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番外編 神子姫と剣聖 前編


本編に出てきた初代神子姫とむっつり剣聖のお話です

久々に書いたので誤字脱字はぬるっとスルーして頂けるとありがたい。



 そこは日本家屋のような造りの屋敷だった。ただ敷地面積は、ニュースで例えられるような某ドームの何個分もある。しかしその例えを理解できる者は、この屋敷の、否この国の主人をおいて他はいない。


 その主人は屋敷の最奥の間の、寝所にいた。

 広すぎる板の間に広がる闇を、柔らかな蠟燭の火が照らす。

 左右には屋敷の主人の臣下たちや、血縁であり各家門の当主たちが沈痛な面持ちで、沈黙を守っていた。


 中央の奥には布団が引かれ、成人前の容姿の少女が横になっている。

 漆黒の長い髪、陶磁器のような白い肌、固く瞑られた瞼の奥には黒曜石のような瞳がはまっている……この国、陽国開国の始祖であり、女王であり、神に選ばれた子『神子姫』であった。


 今年百歳を迎えた神子姫は、老いとは無縁であった。

 若々しい、というよりは幼く見える女王は、数年前に剣聖と謳われた伴侶を亡くしたあと、それを追うかのように徐々に弱りはじめた。

 医者や薬師、癒しの魔法を使える者の努力のかいもなく、食が細くなり、歩けなくなり、立てなくなり、寝たきりになり、そして今最期の時を迎えようとしている。


「神子姫様…」


 誰かの嗚咽のような呟きが漏れる。それを皮切りに、各所から押し殺した声や鼻をすする音が聞こえだす。

 そんな様子を神子姫――日本の別の世界では日向ひむかい さくらと呼ばれていた彼女は、夢うつつの状態だが全てを把握していた。

 身体は重く、微動さえできない。子や孫たちに声をかけてやることもできない。


 ただ終わる瞬間を待つばかりだ。


(……もうすぐ、私は死ぬ……ううん。やっと、死ぬことができる……)


 ふと目の前に風景が広がった。

 サクラは、これが死ぬ間際に見る走馬灯なのだと理解した。






 あの日は高校に入学して初めての夏休み前の、テスト明けの週末金曜日だった。天気予報では一日晴れだったのに、午後から曇りだしたと思ったら、帰る時間にはついに雨が降り出した。


 サクラは、折り畳み傘をロッカーに置いてあったため事なきを得たが、友人が持っておらず、彼女を駅まで送るため遠回りをすることとなった。


「送ってくれてありがとっ! じゃ明日十時にいつもの場所でー! 遅刻したら昼ゴチだからねー!」


 友人はそう言うと、想定外の雨で人がごった返す駅へ手を振りながら歩きだす。


「そっちこそー! てかちゃんと前見てないとぶつかるよー!」


 サクラの言葉に友人は、にかっと笑って最後に大きく一振りすると、駅内へと消えていく。

 それを見送ったサクラは、やれやれとほほ笑む。


 友人とは中学からの付き合いで、中学の入学式で席が隣だったことをきっかけに意気投合した。

悩みや恋愛相談もしたし、けんかもした。志望校が同じで合格したときは、お互い抱き着いて喜んだ。サクラは親友だと思っているが、本人にはなんとなく恥ずかしくて言えないでいる。


 そんな彼女とはテスト明けの週末は午前中から集合して、買い物や食事、ゲーセンやカラオケにくりだし、テスト期間にたまったストレスを発散するのは恒例行事となっていた。


(明日、楽しみ……だけど)


 サクラは黒く曇り、雨を落とし続けている空を見上げため息をつき、自宅へ向かって歩き出した。


「……晴れるといいなぁ」


 ぼそりと呟く。雨だと着る服も考えないといけなし、傘を持って歩くのも億劫だ。黒くて真っ直ぐな髪も湿気を含むとまとまりにくい。

 サクラの口から、またため息がまた漏れる。


 雨のなか、とぼとぼと進む。折り畳み傘は普通の傘と比べて面積が少ない。それに友人と相合傘したため、はみ出た部分は濡れて肌に張り付いて気持ちが悪い。追い打ちをかけるかの如く自宅のある住宅街に差し掛かったとき、雨足はさらに強くなった。夏前だというのに、肌寒く、サクラは身震いをする。


「あと少し……」


 帰ったら真っ先にシャワーを浴びよう、と決心するサクラ。丁度帰宅する時間帯だというのに誰ともすれ違わないことに、彼女は気が付かなかった。


『……えよ』

「え?」


 声が聞こえた。サクラは振り返るが、背後には誰もいない。


『……応えよ』

「誰?」


 声がはっきりと聞こえた。でもおかしい。雨音が激しい中、なぜこうもはっきりと聞こえるのか。その考えに至った彼女は、血の気が失せる。


「もしかして、ゆうれ……」


 彼女はホラーが大の苦手だった。親友に頼まれてもホラー映画だけは断固拒否した。


『我らの声に応えよ!!』

「ぎゃああああ!!!」


 耳元で叫ばれ、サクラは悲鳴を上げる。それと同時に、彼女を光の帯のようなものが包み込み爆発した。

 その場には彼女が持っていた折り畳み傘だけが落ちていた。




 


