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第二章 第七王子と第二王女と白昼夢 その二



「あなたは……」


 その視線の先は紹介したばかりのクロに注がれている。


「姉上?」


 どうかしましたか? とハーシェリクが言う前に、メノウはつかつかと間合いを詰めた。


「ハーシェから離れなさい!」


 そう言葉と同時にハーシェリクの腕を掴むと、自分の背後へ回しクロと対峙する。

「え?」

「は?」


 突然のことで誰もが反応できなかった。

 クロもオランも、そしてハーシェリクも。

 ハーシェリクの記憶では、メノウはおしとやかな性格で決して声を荒げたりはしない、深窓の令嬢を体現したかのような生粋のお姫様なのだ。ちなみに長女セシリーは、はっきりと物を言うしっかり系の姫様である。


 そんな彼女が声を荒げたことに、その場にいる彼女以外全員の思考が停止した。

 固まる三人を意に返さず、メノウはクロを睨みつけ、言葉を続ける。


「あなたが何者かは知りません! ですが近い将来、あなたがハーシェに害を成すことはわかっています! すぐにこの城……いえ、王国から立ち去りなさい!」


 動かない、否、動けないクロに、メノウは詰め寄ろうとする。

 三人のなかで、まず我に返ったのはオランだった。


「ちょ、ちょっと!」


 本来だったら王族の行動を許しもなく遮ろうとすれば、罰せられるだろうが、オランは構わずメノウとクロに割り込んだ。

 しかしメノウは直進をやめず、オランが無礼とわかっていても、手を広げ進行を止めようとする。


「退きなさい!」

「落ち着いてください、メノウ殿下!」

「メノウ姉様!」


 ハーシェリクも我に返り呼び方が戻ってしまったのも気にせず、姉の白魚のような手に触れ、さらに腕に手を絡める。

 しかし相手が女子でも、たかが七歳の子どもの上、世の中の同じ年の少年よりも華奢なハーシェリクではとめることができるわけもない。


「ハーシェ、放してください! 早くしないと……」


 ハーシェリクを腕に絡めたまま、オランの脇をすり抜けようとするメノウ。

 オランは反射的に手を伸ばし、彼女の腕に触れた。すると勢いのせいか、メノウの被っていた黒の紗が滑り落ち、彼女の顔が日に晒される。


 白磁のような肌理の細かい白い肌に嵌った黒い瞳が、オランの青い瞳とぶつかった瞬間、漆黒の瞳が金色に代わったのをオランが見た。


 彼女がビクリと身体を震わせたのを絡めた腕から感じた瞬間、ハーシェリクはまるで前世にあったカメラのフラッシュのような強い光を受け、反射的に目をつむった。


 強い光がやみそっと瞳を開くと、ハーシェリクの眼前には、別の光景が広がっていた。


 場所は、どこかの屋敷の庭。

 迎えあう二人の少年少女。

 一人は見覚えあるが、ハーシェリクと同じくらいの年頃の夕焼けのような髪色の少年。

 もう一人も同じ年頃の、こちらはまったく知らない濃い茶の髪の少女。


『……初めまして、オクタヴィアン様』


 彼女がそう言って、おずおずとはにかみを浮かべる。そしてまた光が瞬くと、成長した少女が微笑んでいた。


『オクタ様』


 そう呼ぶ声が響き、また場面が変わる。


『大好きです、オクタ様』

『……オクタ様……いじわるです』

『オクタ様』

『オクタ様、愛しています』

『オクタ様……』


 場面が変わるごとに少女は成長し、呼ぶ声も大人びていく。そして声に含む感情も変化していくことが、手に取るようにわかった。

 長い髪のリボンが女の子の好みそうな色合いから、呼んでいる人物の色へと変化していくことも。


 再度、光景が切り替わる。


『心配、かけてごめんなさい……また明日、学院で』


 屋敷の前で彼女は今にも泣きそうな声で彼を見送っていた。言われた彼は、頷くと背を向ける。


『オクタ様……ごめんなさい』


 その背中に彼女は呟いたが、彼が振り返ることはなかった。


 そして場面は再度変わり、彼女が眠るベッドの横に、彼が立ちすくんでいた。その青い瞳は絶望で塗りつぶされ、光りはない。

 彼が見つめるさきの彼女は、微動さえしない。胸のあたりの毛布も上下さえもしておらず、息をしていないことがわかった。


『なぜだああああああああ!!!』


 彼の絶叫が響くと同時に、ハーシェリクは後ろへと引っ張られ、周りは闇に支配された。


「殿下!?」


 オランの声が聞こえ、ハーシェリクの意識は、闇から引き揚げられる。

 一度頭を振り自分の騎士に視線を向ければ、倒れそうになったメノウをオランが支え、クロはいまだに動けずにいた。


(今のは……?)


