終章 転生王子と陽国の神子姫
※注意 第十五章と終章を連続更新しています。ご注意ください。
陽国の使者一行が列をなして王城から去っていくのを、ハーシェリクは城壁の上から安堵のため息を漏らしつつ見送り、隣にいる人物に話しかける。
「行っちゃったねぇ」
「……そうだな」
ハーシェリクの筆頭執事シュヴァルツことクロは、そう一言言っただけで、再度口を閉ざした。
その様子に彼の主は肩を竦める。
ハーシェリクは別れ挨拶の謁見のときのことを思い出す。
はじめの挨拶のときの空気は真逆の雰囲気に、王族や外交官以外の臣下たちは若干戸惑うほどの穏やかなものだった。
さらに黒髪金目の美しき神子姫が先頭に立ち臣下を従える姿は、どこか荘厳で神秘的な雰囲気を醸し出していた。
玉座を前に、神子姫は深く腰を折り、礼をする。それにならい、背後に控えていた陽国の使者たちも、膝をつき深く礼をする。
「この度は、大変なご迷惑をおかけいたしました。国主自身が外の国へとでるということが、我が国では初のこと。国民にいらぬ心配をかけぬためとはいえ、身分を偽った妾に寛大なお心使いをして頂いた国王陛下、臣下の皆々様に感謝いたします」
その言葉にソルイエは玉座から立ち上がった。
「神子姫殿、使者の方々。お顔をお上げください。こちらこそ、第二王女の病を癒して頂いた上、今後の発展に繋がる有益な貿易を結べること、ありがたく思います」
そう礼を述べ、ソルイエは控えていたメノウを見る。ソルイエの視線を感じ、メノウは微笑むと淑女の礼をした。
彼女は紗をとり、母親譲りの黒曜石のような瞳がはまった秀麗な顔を晒していた。以前纏っていた気弱な雰囲気など一切感じさせない、凛とした立ち姿である。
噂になっていたメノウの陽国女王へと招聘も、同郷の血を引く者の特殊な病を治すため自国に呼び寄せるためだったが、神子姫の尽力に完治したため必要がなくなった、と公表された。
今後、グレイシス王国と陽国は手を取り合って、お互いに補いながら発展していくことを正式に条約締結したのだった。
神子姫はそのメノウの姿に微笑み、次いで視線を兄王子たちと同じように整列していたハーシェリクに向けた。
「ハーシェリク殿下にも、大変なご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」
「お気になさらず……あ、一つだけお願いがあります」
ハーシェリクは、思い出したように言った。
「できることならなんなりと」
答える神子姫に、ハーシェリクは屈託ない笑顔を向ける。
「いつか、僕が陽国に遊びに行ったとき、おいしいものたくさんごちそうしてください」
初代神子姫は日本人。ならばきっと陽国には懐かしい味が溢れているはずだ。
ハーシェリクの言葉に、神子姫は少しだけ目を見開くと、すぐに微笑んだ。
「その願い、確かに承りました。ハーシェリク殿下がいらっしゃっときは、盛大な宴をいたしましょう。その時は、妾も腕によりをかけますね」
「え!? 神子姫様って料理できるんですか!?」
ハーシェリクの素っ頓狂な声をあげ、ついで口を押える。だが時は既に遅し。謁見の間は、心地よい笑い声に包まれたのだった。
己の失態を思い出しつつ、ハーシェリクは再度と執事に話しかける。
「クロ、志狼さんとはちゃんと話さなくてよかったの? 友達でしょ」
「……友達、ではない」
妙な間のあと、クロは言う。視線はこちらに向けない。否、あのことがあったあとから、クロは妙に余所余所しい。
なぜそうなのか、なんとなく予想はついているハーシェリクだが。
「ふーん……ねえシュヴァルツ」
主に名を呼ばれ、クロは微かに肩を震わせる。
「私は、別にシュヴァルツの過去に、興味がないわけじゃないんだよ」
その言葉に、やっとクロが視線を向けた。彼にしっかりと視線を合わせて、ハーシェリクは言葉を続ける。
「でもさ、シュヴァルツが話したくないなら話さなくていいし、無理に聞こうとも思わないよ」
志狼に言ったとおり、もし彼の過去を知るなら、彼の口からがいい。だけど、すべてを包み隠さず話せとは絶対に言わない。
誰にだって知られたくない過去はある。自分も含めて。
「だけどね、クロが困っていたら話して欲しいし、思い出話をしたくなったらいつでも付き合う」
もちろん美味しいお茶とお菓子用意してね、とハーシェリクは付けだす。
「だからさ、意味のない罪悪感は持たなくていいよ」
