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何も始まらない物語 ver.4

作者: andynori

 例によってタイトル通り。

 導入のみで何も始まりません。

 でも少しだけ連載をイメージしていたかも。

 仮にタイトルを付けるなら「genius desire」

 天才願望です。


 これはいわゆる「思い出し怒り」だ。


『──天才だなんて軽々しく言わないでください。あなたは私が努力していないとでも?』


 僕が中学生の頃に当時国民的スターだったとあるプロ野球選手が、テレビ番組の取材で記者からのインタビューに対して答えた言葉だ。

 たしか記者が彼に掛けた言葉は、「さすが○○選手、天才ですね」とか、そんなありふれた内容だったと思う。


「こいつ──」


 ──感じ悪ぃな。


 と、僕は途端にその野球選手が大嫌いになった(別にそれまでは大好きだったとか、そんなこともないのだが)。

 本当の意味で「感じ悪ぃ」のは僕の方だろうから一応フォローはしておく。

 彼にはきっと彼なりの正義があった。それはおそらくは彼の、彼自身の努力に対する矜持とでもいうべき強い自負であったに違いない。

 それを専門家ですらないテレビ記者のようなちっとも「分かってない」やつに「安く見られた」と憤慨したのだろう。

 きっと彼にしてみれば、それまで大切に積み上げてきた自分の努力(プライド)が記者の安直な言葉によって土足で踏みにじられたような、そんな気分だったのだ。

 彼はプロになる以前──高校球児だった頃から甲子園や国際試合の舞台で大活躍していた人物だったから、同じような言葉は過去にも散々浴びせられてきただろうことは想像に難くない。だから彼はこのときすでに辟易としていたのであろうし、もしかしたらこの日はたまたまものすごく虫の居所が悪くて、それでつい売り言葉に買い言葉になってしまったのかもしれない。世間では彼は概ね人格者と認識されていたし、僕もこの日まではそう思っていた。

 だからこそ、彼はもっとよく考えてから発言するべきだった。自身の言葉もまたある種他者の努力を踏みにじるものだと気がつくべきだった。


「あんたは──」


 ──努力はすべて報われるとでも言うのか。

 ──結果を出せない人間はすべて本人の努力が足りてないからだってのか。

 ──傲慢も大概にしろ。


 記者だって別に素人じゃない。超一流のスポーツ選手が相応の努力をしていないなんて微塵も思っちゃいないだろう──そんなことは僕だって思わない。

 記者は彼の活躍の裏に弛まぬ努力があることなど百も承知で、それでも彼を「さすが天才ですね」と讃えたに違いないのだ。悪意など欠片もなかった。

「天才」、それは当時彼を知る国民が──ファンの多くが彼のプレーを見るたび抱いていた想いだ。つまり、それが彼のパブリックイメージ。

 言ってしまえば記者はファンの想いをただ代弁したに過ぎない。

 それをテレビ取材の最中という公の場で強く否定する──拒絶する。


 ──何様だ。


 と、思った。

 彼はプロの野球選手だ。プロ競技とはファンあってのものでファンの存在がなければ成り立たない。なぜならプロ競技者とは職業であり、職業に就く者には給与が支払われるが、その給与を間接的に払っているのはファンたち(スポンサーも含む)だからだ。

 野球に限らずプロ競技のファンはその大多数が贔屓の選手やチームに己の叶わぬ夢や願望を重ね託し声を出しときに金まで出して応援している。

 ある者はあり得たかも知れない自身を選手に重ねて、またある者は自分には到底真似できない凄いことをやってのける超人たちの活躍に酔いしれて。

 彼はその金を飯のタネにしていながらファンの想いを拒絶した──僕はその点でも彼が許せなかった。

 ファンに勝手なイメージを持たれるのが嫌なら、ファンの夢を背負わされたくないのなら、ただ頑張りを褒められたいというだけならば、プロになどならずアマチュアとして好きなだけ努力をアピールすれば良いのだ。やりたいときにやりたいだけやりたいようにオナニー(努力自慢)に耽っていれば良い。プロなら人前でいちいち頑張ってますアピールをするな。公開オナニーをするな。気分が悪くなる。


 ──分かってる。


 こんなものは所詮ただの言い掛かりだ。そんなことはもちろん分かってる。

 しかし、当時野球部に所属し、三年間自分なりにだが必死に努力し続けたにも拘わらず結局ただの一度も公式戦への出場すら叶わなかった僕にとって、同じ競技をやっている者として彼の発言は到底受け入れられるようなものではなかった。我慢がならなかった。

