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第三章 王子と王家と陽国の使者 その一


 王城の謁見の間には、国王を筆頭に王族やその直属の部下、将軍や高官が集まっていた。

 まだ昼間なので、夜会のような華美とまではいかないが、賓客を迎えるにふさわしい出で立ちで、遥々東から海を渡ってきた使者団を待ち構えていた。


 そんな中、その場で一番若く背丈の低い人物がいる。

 もちろん今年で八つとなるハーシェリクだ。彼は集まった王族の顔面偏差値の高さに、心の中で感嘆半分羨望半分のため息を漏らす。


(いつもの如く、本当に美形揃いだなぁ……)


 自分も正装をしているが、着飾った父や兄姉たちは格段に輝いて見えた。


 まず一番の上座、玉座にいる父、第二十三代グレイシス王国国王ソルイエ。月の光を集めたような見事な流れる銀の髪に、ハーシェリクと同じ翡翠色の瞳。中性的な顔立ちで二十代に見えるが、すでに四十を超えた年齢である。ハーシェリクは父に関して不老を疑ったことがあるほどの、美貌の国王だ。


 以前はウォルフ・バルバッセ大臣の傀儡となり、国民からは愚王と誹られていた。しかし大臣の悪逆が明るみになった今、評判は一転し儚げな容姿も相まって悲劇の国王と同情を集めている。

本来なら断罪される立場だが、ハーシェリクの活躍後の王の働きは、愚王の時とは雲泥の差であるため、現在王を非難する声は小さい。本人も贖罪のため身を粉にして責務についていることも大きい。


 そんな王の妃たちも皆美しく、その子どもたちも例外はない。ただハーシェリクが他兄姉と比べて華がないだけである。

 ちらりとハーシェリクは兄と姉たちを盗み見る。


 まず視界に入ったのは、父の傍に立つ王太子であり長兄のマルクスだ。

 父から継いだ整った顔立ちに最高級の紅玉を溶かしたような髪と瞳を持ち、影では『薔薇の君』や『薔薇王子』と呼ばれている。華やかな二つ名だが、性格は責任感が強く真面目で、まさに誰もが憧れる王子様だ。


 ついで隣には次兄のウィリアムが微笑を浮かべていた。父譲りの銀髪に湖の底のような青い色の瞳で、兄とは対照的に『氷華の君』と呼ばれる冷やかな美貌の持ち主だ。ちなみに私生活では仕事を破棄している表情筋も、現在はしっかりと働いている。


 その隣には控えるは第五王子のユーテル。兄と同じ青い色の瞳に、母親譲りの雪藍色の軽くウェーブのかかった髪。柔和な顔立ちと虚弱体質で保護欲を掻き立てる王子である。ただし本人の性格はドSな上毒舌であるが、この事実を知る者は家族以外には少ない。


 さらに横はユーテルと同い年の三つ子の王子たちがいた。第一王女セリシー、第三王子アーリア、第四王子レネットである。

 三つ子ともに黄玉トパーズのような瞳は共通している。髪の色はセシリーが深緑、アーリアが緑、レネットが黄緑と色や髪型の差異はあるが、鬘をしてしまえば顔だけで誰か判断するのは難しいだろう。ただ最近はセリシーが女性のため背が若干低いのと、アーリアは大人しい性格、レネットは活発な性格で雰囲気がわかるため、見慣れた者を騙すのは難しくなっているが。


 残る王族二人はこの場にはいない。

 第六王子のテッセリは、陽国の使者団がくるまでに帰国する予定だったが、途中トラブルに見舞われて遅れ間に合わなかった。

 そしてもう一人は、第二王女のメノウである。 


(メノウ姉上、大丈夫かな……)


 朝、クロにお付の侍女に様子を聞きにいってもらうと彼女曰く、昨日ハーシェリクの目の前で倒れてから今も昏々と眠り続けているらしい。

 ただ眠っているだけで、他に体調の変化がないこと。王家付きの医師も母親の第四側妃も問題ないと言っているらしいのが救いだ。


(あとでクロにお菓子作ってもらって、お見舞いに行こう)


