31 凱旋前1
フェルナンドの手を握りながら再びタイラーを側へ呼び寄せた。
「この方が助けて下さったのですよ」
二人は既に名乗りは終えているだろう。
彼の手を取り寄り添うとニッコリ顔を見合わせた。
「聞きましたよ、姉さん……なんて事をしてくれたのですか」
フェルナンドは予想通りの反応を見せた。
「勝手に婚約して、しかも他の人に言うなんて」
言ってなければとっくに揉み消されていただろうし、正式でない現状ではまだ危うい。
「少し早急だったかも知れないけれどタイラー様は素晴らしい方なのです」
彼と繋いだ手と反対の手でそっと胸の赤い大きな宝石に手を添えた。フェルナンドはそれをジッと見つめため息をついた。
「確かに素晴らしい贈り物だけれど、そんな事で姉さんが婚約するとは思えない」
「勿論、贈り物で婚約を決めたりしませんわ。タイラー様のお心が素晴らしかったからですよ」
「出会って間もないこの方のお心がもうおわかりなのですか?」
グッと詰め寄られそれ以上言葉が出ない。
「フェルナンド様、私ごときが差し出口ですが申し上げてもよろしいでしょうか?」
タイラーが困ったような顔で私を見て口をひらいた。
「えぇ、かまいません」
ここで発言を遮れば狭量と思われるだろう。
「私がローズマリー様をお助けできたのはほんの偶然からですが、その素晴らしいお心に触れてお慕い申し上げるのに時間は必要ではありませんでした。
同じお気持ちだと分かったときは恐れ多いながらも必ずお幸せにするのだという使命感を持って決意いたしました。どうかご祝福頂ければと思います」
……本当にこんな風に思って告白されれば少しは心が動かされるのかしら?
嘘だと分かりきっている彼の言葉に耳が滑る。
白々しさに意識が飛んでいきそうになるのをなんとか繋ぎ止めフェルナンドの返答を待っていた。
「しばらく姉と二人にしてくれませんか?」
少し迷っている感じのフェルナンドの要求通り今度は二人で話す事になった。退室する間際、タイラーは私の耳元に顔を寄せた。
「しっかりやれよ、秘密がかかってるぞ」
コクリと頷いたそれをラウリスが微笑ましそうに見ていた。仲が良さそうに見えたのだろうか?
皆が退室した後、フェルナンドはムッとした表情のまま部屋にあるテーブルにつくとお茶をグイッと飲みほした。
「どうしてこんな事に。姉さん何故なんです?相手は平民ですよ。すぐに解消して下さい」
私は向かいのソファに座るとエラにお茶を用意してもらった。
「大隊長で勇者ですよ」
一口飲んで気持ちを落ち着けた。
フェルナンドはエラが静かに出て行くのを確認してから再び口を開く。
「いくら手柄を立てたとはいえ平民は平民です。ゾルガー家の者がいくら姉さんでも平民との結婚など許されるはずがないでしょう!父上はお怒りですよ」
……予想通りではあったが本当に耳にするとショックは大きかった。
「いくら私でも、ですか。『無能者』で一族の中ではいない者とされ蔑まされ連れさらわれても探そうともしなかった私でも、ですか?」
フェルナンドはハッと息を飲んだ。
「いや、そういう訳では……」
今までと変わらない扱いなのに今日ほどショックを受けたことは無かった。
「ここに来てから一度も心配だったとか、体を気遣うような事は言ってくれていませんね。気になるのはゾルガーの娘が平民と婚約したという事だけですか」
「それは……姉さんが無事なのは前もって聞いていたから。勿論心配しておりました。だけど父上が……」
そうだ。きっと父が怒り狂っているのだ。フェルナンドはそれを目の当たりにして、私の婚約をなんとかしろと言われてここまで来たのだ。
決して心配して来たのでは無い。ただ父の怒りが怖くてこんな遠い所まで来たのだ。
「お父様には帰ってわたくしから改めて話しますわ。話はもう済んだかしら?」
「姉さん、その、決して婚約の事だけを気にしていた訳ではありません。私は弟として心配していました」
きっと私がしでかした事で自分が何か被害を被らないか心配しているのだ。
「もう出ていって」
「姉さん、話を聞いて下さい。平民との婚約を帰るまでに何とかしないと父上が……」
父上、父上、父上!もうウンザリ。
「あなたが出ていかないならわたくしが行きます」
立ち上がるとドアを開け真っ直ぐ自分の部屋へ向かった。
中に入ると付いてきていたエラに誰も入れるなと頼みドアをしめた。
ふらりとソファに向かいボスっと座る。
「はぁ……」
ここには誰もいない。
この先、ずっとこんな日が続くんだ。
父を騙そうとする自分には心配してくれる家族なんていない。始めから私の事なんて誰も心配していない。
パタパタと羽音がすると隠れていたパフが側に来た。チョンチョンと跳ねるように膝に乗る。
「ポッポ」(ロージー大丈夫か、何があった?)