 頂点に座します成功者に、上から目線で「お前は努力が足りないだけだ」、あるいは「頑張れば誰だって出来ますよ」と言われたようでひどく癪に障ったのだ。

 自意識過剰と言われれば、ああその通りだろう。まったくもって否定できない。自分の努力が蔑ろにされたと憤るお寒い勘違い野郎だ。それは、たったいま嫌いになったばかりのテレビの中の自称努力家(笑)の天才と何も変わらない。


 ──いや、もっと酷い。


 向こうは実績が伴っているぶんだけ万倍もマシだが、僕の場合は単なる負け犬の遠吠えだ。僻みだ。無様で──惨めだ。

 ただ、僕は彼のような人間には自身が持って生まれた才能を素率直に認め、他者の評価を受け止め爽やかに誇って欲しかった。僕らのように努力しても報われることのない人間がいることをもっとよく考えて欲しかった。そして圧倒的才能の差を見せつけ「どうしようもない」ときれいさっぱり諦めさせて欲しかったのだ。

 謙虚な姿勢ならば良い。だが謙遜は駄目だ。誰も天才さまにそんなものを求めちゃいないのだ。凡人に「もしかしたら」なんて思わせるな。どうか超然としていてくれと願う。


 ──人間ぶってんじゃねぇよ。


 認めたくない人も多いだろうが、悲しくもこの世には才能の差というものが間違いなく存在する。ブラッドスポーツと言われる競馬がその最たる例だろう。サラブレッドは優れた血統を凝縮し、皆すべからく走るための天才を目指し作られる。そしてその才能は時計という一切の誤魔化しが利かない残酷にして明確な指針によってはっきりと示されるのだ。

 無論、優れた才能を持って生まれたからといって必ずしも一流に育つわけではない。だが才能なくしてサラブレッドに大成はあり得ない。

 それに、馬など例に出さずとも、人間にだって知能指数や体格、運動能力や容姿、声などあらゆるものに生まれた時点で明確な差がついている(それを個性と言っておためごかそうとする自称人権派のような輩もいるが僕は認めない)。そして、それらの差は大抵の場合成長するに従ってより顕著に、より露骨に広がっていくものだ。

 努力や頑張りが介在出来る余地など極僅かなものだ。持たざる者と持つ者が同じだけ努力をしたら持たざる者は持つ者には決して敵わない。努力で競い合えるのは生まれつき近しい才能を持つ者同士だけ。クラスが、カテゴリーが、階級が、種族が違う者同士が同じ舞台に上がっても端から勝負になどならない。なるはずがない。極端な話、ロバとサラブレッドが一緒に競馬をするかだろうか──否、普通はしないだろう。

 つまりはそういうことだ。それが真理だ。

 

 ──選民思想?


 あるいはそうかもしれない。だが、何とでも言えば良い。

 努力は才能よりも尊い? あえて僕は断言する。そんなものは勘違いだ。

 意思さえあれば誰にでも出来る努力より、持って生まれた、両親が──天が与えたもうた唯一無二の才能の方がずっとずっと尊いに決まってるじゃないか。

 努力が必要ないなどとは言わない。唯一無二の才能同士がぶつかり合う極限の舞台に於いて、勝敗を分けるのはそれこそ間違いなく努力の差となるだろう。同じレベルで争うとき、人は努力の差をもって競わざるを得ない。

 そういう意味ではもしかしたら件のプロ野球選手は努力の絶対的な量についてではなく、他のライバルと相対的に比べた場合の自分の努力量が低く見積もられた、侮られた、と感じて腹を立てたのかもしれない(だとしても勘違い野郎には違いないのだが)。

 だが、そんなものは第三者(今回の場合は記者やテレビ越しのファン)からすればやはり「糞食らえ」なのだ。心底どうでも良い。

 ファンは彼の努力に感動して金を出すのか? 違う。

 繰り返すがファンは彼が試合でプレイする姿に魅せられて金を出すのだ。裏方の努力になんて一銭の価値もない。

 第一、「プロは結果がすべて」と言うじゃないか。

 競走馬なんて結果が出なければ最悪は殺処分だ。運が良ければ乗用馬に転身するなどして第二の馬生もあり得るだろうが望みは限りなく薄い。「よく頑張ったね」じゃ駄目なのだ。