 別にお菓子が食べたいわけではない。いや三割くらい気持ちはあるが、と誰も聞いていないのに内心言い訳をするハーシェリクである。


「陽国の使者ご一行、ご来場です」


 官吏の入場の合図に、ハーシェリクは姿勢を正しつつ、ちらりと背後を盗み見ると、正装した己の筆頭たちがいた。


 オランはいつもの無造作に括っている夕焼け色の髪を丁寧に結び、白い騎士服をきっちりと着こなし帯剣していて、いかにも騎士の風情だ。

 白と水色を基調とした魔法士の正装をしたシロは、若干面倒臭そうな表情だがそれさえも彼の美貌を損なうことはない。

 そして、いつものように黒い執事服を着たクロは無表情で直立不動だった。


 ハーシェリクはその無表情にひっかかりを覚えたが視線を戻す。

 ゆっくりと勿体ぶるように開かれる大扉の先には、陽国からの使者団がいた。


 総勢二十名ほどの団体だった。

 先頭は初老の男性。続くのはやや若い男性たち。少数だが女性の姿もあった。服装は前世の世界での着物が近い。ただ和装というよりはズボンのような履き物を着用したり、女性も袴のようなものを着ていたりして、和装よりも動きやすそうである。そしてその造りは豪華絢爛だった。

 絹の布地に金や銀、他鮮やかな色の糸で刺繍され、一歩進む度に光沢が波打つ。刺繍のモチーフも前世でいうところの和のものが多い。

 王国側も着飾ってはいるが、系統のちがう華やかさだった。

 ただ気になるのは女性の内何人かは、昨日あったメノウのように紗で顔面を覆っていることだろう。今までほぼ鎖国をしていた国だ。王国には知られていない独自の文化があるかもしれない。


 全員が共通して黒い髪に黒い瞳、そして象牙のような独特の肌色をしていた。前世でいうところの日本人の特徴に酷似している。王国にも黒髪や黒い瞳の者はいるが、肌の色合いが異なり、一目で陽国の者だとわかるだろう。


 そんな異国の雰囲気を纏う使者団は、しずしずと赤い絨毯の上を歩み、玉座の前へとたどり着いた。

 ソルイエは玉座から立ち上がり赤いマントを翻すと、使者団に微笑みを向ける。


「遠路遥々ようこそ我が王国へ、陽国の使者の方々」


 物腰柔らかい言葉や態度に、使者団が若干息を飲む。きっと彼らは年齢や大国の王という単語から、尊大なイメージがあったのだろう。だが実際は男性なのに美しく、さらに穏やかな雰囲気を纏う彼に意表を突かれ出鼻をくじかれたのだ。


 だが相手もすぐに体勢を立て直し、初老の男が一歩前へと進み、その場に膝をつく。

 それを合図に控えていた使者団も膝をつくと、男は深々と礼をし、口を開いた。


「お初にお目にかかります、国王陛下。この度はご拝謁の機会を賜り、まことにありがとうございます。私が今回の使者団の代表を神子姫様から命じられた『如月きさらぎ』と申します」

「グレイシス王国二十三代国王ソルイエだ。こちらこそ、交流の機会をもらえありがたく思う」


 そう朗らかに自己紹介をし、ソルイエは立つように促し、自分は玉座へと腰を下ろした。


「この度は突然の来訪を申し訳ありません。また快く受け入れて頂き、まことにありがとうございます。我らが主より、謝罪と友好の証として、我が国の特産の品をお持ちいたしました。どうぞお納めください」


