1 降臨
えー…ちょっと前までnekonekoだったものです。
前垢が使えなくなったので新しく書きます、よろしくです
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戦争地帯。
連合王国と聖王国の戦いは14年に渡り続いた。これは歴史上でも稀にみる長さの戦いだった。
国境は血に塗れ、街の一つ、人の一人も残っていない。あるのは折れた鉄の塊と燃え尽きた灰。
そして、殺し殺された人々の祈り。恨み。恐怖。余りにも大量の人々が死んだ。しかしその強い意思は霧散せずに集まり、凝り固まり…一つの特異点を見出した。
「ぁ」
血濡れの戦場には似合わない、白い光が。
「あぁ、ぁ」
拡散し、収束し。
「あああ、ああああ」
形を作る。
それは―――
「わたし―――あぁ、わたしが」
そうして生まれた一つのゆがみ。世界のひずみは、誰に向けるでもなく…いや、自分に向けてだろうか。
悟った。そんなような声を上げた。それは産声だった。
そして、その手は天へ伸ばされる。すると―――
空気が渦巻く。血が蠢き、魔力が暴れる。そして、意思が…戦場の悪意が、その手に集まった。
濃縮された意思。それは黒く淀みながらもどこか美しい、壊れた芸術だ。
その手は口元へ。彼女はそれが何であるかなど考える事も無く、
「ぅく、んっ」
飲み込んだ。彼女は感じた。記憶した。考え、そして、願った。
もっと食べたいと…
彼女は手を地面に付いた。そして、立ち上がる。
まだ、意思は、そこにある。
食えばいい。本能のまま。求めるがまま。それが私の使命なのだろう。
血濡れの天使は何よりも美しく憂う。
――――――――――
ラタルダ連合王国 城塞都市シノンにて
城塞都市シノン。高い壁を持つ、国境に程近い前線の都市だ。
やや小さいながらも機能性に溢れ、攻め込まれた際には防衛ではなく奪還を容易く行える造りになっているのが特徴だ。
しかし市長の交代が起こり、ある程度に保たれていた治安は悪化の一途を辿っている。例えば検問所では―――
「―――おい、そこの馬車。止まれ」
「わ、私ですか…」
「荷物を見る。大人しくしろ」
乱暴に声を掛け、都市に入ろうとしていた馬車を止まらせた。
幌の張られた馬車はその中身を検問所の役人に調べられていく。
馬車の主である男は、ここ最近のこの都市での噂を耳にしていたため顔をひきつらせた。
―――荷馬車は運が悪ければ検閲、そして何かと理由をつけて金をせびられる。
―――弱者や貧相な者からは入城料などと称し金を巻き上げる。
―――逆らえば入城は出来ない。それどころか剣で脅してくる…
など悪辣極まりない噂ではあったが、男はそれが真実だったのだと改めて認識した。
「貴様、何か箱が積んであるようだがこれは何だ」
「それは…野菜と薬草です」
「ふむ…6ダント。それで許してやる」
男は耳を疑った。まさかここまでとは思ってもいなかったのだ。
理由も無く、ただ告げられた金額。まるでこれが当然であるかのような振る舞いだ。
6ダントもあれば、四人家族が3週間ほど養える。大金ではないが苦しい金額だった。
しかし…
「…お納めください…」
「…ほう、ほう。聞き分けが良いな。では受け取ろう」
なるべく弱者であるように装い、男は金を払った。
男が自分から差しだしたかのような物言いにむっとしたが、男は項垂れたまま検問所を通り過ぎた。
この世を生きていくために彼が身に着けた術だった。
それから5分ほど経ち。検問所は興奮に包まれた。
白衣、白髪の美少女が検問所にやって来たのだ。
眠そうに目を擦りながら順番を待っている。
検問所の男たちは静かに興奮した。口には出さないが、これは”狙い目”である。
少女を剣で脅し、言う事を聞かせる。これまで彼らが何度もやって来た事であった。
彼らのモラルは既に崩壊していた。今の彼らは飢えた獣にも劣る、本能のままに行動する畜生でしかない。
一人の役人がその美少女に声を掛けにいく。
「お嬢ちゃんよ。今一人かい?」
「罪。悪。万死」
「えっ?―――あっ、」
男はその無表情の少女が何者であるのかを知らなかった。
少女はいつの間にかその手に鎌を握っていた。どう見てもそんな少女には手に余る、巨大な鎌だ。
男は少女が発した言葉を聞き取れなかった。そして―――人生最後の瞬間、彼は感じた。この少女は、誰なのだろう…と。最後の瞬間は虚しくも意味を為さなずに、男は首と胴体を分かれさせるという結末を迎える。
静寂が走る。前に並んでいた少女は振り向いて、固まった。後ろに並んでいた女は腰を抜かしてしまった。
人が一人、死んだ。
その事実をすぐに受け入れられたものは少ない。
そして受け入れた者は―――
「きゃああああああああああッッ!!!」
「う、ひあああああああああああ!!!」
叫ぶ、逃げる、固まる。
その叫びは周囲の人々の感情を叩き、またも誰かが叫ぶ。その叫びが更に誰かの耳に届き…
検問所は阿鼻叫喚の様相を呈した。
その最中である。
白い美少女は、鎌を肩に乗せ、少しだけ口角を上げた。
美味しい―――
その呟きを聞いていた者は、いなかった。
少女は歩みを進める。検問所は―――酷い臭いがした。先程まで少女に牙を向けようとしていた男達は、情けなくもその悉くが失禁していたのだった。
少女はその柳眉を顰め、鼻を摘まんだ。
「むぅ…クサイ…」
鈴の転がるような、可愛らしい声。
そんな声に癒される間もなく、男達は濡れた股間もそのままに、壁際に寄った。
それを見た少女は、また薄らとほほ笑み、全員の顔を一瞥した。
「全部、罪。悪。万死」
鎌を振る。しかしその切っ先は空ぶった。当然の事だ。彼女と男たちの間には5メートルほども間があった。しかし―――
「かっ」
「「「「えっ?」」」」
少女に一番近かった男は胴体の真ん中から二つに分かれた。
もう一度、鎌が振られる。
「ぐ」
「「「なっ…」」」
もう一人。袈裟斬りにされた。
もう一度、鎌が振られる。
「ぎっ」
「あ―――ちょっ、待ってくれッ!」
「な…ま、待って下さい!お願いしますッ」
三人目が死んだところで、男たちは気付いた。もう助からない事に。
そして、醜い命乞いが始まる。
「こっコイツをっコイツを殺して下さい!コイツはどうなっても構いません!俺だけは!俺だけは助けて!」
「なっ!お、おま」
彼らは勘違いをしている。彼女にとって全ての命の価値は等しくゼロ。だから、右の男からか、左の男からか、などというのは何の意味も無い選択なのである。
誰かを犠牲にすれば―――などと考えるのは目の前のケダモノ二匹だけであった。
鎌が振られる。
二人の男は―――
「ずっ」
「ぷぁっ」
同時に死を迎えた。
***
珍しくもう一話書き溜めがあります