 プロ野球選手だって結果には「選手生命」が懸かっている。才能だけで結果が出せるならむしろ結構じゃないか。素晴らしいコストパフォーマンスだ。プロならば万々歳と泣いて喜ぶべきところだろう。

 僕の考えは極端だ。きっと歪んでいる。そして傲慢かもしれない。でも彼はそんな僕から見ても極めて傲慢で、そして我が儘だ。自分の成功を「才能のおかげです」と公には認めることができず(でも絶対自分は才能があると思ってるタイプだ)、それどころかすべては努力の賜物であると言って憚らずそちらをこそ認めろ褒めろと駄々をこねる(褒めろとまでは言ってない? 似たようなものだ)。

 そもそもプロなら誰だって一定以上の努力なんてしていて当たり前だろう。試合で最高のパフォーマンスを発揮するためにファンの見ていないところで苦労する、努力をする。それが、それだけが彼のやるべきことだ。

 本物のプロならば本来隠すべき部分をアピールしてはならないだろう。

 ミッキーマウスに「中の人なんていない」というのは有名な話だが、彼の発言は自分こそがミッキーですと暴露するのと同様の行為だ。

 自己満足でファンの夢を壊すな──ファンの期待を重荷に感じるならプロなんて辞めてしまえ。


「…………は……っ」

 

 ため息をつこうとしたはずが、なぜだか笑ってしまった。別に楽しくはないが懐かしい夢を見たからだろう。

 改めてゆっくりと……細く長く息を吐く。

 突然だが僕はいま「いまわのきわ」にある。

 出先から職場へと戻る途中、交通事故に遭った(ようだ)。

 青信号で横断歩道を渡っていたはずだが突然、横合いから突如衝撃を受けた(車に撥ね飛ばされたのだと思う)。

 まず最初にどかんと強い衝撃があり、それから一瞬の浮遊感。そこで一度意識が途絶えた。

 気がつけば現在、僕はアスファルトの上に転がっている(らしい)。幸いにして痛みはない(事故後の無痛状態を果たして幸いといってよいものかは正直判断に悩む。……そもそも痛みどころか全身の感覚がないのだが)。

 現状、指一本身体を動かせないため、薄く開けた左目の視界に映る景色から辛うじてそう判断している。

 他に判ることといえばどうやら僕は身体の右側を下にして倒れているようで、顔の右側面がどす黒い水溜まりに浸かっている。雨はここしばらく降っていないので、これはおそらく僕から流れ出た血が溜まったものだろう。たしかめる術はないのだが、顔の右半分がヤバい感じに潰れてしまっているような気がする。

 これはもうどうしたって助からないだろう。なんとなく分かる。僕の身体は生きる上で大事なものがすでに欠けてしまっている。どうも三途の川的な引き返しようのない一線を越えてしまったようだ。

 もしかしたらまだ「生きている」なんて思っているのは僕だけで、他者から見たらすでに死んでいるのかもしれない。いまは、こう……魂的なサムシングが、ギリギリで肉体にしがみついているような状態なのかも。

 思えばパッとしない人生だった。特別悪かったとは思わない。取り立てて大きな失敗はなかった。ただ、その代わり大きな成功もなかった。唯一、挫折らしい挫折といえば、中学時代に三年間必死で続けた野球部で結局一度も公式戦に出られなかったことくらいだろうか。それだけは思い出すといまでもちょっと苦い気持ちになる。


(だからかな……)


 夢だか走馬灯だか判らないが「あんなもの」を思い出したのは。


 ──僕にも才能があれば。


 そうしたら違う人生があったのだろうか。


(あったんだろうなあ……)


 まあ、なかった可能性もあるが最期に少しくらい妄想しても良いだろう。


(そうだな……)


 まず、アレはないな。僕なら天才扱いを受ける立場であんな無様は絶対に晒さない。天賦を与えられたのならそれを誰に憚ることなく全力で振るうだろう。


 ──努力? ナニソレ、美味しいの?


