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第十一章 追跡と屋敷と石像 その二



 裏口が見える木の陰に隠れたリュンは、その時を待っていた。

 今から大国の王女を救出するという重大な作戦が待ち構えているというのに、その様子は女の子と待ち合わせをしているかのような雰囲気だ。


 ただ彼の内情は、表面とは反していた。


(まったく……胸糞悪い)


 リュンは心の中でそう吐き捨てる。作戦中でなければ、チンピラのように転がっている石ころを蹴り上げているだろう。


 原因は、あの王子だ。

 先の戦で圧倒的な不利な状況の王国軍を、勝利へと導いた『光の英雄』

 王国を裏で支配し、王を操り専横していた大臣を討ち破った『光の王子』

 半年以上たった今でも、彼を称賛する声が止む気配がない。


 国内だけではない。国外でもあの帝国と期間限定とはいえ和平を結んだ王子に、注目が集まっている。


(坊ちゃんも坊ちゃんだが、臣下も臣下だ。ここに来ることを許可した王子たちも王子たちだ)


 危険地帯に送り出し、無茶で無謀な作戦を諌めもせず許容する。

 それは目に見えない絆という信頼と自信なのだろう。見ようによっては美談でもあるだろう。


 だがリュンはそれに憤りを覚える。まだ学院にも言っていない末王子に、誰も彼もが彼に期待と信頼という重責を背負わせているようにしか見えない。


 誰も彼もが無責任のように見えて、あの末王子は王族というだけで責任感がありすぎる。


「……ふっ」


 そこまで考えて、リュンは嗤う。いつものお茶らけた笑いではない。自嘲するように、もしくは泣きそうなるのを堪えるような嗤いだった。


「そうするように、追い込んだのは誰だ?」


 あの心優しく、責任感の強い王子をそう追い込んだのは誰だ。


 その問いに答える者はこの場にはいず、リュンは自分の得物に手を伸ばした。


「さあ、この仕事を早く終わらせよう……次に重要な仕事が控えているんでね」


 口を閉じ、得物を構えた瞬間、屋敷を三重の結界の光が覆った。







 ハーシェリクは銀古美の懐中時計から、視線を己の魔法士に向ける。


「シロ、お願い」

「わかった」


 短いやりとりだけで、シロは頷き魔法の構築へと入った。

 彼の絹のような美しい白い髪が虹色に輝き、その周りを三重の光の帯が煌めき、魔言の詠唱が響く。そして彼が手を水平に切ると、光の帯が拡散、三重の光が屋敷を覆った。


 事前に打ち合わせした通り、結界自体も三重にし、内側と外側のものには接触や異常があった場合、感知するという付加を付け、間の結界強度を一番強くしている。とはいってもどの結界も並み、否並み以上の魔法士であっても打ち破るのは難しいだろうが。


 三重の結界ならば易々と破られはしないだろうし、異常を感知した瞬間にシロが魔法で捕縛するという手はずだ。

 万が一シロ本人が狙われても、彼自身自分を守護する結界を張る予定なので、問題はない。

 もちろん、三重の結界や己の守護結界を維持し、さらに他魔法を発動するなど、シロだからこそできる芸当だが。


 そして結界が張られた瞬間、注意が逸れた見張りにオランと龍之丞が茂みから飛び出した。見張り二人は武器を構える時間も与えられず、筆頭騎士たちによって意識を奪われる。


 二人が引きずってきた見張りを、用意しておいたロープで手際よく縛り上げて猿轡をかませ、さらに『眼』の対策に目隠しもする。ついでにシロが閉じ込める用の結界も張った。


 シロの魔法の展開が多くて少し心配し、ハーシェリクは彼を窺う。だが当の本人は涼しい顔で木陰に腰を下ろして、持参した本で優雅に読書をしていたので、無駄な心配をすることをやめたハーシェリクである。


「じゃあ二人とも」


 準備はいい? という意味を込めて、ハーシェリクは短く声をかける。騎士二人が頷くのを確認し、ハーシェリクは懐中時計の蓋を閉め、屋敷を見据えた。


「行こう!」


 姉姫と己の執事を取り戻すため、ハーシェリクは一歩を踏み出した。

見張りのいなくなった玄関は、罠どころか施錠もされておらず、三人は悠々と侵入を果たした。警戒を怠らなかったが、一階には人の気配がなく、もちろん玄関同様罠もない。


「地下室か」


 オランが呟きに、ハーシェリクも龍之丞も頷いた。

 事前に確認した地図の怪しい場所に向かうと壁があった。ただしとてもわかりやすい目印のある壁である。


「すっごく怪しい……」


 ハーシェリクはつい半眼になって呟く。この屋敷の持ち主は、先のハーシェリクが起こした乱で、懲役刑とまではいかず罰金刑が科された。


 そのせいか、この屋敷には家具がめっぽう少ない。壁などは絵画が飾ってあったであろう場所は壁紙の色が周りと違っていたり、皿一枚残った食器棚になかったりした。きっと罰金の金策のために売りに出されたのだろうと安易に想像がつく。


 しかしそんな屋敷に一か所だけ、不釣り合いなモノがあった。事前に怪しいと思った、その場所に。


「怪しいですな」


 龍之丞も同意する。

 その場所には、立派な石像があった。大きさはオランよりやや小さく、頭は獅子、胴は身体、背には鷲の翼、足は馬で、両手を天に向け仰いでいるという、ハーシェリクには理解しがたい趣味の造形だった。

