2 マンダの受難
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「騒がしいものだ」
検問所を通った男、マンダは賢い男だった。
彼は利益とはどういうものなのかを良く知っていた。
金は渋るものではない。使うものだ。もめ事を起こすよりも安全に商売をする事の方が大事であると考える彼は、腕力こそないが才能はある。
商売というより、今回に限っては只の卸でしかないが。
彼は手綱を引きながらこれからの事について考える。観光をしようか、仕事をしようか、宿で休もうか―――
しかし彼は知らなかった。
真後ろに脅威が迫っている事を。
余りにも騒がしい検問所が気になったマンダは、馬車を止め、幌から検問所を覗いてみる事にした。
…よく見えない。が―――
「おいおい、何だアレは」
検問所が崩壊したのか、順番待ちをしていたであろう人々が雪崩れ込んできている。
そして…口々に叫んでいた。
「逃げろおおおお」
「助けてええええ」
ここで、マンダは持ち前の判断力が働いたのか、御者台に急いで移り、市街地を走らせた。
何がいるのかは分からないが…何かが来ている。
こんな世界だ、何だろうと俺は驚かないぞ。そう意気込んだ。
馬を走らせながら―――しかし歩行者に細心の注意を払いつつ―――彼は後ろを見た。
―――少女だ。
白い少女が走ってきている。それも、マンダの馬車に向かって。
―――何だ?
しかし生まれた疑問は、すぐに他の思考に塗りつぶされた。
彼女が通った後。そこに、大量の人々が倒れているのが見えた。マンダには、それだけで十分だ。
「うおおおおお!!!走れ!走れェ!!!」」
アレに掴まったら―――
一体どうなるかなど、分かったものでは…いや、分かっている。俺もああなるのだ。あそこで倒れている人々のように、なるのだ。
もはやマンダには後ろを向く余裕もない。
目を瞑り、神に祈るように彼は呟いた。
「神よ…どうか―――」
「ついた」
「なっ…!?」
全速力で走っている馬車の荷台の中に、ソレはいた。
速すぎる。
驚愕が恐怖を上回り、彼は言葉を失った。
もはやこれまで。
これ以上自分を失い、市民を轢いてもいけない。マンダは手綱を握り、馬を制止する。段々と速度を落とした馬車は、遂には止まった。
「…罪。なし」
戻ってきた恐怖に身を震わせ、マンダは来たるその瞬間に備えた。
見えている脅威ほど怖いものは無い。ましてやその脅威は―――
「すん、すん…ふん、ふん」
マンダの近くで、その匂いを嗅いでいた。
「―――?」
「悪、なし。ちがかった」
「えっ…」
「まったく。逃げてもいいことないのに。万死かとおもった」
「ん…?」
死んでない。何故かは分からないが、死んでない。
別に先程見た人々が死んでいるとは限らないのだが、マンダにはこの少女が死神だとしか思えなかった…が、しかし。
「ねえ」
「はっ、ははぃ」
「このおうまさんでさ、この中、一周して」
「は、はあ」
「はやく」
少女はあどけない喋り方でマンダにそう告げる。
傍から見れば親子のようにも見えるだろうか。しかし実態はただの命令である。マンダは逆らう事が出来ない。
取り敢えず、この少女の言う事に従っていれば大丈夫だろう。
マンダは安堵した。
この後に起こる惨劇に、予想など付く訳が無かった。
***
おい、もうめんどいぞ
なんでだ