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第四章 王子とお妃様たちとお茶会 その一



 天気は快晴。しかしまだ気温が低く肌寒いため、お茶会の会場は研究局に隣接された温室で開かれることとなった。

 温室内には女性五人と男性一人。もちろんお妃様五人とハーシェリク王子である。給仕する者もいない。オランを含む護衛の者は温室の外で待機しており、第二側妃の手で防音の魔法までかけられた徹底ぶりである。


 ハーシェリクはなにが始まるのか戦々恐々だったが、目の前のやりとりにやや呆気にとられることとなった。


「まあ! 今日はマリエルの手作り?」


 そう声を弾ませたのは、正妃のペルラである。

 王太子のマルクスと同じ、最上級の紅玉を磨いたような豊かな髪と瞳。不老とさえ疑われそうな美貌の王と並んでも引けを取らない容姿の彼女は、テーブルに並べられたお菓子の数々に瞳を輝かせていた。


 テーブルにはたくさんのシュークリームのようなお菓子が並んでいた。手の平よりも小さくプチシューというのが適切かもしれない。プチシューは粉砂糖がかけられたものや、チョコレートが塗られたもの、ナッツがのせてあるものなど様々だ。


「はい。この間、母から届いたお菓子が美味しくて、作り方を聞いたのです」


 そう答えたのは第三側妃のマリエルである。赤みのかかった金髪に鳶色の瞳と息子と同じ色もつ、おっとりとした雰囲気を持つやや童顔な美女が微笑んで応えた。

 その隣では、眼鏡越しに上質な黄玉のような瞳を煌めかせ、癖のある深緑色の髪を無造作にくくった女性がお菓子を持ち上げ凝視している。彼女は第二側妃のイルヤである。


「ちゃんと膨らんでる。まるで菓子職人が作ったようね」

「手先が器用で羨ましい」


 同じく粉砂糖がかかったお菓子を凝視して感心した声音で言ったのは、第一側妃のオルガだ。

 雪藍色の長い髪を緩く結び肩から垂らし、深い湖の底のような青い瞳が冷たい印象を与える、やや無表情気味な美女である。


「ではお茶は私が……」

「ありがとうございます、コクヨウ様」

 黒曜のお礼を言い、マリエルはトングでお菓子を配っていく。

 そして皆に囲まれるように席についているハーシェリクは、系統も性格も多種多様な美女に囲まれ、若干気後れしていた。


(これはお茶会じゃなく、女子会というのでは……?)


 前世、小説や漫画などで読んだことがあるような貴婦人がうふふと微笑みながらのお茶会というよりは、お菓子など持ち寄ってわいわいきゃっきゃっするようなノリが近い。ハーシェリクの思い込みという可能性もあるが。


「さあハーシェリク様、どんどんお食べください」

「ありがとうございます。いただきます」


 差し出されたのは、山盛りのプチシュー。

 ハーシェリクはプチシューをフォークで差し、口元へと運ぶ。

 咀嚼すると、柔らかな皮生地のなかにカスタードクリームが入っていて、甘さが口のなかにひろがり、ハーシェリクは今の場について一瞬で忘れ、次のプチシューへとフォークを動かす


(すっごくおいしい!)


 クリームはカスタードクリームだけでなく、チョコレートや生クリームもあり、プチシューをカップ代わりにしてクリームと果物が入っているものもあった。イルヤがいったように菓子職人が作ったような出来栄えである。


 子どもらしく頬を緩め、夢中で頬張るハーシェリクに、妃たちは笑みを浮かべて見守っている。


「ハーシェリク様、これが祖国から取り寄せた物ですよ。お食べになって」


 そういってペルラがチョコレートを差し出す。


「これも美味だぞ?」


 オルガがカットされた果物をフォークに差し、ハーシェリクの口の前へともってくる。


「お茶のおかわりは?」


 お茶が少なくなれば、黒曜がポットを持って問う。


(あれ、ここってもしかして天国? スイーツ天国??)


