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間章 姫君と騎士と陽国の人々 その二



 空が闇に染まり、星が瞬く頃。王城の貴賓室には、陽国の出身者たちが勢揃いしていた。


「こうやって集まるのも久しぶりよのう、寅」


 軽食や飲み物が用意され、各々ソファや長椅子に腰を落ち着けたところで、そう言ったのは第四側妃の黒曜だった。神子姫により言霊縛りの呪は既に解かれていた。

 呼ばれた男、陽国の二宮当主如月――幼名を寅之助とらのすけは、眉間に皺をよせる。


「一姫、幼名で呼ぶのはやめて頂きたい」

「おまえも一姫と呼ぶな。我が夫を侮辱したこと、神子姫様のご指示だったとはいえ許せんからな。それなのにお館様は今回の件、すべてご理解した上で旧知を温めてこいとお優しいことをいってくださる、まことできた夫よ」


 一を言えば十言い返されるのは昔と変わらず、如月は大きくため息を漏らした。昔から彼女に口でも武芸でも勝てたためしがない。周りからみれば、惚れた弱味というやつだが、知らぬは当人だけである。


「黒曜殿、そのあたりで……」


 今にも低レベルな喧嘩が勃発しそうな空気に、二人の幼馴染である龍之丞が溜まらず声をかける。


「ふふっ」


 その様子に、神子姫はたまらず拭き出した。


「神子姫様も笑ってないで止めてくだされ」

「ごめんなさいね、龍之丞」


 非難の視線を向ける彼に、神子姫はそう謝りつつも、笑いをやめることは難しそうだった。


「本当に仲がいいのですね」

「どこがですか」

「ふふふ」


 如月がぶっきらぼうに言いながら茶を飲むのを視て、再度笑いが零れる。自分も目の前のお菓子、果物とクリームの乗ったタルトという一口サイズのケーキを口に運ぶ。

 陽国にはない甘いお菓子に、つい笑みが漏れた。その神子姫ではない、少女らしい表情に場の空気が和らいだ。


 タルトを一つ食べ終え、茶で喉を潤したあと、神子姫は如月に視線を向ける。彼はどうやら甘い物が苦手なようで、タルトよりサンドイッチという食べ物が好みのようだ。

陽国は米が主食なため、パンを食べる機会は多くはない。柔らかいパンとパンの間に挟んである肉や野菜、そしてからしのような辛味のあるソースが気になる用で、中を覗きこんでいた。


「如月、この国を見ていかがでしたか?」


 神子姫のことに、はっと我に返った如月は、サンドイッチを元に戻して皿に置き、こほりと咳払いしてから口を開いた。


「……悔しいですが、我が国より何歩も先を行っております」

「他には?」


 神子姫にさらに促され、如月は渋々と言葉を続ける。


「……十宮前当主がいったことも、正しかったと」


 だからと言って、自分の父親が全て間違っていたかと問われれば、如月は首を横に振るだろう。一を切り捨て万を救うか、万を苦労させて一を生かすか。父は前者をとり、十宮前当主は後者を取った。

 きっと父は保身だけでなく、統治者として万の民の平穏を取ったのだろう。


「彼の死は、大きな損失でした。父は、もっと他の道を模索すべきでした」


 神子姫の神眼を持つ者が減り、さらに弱体化が進んでいるのなら、他の方法も考えるべきだった。


「あなたのお父君を責めても、もう遅きことです。彼は彼で民のことを考えていました。それが偏った考えだったとしても。それを妾たちが御しれなかったことが、いけなかったのです」

「でも、神子姫様たちは……!」


 黒曜が声を荒げる。しかし、そんな彼女に神子姫は首を横に振った。


「いえ、黒曜殿。私たちの問題と、国の問題は別のことなのです。ここ何代かの神子姫たちは、この問題を解決しようとしつつも、結局は神託に頼っていました」


 神託がわかるのは神子姫のみ。ならばやりようはあったのだ。偽りの神託をしてでも、国の舵取りをすれば、変わったかもしれない。だが歴代の神子姫は己の命より、己の采配が間違うことを恐れ、神託に依存してしまった。不確実な未来より、確実な神託をとったのだ。

 もちろんハーシェリク暗殺の件もあったが。


「……妾が、もっと力があったなら……一姫なのに、能無しだったから、あの子も」


 黒曜がぽつりと呟く。それは後悔の言葉だった。


 一宮の歴代の長女である一姫は、黒曜を除く全員が神眼を持ち、王城へと上がり、神子姫や神子姫付きとなり、生涯を終えた。だが黒曜には年を重ねても、神眼は発現しなかった。


