太さで長く伸び、先端は膝に届く程。

 薄オレンジ色の髪が頭の左側に結ばれ、それが長く螺旋状に巻かれ、見事に鉛筆のようなシルエットを

作り出していた。

 声量、存在感、そして鋭い眼光を兼ね備えた少女。

 誰も声をあげなかったが、殆どの生徒が直ぐに理解した。

 アレが噂の、暴君の連れだ。




「………あら?」




 静まり返る教室。

 首を傾げる。

 教室内の席を順に見渡す。繰り返しもう一度見渡す。

 首を傾げる。

 頭だけを教室に入れて、死角になっていた手前の角を睨むように確認する。

 首を傾げる。




「……何処いずこに?」






************






「あのベンチで少し時間を潰そう。おいでアリス。」


「木の陰になってて涼しそう…。」


「さあ、座って」


「わぁ……!思った通り涼しい。それに…、綺麗な音。落ち着く場所だね。」


「気に入って貰えて良かった。ここは僕のお気に入り、とっておきの場所なんだ。アリスの言う通り、落ち着きたい時によく来る。昼食の後や放課後……疲れた心が、休まる気がしてね。」


「そうだったんだ。確かに良い場所だもんね。けど、いいの?お気に入りの場所、私なんかに教えて。」


「良いに決まってるじゃないか、悪い事なんてある物か。」


「でも…クラインのとっておきの、疲れた時に休める場所なんでしょ?それを私に教えちゃったら、クラインが休める場所が無くなっちゃうんじゃ……」


「アリスは優しいね。でも心配は無用さ。ここよりもっと落ち着く場所を、僕は見つけたんだから。」


「落ち着く場所?」


「ああ、アリス…君の傍だよ。」


「!?」


「……?アリス?どうしたんだい?」


「ご機嫌麗しゅうございます、殿下。」




 木陰のベンチで休む二人の傍には、金髪翠眼の少女。

 その後ろから、薄紫髪をしたもう一人の少女が速足で付いて来ていた。




「な!?アリ゜ス・アルシファイア!?」


「……随分な反応ですわね。」


「わざわざ私を探しに来たか!暇な女だ…何の用だ!」


「……」


「どうした、何故何も言わない?」


「もしや私、忍耐力を試されているのでしょうか……」


「何をわけのわからない事を。アリスとの時間に邪魔をして…!用が無いならこの場から去れ!」


「私が殿下に声をかけるのは、その理由を殿下が作っているからなのですが。」


「私が、だと…?」




 振り返る青年。不安そうにしている、もう一人の金髪の少女と目が合った。

 顔を赤くするほど怒らせた青年は、その形にできぬ怒気の代わりを声の大きさにして、ぶつけるようにアリ゜スへと返して来た。




「……ッ!!黙れ!そのような妄言、アリスの前で!見苦しい、見下げ果てたぞ!」


「何か勘違いをされているご様子ですわね。」


「勘違いなどあるものか!」


「おい人の話を聞けクソが」


「…は?…………」




 思考が働いていない青年。何かを求めるような目。その目を見ようともせず、持っていた扇で顔を仰ぎながら、目をつぶり数秒の時を待つ。

 仰いでいたはずの扇が、音を鳴らして閉じられた。

 目が開かれたと同時に、せき止めていたダムを開け放たれたように、雪崩の如く言葉が流れ始める。




「一度しか言いません。今後同じような問答になっても」「「待て」」「二度とご忠告申し上げませんので、」「待て!今なんと」「耳の穴かっぽじってよーーーーーくお聞きください。…よろしいですか?」