 温室だから快適な温度で花を愛でつつ、美女と美味しいお菓子とお茶に囲まれる時間。もし天国があるならこうであって欲しい、と願うハーシェリクである。

 ちなみにハーシェリクが希望する天国は、ふかふかな寝心地抜群のベッドがあったり、漫画や小説が積まれてあったり、大画面のテレビでゲームができて、美味しいごはんがある世界である。他人が聞いたらニートか! と突っ込まれるであろう。


「ふふふ」


 幸せに浸っていたハーシェリクは、誰かの笑い声で我に返った。今は七歳児だが、中身はぎりぎりアラサーのおばさんなのだ。つい前世の姿でお菓子を貪る自分を想像し、羞恥で顔が熱くなった。


「お、お菓子に夢中になっていました。ごめんなさい!」

「お気になさらないで。ただ思い出し笑いをしただけですの」


 ハーシェリクがフォクを置いて謝罪すると、ペルラが首を横に振った。


「ペルラ様も?」


 マリエルも微笑みがながら問う。


「ええ……とても懐かしくて」

「そうだな」


 ペルラの言葉にオルガも同意し、ハーシェリクは首を傾げた。


「思いだし、笑いですか?」

「ハーシェリク様は、彼女にそっくりでね。とくにお菓子を食べて幸せそうに笑うところが」


 イルヤがそう笑いながらいい、己もプチシューを食す。

 彼女にそっくりと言われ、それが誰なのかハーシェリクは簡単に予想することができた。


「……母様ですか?」

「はい。とても、笑顔が素敵な方でした……」


 マリエルが母の表情を思い出してか、嬉しいような悲しいような微妙な表情で言葉が零れる。

 それを皮切りに、場にはややしんみりした空気が流れた。


 (なんか、イメージとちがうなぁ……)


 場の雰囲気に、ハーシェリクは前々から感じていた違和感を思い出す。


 後宮とはドロドロしたイメージだったのだ。それこそ一人の男性相手に女たちが寵を競うのだから、ならないわけがない。現実リアルでは第三者の立場でも勘弁してもらいたいが、創作フィクションならば、後宮ものに嵌って読み漁ったことがある前世。

 多くの女性のなかから、唯一に選ばれハッピーエンドを迎えるのは、ある意味王道の物語だ。


「その顔は、なにか納得いかない顔ですわね。何でも聞いて?」


 微妙な表情をしていたのだろう、ハーシェリクの顔を見て、ペルラが微笑みながら問う。自分が下世話な人間のような気がして、ハーシェリクは視線を逸らす。


「いえ……」

「ハーシェリク様は、いつも大人びていてうまく猫を被ってますが、感情がすぐに顔に出て素直ですよね」

「気になることを聞いたほうがいいぞ」


 マリエルとイルヤにそう言われたが、ハーシェリクはやはり視線を逸らして誤魔化そうと試みる。


「……大したことではないので」


 一国の王子が「お妃様たちは父を巡ってドロドロの後宮愛憎劇なんてしないんですか?」なんて聞けるはずもない。


「疑問を溜めこむのは健康にもよくない」

「早く言ってしまったほうが楽だと思いますが」


 オルガが無表情で言い、黒曜もにっこりと微笑みながら言った。

 一瞬、何が楽なのだと思ったが、ハーシェリクは数拍迷ったあと、観念して己の疑問を伝える。とはいっても、そのまま言うことなどできないので、表現をマイルドにして。


「……とてもみなさんの仲がいいと思ったんです」


 ハーシェリクの言葉に、お妃様たちは目が点になった。ハーシェリクの言ったことを脳内で処理しきれていないのか、首を傾げたりしている者もいる。

 そしてやっとわかったのか、黒曜が手を叩いた。


「……ああ!」

「あれだね。所謂後宮の愛憎劇場的な感じの」


 ハーシェリクが場を慮り、あえて言わなかった言葉を、イルヤがさらりと口にする。

 それを聞いてハーシェリクは尻の据わりが悪くなり、もぞもぞと動いてしまう。そんなハーシェリクを気にも留めず、お妃様たちは今気がついたとばかりに、お互いの顔を見合わせていた。


