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第十四章 王子と神子姫と神眼 その三



 神子姫は、一口また茶を啜り、言葉を続けた。


「現状は持っても五十年。現実はもっと早まるかもしれない。そこで保守派は思い出しました。十数年前に魔力の持ち主である大国に嫁いだ、一の姫のことを。そしてその娘のことを」


 神子姫は呆れたように首を横に振る。


「その娘を連れ帰り、神子姫にするか、もしくは魔力を持った子を産ませるか……そう考えたのです」

「……反吐がでるな」


 神子姫の言葉に、オランが吐き捨てるように言った。ハーシェリクも同じだったが、視線でオランを諌めるだけに留める。


「彼らの思惑はそうでも、妾たちの思惑は別のところにありました」


 メノウを出しに王国に入り、ハーシェリクを暗殺すること。だがそれは失敗に終わる。

 ならば、国を維持するためにやれることはあるのだ。


「ハーシェリク殿下、メノウ様の神眼は、この国に必要なものですか?」

「いらない」


 神子姫の問いにハーシェリクは即答した。ハーシェリク自身には、国を左右するような権限はないが、きっと家族は自分と同じ意見だろう。

 ハーシェリクの言葉に、神子姫は満足し頷くと、次にメノウを見る。


「メノウ様、神眼は必要ですか?」


 神子姫の問いに、メノウはどう答えていいかわからず、言葉を失う。

 そして長く沈黙したあと、首を横に振った。


「……わかりません」


 忌々しい悪夢や光景を見せる力。手放せるなら手放したい。そう思う反面、神子姫のような覚悟を持てば、無力な自分でも役にたつことができるのではないか、とも思う。

もし神子姫のいうとおり、国や家族の危機を事前に察知することができれば、守ることができる。


「わかりません、ですか」


 メノウの答えに、神子姫は少し考えると言葉を続けた。


「妾がいうのも説得力ありませんが、この力は、黎明の時代ならまだしも、今後の世界には毒にしかならない力だと考えます……」


 ただ妾には、力を手放すという選択肢を選べるほどの覚悟がなかった、と付け加え、神子姫は儚く微笑んだ。


「もし、メノウ様が望むなら、私が言霊縛りの力を持って、メノウ様の神眼を封ずることができます」


 帰国までに答えを出して欲しい、と神子姫はいい、ハーシェリクに向きなおる。


「殿下暗殺の他の目的は、開国派筆頭の如月にこの国を見てもらうことです」


 ハーシェリクたちの脳裏に浮かんだのは、謁見の間であった高圧的な男だ。あと少しで黒曜に斬りかかられ、第二側妃イルヤに魔法で顔面を燃やされていたかもしれない、本人の預かり知らぬところで命の危機であった人物である。


「如月は傲慢です。ですが、それは鎖国し狭い視野で育ってしまったからこそ。でも彼はこの国についたとき、実は少年のように目を輝かせていたのですよ」


 そのときのことを思い出したのか、神子姫はくすくすと笑う。


「謁見の間では彼が失礼しました。ただ言い訳をさせて頂ければ、あのとき妾から視線を逸らすために、あえてああした無礼な態度に振舞わせたのです……あとは黒曜殿への思いを拗らせて、あんな幼稚な態度を……」


 こっそりとため息を漏らす神子姫。

 かつての婚約者で、惚れていたのに素っ気ない態度をとられ、挙句婚約解消で他国に嫁がれた。その上、幸せそうに暮らしているのを目のあたりにした如月。頭は切れるがその方面は子どもなのだ。


「如月前当主は己の地位と富の安泰を望みましたが、彼は違います。神子姫も天啓もないこの国が陽国よりずっと栄えている。それを目の前にして黙っている男ではないのです」


 きっと神子姫のいなくとも栄える国を作ってくれる、と神子姫は続けた。

 ハーシェリクはそこまで聞いて、ふとハーシェリクは気がついた。


「あなたは、いえ、数代前の神子姫様から、その計画を練っていたのですか?」


 自分の暗殺を完遂するため、そして陽国が残り栄えるため。黒曜を大国へ嫁がせることから。龍之丞が追放され、少ない陽国の情報を王国側にもたらしたのも計画の一つだったのではないのか。

