第十一章 追跡と屋敷と石像 その一
王都から少し離れた貴族の別荘が並ぶ避暑地。夏には賑わうこの場所も、今は時期外れなせいか閑散としている。
そんな別荘地の中心地より離れた場所に案内されたハーシェリクは、馬上より首を傾げた。
ちなみにハーシェリクはオランと一緒に騎乗しており、他の同行者は皆各自馬上の人である。シロがいつの間にか短期間で馬術を会得していることに、歯噛みする上司であった。
「ここにクロたちがいるの?」
「ああ、そのはずだ……ちょっと待っていてくれ」
首を傾げ疑問を口にするハーシェリクに、先導役として先頭にいたリュンが答えつつ、下馬すると林の方へと向かっていた。
ハーシェリクが目を凝らすと、木の陰に人がいるようだ。
(番犬の人かな?)
そう当たりを付け、ハーシェリクもオランに手伝ってもらいならが下馬し、リュンが戻ってくるのを待つ。
リュンはすぐに戻ってきたが、一人のようだ。
「あの人は来ないの?」
なんとなく思った事を口にするハーシェリク。
「ああ、今までの報告をしにきただけで、万が一俺たちに何かあった場合、即刻王都へ戻る手筈になっている」
(でも、なんで顔見せないんだろ?)
説明するリュンにハーシェリクは頷きながらも、内心少し疑問に思う。表情を変えたつもりはなかったが、リュンにはわかってしまったようで、彼はにやりと笑う。
「俺たちは裏方だからな。原則顔バレしちゃいけないんだよ。坊ちゃんには内緒で護衛についた奴もいるし、見知った顔があったら気まずいだろ?」
「リュンさんはいいの?」
冗談めかしていうリュンに、ハーシェリクは首を傾げて問うと、彼は肩を竦めて見せた。
「今回は特例。もともと顔見知りだし、ルークさんは王城から離れられないしな。緊急的例外処置っていう奴」
リュンは大げさに肩を落としてため息をつく。
「まあ、俺たちの仕事は結構例外が多いんだけどな、実質」
リュンの諦観した眼差しが、ふと己の前世の会社で日々を思い出す。
仕事も趣味も充実していた前世だったが、繁盛期や決算期は仕事に比重が傾き忙殺された。やってもやっても終わりの見えない仕事に、自分も遠い目をしたものだと当時のことを思い出す。
グレイシス王国はまさに今が多忙な時期である。国の立て直しが一朝一夕で終わるわけがないし、国土も広大だ。年単位で計画し実行しなければなさない。そうなると王である父はもちろん、補佐する兄たち、城の各部署の官吏や騎士兵士たち、地方の領主たち……そうなると必然的に裏方の番犬たちも国内外の情報収集が必要となり、多忙となるだろう。
そうなるきっかけを作ったのは、もちろんハーシェリクだが。むしろ前世の記憶や知識、技能を駆使して国をよりよくしようと現在もいろいろ彼らの仕事を増やしているが。
「……大変だね。ありがとう」
終電間際のサラリーマンのような疲労と哀愁を漂わせるリュンに、過去の仕事で明けくれた自分を重ねてハーシェリクが同情し労わった。
ハーシェリクの言葉に、リュンはが勢いよく顔をあげる。
「もっと労わってくれていいんだよ!? 具体的にはヴァイス殿とデートを手配してくれたりとか!」
「労わって損した」
あくまでも小声だが、目には少年のような光を称え、だが少年にはない煩悩の言葉を紡ぐリュン。
そんな彼の期待に満ちた願いを、ハーシェリクは先ほどの同情もどこえへやら、冷たく斬り捨てた。
「坊ちゃん、俺に対してだけ時々口悪いよね……」
そう言ってシクシクと泣き真似をする彼に、ハーシェリクは小さくため息を漏らす。そして、ちらりと背後を窺えば、無表情のシロが下馬しつつオランと話しているのが見え、出立前のことを思い出して、さらにため息を漏らした。
ハーシェリクとリュンが集合場所にいくとすでにオランとタツ、そしてシロが待機し馬の準備をしている。
ハーシェリクはシロに駆け寄って事情を話し終えて振り返ると、呆けたリュンがいた。
「遠目で見てもすごかったが、間近で見るとこれはまた……」
ぼそりと呟いたが、その声は誰にも届かない。でもその視線はシロに注がれていた。
「? ハーシェ、なんだコイツは」
シロが片眉を上げ、ハーシェに問う。
「シロ、この人はリュンさんと言って」
「…………イケる」
ハーシェリクの紹介の弁の間を縫って、二人の耳に彼の声が届いた。
「……は?」
「顔が好みすぎて辛い。なぜ男なんだ……否、見るだけなら性別は関係ないじゃないか! そうだろう俺! 頑張れ俺! 美人は国の、否、世界の宝だ!」
低い、とても低いシロの声をかき消すかのように、くっと目尻を押え唸ったかと思うとすぐ気合いを入れるリュン。 あまりの急展開に、ハーシェリクは頭がついていけい。
「ということで、ハーシェリク王子の筆頭魔法士殿。今度、お食事でもいかがでしょうか?」
