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第十四章 王子と神子姫と神眼 その二



 黎明の時代のはじめ、大小様々の国家間の戦争絶えないなか、英雄となり大陸統一を果たし、聖人と呼ばれ、そして神の人柱となったといわれる人物。

 絵本にもなっていて、子どもたちからの絶大な人気を誇っているらしい。


 その絵本の物語では、英雄フェリスの許に七人の仲間が集い、世界を平和にしてめでたしめでたしなのだが、確かにその中に聖女がいた。ただし容姿については、本によって違いがあった。

 金髪碧眼、茶髪茶い瞳、銀髪青い瞳……幼女から妖艶な美女まで、様々な容姿で描かれていた。


「はい。初代神子姫様は、英雄の仲間として活躍し大陸統一を果たしたあと、同じ仲間であった剣聖様とともに同じ黒髪黒目の人間を連れてこの大陸を去り、陽国を起こした……それが、我が国の起源でございます」 


 初代神子姫は国を興したあと、剣聖との間に三人の子を残す。そして子どもたちに一宮から三宮の位と領土となる島を与え統治を任せた。それがのちの御三家と呼ばれる存在となる。


 さらに一宮から三宮の子のうち三人ずつ指名し、四宮から十二宮の位と領土を与えた。これが現在の華族となる十二家である。


 十二家の下にも親族となる中位の家が存在するが、それは割愛し、神子姫は話を続けた。


「初代神子姫様は神眼だけでなく、様々な瞳の力をお持ちでした。そして長い時を経て国中に血が広まり、瞳の力が民に増えました。もちろん出生は、華族や高位の者のほうが多いですが。その中でも金の瞳を持つ者は、神眼の力を持つ者なのです」



 そこまで話し終えると、神子姫は一度深呼吸をする。そして決意した強い光を放つ瞳で、言葉を紡いだ。


「初代神子姫様から、代々の神子姫は神眼の力を使い、未来を『視て』国難を除けて参りました」


 そのため、陽国は建国からこれまで、飢饉や洪水などの天災や疫病なので国が傾いたことはなかった。未来を知っているのだから、備え回避することも可能だったからだ。


「代々の神子姫は、国の大事とともに必ず同じモノを視ます。いえ、それを視た者が神子姫となり、その『時』に備えてまいりました」

「……それが、私に関係があるのですね?」


 そこまで話され、ハーシェリクは察しがついた。

 神子姫は重々しく頷く。


「そうです。大国の末王子が、この世界を滅ぼし終焉をもたらすと神託を受けました」

「…………は?」


 たっぷりと間を空け、ハーシェリクの間の抜けた声が室内に響く。


(なぜそうなった? つかどうやって? ……もしかして私には眠れる力が!?)


 つい突拍子もないことを考えて、現実逃避を謀るハーシェリクだったが、すぐに我に返る。


(いや、生まれてこのかたどんなに鍛えてもなしのつぶてな剣技に魔力なし。ないないそんなの)

「ありえない!」


 まるで自分の内心を代弁したかのように、クロが強く否定する。しかしちょっぴり傷つくハーシェリクである。貧弱魔力なしについては折り合いをつけているとはいえ、コンプレックスなのだ。全否定は辛い。


「ハーシェが、この世界を滅ぼすなんてありえない!」

(あ、そっちか)


 ほっとするのもつかの間、今にも神子姫に飛び掛からんばかりのクロを宥めることにする。


「クロ、落ち着いて」

「だが!」


 食い下がるクロに、ハーシェリクは子どもに言い聞かせるように続ける。


「少なくとも今は、私を殺すつもりなんてないんだし。私のために怒ってくれるのは嬉しいよ?」


 そう言ってにっこりに笑ってみせると、クロは何も言えなくなる。ハーシェリクはチラリとオランに視線を送り、クロが暴走したときに止めるよう無言で指示し、神子姫と再度向き合った。


「えーとつまり、あなた方は、世界を守るために私を殺そうとした、ということですか?」

「さようです」

「でも、それを諦めた?」


 ハーシェリクの問いに、神子姫は頷く。


「はい、ハーシェリク殿下が妾たちの策略を打ち破ったとき、『妾たちが関与できるのはここまで』と感じた……いえ、神託を受け取ったのです」


 それに、と神子姫は伏し目がちに申し訳なさそうに言葉を続ける。


「私が視た・・殿下と、目の前にいる殿下と姿形は同じでも、雰囲気はまったく異なりました……そしてあの・・殿下は、金の瞳でした」


 神子姫が視た夢。町が炎と黒煙に覆われた光景を一望できる丘の上に八つの影があった。

 そのうちの、一番小柄な影が燃え続ける町を背景に振り返る。陽光を集めたような髪、華奢な身体、そして感情が一切伺えない冷めきった金の瞳。

 今、目の前の新緑のような、性格を映したような優しい碧眼との印象は真逆だった。


 あの夢を始めてみた時、自分は恐ろしくて飛び起き震えが止まらなかった。今も思い出せば、震えだす身体を必死に止め、神子姫は言葉を続ける。


「殿下、もしかしたら歴代の神子姫は、神託を間違えて解釈していたのかもしれません」


 断片で啓示される神託は、受け取り手で解釈が変わることもある。飢饉や豪雨などの災害など一目瞭然ならば違えることはないが、人が絡むことになるとその精度はとたんに落ちる。