最初から仕組まれたかのように、パズルのピースが嵌るかのように、流れができていた。

 神子姫は首を横に振る。


「すべては神託を受けたときの神子姫の判断です。ただこれをきっかけに我が国が変わればいいと思います……そろそろ神子姫という足枷を無くすべき時代がきたのです」


 最後だけ、神子姫は寂しそうに呟くと、再度頭を深く下げた。


「これまでのご無礼、どうかお許しください……」


 ハーシェリクは、一度だけ目を瞑る。そして瞳を開けたとき、決めた。


「……顔を上げてください」


 神子姫が頭を上げるのを待って、ハーシェリクは口を開く。


「私は、許しません」


 陽国側だけでなく、メノウやハーシェリクの筆頭たち、龍之丞も息を飲んだ。

 優しい王子なら、きっと許すだろうと思ったのだ。


「あなたたちが、自分の国や世界のことを考えて、行動したことはわかりました。でもそれでクロや姉様を傷つけたことを許すことはできません」


 世界や国と個人、多数と少数。比べればどちらを優先すべきか、ハーシェリクにも判断が難しい。どちらが正しいかなんて、明確に答えることはできない。万人が納得する正解なんてきっと存在しないだろう。


 だからといって、仕方がないで少数を切り捨てるやり方は、ハーシェリクは納得ができない。


「それに、あなたたち神子姫に、納得して覚悟していたとしても、ひどい仕打ちをしてきた国を許すことはできません」


 少女の命の上に成り立っている国が、間違っていると断言できずとも、正しいとは思えない。少なくとも、彼女たちの親や親族は悲しんで苦しんでいるのではないのか。


「だから、もし許しを請うなら、行動で示してください。あなたが国を変えることで、責任をとってください」


 そう言ってハーシェリクは微笑んだ。


「我が国は優秀な人材が揃っています。きっとキサラギ殿の硬い頭を打ち砕いて柔らかくしてくれるでしょう。病や薬学の研究もしています。あなたの身体にも効果があるかもしれません」


 言葉での謝罪、許しは簡単だ。行動で示して貰わねば、意味がない。


「その責任が果たされたとき、それを謝罪として受け取ります。そしてそれが、歴代神子姫様たちの、そして犠牲になった多くの人たちの弔いになると思います」


 ハーシェリクの言葉に、神子姫は驚いて瞳を見開いたあと、一滴の涙が頬を伝う。


「ありがとうございます、ハーシェリク殿下……いえ、『光の英雄』殿」


 そう言葉にしたとき、神子姫の前に別の光景が広がった。それは神子姫にとっては長く、周りにとっては一瞬にも満たぬ時間だった。


(ああ、そういうことなのですね……)


 神託は、ときどき不可解なこともあった。だが今の神託で、神子姫はようやくすべてが腑に落ちたのだった。




 帰りの馬車が到着した。まず龍之丞がメノウをエスコートして退室し、残った各々が部屋を出ようとしたとき、神子姫はハーシェリクに話しかける。


「殿下、二人だけで話したいことがあります」

「? わかりました」


 ハーシェリクは自分の配下目配せし、神子姫は頷いて、退出させる。

 そして神子姫は魔言を唱え、簡単な防音結界を張った。


「音が漏れぬようにしただけです」


 そう言って目の前に手を差し出す。そこには金の台座に、蛋白石オパールのような七色の光を纏った宝石が嵌められた指輪だった。


「これは?」

「初代神子姫様より預かっているものです。『時がきたとき、その人物に渡せ』と。指輪に向かって合言葉を唱えよということです。合言葉は……」


 神子姫の言葉に、ハーシェリクは驚き目を見開いた。





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