38 騒動
「何やってんだ!ちゃんと説明した方がいい!」
レーンの叫ぶ声が聞こえた後、ゴニョゴニョとタイラーの低い声が響いているが何を言っているかはわからない。どうせ女を連れ込むにしても場所と状況を考えろとか何とかそんな話になっているのだろうけど、私には関係ない。
彼はあくまで仮の婚約者……候補だし、婚約も今後彼らに必要で無いと分かれば結ばれる事も無いだろう。だったら私に気を使って、あ、愛人を作らない手は無い。男とはそういう生き物らしいと女中達が噂していたのを聞いた事がある。どういう生き物かはよく分からないままだけど。
やっとタイラーが寝室からレーンに連れられ出て来た。
後ろから突かれ私の前へと押し出される。
「あぁ……さっきの女だけど……」
気まずそうに話し出す彼を遮った。
「大丈夫です。気にしないで下さい。ですけどパフが言うにはゾルガーの回し者だと危険なので身元を確かめた上、護衛に他の方と区別してもらうように調整した方が良いと思います。陛下の秘書のセバスチャンも行方がわからないままですし、わたくしも攫われるという事態が発生したばかりですから用心するに越したことはないと思います。ではちょっと失礼して予定を確認してまいります」
言い切ると執務室を後にして廊下を早足で歩いて行った。
後ろから追いついてきたパフがふんわり肩に止まる。
「変じゃなかった?」
「ポッポ」(大丈夫だ、明らかにおかしかった)
「そう……変だな。ちゃんとしたつもりなのに」
なんだかタイラーの顔を見たら焦ってしまった。まぁいいか。勤務初日で緊張してたのかな。
とりあえず確認が必要な事を済ませに各所を回った。
その日の終わり、ようやく執務室が整い粗方の事が片付くと今日は終了だ。時間も迫ったころルーがやって来てタイラーに報告した。
「タイラー様、ローズマリー様の身の回りの物が不足しているのですがこちらで用立ててもらっても構いませんよね?」
「は?何を言うの?大丈夫よ。私は今のままで不自由してないわ」
突然の事に恥ずかしくなり慌ててルーを止めた。
「身の回りって?」
タイラーは執務の手を止めると顔をあげた。今日初めてちゃんと顔を見た気がする。アレからお互いにまともに見ていない。
チラッと私を見たあとルーに視線をうつす。
「お嬢様のお洋服は今着てらっしゃる物だけです。収納にはここに帰ってらした時に着ていたドレスが掛かってありますが他は寝間着だけです」
「全部ゾルガーに持っていかれたのか?酷いな」
「いえ、元々そんなに無かったのでさほど変わりないですけど流石にこれでは無理があります」
私は顔が熱くなるのを感じながら必死でルーを止める。
「夜の間に洗濯すれば朝までに乾くでしょ。大丈夫よ、お給料が入れば買うから」
ルーは厳しい顔で首を振る。
「それでは私のお給料は払ってもらえなくなります。タイラー様が払ってくだされば安心なんですけど」
彼は笑って承知した。
「わかった。どうせならルーはオレが雇う。だからこれは命令だ。ロージーの事をなんとかしろ。このままじゃオレが虐めているみたいだ」
頷くルーと一緒に私を見ている。
「そんなに酷い?」
自分としては仕事着として定着しているのでよく分からない。
「昨日との落差があり過ぎだ。大隊長の秘書に相応しい服装を用意してくれ」
「大隊長の秘書ともなればそれなりの装飾品も必要でございます」
ルーの言葉にタイラーが顔をしかめる。
「オレはそこのとこはよくわからん。頼む」
満足そうに頷いたルーが足早に出て行った。
急に二人に戻るとどうしていいかわからないがとにかくお礼を言っておかなくては。
「あの、ありがとうございます。出来るだけ早くお返ししますから」
自分の事もままならないのにこれじゃいつ返せるか検討もつかない。
「婚約者なんだから気にするな」
また書類に目を落としたままで答える。
「だけどあくまで仮の話だし、なんだか婚約もキチンと決まっていないし」
「トーマスとかいう奴と婚約したいのか?駄目だぞ」
キッと睨まれ頷いた。
「わかってます。彼も本気ではないでしょう、私に同情していましたから。数日後には帰りますよ」
今日なんとか条約のあらましが整いつつあると耳にした。勇者の凱旋も終え、私も戻ってきた事でやっと集中して調整が行われたらしい。
ノックが聞こえドアを開けるとそこにトーマスが立っていた。
「噂をすれば登場か」
タイラーがトーマスを迎える為に立ち上がった。
執務机の前にある応接テーブルにトーマスを案内した。彼はミデガライトの使者の一人なので丁寧に接する必要がある。
「もう遅い時間ですがお茶で宜しいですか?」
時間的には酒の方が良いだろうかと思いながら尋ねた。
「いえ、結構です。それよりご一緒にお話を」
トーマスは私の手を取りソファに座らせた。三人それぞれ別に座りテーブルを挟んで向き合う。凄く変な雰囲気だ。
「ここに来たのは勿論ローズマリー様の事です」
「でしょうね。他には考えられない」
二人は睨み合い、ちょっと怖い。
「あの、トーマス様、わたくしはミデガライトへは行けませんわ」
とにかくこの二人を早く引き離そうと私は切り出した。タイラーがニヤリとした。
「ローズマリー様、よくお考え下さい。ゾルガーでなくなったあなたをこの男がこれから先にどう扱うかわかりませんよ。今日は色々な話を耳にしました。このままではあなたはここで無事に過ごす事は出来ませんよ」
確かに今日はゾルガーでない私に対する皆の態度が変わった事が身に沁みた一日だった。
どこへ行っても先ずは取り合って貰えず、辛抱強く待つ事が当たり前で、裏を返せば今まで随分優遇されていたのだとわかった。
聞こえよがしに上位貴族からは平民に下げ渡された『無能者』だとも言われた。
わざわざタイラーにそんなことは言わなかったがトーマスはどこから聞きつけたのか彼に話した。おまけに今日はパフが一日中機嫌が悪かった。何度も暴れそうになるこの子を押える様子を見てさらに馬鹿にされるという繰り返しだった。
何故言わなかったのだといいだげなタイラーの視線を感じているとトーマスは視線をタイラーに向け更に続けた。
「それだけじゃない。あなたは早速女中を寝室に連れ込んでいたと聞いたがどういうつもりだ?」
何故そんな事まで……
私はため息をついた。そして顔をあげるとトーマスにニッコリ笑って言った。
「私達はまだ正式に婚約した訳では無いので仕方が無いのではないのでしょうか?」
タイラーが頭を抱えた。
トーマスは驚いて私の手を取った。
「ローズマリー様、婚約する前からこんなに不誠実な事をする男を許してはいけません」
「そうなのですか?ですけど女中達は男とはそういう生き物だと言っておりましたが」
「それは……しかしそんな男ばかりではありません。そいつはローズマリー様に相応しくない」
よくわからないが不誠実なのは駄目だろう。
「そうですね。では正式に婚約した後は止めて頂きます。構いませんか?」
タイラーに向かってそう言うと彼は下を向いたまま黙ってこくこくと頷いた。
トーマスは呆れた感じでさらに私の手を強く握りしめた。
「そんなにこの男が好きなのですか?」
は?……好き……スキ?……好きって……
私が停止しているとタイラーが立ち上がり私の手からトーマスの手を振り払い立たせると肩を抱き寄せた。
「ご心配無く。我々は固い絆で結ばれておりますから。今朝の騒動も誤解なのです。ですよね、ローズマリー様」
そう言って頬にキスをした。