 そして王子が世界を滅ぼすという解釈自体、歴代の神子姫が共有してきた神託だ。そこに先入観があったのかもしれない。


 どちらにしても、この王子に関して以後陽国が関与しても、意味がないと神託は降った。

 ならば、今後のことを考えて、己がすることはただ一つだった。


 神子姫は立ち上がると、机を避けて床に直接正座で座る。そして三つ指をついて額が床に付くほど、頭を下げた。土下座である。


「この度の我が国の不始末の責はすべて妾にあります。もしお気持ちを静められないなら、この首で良ければ差し出しますので、どうか臣民には……」

「神子姫様!? 尊き御身がそのように頭を下げるなんて!」


 志狼が慌てて止めようとするが、神子姫は頭をあげることはなかった。


「志狼、口を閉じなさい。これは国家間のことです。こちらに非があり、謝罪だけで済む話ではありません。妾の残り少ない命が役に立つならば、本望です」

「……残り少ない命?」


 神子姫の土下座も気になるが、それよりも気になる、というよりは聞き逃せない単語に、ハーシェリクは反応する。


「……申し訳ありません、失言でした」


 神子姫はそう言うと、あとは黙ったまま頭を下げ続けた。

 少し待ってみたが、頭を上げようとしない彼女にハーシェリクは、小さくため息を漏らす。


 ハーシェリクにとって土下座はあまり愉快な行動ではない。土下座は誠心誠意の謝罪を態度で見せるのに最適かもしれないが、被害者に「相手がここまでしているのに、許さない自分が悪い」と罪悪感を持たせる方法でもある、とハーシェリクは思っているからだ。


(あとはさっきのことを、うやむやにしようとしているな)


 ハーシェリクはさらにため息を漏らす。


「とりあえず立って下さい。自分で立たないのならば、うちの騎士か志狼殿に運んでもらいますが?」


 そういうと神子姫はゆっくりと顔を上げ、お付に支えられながら席に戻った。


「で、どういうことですか?」

「……隠し通すことは、できませんね」


 真っ直ぐと碧眼に見据えられ、神子姫は観念したように首を小さく振る。


「神眼は、膨大な魔力を消費します」

「やはりな」


 シロがどこか納得したような声音で言う。

 過去や未来、人の心を覗くような、規格外の能力が、対価なしにできるとは考えられなかった。


「初代の神子姫様は、底なしの魔力の持ち主と伝え聞いております。また神眼の制御ため、必要な時、必要な部分だけを視たそうです。そのおかげか、御年百歳近くで御隠れされました」


 だが、長い年月の間に、初代神子姫の血は薄れ、個の魔力の総量は目減りし、比例するかのように神眼の制御が難しくなった。


「特に神託は、任意での発動が難しく、さらに膨大な魔力を消費します。でも人の魔力には限りがあります……そして、魔力が足りなければ、その代用に生命力が消費されます」


 神子姫の言葉に、ハーシェリクはヴォルフ・バルバッセのことを思い出す。

 彼が使った毒は魔力を変異させ、魔力を消費させ、体力、生命力を奪うものだった。あのときは体力の消耗までですみ、家族は回復したが……


「時間をかければ、魔力は回復します。ですが生命力は回復いたしません」


 生命力は寿命とも言いかえる。


 この世界では死後、地の底には行かず天の庭に訪れた魂は、そこで生前の記憶などすべてを真っ新な状態になり、生命力を補充され、再度この世界に生まれると言われている。

 量の多い少ないはあるが、それが定められた寿命というものである。そして生命力は神癒系魔法を使っても、回復することはできない。もし神子姫の言う通り、生命力――寿命が消費されるということは……


「神託の発動により魔力や生命力を消費され、器である妾たち神子姫の身体も蝕まれます……ここ何代かの神子姫の代替わりは短くて二年、長くて五年です」


 そして、揺るぎない声で神子姫は続ける。


「妾もあと二年持てばいいほうでしょう」

「……そんな」


 ハーシェリクは、少女が自分の死を淡々と語ることに言葉を失った。


「タツさんは、知っていたの?」


 ハーシェリクは振り返らず、若干非難する声音で龍之上に問う。


「……華族の現当主、そして長子は成人の年齢に達すれば知らされている」

「そんなことって……」


 苦虫を噛みつぶしたような声で答えた龍之丞に、ハーシェリクはそれ以上何も言えなかった。

 否、彼女の前で言うことは憚られた。まるで人身御供だと。


「殿下、龍之丞殿を責めないでください。そして勘違いをしないでください。妾たちは決して強制されているわけではございません。歴代の神子姫は、誰もが国のために職務を全うしたのです」

