エルフの国と拒絶③
「いったい何を!? エヴァン様! やめてくたさい!」
私は、跪く彼に駆け寄り起き上がらせようとする。すると、驚くことに彼は泣いていた。
「ようやくだっ! ようやく私達は救われる! ただ朽ちていくことに耐え忍ばなくていいんだ!」
え? 一体どういう――。
私が驚きのあまり固まっていると、お父様とウルホ様はそんなエヴァン様を温かい視線で見つめていた。
「無理もない。エヴァンは本当にずっと抗っていたからな」
「まさか、トピアスの恵みが手に入るとは思わなんだ。アンフェリカと言ったか。お主は本当にエルフの救い主になるやもしれん」
「トピアスの恵み……ですか?」
私が問いかけると、お父様はおもむろに頷いた。
「ああ。この花はエルフと人間との因縁も関わっていてな。もし知りたいのなら、少し退屈な話に付き合ってもらわなきゃならないが……聞いてくれるかい?」
お父様が穏やかな顔で語りかける。
私もゆっくり頷くと、背筋を伸ばした。
「……君はなぜエルフと人間の国交が断たれたか知っているかい?」
「は、はい。歴史で習いました。なんでも、エルフの方々が不老不死という禁断の術に手を出したとか……」
「そうか。そのように伝わっているのか。無理もない。それは間違ってはいないのだから」
含みのある言い方に、私は思わず顎に手をあてた。
「昔……。人間もエルフもドワーフも妖精も魔族も、あらゆる種族は互いに助け合いながら生きていた時代があった。しかし、神様は、七つの罪悪を世界に落としたのだ。知っている通り、そこから世界は争いに満ちた」
うんうん。それも歴史の授業でやった。
「その闘いの最中。人間とエルフとで愛し合った二人がいた。それがこの村の創始者と言われているのだが……人間とエルフの寿命は大きく違う。早々に老いていく妻をみたかつての王は、ある試みをした。エルフに昔から伝わるトピアスの恵みを使って、妻の寿命を延ばそうしたんだ」
「それが、ファロムの花?」
「ああ、そうだ。その時代、トピアスの恵みはエルフの国中に生えていたといわれていて、その葉や花びらを煎じて飲むということが当たり前のように行われていた。その花弁や茎に含まれている特殊な魔力が生物に影響を与えていたのだ。エルフが長寿なのは、そのおかげとも言われていた」
そして、人間にも飲ませれば寿命が伸びる。そう考えたんだろう。
私は、次を促すように頷きながら話を聞く。
「そして実際に寿命が伸びたのだ。そして、その話は当然のように人間にも伝わった。それがまずかった」
その話をしているお父様の雰囲気が唐突に張り詰める。横にいるウルホ様の表情も鋭い。
「人間は、その恩恵を得ようと――エルフの国を襲った。そして、トピアスの恵みを奪い全土を焼いたのだ」
「っ――!?」
思わず息をのんだ。
まさか、そんなことがあったなんて私は知らない!