 結局、天才は天才らしくあるがままに振る舞うのが本人にとっても周囲にとっても一番良いのだ。当然、やっかみや妬み嫉みはついて回るだろう。でも、そんなものは必要経費と割り切るべきだ。

 人生という一大レースに於いて他人よりも有利な条件でスタート出来るのだから、多少の煩わしさなど甘んじて受け入れるべきだろう。

 あのプロ野球選手のように必要以上に謙遜などしたところで嫌味なだけで結果として余計な軋轢しか生まない。

 心根は謙虚であるべきだがどうしたって天才は「特別」なのだから、少しくらい調子に乗ったって構わない。必要なのは結果だ。他の追随を許さない圧倒的な結果さえ示せれば周囲の理解や納得など後からいくらでもついてくる。天才は群れない、媚びない。天才と孤高は表裏一体、二つで一つなのだ。


(そういや漫画やなんかだと孤高の天才キャラってなぜか高確率で『努力する主人公』の当て馬にされがちだよな──個人的にあれは納得がいかない……)

 

 本物の天才が「かませ」になるわけないだろうに。

 謙虚謙遜、友情努力熱血、そして下克上のストーリーが日本人好みってことなんだろうけど。

 まあ。


(……それでももし、なれるなら僕はやっぱり一度は天才ってやつになってみたいけどね)


 今生の僕は凡人らしく凡庸でパッとしない人生だった。それが悪かったとは思わないけど……けど、もしも人生に「次」なんてものがあるのなら、次回は何でも良いから天才に生まれ変わって少しくらい派手に生きてみたい。


「……ふ、ふふ……っ」


 僕はあり得ない未来を想像して小さく笑い……


「────────」


 ! ……おっと。

 一瞬、意識が飛んでいた。

 どうにも、いよいよ僕は駄目らしい。


(……父さん……母さん……ごめん…………)


 最期に、先に逝くことを両親に申し訳なく思いつつ、僕の自意識は深い闇へと沈んでいった──。



 ◆◇◆



(────────?)


 僕は再び目を覚ました。

 どこか柔らかい場所に仰向けで寝ている。

 どうやら、僕は死なずに済んだようだ。

 どうせ助からないからと思って最期だとか先に逝くだとか──ちょっと自己陶酔の入った恥ずかしいワードを諸々並べてしまったことを思い出すと何ともいたたまれない気分になる……けどまあ、べつに口に出したわけじゃないからセーフだろ、たぶん。この瑕疵は僕だけが知っている。そういうことにしとこう、うん。

 さておき、あれからいったい何がどうなったんだろう。

 いまはいったいいつで、ここはいったいどこだ?

 気を失う以前の状況からしておそらくは病院なんだろうけど。

「おそらくは」なんて推測になってしまうのは、困ったことに先程から瞼を開けているにも拘わらず僕の目には何も見えていないからだ。より正確にいうと視界が妙に白っぽくぼやけていて、ただ「明るい」ということぐらいしかわからない。……事故の後遺症だろうか。

 もしかしたらこの先一生このままかもしれない。そう思えば気持ちも暗くなるが……実を言うと、


 ──暗くなっても視界だけは明るいんだよね!

 ──う~わ、さっぶ~。


 なんて、しょーもないノリツッコミが出来る程度には余裕がある。

 一応、余裕でいられるのにはそれなりの理由があって、それは一言でいえば身体が動くからだ。

 怪我の影響か、それとも長い間寝ていたせいで(実際に長期間寝ていたかは知らないが)筋力が衰えているのか、特に痛みはないのにまだあまり思い通りには動けない。せいぜい寝たまま身動ぎする程度だ。

 それでも──動く。

 身体の隅々にまで血肉が行き渡り、神経が通っているという感覚がある。とりあえず植物状態や半身不随なんてことはないらしい。

 こういうのは人それぞれだろうけど、仮に視覚に多少の障害が残ったとしても「全運動能力の損失」とかよりはだいぶマシだろう。

 少なくとも僕はそう思う。


「あー、あうおういあうああ」


 ──────んん?


 なんだ…………いまのは。

 僕はいま「まー、なるようになるわな」と言わなかったか……? いや、言ったな。間違いなく言った。うん、言った言った。……なら、なんだったんだ……? たったいま僕の口から出た(本当に出したのか?)おかしな声(音?)は。ちょっと呂律が回らないってレベルじゃねーぞ。

 

(舌だけピンポイントで麻痺してる……?)