 自分が見ていたものはなんだったのか。現実のように鮮明だった光景にハーシェリクはしばし呆然としてしまう。


「っ!?」


 メノウは息を飲むと、糸が切れた操り人形のように膝から倒れそうになり、オランが慌てて抱きとめる。


「メノウ姉様、大丈夫ですか!?」


 とりあえず今のことはあとで考えるとして、ハーシェリクは姉に駆け寄った。


「俺は何もしてないぞ!?」


 慌てたオランがメノウを抱きとめつつ、冤罪を主張する。なんの罪かはハーシェリクは知らないが。


「……ご、ごめんな――――」


 そんな二人を尻目に、メノウは謝罪の言葉を最後まで言えず、意識を手放した。







 メノウを華宮まで送り、彼女付きの侍女に医者の手配と、母君への連絡を頼んだあと、ハーシェリクたちは自室に戻り、窓際のお気に入りのソファで一息をついた。


 ちなみにそれを手配したのは、彼女が倒れた直後再起動したクロだ。ハーシェリクがちらりと彼に視線を送れば、クロは普段と変わらずお茶の準備をしている。


 彼があのように動揺したのは、初めてだった。

 やはり最近の彼はおかしいと思いつつも、聞きだす機を失ってしまった。


(クロはまた後日聞くとして……あれはなんだったんだろう? 白昼夢?)


 思い出すのは濃い茶の髪の女性だ。


(あの女性は、オランの婚約者?)


 一緒にいたのはオランだ。それは間違いない。

 ではなぜ自分が知らない彼の婚約者が、夢に出て来たのか。


「ハーシェ、聞いているか?」


 クロがカップをテーブルに置きながら声をかけ、ハーシェリクは思考を中断させる。


「ああ、ごめん、ぼーとしてた」

「明日、予定通り、陽国の使者が謁見される。王族は出席するようにとの通達だ」


 主の謝罪に執事は一度肩を上下させ、用件を伝えた。


「わかった。ありがとう」


 クロが入れてくれた茶を一口飲む。爽やかな香りの飲みやすいお茶だった。クロがすかさずお茶請けのクッキーをテーブルに置き、ハーシェリクは摘まむ。ナッツ入りのクッキーは甘すぎず、芳ばしい。


「筆頭も正装で出席するようにとのお達しだ」

「みんなも?」


 なぜか、とハーシェリクは思ったが、すぐに察する。


 陽国は東の群島の国であり、なぜか王国とのみ国交する、なぞ多き国だ。

 独自の文化があり、それは多くの利と王国へともたらす。

 王族一同や多くの側近や重鎮たちが出迎えることで、王国が彼らを歓迎し重要視していることを伝えるのだ。同時に王国の力を牽制もする。外交とは見栄の張り合いでもあるのだ。


 ただ問題がある。


「私は拒否する」


 拒絶の言葉に、ハーシェリクはやはりか、と小さくため息を漏らし、拒否した人物に視線を送る。


 その先には、美女がいた。否、美女では語弊が生じる。美女というには言葉足りないほどの美貌を持つ、性別は男のハーシェリクの筆頭魔法士である。

 透き通るような白い肌に、真っ白で真っ直ぐな長い髪。金色にも見える琥珀色の猫のような瞳。十人いれば十人が彼を美しさに目を奪われ、うち何人かは膝を付き、愛を請うかもしれない、絶世の美貌を持つ性別詐欺の魔法士だ。