 笑顔で首を傾げる。手は頬に添えられていた。




「結構。では傾聴。」




 その動作も声も、とても可愛らしさを感じるモノだ。そのはずなのに、青年は慄き、震えている。

 それもそのはず。

 アリ゜スが、眼前の少女が満面の笑みなど、今まで一度たりとも、見せた事が無かったのだから。

 その細められた目に浮かぶ感情が、彼には理解できなかったからだ。


 次の瞬間。

 数歩の間合いは一瞬で詰められ、襟元を捻り上げながら引き寄せられる。




「…で?文句を言われる理由を作った自覚が無いだと?」




 次いで出た、薄皮一枚剥いだ下にあった本性の声は、別人のように低く冷え切った音だった。


 二人にしか聞こえない声量。

 青年は、混乱と恐怖に支配され、短い悲鳴をあげた。




「婚約相手が異性とヨロシクやってるのを見て『ごきげんよう』の一言で済ます馬鹿が何処にいる?じゃあなんだ?目に入っても知らん顔で見過ごすべきだとでも言いたいわけ?王太子ともあろうお方が、いずれ国の長になろうと言うお方がまさか、浮気現場を目撃しても黙って見過ごすべきだと?女は黙って泣き寝入りでもしていろと?それが王国貴族の、淑女のすべき振舞いだとでも?」


「い、ち、違う!」


「違わない!」


「ひぅっ!?」


「事実そこの女との浮気現場を、ワタシと言う婚約者に見られておいて『黙って去れ話しかけるな』と言ったんだよさっきお前は。何が違うんだ何も違わないだろうが。」


「う…浮気とかそう言うのじゃ…だって、僕とお前は」


「浮気だ浮気なんだよ。嘘で始まろうが今はまだ正式な婚約者だとついこの間言ったよなあ言ったはずだ。たった2・3日でもう忘れたのかポンコツ鳥頭。」


「ぽ……!?」


「良いか?この際言うが、好きだとか嫌いだとか愛しるとか愛してないとかムカつくとか見せびらかしたいとか…、そう言うお前の感情は正直今どーーーでも良いんだよ。婚約の公正証書に国王陛下がサインした時点で法的にはワタシとお前は婚姻状態にあるのと何ら変わりないんだ夫婦なんだだから他の女とイチャコラしてたらそれは浮気なんだよ理解できますぅ?なら黙って見過ごす事なんてできるわけがないのもご理解頂けますわよねぇえ?」




 徐々に、ほんの僅かずつ近づいていく顔と顔。

 青年の両手で少女の右手首を掴むが、止まるはずもない。

 彼の目は涙で潤んでいく。




「法的正当性を持ち出してもまだご理解いただけない、ええ良いですともならば率直に言いましょう。面子の問題なんですよわかりませんか?法律度外視で情欲に突っ走るお猿さんの愚行に泣き寝入りするなんて……世間が許しても、アリ゜ス・アルシファイアの…ワタシの、女のプライドが許さないって言ってんですよ。だからこれから先何度同じように口汚く罵られようがアンタに開き直られようが、同じような場面に遭遇する度にワタシは必ずお声をかけさせて頂く所存です。……以上、何かおかしな部分がございまして?」




 小刻みに、首を横に振る。

 左目同士は既に、体温が伝わそうな距離で見つめ合っていた。

 まつ毛が生んだ風を感じた気がした。

 アリ゜スが手を離すと、クラインはその場に頽れ、座り込んだまま俯いた。

 



「おわかりいただけたようで何よりですわ。ああごめんなさい殿下、私まだまだ淑女としての精進が足りないようですわね。フィアンセの異性交遊事情のお話になるとどうも感情的になってしまうようで。本日の暴力的なあれこれはできれば無かった事にしていただきたいですわ。何せ年頃の恥じらう乙女でございますので。」


「…は?…え…?」


「ああ勿論水に流して頂けますわよね、何せこんなはしたない痴話喧嘩で王族侮辱罪の法廷にでも招かれてあまつさえ暴言の理由を問われてしまえば私正直に、学園の中庭で、わざわざ衆人環視必至な昼休みに、堂々と行われたこの逢引きを見せつけられた挙句、」


「!?」


「当の殿下本人から、『女は黙って浮気を見逃せ』なる旨の言葉を浴びせられつい逆上してしまった、と証言しなければならなくなってしまいますもの。ね?」


「ちょ、っと待」


「ええええ嫌でしょう嫌でしょう私も嫌ですわこんな恥ずかしい話を国のお偉方にお聞かせするのはですのでお互い水に流しましょう私も今日ここで見た事した事言った事は全て綺麗さっぱり忘れさせていただきますのでではごきげんよう。」