 そう言って使者団の代表――如月が合図を背後に送ると、控えていた男たちがハーシェリクが三人は入りそうな箱を運び、蓋を開ける。

 中には独特の光沢を持つ生地や、金や銀、翡翠などの宝石や珊瑚や真珠などの貴石、さらに工芸品や薬草などが詰まっていた。

 珊瑚や真珠は王国では滅多に見ることのない品であり、王国側からのどよめきの声があがった。


「お気遣い痛み入る。帰国の際には、我が国の特産も用意いさせて頂く」


 ソルイエは動じることなく微笑みを浮かべる。彼らが帰国する際は、彼らが用意したものと同等か、それ以上の品が用意されるだろう。国と国との見栄の張り合いである。


「して、この度はどういったご用向きで?」


 ソルイエが問うと、如月は居住まいを正す。


「この度は、陛下にお願いがあってまいりました」

「願い?」

「はい」


 如月はそう言って、今から神の言葉を伝えるがごとく背筋を伸ばし、胸を張った。


「我が国の主、神子姫様が神より天啓を授かりました。今後の陽国を左右するものです。そのため、この度我が国は王国までやってまいりました」


 その言葉に王国側からざわめきが起こり、ハーシェリクは首を傾げる。


 陽国は神子姫という女王を主とする国だ。神子姫は神から天啓を授かり、先のことを予見し、国の舵取りをする、と本で読んだことがあった。


 ハーシェリクの前世の世界なら、おとぎ話である。

 しかしこの世界は、剣と魔法の世界だ。もしかしたら普通のことかもしれない、と思い周りを見るが、お妃様たちも兄姉たちも、他高官たちも、皆が皆、各々が微妙な表情である。


(この世界でも、そういうのって普通じゃないのかな?)


 ここでも天啓や予言などはお伽噺か与太話の分類になるらしい、とハーシェリクは周りの人間の表情から察する。


「……なるほど。それでその天啓とは?」


 ソルイエも同じ気持ちだったのだろう。やや間はあいたが失礼にならぬよう、そして窺うように言った。

 如月は勿体ぶるように頷く。


「神子姫様は仰られました。『かつて英雄呼ばれ、聖人となり、神の一柱となった者が起こした最古の国。その国の王と陽国の者との間に生まれし者が、次期神子姫である』と」


 英雄に聖人、そして神となったと言われる人物。

 それはかつて世界統一を果たした英雄フェリスのことを指す。フェリスの出生は不明とされているが、グレイシス王国の大地で生まれたことが学者たちのなかでは有力説だ。現在の王都のある場所で発起し大陸を、世界を統一平定し英雄と呼ばれ、人の寿命より長く生き聖人となり、最期は神となり地上から消えたとされる。


 グレイシス王家はそのフェリスの血を引いていると言われているが、記録が残っているわけではないため王家も公認しているわけではない。

 過去、何度か「自分がフェリスの血を引く者だ!」と主張し王位簒奪を企む者もいたそうだが、グレイシス王家が今も繁栄していることを考えると、その主張した者がどうなったかは押して知るべしである。


「この度は時期女王となる、メノウ殿下を貰い受けるため、参りました」


 そう深々と頭を下げる如月に、大広間は静寂に包まれた。


「なにを……」


 父王の困惑した声が大広間に響く。


「陛下には神子姫様の御言葉をお伝えいたします。『この度は良きお子を授けてくださり感謝いたす。今後も貴国とは良い関係でありたい』ということでございます」


 王の言葉を遮り、陶酔した声音で如月は言葉を紡いだ。


(メノウ姉上が次期陽国女王……? でもこの言い方って……)


 如月の言いように、ハーシェリクは眉間に皺を寄せる。

 言葉は丁寧だが、他国の姫を寄越せと、さらには陽国との関係を維持したいのなら従えと言っているのだ。


 兄姉たちに視線を向ければ、皆が同じように感じたのだろう。不愉快な表情をしていた。マルクスは眉間に皺を寄せ、ウィリアムは外交用の笑顔を消し去り無表情。三つ子は怒りの表情で、ただ一人ユーテルだけが華やかな笑顔だった。ただし黒い。


 確かに陽国との交易は王国にとってかなりの利益をもたらす。諸外国とは国交がない陽国との窓口は王国のみで、特産品や工芸品はかなり希少であり高額で取引される。仕入れ値が高くとも十分な利益がでるのだ。さらに独自の医学は大陸にはないもので、医学界に多くの進歩をもたらしている。

 国交が絶たれれば、国としての損失は決して見て見ぬふりができぬものになるだろう。


 彼らもそれが理解している上で、メノウを寄越せと言っているのだ。

 最初の歓迎の雰囲気は一転し、場は混乱と戸惑い、そして怒りの一触即発の雰囲気が支配していた。





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