夢がだるい
気づいた時には真っ白な空間にいた。
先が見えないくらい広くて、もしかしたらそれが永遠に広がっているのではないかとすら錯覚するような場所。
はて、どうしてこんなところに俺は立ち尽くしているんだろうか。
不思議と怖いとか不安とかそういった負の感情は湧かなかった。ただ、ぼんやりと、ふわふわと覚束ない感覚があるだけだ。
不思議な感覚だ。
『やぁ。聞こえるかい?』
声が聞こえた。
いや、聞こえたっていうのはちょっと違う。
体に直接響いてきた感じだ。
『すまないね、突然。困惑していると思うから1から説明しようと思う。まず、ここが何処か。それは輪廻の輪のなかだ。君はその中を揺蕩う魂の一つなんだ』
声の主はそう説明した。
唐突な話だった。これじゃあ余計に困惑するだけじゃないか。
なんだよ、輪廻の輪って。いや、知ってはいる。聞いたことはある。
あれだ。人が死ぬと魂がそこに行って、来世に生まれ変わるって言うやつだ。
つまり、俺は死んだってことなのか?
一番最新の記憶を辿ってみるに、確か会社の飲み会から帰ってきてそのままベッドにダイブしたところで途絶えている。多分寝落ちしたんだと思うが……
(じゃあこれは良く出来た夢か)
『いや、夢なんかじゃないよ。現実……って言うのもちょっと違うと思うけど。でも君は確かに死んでいるよ。死因は急性アルコール中毒だ』
と、声の主は至って真剣そうに話した。
って、夢の中で言われてもなぁ。
あれだな。最近ハマってるなろう系の小説でよく見るパターンのやつだ。俺がよく見るのはトラックに轢かれてから死後の世界へ。そして、異世界で神から貰ったい能力で無双する話だ。
俺はそう言う話は好きだが、それを現実と混合してはいない。
今年で30のアラサーがそんなことするわけがない。
『って言われてもなぁ。君が見ているその物語らも原初のものは実話だったんじゃないかな? ほらよく人が使ってることわざにあるだろ? 火の無いところに煙は立たないって』
ってことは、あれか。
ここは、本当に死後の世界で
俺は次に異世界へと飛ばされると。
もちろんチート能力ありで、あっちではハーレムも無双もなんでもござれのハッピーライフが待ち受けていると。
『まあ、異世界に行くのは正解だね。ただそのチート能力ってのは特に無いけど』
チート能力なしで異世界か。
やめだ。やめだ。そんなの話にならない。
チート能力無しで異世界に行って出来ることなんて何にもない。まだ元から住んでいる分、そっちの世界の農民の方がいい暮らしをしていそうじゃないか。
まぁ、どうでもいいんだけどね。
ただ、夢の中でくらい別にサービスしてくれてもいいじゃないか。
チートあり。ハーレム、無双なんでもあり。
30になってもまともに昇進出来ない俺にいい夢見してくれてもいいじゃないか。
『だから夢じゃないんだって……まぁ、さっきはチート能力はあげれないって言ったけどやろうと思えば出来なくはないんだよね。ただそれに見合う分の代償は払わされるけど』
代償? そんなもの払わされるのか?
具体的には?
『具体的にって言われても……まあその力に見合う分の魂払いだね。例えば君が次に行く世界でその力を作ってハーレムを作ったとする。すると、力を使わなかった場合と、使った場合で君が得られる幸福度は変わるよね。その幸福度の差分、君の魂がその次に輪廻転生を行う際にひびいてくるんだ。要はその次の生まれ変わりではより不幸な人生を送ることになるってわけだね』
ああ、質量保存の法則みたいな感じってことか。
全体的な幸福度の量は決まっていて、その中で大なり小なりは決めれるけど、大きくしたらその分何処かが小さくなると。この認識でおっけ?
『そそ。そう言う感じでなら力を与えられるけどどうする?』
どうするも何も。
そりゃ、あった方がいいだろう。
別にその力を使わないって手もある。
その力に頼らざる機会が訪れる可能性だってあるわけだから有るか無しかで言うなら持っておいた方がいだろう。
『君、本当にこの力の意味わかってる? ちゃんと代償はつくんだよ?』
いや、わかったつもりだけど?
なに?俺のことバカにしてんの?
てか、うるさいんだよ。明日だって会社あるんだから。
人はちゃんと休めてる時は夢なんて見ないんだよ。
つまり、今こんなゴミみたいな夢を見ている俺はしっかり休めていないってことだ。
明日の仕事に支障がでたらどうすんだよ。
『まぁ、じゃあ力は付けとくよ。発動条件は心の中で願うだけだ。ただ迂闊に使うべき力でもないと思うからちょっとした願望くらいでは発動しないようにしとくから』
しつこいぞ。
もういい加減にしてくれ。ちょっと黙ってろ。
俺がそう思うと、声の主は『はいはい、まあせいぜい頑張ってよ』と言いながら意識から遠ざかっていった。
ようやくゆっくり休める。
(明日もだるいな)
最後にそんなことを思いながら意識は完全にブラックアウトした。