「だけど……」

「殿下は、本当にお優しいのですね」


 なおも納得できない、と表情のハーシェリクに、神子姫は微笑む。そしてすぐに表情を引き締めた。


「今回、殿下のお命を狙ったことの他に、目的もありました」

「もしかして、クロのこと? それともメノウ姉上の?」


 ハーシェリクが問いに、神子姫は首を横に振る。


「いえ、殿下の執事殿については、この組織の報復やこの志狼の個人的な感情で、主の目的ではございません。志狼は執事殿を、子どもの頃から尊敬しつつも嫉妬していましたから」

「神子姫様!?」

「違いますか?」


 暴露された志狼が非難の声を上げるが、神子姫に問われ、口を閉ざした。

 ハーシェリクがさりげなくクロの様子を窺うと、志狼とは逆に涼しい顔をしている。興味がないのだろうと予測し、少しだけ志狼が不憫になった。


「次にメノウ様です。メノウ様は神子姫の資質はありますが、神子姫にはなれません」

「……どういうことですか?」


 素質はあるが、神子姫にはなれない、と矛盾した答えにハーシェリクは首を捻る。


「神眼のなかで特に神子姫に必要な神託は、神子姫自身の愛国心、そして不安や恐怖心が鍵なのです」


 国を守りたい。国が荒廃するのが恐ろしい。民を飢えさせたくない……それを回避するために、自分の不安を取り除くために神託は発動する。


「なのでメノウ様は陽国に愛国心がないため、神託のできる神子姫にはなれないのです」


 そう言って、神子姫はメノウを見る。


「ですがメノウ様、あなたは力の片鱗に目覚めておりますね? だからハーシェリク殿下の危機を察知したのですね」

「……はい」


 メノウは頷く。神子姫の言う通り、自分が視たことが神眼の能力にほぼすべてが当てはまったのだ。

 姉の言葉にハーシェリクははっとして、姉を見上げた。


「メノウ姉様!? お身体は大丈夫ですか!?」

「殿下、メノウ様はお父君の血筋のおかげで妾よりもずっと魔力が多い。魔力を消費し少し体調不良になる程度ですんでいるのでしょう」


 慌てるハーシェリクに神子姫はメノウの代わりに答える。


「妾たちは幼き頃より親元を離れ、本島の城で毎日、国のことを勉強します。それにより愛国心、神子姫の重要性を学んでいきます。そして神子姫となるのです」

「それでは洗脳と同じじゃないですか!」


 ハーシェリクが声を荒げる。

 雛が初めて見たものを親だと思い込むように、幼き頃から神子姫の責務や愛国心を受け込む教育をすれば、誰もが国のためと考えるようになるだろう。


 そこに少女たちの意思が存在するのか。


「ありがとうございます。ハーシェリク殿下。でもこれが、妾たちが選んだ道なのです」


 そう神子姫は静かに微笑み、言葉を続ける。


「ですが、年々神子姫の資質を持つ者の出生が減り、神子姫も短命。おそらく、あと五十年も経たないうちに、神子姫はいなくなります」

「神子姫様!? それはれい様もご存じなのですか!?」


 志狼が血相を変えて言う。そこまでは話を聞かされていなかったのだろう。


「黙っていてごめんなさい、志狼。 でも保守派も中立派も、わかっていて現状維持を望んでいる。このままでは、陽国は何もせず滅ぶことになるでしょう」


 自分の代が安泰なら、あとは次やその次の世代に任せればいい、という考えが透けて見える保守派や中立派。

 それに反対したのが開国派だ。


「昔、開国派のとある当主が、亡くなりました……いえ、暗殺されました。前神子姫の預かり知らぬところで、開国派による影の者を使ってのことでした」


 それは先代の神子姫のときで、己は神子姫付きだった頃の話だ。


「その当主は現状に憂いており、国の基礎を作り直すために尽力してくれていました。ですがそれをよしとしない前二宮の当主により謀殺されたのです」

「……前の神子姫様は、神託でしらなかったの?」


 知っていれば当主に危険を報せ、対処することができただろうに、とハーシェリクは思った。

 だが神子姫は首を横に振る。


「間の悪いことに……いえ、それを狙ったのかもしれません。前神子姫様はあまり魔力が多くなく、神託を受け身体が弱り臥せっているときでした。それに前神子姫様と開国派の当主は親類関係で……神子姫様はおっしゃっていました『私が甘えなければ、彼も奥様も死ななかった』と」


(そうか、その当主さんは前神子姫さんが自分を気にして、寿命を削ることをよしとしなかったのか)


 ハーシェリクが察するに、その人物も自分と同じように少女を生贄にして続く国をよしとしなかったのだろう。もちろん国の未来を考えてもあっただろうが。


「……あの人らしい」


 ぽつりと、若干笑いの含んだ声が聞こえ、ハーシェリクが振り返る。そこには、口の端に少しだけ笑みを浮かべたクロがいた。


「クロ?」

「なんでもない」


 ハーシェリクが声をかけると、その笑みは消えてしまった。




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