「ああー……」

「確かに私たちにとってはこれが普通ですけど、よそからみたら不思議かもですねぇ」


 オルガが溜息というよりは、呆けた声と共に深く息を吐き、マリエルも片頬に手を添え、しみじみと呟く。


「帝国は、現在の皇帝は跡継ぎがいないから、有力貴族たちのご令嬢が凌ぎを削っているみたいですからね」

「確かこの間の戦を仕掛けてきたときの司令官の貴族の娘が、父君の敗戦をネタに嫌がらせされたらしいが、それを逆手に皇帝の同情を誘い、今一番寵が篤いとか」

「たしか父君は皇帝の幼馴染だったかな?」

「ええ、だから逆に皇帝は娘を出汁だしに幼馴染を守っているのもしれません」

「あら、友情が厚いですね」


 正妃から順にさらりと言うお妃たち。 


(こわっ 女の情報網こわっ)


 ある意味国家機密級のことを、まるで近所のおばちゃんの井戸端会議な世間話のように喋るお妃たちに、ハーシェリクは震撼した。

 ついでに先の戦で取引した帝国貴族の生存報告がきけて安堵する。何かあれば連絡があるだろうが、ないので頑張っているのだろうと思っていたが。


「と、話が脱線してしまってごめんなさい、ハーシェリク様」


 マリエルが唖然としているハーシェリクに気が付き、話を打ち切って謝罪をする。


「いえ……ですがどうやって情報を?」

「情報なんて大層なものではない。商人たちから聞いた、単なる噂話だよ」


 イルヤが眼鏡をくいっと持ち上げながら、にやりと笑って茶を飲む。

 その様子にハーシェリクは察した。


 お妃様たちには、所謂お抱えの商人がいる。その商人たちは国内だけでなく、他の国でも商売をしている大商人たちだ。そんな商人たちが世間話で各国の庶民たちが噂話を話のタネにして、大国のお妃様たちの気を引こうとするのだろう。

 もちろん庶民が噂する程度の話は、一つ一つは真偽がわからないし重要性が乏しい。しかし多方面から情報を集め繋ぎ合わせれば、その一致や差異で真偽が図れるようになってくる。


(あー……昔あったなぁ)


 前世でのこと。とある来客にお茶を出しにいくと、最近業績がいいと言う自慢話をしてきたため、社会人のマナーとして笑顔で相槌を打った。

 しかし別の来客のお茶出しをしようとして、その会社の良くない噂を、来客者間でしていたことを立ち聞きしてしまい、ハーシェリクこと涼子は首を傾げた。

 後日、その子会社の人間が来社した時に、どうも顔色が悪く気になった。経理事務担当に聞いたところ、支払いを早めてもらえないかということを本社に直接交渉に来たらしいと。


 嫌な予感がして上司経由で経理部長に報告し、同じように違和感を覚えていた部長及び役員たちはその親会社との取引を警戒していると、子会社が親会社からのパワハラを告発し、大変なことになっていた。幸い様子見で取引を控えていた涼子の会社は、被害最小限で済んだが。


 庶民の噂話や評判など小さな情報だとしても、時として馬鹿にできないのだ。


「で、なぜ私たちの仲がいいかでしたね」


 ペルラはそう言って居住まいを正した。


「まず前提として、すべて私が悪いのです」

「ペルラ様、あなたが悪いわけはない」


 沈痛な表情で己が悪いというペルラを、オルラが即座に否定した。だがペルラは首を横に振る。


「いえ、私がマルクスを産んだあと、子どもを作ることが怖くなってしまったのです……もし次に子を産んで、また奪われると考えたら……」


 ハーシェリクはその言葉にはっとした。ソルイエとペルラの長子はマルクスではない。

 長女であり、マルクスが生まれる直前、一歳となっろうとしたとき病死した。否、バルバッセにソルイエへの見せしめとして暗殺されたのだ。


 お腹を痛めて産んだ初めての子が殺される。もしかしたらマルクスや次に生まれる子が、同じ目に遭うかもしれない。前世女で出産経験がないハーシェリクでも、子を奪われる恐怖は想像できる。

 否、ハーシェリクの想像以上の恐怖を味わったペルラが、次の子を宿すことを拒否する気持ちはわかる。


「ペルラ様、続きは私が」


 顔色が悪くなったペルラを気遣い、オルガが話を引き継ぐ。


「ペルラ様のお気持ちを知った陛下は、それ以上子を望まなかった。するとあの男は言った。『大国の跡継ぎが一人では、なにかあったときに高貴な血脈が途絶えてしまう。ならば側妃を迎えるべきでございます』とな」


 あの男とはだれか、ハーシェリクは名前を告げられずともわかった。




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