 レロレロと舌を動かしてみる。


「……んー?」


 多少違和感はあるけど普通に動くな。

 なら脳の、それも言語野辺りの異常とか……? そういえば頭を強く(たぶん顔の右半分が潰れるようなレベルで)打っていたはず。


(いやでも……)


 僕は医者じゃないから詳しいことは分からないが、そもそも言語野などに異常があったら、こうして明瞭な思考をすることすら難しいんじゃないかなー、とも思う。……たぶん。


「んうぅ~?」


 唸ったところで何も分からない。

 まあ、単に一時的なものかもしれないし。リハビリでどうにかなるかもしれない。いまは目覚めたばかりであまり深く考えても仕方ないだろう、とそんなことを思っていると──


「くぁwせdrftgyふじこlp?」


 ──────はい?


 またしてもおかしな、というか今度は明確に意味不明な(明確なのに意味不明とは何ぞや)音声が耳に届いた。言うまでもなく今回は僕の独り言じゃない。

 そして何を言っているのかはさっぱりだったのに、それが決して動物の鳴き声や意味のない音の羅列などではなく、意味不明ながらも間違いなく人が何らかの意思をもって発した「言語」であるということは朧気ながらも理解出来た。

 なんというか……そう、ちゃんと文法則ったと思しきリズムのようなものがあったからだ。

 あと、たぶん声の主は女性だ。


(うーん……)


 これはいよいよどういうことなんだろう。

 耳もおかしくなってる? 

 ……いや、それはないか。

 さっき考えていた言語野云々ということでもない気がする。

 なら考えられるのは……


(……外国?)


 僕はそれなりにあり得そうな可能性に思い至った。怪我で、というのはあまり聞いたことがないが、国内では治療が難しかったり不可能だったりする病気の治療を海外で受ける、受けた、という話はテレビなどのメディアで過去に見聞きしたことがある。

 もしかしたら僕も事故後意識のない間にそういう道筋をたどったのだろうか。


「………………」


 僕は少し考えて血の気が引いた。


うおあお(うそだろ)……」


 いったい幾ら掛かったんだんだよ!? そもそもうちにそんな金あったのか!? ……! せっかく助かっても借金まみれとか……。ああ、いや……そうか、僕は人身事故の被害者なんだから費用は相手側──加害者持ち……というか向こうの加入してる任意保険から出るのか? ……あれ? 任意保険て通常の医療にしか適用されないんだっけ? 先進医療は適用外だった気が……いや、それは健康保険だったっけ? げえぇ……そういうの、ぜんぜん分からないぞ。


(──どうしよう……!)


 一人でパニックに陥っていると、ふと白っぽい視界に影が射した。すぐ傍に人の気配。どうも誰かが僕を見下ろしているらしい。


(──誰だろ? 付き添いに母さんでもいてくれたのかな)


「くぁwせdrftgyふじこlp?」


(またそれかあ……)


 謎言語だし、声からして僕の母親ではなかった。再び浴びせられた謎言語に軽く打ちひしがれる。少なくとも英語ではない。でも、やっぱりちゃんとした意味のある言語に思える。

 さっきのは……たぶん疑問系?

 語尾のイントネーションがなんとなく疑問系っぽかった。それに声のトーンからは僕に対する気づかいというか親愛というか……気のせいでなければなんだか慈愛のようなものすら感じる。個人的にちょっとバブみを覚えてしまうタイプの声音だ。

 ひょっとしたら看護師さんだろうか?


「おんいいあ」


 僕は異国の看護師さん(仮)とコミュニケーションを取るべく「こんにちは」と声を掛けた(まあ、ぜんぜん言えてないんだけど)。挨拶は大事だ。


「くぁwせdrftgyふじこlp!」


 駄目だ。ぜんぜん分からない。でも、なんか驚いてるというか……喜んでる? 僕が喋ったからかな? その辺は声の調子だけでもなんとなく判る。


「くぁwせdrftgyふじこlp? くぁwせdrftgyふじこlp!」

(う~ん、これはなんか分かるぞ。はしゃいでるんだな?)


 看護師さん(仮)は何やらはしゃいでいる様子。声色に喜色が滲んでいる。言葉なんて通じていないはずなのに声を掛けただけでこの喜ばれよう。もしかしたら僕は相当長いこと寝たきり状態だったのかもしれない。その間この人がずっと僕を担当していてくれたのかも。


あいあおう(ありがとう)


 だとしたら感謝を。


「!」

(少しは通じたのかな?)


