エルフの国と拒絶
領地を出た私は、地平線まで見える広い草原を延々と馬車で旅をした。領地と学園のある王都しか行ったことのない私には新鮮なことが多すぎた、
日の光にきらめく朝露。
体に降り注ぐ雨の厳しさ。
満点の星空。
そんな環境でたくましく生きる人たち。
いずれも私には輝いて見え、その度にエヴァン様はたくさんのことを教えてくれた。
私の感動を受け入れてもらえているような気がして、本当に嬉しかった。
「エヴァン様? あれはなんですか?」
「あぁ、あれはな――」
そんな些細なやり取りでさえも。
今までは誰もが私に「これをやれ」「これを覚えろ」と言ってきて、私はそれを覚えるばかり。こうやって、私が知りたいって思ったことに応えてくれることなんてなかったから。
そして、草原から森へと景色が変わっていく。すると、エヴァン様が口を開いた。
「エルフは森に住む。だが、決して人間に見つかることはない」
「どうしてですか?」
「結界が張ってあるんだ。エルフは、森と生き森から力をもらい魔力に変える。複雑な魔法がどちらかというと得意なんだ」
穏やかながら、どこか得意げに語るエヴァン様の横顔は、どこか微笑ましい。
「なんだか、子供みたいです」
「む、そうか?」
「そうですよ。でも、そんなエヴァン様も可愛らしいです」
「可愛いなどと言われたのは子供の時以来だな! さぁ、じきに着くだろう。言っておかなければならないが、少しばかりおどろくことになると思――」
そういった矢先、突然エヴァン様が私を抱きしめた。
「ふぇっっっ!?」
突然のことに私は頭の中が真っ白だ。
え? どゆこと!? ここまで何もなかったのに、どうして今更になって!? えーーー!!
混乱する私を後目に、頭上からは真剣な声が響いた。
「決して頭をあげるな!」
「は、はい!」
その緊迫した声に、私はようやく状況を察した。
エヴァン様の腕の隙間から周囲を見渡すと、地面には矢が突き刺さっている。ぐっと息をのむと、続けざまに、二本、三本と矢が降り注いできた。
「きゃぁ!!」
「大丈夫だ! すぐ終わる」
ついエヴァン様に抱き着いてしまったけれど、エヴァン様は全く焦った様子はない。背中に携えていた弓を取り出すと、おもむろにそれを構えた。
そして、目を細めて遠くを見据える。
「丸見えだ。まだ甘い」
そういって矢を打ち出した。
って、三本!?
私は目の錯覚かと思い矢が飛んで行った方向を見ると、やはり三か所で茂みを貫いた音が聞こえた。
その神業に目を瞬かせつつ、エヴァン様の動きを注視した。
エヴァン様は、素早く矢を構えると、二度、三度と矢を番う。
なんどか矢が飛んできたが、それもエヴァン様が同じように矢で弾いていた。とんでもない出来事に、私は開いた口が塞がらない。
「もう大丈夫だ」
私の頭をそっと撫でると、エヴァン様は優しく微笑んだ。
その仕草と表情に、私の胸が高鳴る。
こんな非常時だけど、改めてみると本当にエヴァン様は美しい。神話に出てくる神様のようだ。
透き通るような銀髪に、切れながらの目。
どこか冷たさを感じる顔立ちながら、優しく微笑むそのギャップ。
もういつ見ても、心が休まらない。
私は大きく深呼吸をして落ち着くと、体を起こす。
「あの……一体何が」
「すまない。いつものことなんだ――」
エヴァン様はそういうと、馬車の外にでて大声をあげた。
「客人がいる! いい加減、遊びはおしまいだ!」
その叫び応じたのか、茂みから数人の男が出てきた。
全員エルフのようだ。
その表情はなぜだかひきつっており苦笑いをうかべている。
その中の一人。
少しだけ装飾品を多くつけているエルフが腰から下げた大きいネックレスのようなものをじゃらじゃら言わせながら近づいてきた。
「それは反則でしょ、エヴァン。あんなの無理無理! いつもと違っていきなり本気だすとかずるいって! いつもみたいに、小手調べからってのが常道だろって……人間か?」
軽い雰囲気で近づいてきた男が、私の顔を見るなり眉をひそめた。
それはそうだ。
エルフは人間との交流を絶っているんだから。
でも、私はエヴァン様と一緒に来たんだからせっかくなら仲良くしたい。
慌てて馬車から降りると、できるだけ優雅にスカートをつまむ。
「初めまして。アンフェリカと申します」
「あ、あぁ。俺は、リク。狩人だ。――って、自己紹介してんじゃねぇよ! どういうつもりだよ、エヴァン。人間なんて連れてきて」
最初とはうって変わって剣呑な雰囲気のリクさんは、エヴァン様をじろりと睨む。
「私は彼女と結婚する」
「はぁ!?」
エヴァン様の言葉に、今度はリクさんだけじゃなく、後ろにいる二人のエルフの雰囲気もぴりりと鋭くなる。
「お前な……今がどんな状況かわかって言ってんのか?」
「当然だ。だが、私は私の意志を曲げるつもりはない。アンフェリカとともに生きること。それはもう決めたことだ」
「てめぇ!!」
エヴァン様の言葉に、リクさんは怒声をあげながら詰め寄った。
そして、胸倉をつかむと、殺さんばかりに視線を飛ばす。
「今……俺たちエルフがどんな状況が本当にわかってんのかよ! このままじゃ滅びるんだぞ!? お前、それでもこの国を背負ってたつ王族かよ!!」
ほ、滅びる?
まさかの言葉に私は血の気が引いていく。
確かに、村の存続の危機と言っていたけど、まさかエルフ族の滅亡がかかっていたなんて。
そんな大ごとだとは知らずに話を聞いてしまっていた。
言葉の重みと雰囲気の重み。
どちらの重みもすさまじく、私は今にも膝が折れそうだった。
しかし、エヴァン様はそんな私の心境を察したのか、そっと腰に手を添えてくれる。
「いいから結界を解くんだ。彼女はきっと私達の希望となる」
え?
希望?
隣で微笑むエヴァン様の言葉の意味が分からず、私は首をかしげることしかできなかった。
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