 そのため影では「今度の一姫は『能無し』の出来損ないで恥さらしだ」と言われ続けていた。だから黒曜は、知識を蓄え武芸を磨き、そう言った陰口を文字通り力でねじ伏せてきた。


 そして代わりに神眼を発現したのは、分家の二つ下の娘。黒曜を姉と慕う少女だった。彼女は十歳で金の瞳となり、城へと上がり、数年後神子姫となった。そして黒曜を王国へと嫁がせる神託を受けたのも彼女だった。


 彼女は黒曜が嫁いでから二年経たずに帰らぬ人となった。


「黒曜殿、それは拙者も同じだ。十宮の当主たちを守れなかったのも……」

 龍之丞もそう口にする。

 十宮前当主が暗殺されたときの神子姫は、十宮と八宮の血筋の娘だった。そのため龍之丞は、当時の神子姫を赤子のころから知っていし、前当主とも旧知の仲だった。


 十宮前当主夫妻が亡くなった――暗殺されたと知ったときの、当時の神子姫の絶望は計り知れないものだった。その神子姫は一年を待たず、前当主たちの許へと旅立った。


 もともと十宮は神の文字を受け継ぐ血筋。神子姫や能力者を多く輩出するため、神子姫や月影の能力者を犠牲にする組織や国の形態に疑問を持っていた。


 少しでも神子姫の身体の負担を軽くなるよう、外国の植物や薬に手を出したのが、十宮が外交を仕切るきっかけにもなった。

 結局、前当主の暗殺により、全ては泡と化したが。


「いいえ、十宮の件は月影の失態でございます」

「志狼……」


 黙って控えていた志狼が口を開く。


「本来、月影は神子様直属の組織。それが己の保身のために、保守派に加担すること断じてならないことです。その上、拾参番を嵌めて、結果多くの者を失うこととなりました」


 そのとき、志狼は別の任務についていたため、難は逃れた。だが、任務から戻り、惨状を目にして元拾参番……クロが憎くないはずがない。いくら嵌められたからと言って、私情に走ってはならぬが月影という組織だ。


 ただ意外でもあった。いつでも沈着冷静冷徹な男が、これほど情に篤く私情に走るとは天地がひっくり返ったようなものだ。


「ただ怪我の功名か、組織内の腐った部分を排除することができました。怪我というよりは危篤一歩手前でしたがね」


 組織内の調査を行った結果、当時の『嶺』を含め、名持ちと幹部の半数以上が、保守派に組みしていた。とはいってもそのほぼ全員がクロとその弟により、皆が屍となっていたが。そして下位の者たちは、上の命令によりただ犠牲なった。


 月影は腐敗した部分を切除したが、同時に能力者たちを多く失った。志狼を含め、多くの者が繰り上がりで番付が上がり、組織の立て直しに苦労することとなった。


「……神子姫様、本当によろしかったのですか?」


 それはハーシェリク暗殺の件である。神子姫は察して、首を縦に振った。


「はい。どうやら、初代神子姫様は、私たちがこうなると視えていたようでした」


 その言葉に、その場にいた面々が息を飲む。神子姫はあえてそれを無視し、言葉を続けた。


「初代神子姫様は、未来で国が行き詰ることをわかっておりました。だから、開国する機会を与えてくださったのです」

「なぜそのような……!」


 如月が声を荒げた。こんな回りくどいことをせず、初めから初代神子姫が主導して、そのように動けば、犠牲になる者はもっと少なくなったはずだと、その表情から彼の内心が伺えた。


「なぜ、我が国の民が黒髪黒目だと思いますか?」


 そんな如月を視線だけで制し、神子姫が言葉を続ける。


「それは、神子姫様を慕った者たちのほとんどが、黒髪黒目の……」


 龍之丞の言葉に、神子姫は首を横に振る。


「違うのです。統一戦争後、黒目黒髪の人間を狩ること……黒狩くろがりが行われたのです」

「黒、狩り?」


 聞きなれぬ言葉に、黒曜が首を傾げる。

 神子姫は視線を落し、言葉を続けた。


「英雄ふぇりすの傍に立つ、神秘的な黒髪黒目の不思議な力を持つ聖女。彼女のおかげで英雄は大陸を統一し、王となったと伝えられております。事実、神子姫は神眼で英雄の窮地を何度も救ったと伝え聞いております」


