お爺さんとの出会い
そこから先はとんとん拍子だ。
婚約破棄された私はいらない子供になったようで、親からは辺境の屋敷にうつるよう言われた。
体のいい追放である。
当然今まで通っていた学園はやめさせられ、友人とお別れも言えずに馬車に詰め込まれた。
その道中も今までに受けたことがないくらいひどい扱いだった。
御者は父から言われているのか、私の世話をしようとはしないし、満足な準備をさせていなかった。
自ら料理をしようにも今までやったことがないからわからないし、なんとか干し肉を見つけてかじりついた。服の変えもないから泥だらけになるし、寝るときは布団がないから凍えそうだった。
そんな道中を乗り越えながら、私は王国の中で王都から最も離れた国境沿いの街――アクセリナにやってきた。
そのアクセリナから見て高台のある丘に、エングフェルト家がもつ屋敷が立っている。もちろん使用人もいて、立場上は公爵家ご令嬢なのだが、そこにいる人たち全員が私に興味なんてなかった。
誰も、私の目をみて話さない。
そのことがどうしようもなく悲しかった。
そして、やはりその屋敷での生活もつらいことしかない。
私を世話すべき使用人達は私を無視するし、嫌がらせのようにそれ以外の仕事はしっかりとこなしている。
何を話しかけても嫌味を言われ、すぐに私の心は限界を迎えた。
「どうしてっ! どうしてよっ!」
あてがわれた屋敷から走る。
まだ、ここにきて数日だが、もうここにはいられない。
どこに向かっているかもわからない。けれど、ただあそこから逃げ出したいという想いだけで私は走った。
私は努力した!
やりたくない勉強も頑張ったし、王妃になるための教養だって身に着けた!
心で思っていることなんて、ここ数年だれにも打ち明けてない!
こんなにも窮屈に生きてきたのに、どうして私がこんな目に合わなきゃいけないの!?
どうして!
その言葉だけが、ひたすらに頭の中で鳴り響く。
自然と涙があふれてきた。
視界が歪む。けれど、それど止まらない。止められない。
それだけの情動が私の中には積り積もっていたから。
その歪んだ先には、橙色が広がっていた。
そういえば、この街は港街だったな。きっと綺麗な海が広がっているんだろう。
けれど、今は見えなくてよかった。
その綺麗さに、自分の惨めさが露わになるから。
「どうして私がこんな目に合わなきゃならないのよ! どうして――、あんなやつ……し、しんじゃ――」
それ以上は言葉にならなかった。
私は嗚咽をむしろ吐き出すように、これでもかと泣いた。
もうあそこには帰りたくない。もう、このまま消えてなくなってしまえばいい。
この時。
私は確かに、自分の運命を呪っていた。
そう思いながらやがて泣きつかれたその時、唐突に何かの気配を感じる。
私は、地べたに座り込んだまま顔をあげた。
すると、そこにはお世辞にも綺麗とは言えないお爺さんが私と同じように地面に座っていた。けれど、その視線は海を見つめている。
私と同じように、ただ遠くを見つめているだけだった。
もしかして、あの様子が見られたの!?
ついつい、恥ずかしさで思わず身をよじる。
「辛いことがあったのだな」
「は……はぃ」
私のことを見ていないけど、きっと私に話しかけているのかな?
粗末な様相とは裏腹に、お爺さんの言葉と声はひどく落ち着いていた。
「絶望に抗い続けるのは疲れるものだ……。あなたも、もう疲れたのかい?」
そのお爺さんは、どこか人好きのする笑みを浮かべると、少しばかりの悲しさを含ませながら言葉と紡いだ。
普段ならきっと怪しんでこの場から去る。
けれど、今日はなぜだかそのまま話をしてみようと思った。
汚らしい外見だけど、言葉は紳士なお爺さん。
どこか寂し気なお爺さんに、どこか安心する私がいたのだ。
「え? ……そう、ですね。……もう、疲れちゃいました」
「私もだよ。もう立ち上がることも億劫でね」
「わかります」
私はそういいながら思わず微笑んだ。
たしかに心は悲鳴を上げているけど、自然と笑えたのだ。
きっと目の前のお爺さんもつらいことがたくさんあったんだろうな、と思うと、なぜだか一人じゃないと思えたから。
「ねぇ、お爺さん?」
「なんだい?」
「お爺さんの話、聞かせてくれませんか?」
「こんな汚い老いぼれの話を?」
私がそういうと、お爺さんは驚いたようにわずかに目を見開いた。
私は、嫌な気分にさせたかな、と思ってすぐに言葉を続ける。
「はい。もしよければ、ですけど」
お爺さんは私の言葉に笑みを深くすると、一度座り直し背筋を伸ばした。
「いいとも。そうだね……そうしたら、代わりに君の話も聞かせてもらえるかな?」
「私の話も、ですか?」
すこしだけ、胸が苦しくなる。
まだ、自分の中で消化しきれていないことだから。
でも。
いつか乗り越えなきゃならないなら、それが今だっていいだろう。
「夜は長い……お付き合いいただけますかな」
「ふふっ、ではお願いします」
ついつい、そんなことを笑いながら伝えていたのだ。
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