ヒールな女
「殴るなら私を殴って!」
なんだよ。
なんか私…
恋愛ドラマに出てるみたい。
泣きながら愛する男の盾になる女。
「勝手にして。」
そして振り返らずに立ち去る女。
馬鹿みたい。
背後で抱き合う二人を感じる。
そう
今
惨めにその場を後にしたのは私。
まるで私が二人の恋の障害だったかのようだ。
これがドラマなら
視聴者が口々に言う。
「ざまぁみろ。」
私は恋愛ドラマが大嫌いだ。
ヒロインの涙?
運命の赤い糸?
くそくらえ。
吐き気がするわ。
これがドラマなら
私が今まで歩んだ道は
放送してくれてないんでしょ?
みんな真実を知らない。
ヒール女の心の中。
本当は
まっすぐなんだ。
ただただ
彼が好きで…
必死になって…
裏切られて
悲しくて悔しくて…
それが本当に悪いことなの?
誰もそんな感情はわかないものなの?
みんな寛大なんだね。
だってあの人
いつか私に囁いたんだよ。
私を抱きしめて。
「好きだよ。」
うそつき。
ヒロインぶったあの女だって
簡単に言えば略奪愛じゃねぇか。
ふざけんじゃねぇ。
なぁんてほざいても
誰も聞いちゃいない。
だってさ
なんだかんだ言って
みんな恋愛ドラマに夢中なんでしょ。
そうだよね。
だって
彼を奪ったあのヒロイン。
若くてかわいらしいもの。
そういう私は
いわゆるアラサー。
小じわも気になってきた。
紫外線が怖い。
これが最後の恋だと信じてたのにな。
夜道をフラフラになりながら一人家路につく。
いつも着信はないかと携帯を見てしまう。
あるわけない。
もう習慣になっている。
悲しい。
私の恋愛はいつもこう。
初めての彼の時もこんなだった。17歳の頃。
私は相当ウブだった。
彼は隣のクラスの男子。バスケ部。少女マンガに出てきそうなさわやかさだった。
そんな彼が好きで好きで
彼を想わないときはなかった。
でも、彼の態度が少し変わった気がした。
女の勘。
若かったなぁ私。やっちゃいけないと思いながら…
見てしまった
彼の携帯
見つけてしまった。同じクラスのあの子とのラブラブメール。
いかがわしいことガンガンにヤってるし。
私なんかまだ…処女なのに…
頭にきて彼にぶつかっていった。
証拠もつきつけてやった。
「勝手に携帯見てんじゃねぇよ。」
見た私が悪いのは当たり前だけど
謝るけど
え?
浮気のことは…
謝罪なし…?
「二度と俺の前に現れるな」
全部私が悪いのね…
私の初恋は半年で幕を下ろした。
次の恋
それは大学二年。
一年上の先輩だった。
とても優しくていつもニコニコしていて…
やっぱり年上だよね、男は。
先輩とは初めて心もカラダも結ばれた…
…気がしてた。
突然の携帯が鳴る…
「私の彼氏と別れてください。」
…え?
先輩には付き合って三年になる彼女がいた。
そして先輩は私に
「彼女のことが本当に大切だからもう会えない。ごめんね。」
先輩は清々しそうに私から去った。
残された私は
呆然。
先輩の彼女への本当の気持ちを気付かせる存在になった。
私って…
男なんか信じられない、と私は必死に就活をし、無事に一般企業へ就職をした。
そこに彼は現れた。
取引先で働く彼。年は私と同じ年だった。
バリバリに仕事をこなし、隙がないように見えた。
そんな彼から会社のパソコンにお誘いのメール。
嬉しくて踊り出しそうな私がいたけど
ダメダメ
男は信用できないでしょうが。
しかし
会う度に
彼がかわいらしく見えてくる。
そしてたまらずに
「好きです。」
告白。
「僕も好きだよ。」
嗚呼
恋って素晴らしい。
そんな彼とは三年…
甘い毎日が過ぎていると思っていた…
私が出張から帰って
真っ先に彼に会いに…
そう…
彼の家の近くの公園。
寄り添う男女のシルエット。
心臓がドキドキした。
嫌な予感がした。
彼だ。
抱き合って
口づけている…
あ…
うちの会社の受付の子。
短大卒。
そして
最初に戻る。
我を忘れた私は
彼に殴りかかった。
もう
言葉になっていない
何かを叫びながら
受付嬢は私を突き飛ばした。
そして彼の盾になって言った。
私を殴れ、と…
一気に冷めてしまった。
私年齢27歳。
なんか疲れた。
涙も出きった。
きっと今ひどい顔だろうな。
化粧はグズグズになってるだろうし
目はデメキンくらい腫れてる。
「うわーん」
「またひどい男だったねぇ。」
私の唯一の救いは
私を悪者にしない女がいること。
親友だ。
「私が男だったらあんたみたいなのがいいけどね。男って馬鹿だなぁ。」
親友に何度も救われている。
聞いたか?視聴者
あんた達が嫌う女は
こんなに一生懸命恋をしただけなんだぞ!はやりの恋愛映画、恋愛ドラマ、恋愛小説…
お互いが熱く惹かれ合う
真実の愛
けっ
反吐がでる。
ただ単に発情した男女がまわりのことも気にかけずに好き勝手やってるだけじゃないか。
もう信じない。
真実の愛なんかそんなものは存在しない。
そして何より
男なんか信じない!
