エルフの国と拒絶②
私とエヴァン様、そしてリクさん達は皆で森の奥へと歩いて進んだ。
なんでも、結界の先からは馬車などは立ち入れないようだ。
結界を解く時、大きな魔方陣が現れたけれど、何がなんだかわからなかった。少なくとも、私が過ごしてきた学園などでは見たことのないものだ。
「これがエルフの魔法だ」
そう呟いたリクさんの横顔は、苦々しくも誇らしげだった。
私達は無言でひたすら歩く。
そして、真っ暗な雑木林を抜けると――、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「わあぁ……」
エルフの村と聞いていたから、とてもさびれているところを想像していたのだがそれは大きな間違いだった。
「なんて、幻想的な世界……」
白い地面、継ぎ目のない建物、色とりどりの花。
私が今まで過ごしてきた王国とはすべてが違っていた。
人の世界よりも、かなり高度な文明。その一端が如実に現れているような気がする。
ぼんやりと街並みを眺める私の横に、エヴァン様が並ぶ。
「すべては先祖が残してくれた英知の賜物だ」
「本当に綺麗……」
「私の自慢の一つだ」
そう言ってほほ笑むエヴァン様と視線を重ねていると、いつの間にか目の前にたくさんのエルフの方々が並んでいた。
その中央にいる壮年の男。どこかエヴァン様に似ている。
幾重にも重ねられた衣服をまとった彼は、低く、けれどよくとおる声で話しかけてきた。
「よく帰ったな。だが、なぜそのような荷物を連れてくる? 私は言ったはずだ。私達エルフを救う手がかりを手に入れてこい、と」
その言葉に私は思わず身体を震わせた。
すると、エヴァン様はそっと私をかばいながら前に出る。
「父上。私はあなたとの約束の何一つ違えていない。まずは話を聞いてほしい」
「それは、その人間が関係しているのか?」
「あぁ。彼女は私たちの希望に成りうる。時間をもらえないか?」
お父様? っていうことは、エルフの国の国王!?
そんな人がいきなり目の前に現れるなんて。
恐れ多いと思っていると、エヴァン様は私の手をそっと握った。
「私は彼女と一生添い遂げるつもりだ。そのことを含めて話がしたい」
彼の言葉に、目の前の人垣はざわめいた。
「結婚だと!?」
「一体、エヴァン様は何を考えているのか!」
「私達の現状をご理解されていない!」
「人間など連れてきて、一体どういうつもりなのか!」
私とエヴァン様への罵詈雑言。
一斉に非難を浴びせられる現状に、私は恐怖しか感じない。思わず、エヴァン様の手を強く握る。
そして、しばらくその状態が続いたその時――。
「しずまれぇ!!」
国王が大声をあげると、周囲のざわめきは一斉になりを潜める。
いまだ、険しい表情を浮かべている国王だったが、くるりと踵を返し小さく呟いた。
「まずは話を聞こう。さぁ、こい」
私がエヴァン様をみると、彼は小さくうなづいた。
不安と恐怖を抱えながら、私を力強く引っ張ってくれる大きな手にすがるように必死についていくことしかできなかった。
◆
連れてこられたのは、村の奥、大きな白い建物だ。
きっとお城のようなものなのだろう。物々しい大きな門がそびえたっている。
その最中も、私達の周囲にはたくさんのエルフの方がいて、しかも顔は怖いし、睨まれるし、ひどく居心地が悪い。
でも、エヴァン様がいる。
私を受け入れてくれたエヴァン様が隣にいる。
それだけが今の私の支えだった。
城の中に入りどんどんと奥へ入っていくと、ある部屋に通された。
そこには、私とエヴァン様、そして国王であるエヴァン様のお父様と、見慣れないお爺さんがいた。背中も曲がり、よちよちと歩くその様は、ひどく高齢であるように見えた。
眉毛も髭も長くて白くて顔はしわだらけ。
そんなお爺さんが、国王の横にちょこんと座った。
「はじめましてじゃ……。わしは宰相を務めておるウルホじゃ。エヴァンの坊やと恋仲なんじゃて? 仲良くしてやってくれよ?」
「はぁ……」
「なんじゃ? 驚いているのか? かっか! まぁ、無理もない。ここにいる奴らは人間に対して敵対心を持っておるからの」
見た目とは裏腹に饒舌なウルホ様は、かっか、と笑いながら話を始める。
エヴァン様とお父様が同じようなしかめっ面を浮かべている。
「ウルホよ。少し黙っていられぬのか?」