 聖女もはじめは黒髪黒目だった。力が発現し金の瞳に代わったが、その頃は顔を隠していたため、聖女は黒髪黒目というのが、民の間では定説だった。


 だがそのせいで、黒い髪と瞳を持つ者は幸運を運ぶという噂が大陸全土に広がった。それが、その者を手に入れれば、幸運に恵まれると歪んだものに変わるのに、時間はかからなかった。


 そして聖女の色を持つ者として、黒狩りが始まった。もともと大陸は、髪も目も黒の人間はさほど多くないため、希少性も高い。

 聖女の色を持つ者として、丁重に扱われれば幸運。鎖に繋がれ愛玩動物のように扱われたり、その者をダシにして自分こそが英雄だと反乱を起こす者もいたりした。

 さらには、魔力が高く老いの遅い聖女を見て、不老の効果があるのではと血肉を貪る常軌を逸した者もあらわれた。


「もちろん英雄とその仲間たちは許しませんでした……ですが、建国当初で隅々まで手が回らなかったというのも事実。神子姫は、希望する黒髪黒目の者たちを連れて、大陸を去る決意をいたしました。もちろん、自身の身の安全も含めてです」


 祖なる者たちの悲惨な建国秘話を聞き、その場にいるものは声を失った。

 あえて神子姫は、淡々と続ける。


「その後は英雄により、聖女は新天地へ向けて旅立ったとし、争いの元となる神眼については秘匿され、聖女の容姿も不確かなものとして語り継がれました」

「……ああ、だから聖女の容姿や力については、様々あるのか」


 あえて能力も容姿も明確にせず、功績だけを語り継がれたのは、聖女や人々を守るためだった。


「新天地……陽国へと辿りついた人々は、とても苦労されたそうです」


 やっとの思いで辿りついた未開拓の島国。全てが一からの建国は、想像を凌駕するものだっただろう。だが神子姫の神眼の力により、幾度となく危機を回避し、初代神子姫の一代で本島と十二の島国からなる陽国を作り上げた。


 神眼がなければ……神眼に頼らなければ、成し遂げることができなかった。神子姫はついてきたくれた民のために、その責任を果たすために神眼を使い続けた。自分が死したあと、彼がする苦労と苦悩をしっていても、使い続けるしか道はなかった。


「如月、初代様も妾たちと同じなのです」


 悩み続け、それでも民のためにその時の最良を選んだ。後世、それで子孫たちが苦労するとわかっていても。

 けれど初代神子姫は、その未来さえも良きものになるよう、神眼を持って導いたのだ。

 ハーシェリクという、光の英雄の許に。


「どうやら初代様は、殿下に渡したい物があったようです」

「ハーシェリク殿下に?」

「はい」


 神子姫に代々受け継がれていたのは、封印の術式や口伝だけではない。時が経ってもまったく朽ちぬ不思議な輝きを持つ石のついた指輪。


「それはいったい……」

「それは私にもわかりません。ですが、初代様の故郷の品だと伺っております」


 龍之丞の問いに、神子姫はそう答え、ふと指輪を渡した時の王子のことを思い出した。

 指輪を私、合言葉を教えたときの、新緑色の瞳を零れんばかりに見開いた幼き王子。


「……ハーシェリク殿下は不思議なかたですね」


 自分を殺そうとした相手に、王子はできる限りのことをしてくれた。

 王女を誘拐し、王子を暗殺しようとした自分たちは、王国にとって重罪人だ。神子姫は国王に命を差し出すことも覚悟していた。

 だが国王は謁見のとき、神子姫や陽国の者たちの謝罪を受け入れ、罪には問わなかった。


 否、すべてはなかったことにしたのだ。


 メノウがいなくなったのも、彼女がハーシェリクの執事に頼み込んでお忍びでて、その先で偶然・・陽国の使者たちと鉢合わせし、会談の場を設けた。そして問題なく王城に帰って来た……ということになっていた。


 やや自体が呑み込めない一向に、国王の隣に控えていたハーシェリクが、可愛らしく片目を閉じてみせたことで、彼がそう仕組んだのだと察せられた。そして国王も誰も犠牲者がいなかったことと、今後の国益のことを鑑みて、ハーシェリクの案を受け入れたのだ。


