転生ヒロインはラッキースケベを許さない!
何かがおかしいなぁ……とは思ってはいたの。
あの逞しくもどこか抜けている顔の彼と出会ってから、私の周りに奇妙な事が起こり始めたから。
いたずらな風がスカートを吹き上げる回数、七回。
敵の攻撃が私の胸元の服だけを切り裂いていく回数、二回。
着替えのタイミングで部屋に入ってきやがった回数、四回。
風呂で裸を見られた回数、三回。
転んだりぶつかったときに胸を揉まれた回数、五回。
そして今日。
転んだ拍子に私の股ぐらに顔を突っ込んできた回数が更新され、初回。
いつも以上に恥ずかしい思いをした私は、恥じらいのあまりに全身の血流が沸騰した。普段なら顔を真っ赤にして、彼と目も合わせれずに慌てて顔を背けるのだけれど。
どういうわけか、沸騰した私の頭はそのまま意識がぷっつんした。
ゆらゆらと意識が沈み、私は懐かしい思い出の走馬灯を見た。
まず最初に本来の私、前世の自分を思い出した。
そしてまた、この世界が私にとって作り物の世界だということも。
私はとあることが原因で死んだ。その理由はめちゃくちゃひどい。なんたって仕事の帰り道、酒に酔った同僚に車に連れ込まれ暴行されて、暴れる最中打ち所が悪くて……というものだったから。
まぁ、そういう経緯だったからかは分からないけれど、不運にも足をすべらせた「彼」が私の股ぐらに顔を突っ込んでくるという行為がトラウマスイッチを押し込んで、前世を思い出させるきっかけになったとのかなぁと……うん、めちゃくちゃひどいです。
まぁ、それだけならいいんです。いいんですよ。二度とそんなことが起きないようにすれば。
でも、そんな私を嘲笑うかのようにこの世界は存在している。
この世界は、私が前世で生きていた頃、弟がプレイしていたゲームの世界のようだった。
その証拠に私の名前はティリーという名前で、冒険者ギルドに依頼を持ち込んでいたのだから。
ティリーというのはゲームのヒロインの名前。彼女は自分が育った神殿から盗まれた宝物を取り戻すために、自分と連れ添う護衛を探してギルドに依頼を持ちかけた。
その依頼を主人公が受けて世界を救う旅に出る……というのが、家に転がっていたゲームパッケージのあらすじだったはずだ。
まあこれも、それくらいならいいんです、いいんですよ。世界を救う冒険譚なんて素敵じゃないですか。
ただしかし問題があるのは、このゲームのシナリオだ。
いわゆるギャルゲー。
つまり男が女の子とのいちゃいちゃ目的でやるゲーム。
なんでですか!! ここは最近流行りの乙女ゲーム転生じゃないんですか!! 知らないわよギャルゲーのシナリオなんて、私やったこと無いもの!!
救いとしては、R指定のない作品だったこと。我が家にあったテレビは居間に一つきりだったので、置き型タイプで買っていた弟が持っていたゲームにR指定はなかった。
それでも私は絶望した。
休日、居間でゲームをしていた弟との会話を思い出す。
『おかしくない? なんでこんなに女の子ばかり敵に狙われるのよ。しかも服の差分おかしくない? なんでそんな際どい差分になってるのよ』
『狙いやすいからじゃない? 服についてはたぶんイラスト担当の人の趣味とか……』
『今のパンチラスチルいる?』
『少年漫画だとパンチラとかよくあるよ。ラッキースケベの定番じゃん』
『うわ、転び様に胸揉むとか……現実的にありえない』
『これはファンタジーなの!』
姉ちゃんあっち行け!! と言われるまでまじまじと見ていたので、私はよく覚えている。
このゲームには所謂ラッキースケベというものが多いということを。
そしてまた、何人もいる女性メンバーのうち、メインヒロインであるティリーのラッキースケベ頻度が断トツだということを。
私の絶望レベルはお分かりか。
分かってもらえないなら、せめて同情だけでもしてくれ。
気絶から目を覚ました私は、そのまま頭を抱えようとした。
そして気絶した私を介抱してくれいた彼に気づく。私が意識を失っていたのはほんの少しの出来事だったみたい。
「良かった。大丈夫か?」
ギルドの酒場の床から移動しないまま、私の顔を覗いていた主人公―――オルトンの顔を思いっきり叩いた。
「大丈夫なわけないでしょー!」
怒鳴り付けながら、私は身を起こして身なりを整えた。この男、信じらなんない! 介抱してくれるのはありがたいけど、体勢が悪い!!
オルトンはさすがに私の股ぐらからは顔を退かしているけれど、私を押し倒すようにして私の頭の横に腕をついて私の顔を覗いていた。
そのよろしくない体勢に私はドキンドキンと痛いくらいに心臓が跳ねる。
「う、ぐッ! な、殴らなくたって良いじゃないかっ」
「さっさと退きなさいこのドスケベ野郎! そのイチモツ蹴り飛ばされたいの!?」
「ひぅっ」
面白いくらいに顔色を青ざめさせたオルトンが、慌てて私から退いた。私は鳥肌の立っている腕をさすりながら、起き上がる。
「毎回毎回、毎ッ回ッ……! あなた、わざとなの!? この変態ムッツリ冒険者! あなたが稼いでいるのは戦闘力じゃなくてスケベ力なのかしら!?」
「ちょ、んなわけねーだろ!? 好き好んで出きることじゃねぇし! タイミングが悪いのは俺のせいだけじゃねーだろ!?」
「だからって今回のは酷すぎるわ! どうやったらあんな転び方ができるのよ!? あなたそれでも高ランク冒険者なの!?」
「そ、それは悪かったって! でもホントこれは偶然だから! これからはもっと注意するから……!」
「腕の達人なら誰でも良いの! こんな変態と一緒に旅するなんて耐えられない……!」
もっと言えば、私のトラウマを甦らせた野郎をパーティに旅なんてしたくないー!
ふいっとオルトンから顔をそらして、背を向ける。
この街で新たに女性冒険者だけのパーティを組もうと算段を立てていると、背中からオルトンの声が上がった。
「せ、責任は取るから……! ティリーのパンツの匂い嗅いじゃった責任は取るから許し……ぐふぅッ!?」
「死にさらせドスケベ野郎!」
こいつは! この男は! 公衆の! 面前で! 何を言い出すかと! 思えば!
力一杯腕を振りかぶってラリアットをかます。
「チーレム勇者なんてお断り! もう我慢の限界よ!」
「いや待って、嘘だろ。そんなんじゃシナリオが変わって……っ」
「シナリオなんて知らないわよ! 私シナリオほとんど知らないし! あんたが一緒じゃなくたって私はきっと使命を果たして見せるんだから!」
「無理だって! 絶対俺の力が必要になるときが来る!」
「自惚れないで、あんたのドスケベスキルなんてお呼びじゃないのよ!」
「誰がドスケベスキルが必要なんて言った!?」
「あんたなんてプレイヤーのためのラッキースケベ要員なのよ───!」
叫びながら私はオルトンの静止を振り切って酒場を飛び出す。
目指すは冒険者ギルド。
今日中にオルトンを解雇して格好いいお姉様冒険者だけの花園パーティを作ってやるんだからー!