 もしかしたら、単に売れなかったのかもしればいが、場所が場所だけに無視することはできない。


「オラン、ちょっと持ち上げてくれる?」


 ハーシェリクの指示にオランはすぐに従った。

 オランに軽々と持ち上げられたハーシェリクは、石像を舐めるようにじろじろと見まわす。


(大体こういうのは、相場が決まっているはず)


 推理小説にはよくあるパターンだ。例えば、上げている腕を下ろしたり、目だけ宝石でそこを押すことができたり……


(さすがにそこまでわかりやすくはないか)


 オランに降ろしてもらい、顎に手を置き考えつつ見上げるハーシェリク。


「あ」


 見つけた。ハーシェリクはにやりと笑う。


「なるほど。これは売れないね……オラン、この石像の頭、回してみて」

「頭?」


 オランがそう言って石像の首を覗き込み、納得するように頷いた。

 頭と首の部分に黒い筋……隙間があったのだ。大人なら死角になってわからず、横も獅子の鬣が邪魔になってわかりづらい。もっと言うならば、異様な石像にばかり意識がとられ、気にする人間もいないだろう。初めのハーシェリクと同じように。


 しかしハーシェリクの身長で下から見上げれば、それはくっきりとわかった。

 小さな子どもの身体だからこそわかった。日々、己の小柄さに対して若干コンプレックスを持っているハーシェリクだが、この時ばかりはちょっとだけ喜んだ。


 龍之丞が周りを警戒しつつ、オランが石像の頭部を持ち回す。すると石像の首は難なく回転し、半周すると後ろの壁が、前世で言うところの襖のように横にスライドして開き、地下へと繋がる石階段が現れた。


「地下への階段か」


 オランが呟く。長期間放置されていたのだろう、階下から湿気て淀んだ空気が三人の鼻に届き、各々顔を顰める。


「行ってみよう……警戒は怠らず」

「じゃあ俺が先頭を行く」


 ハーシェリクの言葉に、オランは頷き、龍之丞に顔を向ける。


「タツ殿は後ろをお願いできますか?」

「承った」


 龍之丞の返事を合図に、三人は地下へと続く階段を下り始めた。

 順番はオランの指示通り、ハーシェリクを中央に前後を二人の騎士が固める。

 階段は人がすれ違うことができる程度の幅で、壁も階段同様の石造り。身を隠そうにもその余裕はないから、この場所での奇襲はないだろう、とオランは予想する。


 階段を下りると広がる空間もやはり同様に石造りだった。

 地下だというのに部屋自体広く、また別部屋に続く扉もあるが、物はほとんど残っていない。


(一体なんに使っていたんだか……まあ、いい事ではないだろうけど)


 後ろ暗いことを抱える者は、暗い場所を好む。何をしていたかはいくつか想像できるが、この場に何も残っていないということは、すでに先の改革でこの建物の所有者は相応の罰が下ったのだろう。


 あの改革は、ハーシェリクが用意した証拠だけでなく、きっと王国の番犬たちも動いたのだろうから。だからこの屋敷の見取り図もリュンが入手できたのも納得である。


 前を行くオランが足を止めた。ハーシェリクが見上げると、オランが龍之丞に目配せしていた。

 そして龍之丞がそっとハーシェリクの肩に手を置き、引き寄せたのを確認してから、オランが別部屋に続くであろう扉のドアノブに手をかけた瞬間、ハーシェリクは龍之丞に背中を押され前のめりによろめく。と同時に、背後で鉄同士がぶつかる甲高い音が響いた。続いて彼の呻き声が。


「タツ殿ッ!」


 ハーシェリクは顔面から無様に石造りの床に激突する前に、オランに受け止められたが、彼の龍之丞を呼ぶ声は焦っていた。

 ハーシェリクがオランに支えられながら体勢を整えて振り返ると、片膝をついている龍之丞と彼がいた。

 彼は直立だが顔を伏せ、微動さえしない。顔を伏せており、前髪で赤い瞳は見えず、表情も伺えなかった。


「……黒犬」


 オランが緊張を孕んだ声で、彼を呼ぶ。

 しかし彼は動かず、言葉も発しない。ただ無言で、その場に佇むだけ。


「おい! 返事くらいしろ、阿保犬!!」


 ハーシェリクが口を開くよりも先に、オランが言葉を荒げた。


「……ては」


 それに反応してか、彼の唇が微かに動く。


「守らなくては」


 そう彼が発した瞬間、血のように暗く赤い瞳が二人を映す。

 そこには感情は一切なく、ただ冷たく湖の底のような暗い光を宿している。


 ぞくりと、ハーシェリクの背に氷が落ちたような冷たさを感じた。それが殺気だと理解するよりも早く、彼は己の騎士に横へと突き飛ばされ尻もちをつく。


 ハーシェリクが呻き声も上げずに見上げると同時に、彼の騎士の剣と彼の執事の短剣が交差し、甲高い音を上げた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 指摘が不要だとするなら、違和感の強い誤字はしない様気を付けるか、概要やまえがき、あとがきなどの位置に書いていただけると同じようなことをする方がでないと思います。
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