 気持ちだけは案外通じてるんじゃなかろうか。看護師さん(仮)のぼんやりとしたシルエットがわちゃわちゃと動き、なんだか浮かれているように見える。

 しばらくその様子を眺めていると、またも視界に影が射した。


(────って!? わっ、うわっ、近い、近いって!)


 看護師さん(仮)の顔が目の前にあった。相変わらず僕の視界は不明瞭で彼女の顔の造形までは判らないがそれが顔であることくらいは判る。第一、近すぎて僕の顔に彼女の吐息が掛かっている。くすぐったいし照れくさい。それに良い匂いがする。


「くぁwせdrftgyふじこlp」

(へっ?)


 額に柔らかいものが触れ、離れ際「チュッ」と軽い音がした。


「………………」


 首から上に「カアーッ」と血が上るのを感じる。


(挨拶……? うん、挨拶だよね……? ここは海外たぶん、ならキスぐらいするよね……そうだよね、この場合テレる方が恥ずかしいよね? よし、落ち着け)


 僕は生粋の日本人だしこれまでに外国人と親しくなったこともないから実際のところはよく知らないが……たぶん海外ではこれが普通のことなんだろう、たぶん。

 ずっと担当していた寝たきり患者が突如覚醒→しかもちょっと喋った→看護師さん大興奮→おでこに祝福のキッス。

 うん、完璧なロジックだ。いいぞ、何もおかしくない。

 そうやって冷静になるべく理屈を捏ねていると、更なる衝撃と困惑が僕に襲い掛かった。


「!?」


 僕の後頭部(延髄の辺り)とお尻の下に突如何かが差し込まれたのだ。突然の出来事に僕は思わず全身を強張らせた。ついでに思考も急停止。

 ………………。

 感触からそれが看護師さん(仮)の手だと気づくのに僕は数瞬を要した。

 この状態から彼女が何をするつもりなのか。意図が不明すぎる。いや、実際のところ僕の脳裏にはすでに一つの答えが浮かんでいるのだけど……それはちょっとおかしい──あり得ない。


 ──いやいや、無理でしょ?


 以前、介護の技術を紹介した動画で女性が男性を抱き上げるシーンを見たことがあるが、それにはもっとこう人体力学を応用しました的な技巧や工夫があった。少なくともこんな風に犬猫や赤ん坊を抱き上げるような無造作なやり方ではなかった。

 僕は日本人の成人男性としてはだいたい平均的な体格だ。看護師さん(仮)の体格は如何せん見えないのでよく判らないが、気配からは特別巨体であるようには思えない。そもそも女性だ。


 ──無理だって。


 しかし看護師さん(仮)はどうもやる気のご様子だ。このままではお互いに危ない。僕は身を捩り、どうにか彼女の無謀を思い止まらせるべく声を上げた。


あうあいえうお(あぶないですよ)?」

「くぁwせdrftgyふじこlp?」


 ──通じたか?

 ──通じてくれ……!


「くぁwせdrftgyふじこlp!」

(あっ……)


 看護師さん(仮)がぐっと力を入れたのが分かった。


(……駄目だ、やっぱりぜんぜん通じてなかった)


 ──南無三!


 仕方なく僕は自分と看護師さん(仮)の無事を祈った。他にどうしようもなかった。

 ところが──である。


(へっ?)


 祈りも虚しく(?)、僕の身体は看護師さん(仮)の細腕(推定)によって軽々と、それこそ猫や小型犬のように、擬音にするなら「ひょいっ」といった感じで、至極あっさりと抱き上げられてしまった。

 しかも看護師さん(仮)にはこれといって無理をしているような気配はない。ぷるぷる震えていたり、ふらついたりもしてないし、むしろとても安定していて僕の心はなんだかえもいわれぬ安心感で満たされた。


 ──やわらかくてあったかくていいにおいがする。


 なぜだかは分からないし、絶対にそんなはずはないのだが、無性に「僕の居場所はここです!」と叫びたくなるような抜群のフィット感だ。


あんえっ(なんでっ)?」

「くぁwせdrftgyふじこlp?」


 あ、いまのは分かった。たぶん「どうしたの?」って、そんな感じのニュアンスだ。僕は小首を傾げるナース服の女性(推定美人──だってその方が良いじゃない)を想像する。

 それにしても不思議なのは僕のほぼ全身を包み込むようなこの柔らかな感触だ。これはどう考えても看護師さん(仮)の胸の膨らみ──おっぱいだ(不思議と欲情はしない)。

 いや、抱き上げられている以上は彼女のおっぱいが僕の身体に当たるのは当然だ。だけどこれ……ちょっと大きすぎやしないだろうか。顔が埋まるどころか僕のほぼ全身がその柔らかさに触れている。これはもはやメロンとかスイカとかそういうレベルの話じゃない。

