やっと訪れたもの
皆様を少しでも楽しませられる作品であれば幸いです。
長い時間がかかった、今目の前にある平穏な風景は彼女の心を満たしていく。
「あれぇ、奥様。お加減がよろしくないのですか?」
「あっ? いえ、そんなことないわ」
気付かない内に涙が溢れ落ちていたようだ。
連れてきた女中のサリーが取り出した布巾で彼女の顔を拭き、心配そうに見上げている。
わずか数年前迄ずっと魔物との戦争に渦中にあり、死ぬような目に遭ったのは数えきれない。
帰る度に涙を流すので慰めるのも大変だったと笑みが浮かぶ。
「なんでもないの、本当に」
思えばサリーはずっとこうだった。血や戦いを嫌い、そんなものに巻き込まれようものならこの世の終わりのような顔をする。
「おばさまは死んじゃやだよ」
そう言われたことは今も胸に刻まれている。
「きっともう大丈夫よ」
「そうじゃなきゃ困ります。おばさまが泣くの本当に嫌なんだから」
唇を尖らせるサリー、その子供のような表情は童顔の彼女にはよく似合っているものの。
「これでみ」
「リタおばさま!? それは言わないでえええ」
サリーの取り繕っていた言葉遣いは完全にぼろを出し、後ろで控えているもう一人の女中はサリーを冷たく見据えている。
「リタ奥様。周りの目もあるのです、戯れも程々になさってください」
「もうそんなに気を張って、ミリアは頭硬いわよ」
「……サリー、年甲斐もなくはしゃいでいいの?」
「あっごめんね、謝るから報告は」
「黙りなさい、リタ奥様のご子息と幼なじみだからなんでも許されると思わないで」
「貴女もでしょ。ミリアの意地っぱり、小姑」
ビキビキと音をたてミリアのこめかみに青筋が浮かんでいく。そのくせ表情は涼やかな笑んでいるのだからその迫力は相当なものだ。
「締め上げるわよ」
「ひぃえええ、ごごごごめんなさいー」
自分の半分以下の齢の少女の完全に気圧されサリーは涙を流し始めた。
そんなやり取りもリタには幸福な場面の一部だ、愛しさが溢れた止まない。
「そろそろ戻りましょうか」
「はーい、奥様」
リタは昔からの相棒の手綱を引き、その馬首を反転させると緩やかに駆けさせる。
「ミリアちゃん、大丈夫?」
狼の獣人であるサリーは身体をほぐし、手足を地面につけ這いつくばるような体勢を取りミリアに訊ねた。
「いつものことだから気にしないでください、それに鍛練にもなりますから」
ケンタウルスの血を引くミリアの下半身は馬で、成長仕切っていないといえ風を切って走る程度の速度は平気で出せる。
「行きます」
ミリアを追うようにサリーも駆け出し、近くを歩いていた壮年の農夫が、
「ほんと、早いね」
と呟いたのだった。
視点がころころ変わります。
基本的に同じ事件等を追う場合を除き視点は変えないようにします。