「なんじゃ? アルヴィリよ。おぬしは息子と結婚したいと思ってくれるものを邪険にするのか? 狭量な奴じゃのう」
「違う。私はこの国を背負う王族としての姿勢を――」
「うるさいわい! そんなことよりも、まずは父親として息子を祝ってやれんのか? そして、このような人間と国交を絶っているエルフの国に一人やってくるこの子の心細さに寄り添えんのか? そんなことで国を支えられると?」
「ぐぅ……」
ウルホ様の言葉に、お父様は二の句が継げない。
そして、そんな言葉をかけてくれるなんて。私は思わず涙ぐむ。
「あ、ありがとうございます……」
「ほれ。おぬしが泣かしたんじゃからな?」
「ち、違う! 私は――」
そんな漫才のようなやり取りをよそに、エヴァン様はそっと私を抱きしめてくれた。
「ぁ……」
「本当にありがとう。つらかっただろう? だが、安心してほしい。きっと、このエルフの国を君の居場所にしてみせる。そのためにはまず――」
「――目の前の頭の固い老害から始末しないとな」
「かっか! あの氷の王子がこうまで変わるとは! 面白いものじゃのぉ!」
「エヴァン……わかったから。まずは話を聞こう」
そう言うと、お父様は椅子に座った。
私はエヴァン様の腕の中からそっと彼を見上げる。
「ありがとうございます。私も、頑張りますから」
「あぁ、一緒にな」
「はい。……でも、お父様なんですから。あんまりひどいこと言っちゃだめですよ?」
「っ――」
私がそういうと、エヴァン様もばつが悪そうに視線を逸らした。その様子を見てたウルホ様はやはり面白そうに笑う。
「一番の強者はおぬしじゃな! まぁ……このあたりで遊びは終いじゃ。さぁ エヴァン。話を始めてくれんか?」
ウルホ様は温和な雰囲気をしまい込み、威厳のある凄みを聞かせてじろりとエヴァン様をみた。その視線に応えるように、エヴァン様も席に着いた。
私もそれに習う。
「まずは彼女の紹介をさせてくれ。彼女はアンフェリカ。アンフェリカ・エングフェルト。王国の公爵家の娘だ」
「……公爵家」
「ああ。老人に変装していた私にとても暖かく寄り添ってくれた。私はそこに惹かれたんだ。だから一緒になりたいと思った」
エヴァン様はお父様とウルホ様を見つめながら話している。その視線には一切の濁りもなくまっすぐだ。
私は、自分のことを言われているからか、ついつい気恥ずかしくなってしまう。
「だが……本当にそれだけか?」
お父様のその言葉に、エヴァン様はそっと懐に手を伸ばす。
「もちろんだ。私は、アンフェリカが何も持たずとも、きっと一緒になりたいと思った。しかし、彼女はみすぼらしい老人にこんなものを恵んでくれたのだ。それは、私が……私達が探し求めているものだと思う。確認してほしい」
「え?」
エヴァン様が取り出したのはファロムの花の種。
私がスキルで生み出せる唯一のものだ。
ただ珍しいってだけなのに、どうしてこんなものを? 確かに高価だとは思うけれど。
「エヴァン様……どうしてそんなものを――」
珍しいだけの花。その種。
それだけなのに、エルフが探し求めていた? そんなわけない。
価値のないものを並べられてひどく恥ずかしい。私は、種をしまってもらおうと手を伸ばしたその時――。
「まさか!」
「なんとぉ!?」
目の前の二人が、食い入るようにその種に近づいた。
突然の出来事に、私は驚いて固まってしまう。
「これは! まさか、トピアスの恵み!!」
「生きているうちにまた見れるとは思わなんだ!」
「やはり」
エヴァン様は、二人の反応をみて安心したように微笑む。
「あ、あの……どういうことですか? ファロムの花はただの珍しいだけの花で……」
私の言葉に、エヴァン様は表情を崩す。
「黙っていてすまなかった。私も確信が持てなかったから言い出せなかったんだが――」
そう言ってエヴァン様は、私の前で跪く。
それは、前にしてもらった愛をささやくものではなく、最敬礼といってもいいほど頭を垂れていた。
「な、何を!?」
「あなたのおかげでエルフは救われる。あなたは救国の女神だ」
「ふぇ?」
何、訳の分からないことを言っているんだろう、と私は間抜けな顔で首をかしげることしかできなかった。
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