 その後、王太子や第二王子、第六王子、外交官を含めた面々で、今後についての会合が持たれたのだった。


 すべては、ハーシェリクの采配であった。それも王国も陽国も双方に不利益がでぬよう、配慮されたものだ。


「……もし殿下が妾の謝罪を受け入れていたら、妾はすぐに死んでいたかもしれません」


 ぽつりと神子姫は呟く。

 自分の役目は、ハーシェリクの暗殺までだと思っていた。それを終えたら、自分は終わりだと心のどこかで思っていた。張り詰めていた糸が切れるように……


「ですが、殿下は神眼を持たずとも、そんな妾の気持ちを御見通しでした。だから妾に責任を取れと言われたのです」


 神子姫はそう言って微笑む。


「私は、責任を果たすまで死ねませんね」

「神子姫様……」


 その言葉に、黒曜は込み上げるものを抑えながら呟く。神子姫になった者は、いつもどこか生きることを諦めている者がほとんどだった。国のために命を差し出すことが当たり前だった。

 そんな神子姫を、あの太陽な方の息子は変えてくれたのだ。


 神子姫は気を取り直して、龍之丞に顔を向ける。


「龍之丞、国へ戻る気はありませんか?」


 八宮は、まだ彼の父親が当主である。部下にも民にも慕われていた彼なら、戻ればすぐに返り咲くことができるだろう。

 むしろ父親が当主の座を受け渡して、出奔する可能性もでてくるが。


 しかし龍之丞は、神子姫の言葉に首を横に振った。


「いえ、拙者の故郷は陽国あれど、すでに主は別にあります」


 異国の地で死にかけていた自分の主。その恩義に報いるには一生をかけても足りない。


「それにこれからの国のことを考えれば、外に通じた人間も必要でしょう」


 これから陽国は開国し、王国だけでなく他の国とも交流することとなる。ならば、テッセリとともに諸国を回っていたときの経験は、きっと助けになると彼は考えた。


 神子姫は次に黒曜を見る。


「黒曜殿はもちろん」

「戻りませぬ。お館様、姉様方、可愛い子どもたちがいるこの国が、すでに我が故郷でございますゆえ」


 黒曜は喰い気味に拒否した。彼女にとって家族はすでにこの王家なのだ。


「黒曜殿は、強いですね」

「いえ、すべては家族がいてくれたからでございます」


 黒曜は神子姫の言葉に首を横に振る。きっとこの王家に嫁がなければ、きっと自分は腐って行っただろう。この王国にきたからこそ、黒曜は本当の意味で変われたのだ。


「ふふふ、黒曜殿は、本当に情の厚い方……寅之助、逃がした魚は大魚でしたね」

「姫様、そういう話を何度も振るのはおやめてくだされ……」


 如月はうんざりしたように呟いた。

 如月もわかっていた。もし彼女が国王や他の妃たちから、不遇の扱いをされているなら、拒否されても攫ってでも連れて帰るつもりだった。


 だが謁見の間に現れた、陽国にいたとき以上に輝いて見える彼女を見て察した。自分の出る幕はないと。それが悔しく、神子姫からの指示だけでなく、嫉妬心から酷い言葉を言ってしまった。


「黒曜殿、あなたのご家族は、皆が素晴らしい方ですな」


 そういう如月に、黒曜は扇を広げて仰ぎ、ふふんと鼻を鳴らす。


「そうであろう、寅。お主も奥方は大切にせよ。女はどんな些細なことも根に持つからの!」

「……一姫ほど苛烈な女性は、少ないと思いますが」


 ぼそりと呟いた龍之丞に、黒曜が立ち上がってにっこりと微笑み、畳んだ扇でべしべしと叩きはじめる。

 龍之丞は、幼いころのようにされるがままなっていた。


 その光景に、神子姫はつい声を上げて笑ってしまったのだった。

 そしてふと、あの王子のことを思い出す


(本当に、ハーシェリクは不思議な方。そして不思議な魂と器を持つ方……)


 神眼の力の一つに、霊視がある。それは人の魂を見ることができる。

 ハーシェイクの魂は、この世界のものとは違った。その器も生命力も、そしてその背後にいる二つの魂も……


 炎のなかに彼が佇むあの神託。その神託自体が、この国に自分たちを導くためだけのものだったら、心配はない。


 しかし、もしあの神託が別の意味も持っていたら。それがハーシェリクの未来に関わるものだったら……


「初代様、どうか殿下が幸運に恵まれますよう、見守りください……」


 神子姫は口の中で呟くと、そっと祈りを捧げた。





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