 サクラが目を覚まして最初に見たのは、片手でランタンを掲げ、逆の手には剣を手にした、背中には翼をはやした女性の石像だった。

 自分が仰向けに寝ていることに気が付き、ついで濡れた服が体に張り付いて気持ち悪く、顔をしかめながらゆっくりと上半身を起こす。


 そんな彼女に話しかける人物がいた。


「お応え頂き、感謝いたします……神子姫様」


 サクラが視線を向けると、自分の祖父よりも年上だろう老人がいた。ただし日本人には見えないが。


(外国の教会?)


 サクラはまずそう思った。

 自分が寝ていた石造りの祭壇や建物、天使のような石像、テレビのニュースで見たことあるような白い法衣を纏った老人……そして


(なんでほとんどの人、倒れているの?)


 老人以外に自分に向かって平伏しているのは、目の前にいる十にも満たない法衣を纏った人たち。その後ろはかなりの広さがあるのに、そのほとんどが倒れた人たちで埋め尽くされている。


「……あの、質問してもいいですか?」

「なんなりと、神子姫様」


 年上の人物に若干気おくれしつつ問いかけるサクラに、老人は厳かに答えた。


(ミコヒメ? なにそれ……だけどとりあえず)


「ここは、どこですか?」


 どれくらい自分は眠っていたのか。あれから時間がかなり経っていたら、両親が心配する。最悪警察沙汰だ。そうしたら明日の遊びの予定がダメになってしまう。

 そんな現実逃避気味なことを考えつつ、問いを続けるサクラ。


「ここは……」


 老人の言葉にサクラは首をかしげる。聞いたことのない地名だ。少なくとも日本ではない。


 嫌な予感がした。それから気をそらすかのように、サクラは別の質問を投げる。


「……なんで皆さん倒れているんですか?」


 微動さえしない、倒れている大量の人々。


「神子姫様は、お気になさらず。皆、本望でございます」

「本望?」


 答えにサクラはさらに問うと、老人は厳かに頷き、言葉を紡いだ。


「皆、この世界を覆う闇から人々を救うため、自ら申し出た信徒でございます。必ず手厚く埋葬いたします」

「まい、そう……?」


 次の瞬間、サクラの風景が広がった。

 膝をつき両手を固く結んで祈る人々。法衣を纏ったものが、長々と言葉を紡ぎ終えた瞬間、光が爆発し、輝く『自分』が現れ、石で作られた祭壇に横たわる。

 そして光がやむと同時に、祈りを捧げていた人々が倒れていく……


 『過去視』


 実際に起こったこと過去を視る力だが、この段階ではサクラが知る由もない。だがそれでも、サクラは理解してしまった。


(倒れている人たちは……みんな……)


 自分を呼ぶために、彼らは死んだのだ。


 サクラの意識は、闇へと沈んだ。






 召喚の儀から一か月が経とうとしていた。

 神子姫の世話を言いつけられた司祭は塔の長い階段を、朝食をもってのぼる。


 湯あみや着替えなど身の回りの世話は女性信徒し、その他の神子姫にかかわることは、すべてが彼の仕事だった。朝晩の食事の世話や、この世界の一般常識や世情近況を教えること。そして彼女が逃亡せぬよう、または自殺せぬよう見張ることも彼の仕事である。


 召喚の儀から二週間は、ひどい有様だった。


 最初、神子姫は目を覚ますと半狂乱となり、泣きわめき、過呼吸になり、そして気絶するように眠る。食事もほとんどと取らず、わからない言葉(たぶん元の世界の言葉だろう、と司祭は予想する)を叫び続けた。


 一週間経つと、逃亡をはかった。しかし魔物や蛮族、略奪者から教会本部を守るためにつくられた高い石壁を超えることはできず保護、というよりは捕縛された。

 だが何度も逃亡を試みるため、大司教の命で出入り口が一つしかない塔の、窓も嵌め殺しの最上階の部屋に移された。


 それからは諦めたのか神子姫は一切声を出さず、一日中窓から外を眺めている。


 司祭が最上階に辿り着くと、神子姫の部屋の扉の前に男が立っていた。


 すらりとした長身でしなやかな筋肉のついた、剣を腰に下げた二十代半ばの男。異教徒だが腕が立つため隷属の紋を施し、神子姫の護衛兼見張りとして置いている。

 なぜ彼なのかといえば、神子姫と同じ黒髪黒目だからだ。教会の騎士をつけようとしたとき、彼女は激しく嫌悪し拒否をしたが、この男だけはしなかったのが理由だ。


 司祭が顎でしゃくると、男は無言で扉をノックし扉を開ける。男がしゃべったところなど司祭は見たこともないが気にも留めない。


 扉をくぐると、神子姫はいつものように窓際の席で、無表情で外を眺めていた。


「神子姫様、本日の朝食でございます」


 固いパンに具の少ないスープに水。質素なものだが、これでもマシなほうだ。今は戦時下であり、各国からの寄付金や食糧援助もあまり望めず、自給自足しようにも畑や畜産は魔物や蛮族に奪われる。彼らに神の威光は通用しないのだ。