 この看護師さん(仮)は「体格そのもの」が相当にでかい。そうでもなければ僕を軽々と抱き上げていることと合わせて色々と辻褄が合わない。


(けど……)


 そんなギネス級の巨漢女性(漢なのに女性とはこれ如何に)がいたとして、その人がたまたま看護師をしていて、たまたま僕の入院先で働いていて、たまたま僕の担当に付いてくれる可能性なんて……それこそギネス級の奇跡が果たしてあり得るのだろうか?


「………………」


 なんだかとても据わりの悪い心地がする。当たり前のことを見落としていて、それに自分だけが気づいていないような、そんな違和感。


「~~~♪」


 看護師さん(?)は楽しげにハミングをしながら、まるで()()()()()()()()()()()僕の身体を優しく揺すっている。


(………………まさか)


 僕は極めて荒唐無稽で、しかしそれが事実ならすべての辻褄がいっぺんに合ってしまう、そんな愚案じみた仮説にたどり着いた。


(いやいやいや……嘘だろ。あり得ないって……。でも…………そうなのか?)


 一度でも思いついてしまうと、あとはすっかり思考が引き摺られ、もうどうにも「そう」としか思えない。

 看護師さん(?)が巨大なのではなく、()()()()()()()()のだとしたら……。


(…………転生、したってのか……? 嘘だろ…………。そんなことが…………え、ホントに……?)


 転生──輪廻転生。

 たぶん小学校高学年以上の日本人に絞れば、どんなに少なく見積もっても人口の半数以上はその概念や概要を理解しているんじゃないだろうか。

 たしか元はバラモン教や仏教の教えの一つで、人やその他生き物は死後に何度も生まれ変わり、生命は無限に繰り返すのだ──云々、という内容を哲学的な言い回しで説いたものだったはずだ(余談になるが、僕は輪廻転生のwikiを見て「なんだか地球を舞台にした『質量保存の法則』みたいだな」と思った)。

 宗教を出典とする輪廻転生が、国民の大半が宗教アレルギーといっても過言ではない現代の日本人になぜこれほど広く肯定的に受け入れられているのか、その最大の要因は創作物にある。

 近年、日本で活動する多くの創作家たちが自身の作中で主人公やその仲間たちを「死」という絶対の不幸から救済するための措置(奇跡、あるいは都合の良いギミック)として転生という概念を採用し、繰り返し繰り返し登場させてきた。

 その結果、元々宗教用語だった「輪廻転生」は絶妙にジャパナイズされいまでは単に「転生」として主にライトノベルの世界を中心に市民権を得て、いまや転生要素を用いた作品群は「転生もの」という一つの大ジャンルとして成立している。

 斯くいう僕も、幼い頃からそれらの物語に触れて育った口だ。当然、転生についてはそれなりに熟知しているし(あくまでも日本の創作物基準)、過去「生まれ変わったら」とか「もし生まれ変われるなら」などと妄想に耽ったことだって一度や二度ではない。

 なんなら「もし生まれ変われるとしたら」はアンケートでも定番の質問の一つに挙げられるだろう。

 それぐらい、日本人にとって「転生」とは馴染み深いものだ。


(そういえば……)


 事故に遭った直後にもたしか「次」があるならとか「天才になってみたい」とか考えてたんだっけ……。


(…………願い……叶っちゃったん?)


 期待がじわりと頭をもたげる。

 まだ……確証はない。

 だから単なるぬか喜びに終わる可能性は未だ拭えない。

 しかし……すでに確信めいた予感がある。


 ──僕は生まれ変わった……!


(クックックッ……)

「~~~♪」

うああああ(フハハハハ)

「くぁwせdrftgyふじこlp??」

あーっあっあっあ(ハーッハッハッハ)!!」

「!?」


 僕を抱く看護師さん(?)がビクッとした。

 うん、なんかごめんなさい。


 最後まで読んで下さりありがとうございましたm(_ _)m

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