「ねぇ、あんたさぁ、気晴らしに合コン行かない?」
突然親友の提案。
「冗談じゃないわよ。そんなヤりたいだけの男、見るのも嫌。」
「そう言わないでさ。こっちも、捕って食う!つもりで。軽い感じで行こうよ。ね!ちょうど人足りないから困ってたのよー!助けてよー!」
半ば強引に
合コンすることになった。
メンバーは親友の仲のいい男友達がメンツを揃えたらしい。男5女5。全く乗り気がしない。
一般女子が喜びそうなムードある店。寒気がする。
「きゃ〜、素敵な店〜」
アホ女ばかりだ。
あれ
男5のはずが一人いない。男4女5。
もちろん
ガッツいた女どもはターゲットを決めて食いついていく。
すぐに私があぶれ者。
別にいいけどね。
ビールうまい。
「遅くなってごめん。」
30分が過ぎ
一人の男が遅れて登場。
なんとも
テレビドラマに出てきそうな
あの美少年軍団にいてもおかしくないような
見目麗しい青年。一気に女どものボルテージは上がる。
「はじめまして。」
遅れてきた彼は年は24歳。大学院生。唯一の学生。
親友は学生という時点で身を引いていたが
あとの女は…目がギラギラしていた。
怖い。
私は正直
嫌気がした。
こんなに格好いいんだもん。
何人も女を泣かしてるでしょ。
わかるわよ。
傷つくのはごめんだ。
そんな彼は
何故か私の横に座った。女どもの鋭い視線がつきささる。
「なんか会った瞬間から気になって…」
「そんなに私浮いてる?」
確かに今日の前髪は相当いけてない。「そうじゃないですよ。なんか、キラキラして見えたんです。」
「…へぇ。」
なに?
私を口説いてんの?
なんで?
そんな簡単に落とせそうに見える?
なめんじゃないわよ。
女子メンバーでも
恐らく
一番かわいい(と自分で思っている)女が甘い視線を向け近づいき
「学生さんなんだぁ。どんな勉強してるんですかぁ?」甘ったるい声。
いいよいいよ。
テイクアウトすりゃいいじゃない。
私はどうせヒロインにすらなれない引き立て役ですから。
こういううっつくしい青年には釣り合いませんよ。「彼氏いるんすか?」
「なんか男を手玉にとってそうっすね。」
「けっこう遊んでるんじゃないですか?」
口々に男どもが言う。
私って
なんでそんな印象にうつっちゃうんだろうね。
もういいよ。
あんた達の都合のいいように私を仕立てりゃいいじゃない。
「そうかなぁ。」
美青年が会話に割り込んできた。
「僕、この中だったら一番奥さんにしたいタイプだな。」
?
は!?
何言い出してんだ
このガキ
「こいつお姉さま好きだからなぁ。」
「色々教えてやって下さいよ。手取り足取り。」
盛り上がる男性陣。
そうねぇ、女王様が仕込んであげましょうか?