 司祭は朝食をテーブルに置くと、さらりと現在の状況を話す。どこの国がどこに攻め入った。どこの集落が蛮族に襲われた。今年は雨が少なく、穀物の収穫が望めそうない……・などなど。


 最後に「神子姫様にお力添えを」と付け足し、深々と頭を下げるが、彼女は視線も向けずただ外を見て、沈黙を貫く。司祭にとってこれもいつものことだった。


(今日も反応ない……)


 なぜ大司教は、こんな無意味なことをやらせるのか。少なくとも神子姫を召喚するにあたり、負担になっていた信徒の口減らしはできたが……と司祭は考え、はっとして首を横に振り心の中で神に謝罪をする。信徒の口減らしなど、神に仕えるものとしてあるまじき考えだ。


「何かありましたら、外の者にお申し付けくださいませ」


 そう言って深くお辞儀をするが、神子姫はやはり反応しなかった。


(本当に彼女が、神から遣わされた神子姫なのか?)


 そう思いつつ部屋を後にする。


「おい、わかっているな」


 言外にちゃんと見張り、自殺をさせるなという意味だ。司祭の言葉を理解したのか、していないのか、護衛の男も無言だった。


(こいつもこいつで、何考えているかわからない……たく、近くにならず者が来ているかもしれないのに……)


 昨日の報告で、戦争で敗れた国の兵士による近隣での略奪が横行していると聞いた。十年以上続く大陸全土の戦争は、初期の頃は守られていた教会の安全も、瓦解しつつある。


 だから神子姫の召喚の儀を執り行い、神の言葉をもって大陸に秩序を考えた教会の幹部たちだったが……


「ぁーーー!!」


 階段を下りながら司祭がため息をついた瞬間、悲鳴が響いた。


「なんだ!?」


 司祭が階段を駆け上ると、神子姫の部屋の扉は開け放たれている。中に急いで駆け込むと、持ってきた朝食が床にぶちまけられていたのと、護衛の男に抱きかかえられながらも、髪を振り乱し暴れる神子姫の光景だった。


 一つ違うのは、神子姫の黒い瞳が金色に輝いいているということ。その神々しさと異様さに、司祭は一瞬のまれる。


「だめ! だめ! 来ないで!」

「……神子姫様どうなさいました!? この男が無礼を!?」


 我に返った司祭が神子姫の言葉に男をにらむが、彼は意に返さず、彼女がケガしないよう抱きしめ抑え続ける。

 神子姫は暴れるのをやめ、男の胸にすがるように抱き着くと、弱々しい声で言葉をつづけた。


「……来る。あっちからたくさん……剣が血まみれで……みんな死んじゃう……」


 そう言って震える手で窓を指し、だらりと下がった。どうやら意識を失ったらしい。


(あの方向は……)


 昨日、敗残兵の略奪の報告があった方角だ。


「おまえは神子姫様に寝台へ運べ。 私は大司教様にご報告してくる」


 司祭は階段を駆け下り、大司教に報告をした。すぐに神殿騎士団が招集され、指示された方角へ向かうと、潜伏していた敗残兵を発見。夜、教会へ強襲し略奪を行う計画だったと判明した。

神子姫の予言によって、未然に防がれた。


 その後、同じようなことが何度も起こり、大司教および以下幹部が検討した結果、神子姫の能力が判明する。


 過去を視ることができる『過去視』

 遠くを見ることができる『望遠』

 そして未来を視ることができる『未来視』


 この能力を総じて『神眼』と呼び、教会は神子姫を神の使いとして大々的に発表した。


 他にもあったが神子姫――サクラは、必要以上に話さなかった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 新しい話の投稿、本当に嬉しいです!! 色々と大変で、もう書きたくないと思う時もあると思いますが、あなたの作品が大好きなファンがここにいることを知っていて欲しいです。 ハーシェリクのシリーズが…
[良い点] まさか初代のお話が読めるとは! 楽しみでわくわくと読み始めましたが、召喚時から犠牲ありという衝撃的な内容で、のんきに読み進めてた私は「物語」に重いパンチを食らったようでとても楽しく続きが待…
[良い点] まさかの更新! ありがとうございまーす
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