「パフ……」
心配してくれるのはパフだけだ。
ムギュッと胸に抱きしめた。
「ポッポ」(あまり力を込めるな。鳩はすぐに死んでしまうぞ)
「パフは死なないでしょ?」
ポロポロと涙が溢れる。
「ポッポ」(フェルナンドの馬鹿が来ておったな。やはり何か言われたか)
前からこの子は弟達が気に入らなかった。私を慕っているのでは無く、何かヘマをしないか窺っているだけだと言っていた。
もうこのままパフと消えた方が良いんだろうか……
「入るぞ」
ノックも無くタイラーが入って来た。抱きしめていたパフを膝に置いた。
「ちょっと、勝手に入らないで!そこで止まって」
彼は私の言葉を無視するとウザそうに隊服を脱ぎ離れたソファに投げると私の隣に座った。
「大丈夫かぁ?」
こちらを見ずに軽い感じで口を開く。
「大丈夫って?」
泣き顔を見られないように反対を向くと鼻をすすった。
「よくあんな奴らと暮らしてたな。開口一番、『驚きました、なんて事をしてくれたのです。』だったか?」
「父に言われて嫌々来たのです。仕方ありませんわ、父には逆らえませんから」
「だけど、その父親の元へ戻るんだろ?まぁ戻ってくれないとオレは困るがな」
タイラーは足をテーブルにドンと乗せた。
「助けてもらったのですから、約束は守ります。だからそちらも守ってください。今更魔術が使えるからと父に利用されたくありませんし」
彼はテーブルに乗せた足先をイライラしたように揺らす。
「もう!足を降ろして」
それを見てると余計に苛つく。何もかも嫌になり涙があふれる。
「あぁ……オレは貴族様のやり方はよくわからん。嫌だったらひっぱたいてくれ」
そう言うとタイラーは足を降ろして私を引き寄せ抱きしめた。
ギュッと抱きしめられ息が苦しい気がするが驚きで涙は止まった。
「あの……これは何なのですか?」
「ん……だから……慰めてる、かな。弟にキツイ事を言われて落ち込んで泣いてるお嬢様を」
「何故キツイ事を言われたと知っているのですか?」
あの部屋には誰もいなかったはず。
「悪いとは思ったが何を話してるか知りたかったからレーンを忍び込ませておいた。パフが得意とすることだろうがオレには鳩語はわからんからな。カーテンの影に隠れさせてた」
ポンポンとリズム良く背中を叩かれている。それはなんだか心地良かったが結局タイラーも自分の計画の為に動いてるに過ぎない。そう分かっているはずなのに体の力が抜け彼に身を預けた。
「ちょっと心配だったしな。会うなり言われたよ、『なんの目的だ』ってな。姉の心配よりオレの目的を知る方が先か、ロージーも大変だなって思った」
私が……大変だと思ったの?私の気持ちを考えてくれたということ?
タイラーはしばらくすると私から体を離し顔を見た。
「ちょっと泣きすぎだな。パフ、出番だぞ」
私の膝に乗っていたはずのパフがいつの間にかテーブルに移っていた。
「ポッポ」(なぜコイツに言われなきゃならん)
不満気に羽をバタつかせているが私に癒やしをかけてくれた。
「ありがとう……ふたりとも」