 彼の名はヴァイス。ハーシェリクが彼に贈った名であり、普段はシロと呼ばれている。


「シロ……」


 主の呼び声に彼は我関せずといった体で、ハーシェリクの自室のソファを我が物顔で占領し、分厚い本を読みふけっていた。テーブルにも数冊本が積み重なっている。


「別に私がいなくとも問題ないだろう」


 視線さえも向けず当然のように言う彼に、ハーシェリクは肩を竦める。


 とはいっても彼の気持ちがわからないわけではない。

 シロは生まれつきのその美貌のせいで、性別問わず嫌な思いをしてきたのだ。もともと人嫌いだったが、とある事件に巻き込まれ、さらに人嫌いに拍車をかけた。

 今でもハーシェリクや同僚の筆頭たち、他一部の人間にしか気を許していない。


 それを知っていて、もともと上司だというのに命令することを好まない困り顔の主に、筆頭騎士が助け舟を出す。


「公式の場だから、一応いたほうがいいんじゃないか?」

「ちっ」


 オランの言葉に舌打ちをするシロ。せっかくの美貌も台無しである。

 そんな彼にハーシェリクはふととあることを思い出した。


「……そういえば、陽国には独自の魔法があるんじゃないっけ? 使者一団にも詳しい人いるんじゃない?」


 微妙な沈黙が室内を支配し、数拍後本が閉じる音が響いた。


「……まあ、少しくらい出てもいい」


 そう言っていそいそと席を立つと。本を抱えてそのまま部屋を出て行く。そんな彼を見送る残った三人。

 きっと図書室へ本を返すついでに陽国の本を探しにいっただろう、と簡単に想像ができた。陽国の本を探すついでに、本を返しにいったのかもしれないが。


(シロ、ちょっとちょろいぞ)


 猫のように自由奔放な反面気難しい性質のシロだが、魔法に関することはすべてが度外視される魔法狂いオタク

 彼の将来が心配になりつつ、次の問題である人物にハーシェリクは視線を向ける。


「クロはどうする?」

「なぜ、聞く?」


 眉間に皺を寄せ、言外に遺憾だと主張する執事に、ハーシェリクは言葉を続けた。


「だって、嫌そうだから」


 陽国に関することを報告する彼の声音は、いつもより不機嫌に聞こえた。それは長年傍にいるからこそ解る差異である。


 クロは己を隠すことがうまい。言いたいことは言うし、主や同僚に猫を被ったりもしない。だが無意識に彼は己を隠すのだ。それが生まれついての本質か生い立ちかは、ハーシェリクは判断できない。


 ハーシェリクはクロの主人だが、だからと言って自分にすべてをさらけだしたり、隠し事をしてはいけないとは思ったりはしていない。

 誰しも言えないことや隠したい過去はある。己も含めて。


 だからクロが心の底から拒否するならば、出席しなくていいと思っている。


「……問題ない」


 クロはハーシェリクの心情をくみ取ってか、間が空いたもののそう答えた。


「無理しなくていいからね?」


 ハーシェリクは首を傾げて言うが、クロは首を横に振るだけで、お茶のお代わりを用意するため背を向ける。


「お前はいつも……」


 部屋を出る瞬間そう呟いたが、誰の耳にも届くことはなかった。


「そういえばオラン」

「なんだ?」


 二人だけとなった自室。ハーシェリクはオランに話しかける。


「嫌だったら言わなくていいけどさ……」


「言葉濁すなんて珍しいな」


 やや垂れ気味の青い瞳を見開いて驚く彼に、ハーシェリクは数瞬迷ったあと口を開いた。


「オランの婚約者、髪色は濃い茶で、腰くらいの長さだった? で青色や橙色のリボンつけてた?」


 筆頭騎士からの言葉はない。だがその表情が是を語っていた。


「そっか。ごめん、ありがとう」


 オランの言葉を聞く前に、ハーシェリクは礼を言って話題を打ち切る。

 彼にとって、今は亡き婚約者の話題はまだ心の傷を触るようなことだった。


 ハーシェリクに何かを訴えるような視線を送っていたオランだったが、主がこの話題を終わらせたことを察し、沈黙する。ただ落ち着かないのか、手は剣の柄を握ったり離したりしていた。

 そんな己の騎士の視界の端に捕えつつも、ハーシェリクは昼間見たものを思い出す。


(あの白昼夢は、現実にあったこと……?)


 なぜ会ったこともない彼女が白昼夢に出て来たのかわからず、執事が茶のお代わりを持ってくるまでハーシェリクは思考の海に浸かったのだった。





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[一言] 利と王国へともたらす ⇒利を王国へともたらす 彼を美しさに ⇒彼の美しさに
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