過去を話さないことも、操られていたとはいえ主を斬ったことも。そして彼が罪だと思っている過去についても。
誰もそれを望んでいない。きっと志狼もそうなのでは、とハーシェリクは予想する。
志狼はもしかしたら、ハーシェリクの暗殺が成功したのなら、その功績でクロの命の嘆願をし、自国へ連れ戻そうと考えていたかもしれない。でなければ、わざわざクロを使う理由が薄い気がしたのだ。
メノウを攫うところまで利用したとしても、ハーシェリクを呼び寄せることに成功したのなら、直接彼が手をくだしたほうが手っ取り早いし、確実だった。
それをしなかったのは、クロに戻ってきてほしい気持ちがあったのかもしれないと。
ハーシェリクの言葉に、クロは少し考えたあと息を吐き、口を開く。
「そういうお前も、話して欲しいんだがな」
若干皮肉めいたいつも通りの執事の言葉に、ハーシェリクは肩を竦めた。
「時がきたら、ね」
二人の間を一陣の風が吹く。春らしい、暖かな風だ。
(春、か)
ふと離れたところで、オランとメノウが何か話しているようだった。
メノウは神眼を封印したあと、積極的に行動を起こしている。勉学に励み、人と関わり合い、自分のできることを探しているように見える。学院にも復帰するそうだ。
女性と一定距離をとっていたオランも、メノウだけは無下にできないようだ。すでに噂が立ち始めているが、真実はハーシェリクにはわからない。ただ二人がいい方向へと向かうことを願うだけだ。
「……さて、来週からは学院のはじまりだ」
ハーシェリクの呟きは、青い空に吸い込まれた。
閉ざされた神秘の国『陽国』
そこは『神子姫』という不思議な力を持った女王が統治していた。
しかし、ある事を転機に陽国は開国し、グレイシス王国の助力を得ながら、大陸から離れた群島国家でありながら、その存在を確かなものにしていった。
陽国の女王は二十代で生を終えると短命だったが、その時の神子姫は四十まで生き、陽国の発展と王国との友好に尽力したとされる。
もし時の神子姫がいなければ、陽国は徐々に衰退し、百年後は存在していなかっただろうとも陽国の歴史学者は分析する。
その神子姫が存命中、王国より『光の英雄』と呼ばれる王子が訪れた。
王子を迎えた陽国は、国中で歓迎の祝いが行われ、その宴は三日三晩続いたとか。そして神子姫お手製の料理を振舞われたとかいないとか……
そして王宮から少し離れた森の中の、隠された名前のない石碑。
名前のない者たちが眠るその場所に、一つの影が現れ、一輪の花を置いて立ち去っていったことを、誰も知ることはない。
転生王子と陽国の神子姫 完
転生王子と陽国の神子姫、これにて終幕です。
お付き合いありがとうございました。またお気に入り登録、評価についても重ね重ねありがとうございます。
今回の物語は、一部からでてきているクロの過去の話となります。
裏話は活動報告などで語ろうと思いますが、彼については割と最初からこの設定がありました。
ただその時点ではあまり重要ではなかったのでさくっとカットしました(笑
今回で新たな動きがありました。
彼が味方なのか、敵なのかは次回のお楽しみに!ということでよろしくお願いします。
次は(たぶん)待ちに待った待たれていた学院編です。がんばります。
さてここで一つ謝罪と感謝を。
私は数年、いろいろあってしんどい日々でした。
特にここ一年は「小説を書くのをやめよう」「全て消してなかったことにしよう」ときのこが生えるレベルでジメジメしてました。
せっかく楽しみにして頂いている方が多いのに、申し訳ありませんでした。
ただそんな私を見捨てず、小説を待っていてくださった皆様、ありがとうございます!
まだ完全復活!とまではいけませんが、書きたい気持ちがゆっくりと戻ってまいりました。
全て皆様のおかげです。重ねてありがとうございます。
マイペースになりますが、続きも考えてますので、気長にお待ち頂ければと思います。
過去作品の修正・加筆は随時やっていく予定ですので、誤字脱字は報告不要です。生暖かくスルーしといてください。感想を書いて頂ける方は、まずマイページのお願いを一読お願いします。
それではまた続編にてお会いできますことを願いつつ、ここまで応援してくださった皆様、楽しんでくださった皆様、本当にありがとうございました。
2020/5/24 楠 のびる