「あ…」




 振り向き様にアリスと目が合ったが、しかし止まる事無く歩き去るアリ゜ス。

 彼女の背にかける言葉が見つからず、再び俯くクライン。

 震える体を奮い立たせ、彼に駆け寄ったアリス。

 その場に残る二人に小さく舌打ちをして、アリ゜スの後を追う紫髪の少女。

 大勢の野次馬に見守られる中、二人だけが残される。






************






「クライン…」


「っ!……見ないでくれ…!何も言い返せない、惨めな僕を、見ないでくれ。」


「ううん、惨めなんて事無い!私を守ろうとしてくれたでしょ?」


「アリス…」




 手を取り合って立ち上がり、ベンチに座り直す。


 彼女の手のぬくもりが安心をくれる。

 腑抜けになっていた体に、力が戻る気がする。

 やはり、僕のいるべき場所は…


 アリ゜スが居た時に比べれば、野次馬もだいぶ減って来た。

 ふと、彼女が去った先に目が向く。


 …アリ゜スの去った先は食堂。

 昼休憩は未だ序盤…まだ時間もある。

 もう少しここで時間を潰そうか。

 場合によっては、誰かに頼んで携帯食を届けて貰おう。

 少し、消耗しすぎた。

 今の僕には、休息が必要だ。




「ねえ、クライン…」


「ん?なんだい。」


「あの人は、昔からああなの?」


「あのって、あの偽聖女の事かい?さあ……僕もよくは知らないんだ。」


「え!?」


「えっと…そんなに驚く事かい?」


「だ、だって……言いにくいけど、形だけとは言え、その…婚約者、なんでしょう?生まれた頃からの…」


「ああ……貴族としてはいち早く社交の場に姿を見せては居たそうだが、あまり喋った事はなかったな。その上、聖女騙りの発覚以降はそれもピタリと止んだ。だから本当に暫くの間、会っていなかったんだよ。」


「そう……。家を訪ねたりは、しなかったの?」


「ああ、いや…一度だけ。それ以外は、行ってない。僕も、婚約そのものを受け入れてはいたけど、恋愛感情は全く無い相手だったからね。と言うか、恋愛感情を抱く程の関わりすら無かったと言うべきか。その上で、聞こえる噂は酷い物ばかりだったし。何よりその一度は、殆ど門前払いのような物だった。アレの全てにもう僕も、忌避感しか抱いていなかったんだ…。」


「そっか……」


「ああ、でも…」


「?」


「昔と今では、少し印象が…昔は、今よりもっとうるさかった、ような気がする。そりゃもう、人の皮を被った魔物かと思う位に!齢を重ねて落ち着いたか…まあ、不遜な態度は、今もあの通りだけどね?」




 耳元で囁いて、クスクスと二人で笑う。

 そこへ食堂側から、二人の青年が小走りで駆けてくる。




「クライン、何アリスを独り占めしてるのさ?」


「早く、食堂に行こう。二人が、待ってる…」




 緑色の髪をそれぞれ違う型にした、似た顔の二人。




「なんだ、二人とも気付かなかったのか。アリ゜ス・アルシファイアが先程食堂に向かったぞ。」


「「え?」」




 同じ困惑の表情を鏡合わせに確かめ合う。

 どちらからともなく頷き合う。




「あの女なら少し前、食べ終わって食堂から出てったって聞いてるけど?」


「今、食堂を通って来た所だけど、普段居そうな辺りに、姿は見えなかった、かな…」


「そんなはず…」




 アリ゜スはどこへ消えたのか。

 中庭に話をしに来たのは、影武者で、その裏で食事をしていた?

 あれだけ自己主張しておいて、影武者だなどと、そんなはずは……

 ……なら影武者に食事をさせて、自分は食事もせずに去ったのか。

 わけがわからないが、そちらの方がまだ現実味のある話だ。

 …どこまでも予想出来ない、頭のおかしな女だ。


 恐る恐る食堂に近づきながら中を伺うが、それらしき影は見当たらない。

 二人の言う通り、既に食堂から姿を消したあとらしい。

 昼休憩いっぱい仲間と知恵を出し合っても、アリ゜スの断食を巡る答えが出る事はなかった。






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