なんてノってやったりして。
やだ〜、と蔑んだような目で笑う女性陣。
親友が目で合図。
キニスルナ
気にしてないけど
なんか疲れた。
早くベッドに倒れ込みたい。
一人の部屋。
一人になると、私を拒絶していったあいつらが、脳裏に浮かび上がってくる。
涙を流さない日はない。
本当に深い傷を負っているのだ。
「二次会といきましょーや!」
「ごめん。
明日大事な会議があるから
私このへんで。夜更かしは肌にも悪いしね。」
「えー、いいじゃないすか。女王様の夜はこれからじゃないんすか?」
「あ!奴隷くん待たせてるとかぁ?キャハハ」
ほざいとけ。
本当は明日会議なんかない。
ただ
早く一人になりたい。
みんなの引き立て役じゃなくて
私の本当の姿
傷つくのを何より怖れているか弱い少女
そんな自分に戻りたい。
「じゃあ、僕も帰るよ。」
「えーー!?」
「まだいいじゃーん。」
「もう少しいてよぉ。」
女達が騒ぎ出す。
あの美青年が帰ると言い出したのだ。
「まさか…女王様、持ち帰りっすか!?」
男達も騒ぎ出す。
なんなのよ。
もうやめてよ。
「家どっちですか?」
「…新宿方面だよ。」
「じゃあ、僕と同じ方面だ。送りますよ。」
「いいって。」
「いや。男として、こんな夜に女性一人で帰らせるわけにはいかないです。」
「…そう?…」
まさか
送り狼ってやつじゃないよね?
なめんじゃねぇよ。
私この駅だから。
「え?僕もですよ。じゃあ家まで送りますよ。」
は!?嘘だろ
「いいから。」
「夜道は危ないですから。」
しばらく他愛もない話で私の家まで送ってもらった。
「家ここだから。ありがとね。おやすみなさい。」
ばぁか。
家になんかあげてやんねぇよ。
外見がいいからって
どんな女も落とせると思うなよ。
私は特に
あんたみたいなイケメンは信用出来ないんだよ。
「おやすみなさい。今日は本当に出会えて嬉しかったです。たまに連絡していいですか?」
にっこりと微笑みながら美青年が言う。
悔しいけど
ドキッとした。
それと同時に
またあいつらの顔が浮かんでくる。
あぶないあぶない。
また傷つく。
「あんまり…私を…からかわないで…」
突然
胸が暴れ出した。
怒り・悲しみ…よくわからない。
なにかが一気にあふれ出した。
言葉を発した時
涙もあふれてきた。
「いつかいなくなるなら近寄らないで…」
言葉が滑り出た。
しまった。
「なんでもない!いつでもお姉さんに連絡してきなさぁい。なぁんでも教えてあげるわよ。」
美青年の顔を見るのがこわい。
おそるおそる…
美青年は変わらない微笑みで私を見つめていた。
「もう少しだけ、歩きませんか?風が気持ちいい。」
私は拍子抜けした。
「?いいよ。」
また頭より先に言葉が出た。
自動販売機でコーヒーを二つ買い、飲みながら二人でノロノロ。
「僕、この前、失恋したんです。」
「…そう。」
「恥ずかしいんですけど、初めての彼女で。めちゃくちゃ好きだったんです。」
「なんか意外ね。」
「そうですか?僕、女性ってどう話していいかわからないんですよ。」
「黙ってても女の子寄ってきそうだけどね。」
「彼女、他の男と二股してて。結局その男に盗られちゃいました。」
「馬鹿な女ね。こんなかっこいい彼氏捨てるなんて。」
「いや…でも彼女に言われたんです。僕はハッキリしないって。僕は彼女が好きで、彼女の言うこと、全部聞いてたんです。彼女に言われて気付きました。僕は僕という人間を忘れて、彼女だけに寄りかかりすぎてた。だから彼女は誰が好きかわからなくなってしまったんです。だって僕らしさもなくなってしまっていたんですから。」
「……」
あれ?
僕らしさ?
私…らしさ…
私って?
どんな人間?
彼らはどんな目で私を見ていたんだろう…
どんな人間だと思っていたんだろう。
…わからない…。
でも
何かがわかりかけた。
私が愛した男達は
私を見失ったのだ
そりゃそうだ。
だって
私も私を忘れてた。
私を見失ってた。
「同じ空気を感じたんですよ。」
美青年は微笑みながら私を見つめていた。
「…なんで?」
「なんとなくです。」
なんでわかっちゃったんだろ…
「でも、もう大丈夫ですよ。だって愛情深くて、痛みもわかるんですもん。次は絶対幸せになりますよ。」
なにかカラダの中に固まってへばりついていたものが、すっと流れた気がした。
「君もね。」
美青年はまた微笑みを向けた。
一周して
また私の家に着いた。
「あの…少しずつ、好きになっていいですか?」
美青年が言った。
「少しずつ、ならいいよ。」
「おやすみなさい。」
美青年は笑顔で手を振って帰って行った。
あとで知ったが…
彼の家は電車で逆方面だった。
まだ
実感はないが…
私もヒロインになれるかもしれない。
彼が相手役ならば…
久しぶりに
涙を流さない夜を迎えた。
頭に住み着く彼らも姿を現わさなかった。
恋愛ドラマ
はじまるかも。