「わ――、私は禁断の術に手を染めたエルフとの国交を絶ったとしか聞いておりません!」
「だとしたら、なぜファロムの花……だったか? それが君の国にあり、エルフの国にはないんだろうか?」
「そ、それは……」
確かに言う通りだった。
もしかしたら、エヴァン様のお父様が嘘をついている可能性もある。嘘が伝わってきた可能性もある。けれど、色々と思い出すと、合点がいくことが多かった。
ファロムの花は、王家の住む王城にしか咲いておらず厳重に管理がされていた。そして、王家に連なるものたちが、年明けに花を煎じたものを飲むという儀式も行っていた。
私は、単に綺麗な花、という認識しかなかったけれど、だとしたらあのような管理をする必要性も儀式で飲む必要もない。
特別だったのだ。王家にとって、人間にとって。
「そのようなことを……私達人間が……」
「真実は一つではない。立場によって見方も変わる……。けれど、皆が人間に対して敵愾心を持つのは、そのような理由があるからなのだ。……責めないでやってくれ」
形では頷くが、まだ心は納得していない。
人間たちの所業にも、まったく知らない憎しみを向けられる理不尽さにも。
どう答えていいかわからず黙り込んでいると、お父様は淡々と話をつづけた。
「しかし、私達はトピアスの恵みを失ったことで、ある病にかかるようになってしまった。森の奥からあふれ出る潤沢な魔力に身体が侵されてしまう病……。それにかかると治せもしない。体中が傷み、そしてやがて命を落としてしまう」
「それをファロムの花なら治せると?」
「その病は、花を失ってから生まれたものだ。おそらくは……」
どんよりと重い空気が部屋に充満していたが、それを打ち破ったのはエヴァン様だ。
「アンフェリカ……」
「エヴァン様」
目元が真っ赤に染まってる。泣きはらした後だ。
その表情からは、今まで苦しみぬいた歴史が感じられた。今までの話を聞く限り、ずっとエヴァン様は探していたんだろう。
エルフを救うこの花を。
「君からもらったこの種はきっとエルフを救うだろう。けれど、私はまだ使うつもりはない」
「え?」
その眼差しはとても真剣だった。だが、エヴァン様達を救えるのになぜ使わないのかわからない。
「私は、君の心に惹かれたんだ。汚い老人に寄り添ってくれる君の優しさを好きになったんだ。貴重な花の種をせめてもの慰みにと持たせてくれる慈悲の心に癒されたんだ。決して、君がくれたものがトピアスの恵みだからではない」
あ。そういうことか。
私は、エヴァン様の優しさを感じて胸が熱くなる。
「だから、君が私の想いを信じてくれるその時まで、決して使わない。たとえ、全てのエルフを敵に回したとしても」
さっきあれだけ喜んでいたのに。
仲間が救えると泣いていたのに。
それでも、私に対してこれだけ誠実に向かってくれるエヴァン様。
その気持ちだけで私の胸はいっぱいだ。
「いいんです」
エヴァン様は、私の言葉に眉を寄せた。
「たとえ、この種の存在が私の存在意義だっていい」
「違う! 私は決してそのような――」
「わかっています!」
大丈夫だよ、エヴァン様。
わかってる。あなたの想いはちゃんとわかってるから。
「私は嬉しいんです……。ずっと役に立たないと思っていた私のスキルが、エルフの方々を救う鍵になるなんて。本当に嬉しいんです」
私は、エヴァン様の想いに応えるように、一粒の種を取り花を咲かせた。これも私のスキルでできることの一つだ。
「ちゃんとあなたの言葉を信じています。ですから、これで皆さんを助けてあげてください」
私がその花をエヴァン様に渡すと、彼は泣くのをこらえるように顔を歪めた。
「ありがとう……アンフェリカ」
そして一筋の雫が頬をたどる。
私は、その雫を指ですくうと、エヴァン様の優しさを噛みしめるように微笑んだ。
その時――。
「おぬし! は、花が! トピアスの恵みの花が咲いているのじゃが!?」
「な、ななな、なぜ、種が発芽を!? エルフの魔法でもそんなことは――」
そんな声が部屋に響いた。
花が咲くのが珍しいのだろうか?
「えっと……私のスキルの力ですが――」
「アンフェリカよ! その花、使っていいと言ったな!? いったに違いない! そうに決まっている! そうと決まれば、ウルホっ!! すぐさま村中の医師と薬師を全員集めるんだ! 種を植え、この花を煎じて、最も必要なものに飲ませろ! 急げ! 今もまだ失われようとしているものたちがいるのだ!」
「かっか! 生い先短いわしの身に、このような希望が転がってこようとは! アルヴィリ! そのあたりは任せておくがいい!」
お父様とウルホ様は大声で叫んで、ばたばたと忙しいそうに動き出した。
あまりの豹変具合にぽかんとする私だったが、エヴァン様がそっと背中に手を添えてくれる。
「ありがとう、アンフェリカ。さぁ、この村を覆っていた影に光を照らしに行こう」
「えっと……」
「君が光だ。さぁ、胸を張って」
そういって、その部屋から二人で出ていった。
思えばここから始まったのだ。
日陰の人生から、光に照らされる人生へと移り変わる瞬間だった。
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