さきほどと打って変わって、極上の微笑みを浮かべるリュン。
きっと対女性ならば、どんな者でも首を縦に振ったであろう。だがそれは女性ならばの話だ。
「……燃やしていいか?」
シロが呟いた言葉は、魔法でもないのに周囲の気温を冷やす。これは気のせいではなく、兄王子の筆頭魔法士に聞いたところ、感情の起伏によって無意識に魔力が周囲に流れ、それが圧となって気温が下がっているように感じたり、空気が重くなったように感じたりすることもあるという。
ちなみにこの現象は、魔力の高い者が起こす。シロはもちろん、ハーシェリクを除く王族たちの魔力量でも起こりうる現象だという。
(陽国の使者のとき、父上のあれって雰囲気もあるけど魔力の影響もあったのか……て、今はそれどころじゃない)
ついでに魔力の影響で寿命は変わらずとも老化も緩慢になることもいうことも教えてもらった。父の不老のような美貌にもファンタジー的な裏付けがあったのである。シロはあの儀式のせいで例外だが。
ハーシェリクは小さく息を吐き、現実逃避しつつあった己の思考を引き戻す。
「シロ、燃やすのは後にして欲しい。で、リュンさん、さすがに冗談がすぎるよ。私も怒るよ」
シロを宥めつつ、ハーシェリクはリュンを窘める。とりあえず今は時間も惜しのだ。あとシロがキレたときの被害も甚大なので、防ぎたい。
「冗談? 俺は本気だ。美しさに性別なんて関係ない。否、ヴァイス殿の美は性別さえも超越する!」
だがいつもならすぐに嫌というほど察する能力の高いはずの男は、ハーシェリクの心情を察してくれなかった。
両手を握り、力強く力説する。
「だが確かに早急だった。無理やりとか俺の流儀に反する。まずは合意を得てから文通。次にお茶、食事と段階を踏むべきだった」
「わりと古風で紳士対応だった」
単なるチャラ男ではなく紳士的チャラ男だった、とハーシェリクはうっかり感心してしまう。
次の瞬間、気温がさらに下がり、鳥肌が立つ。
「殺す」
「シロ、待って、今は待って! あとごめん!」
本気と書いてマジと読む、な瞳のシロに、ハーシェリクは慌てて抱きついて止め、必死で謝った。
そのあとオランの援護もあり、なんとか出発した一行。リュンも頭お花畑状態から仕事に切り替わったが、ハーシェリクは馬上でシロがリュンを背後から攻撃しないか胆を冷やすのだった。
「さて、おしゃべりはここまでにしといて……オクタヴィアン殿、ヴァイス殿、タツ殿、少しよろしいか?」
仕切り直すようにリュンは皆を呼び、さきほどの仲間から預かった屋敷の見取り図を広げながら言葉を続ける。
「仲間の報告だと執事殿は、メノウ殿下を抱えて屋敷に入っていった。人数は二十満たない程度。内、戦闘可能なのは八割ほど。出入り可能なのは、窓を除くと玄関と裏口の二か所。見張りは玄関に二名、裏口に二名。残りは屋敷内……で、坊ちゃん本当にその作戦で?」
不満の二文字がありありと顔に書かれているリュンに、アーシェリクはにこりと微笑んだ。
「もちろん」
その笑顔にリュンが半眼になり、視線を彼の筆頭騎士に向ける。
「……オクタヴィアン殿、本当にそれで?」
「言い出したら聞かないしな……」
何年も主の側にいた騎士は、既に諦めの境地である。ハーシェリクは決めたら退くことはないし、退いたためしはないのだ。特にここ一番という場合には。
リュンは騎士の言葉に、大きくため息を漏らし、視線を動かす。
「ヴァイス殿は……タツ殿も異論なし?」
無表情の魔法士は聞かずとも答えがわかり、リュンはこの場で最年長の男に少し期待した。
「拙者は従うまででござる」
「はあ……」
しかし龍之丞の言葉はリュンの期待を裏切り、予想通りだった。今までにないほど、リュンはため息が出る。今日だけで一年分のため息を吐いた気さえした。
「リュンさん?」
ハーシェリクに首を傾げながら名を呼ばれ、リュンは腹をくくることにする。上司や王子たちには末王子の安全を頼まれたが、当の本人がこれでは無理だ。
「……いえ。じゃあ確認ですが作戦は当初の通り、時間を決めてヴァイス殿に屋敷を囲う結界を張って貰って逃亡を防止。結界が張るのと同時に、坊ちゃんとオクタヴィアン殿とタツ殿が正面より突入。俺は裏口に回って見張りを無力化して突入して上から見て回る。ヴァイス殿は結界の維持と逃亡しようとした者を魔法で拘束してもらうと。突入後は臨機応変にということで」
「リュンさんは単独でいいの?」
ハーシェリクが口を挟んだ。
シロは魔法が得意だが室内での戦闘となった場合、近距離戦闘が不得手な魔法士では不利である。ならば距離が取れる屋外で待機のほうがいい。もし逃亡防止の結界から逃れた敵に襲撃されたとしても、屋外ならば対処もできるだろうし、相手側にシロを超える魔法を扱える者がいる確率は低い。
無力な自分の安全を考えれば騎士二人をつけることも妥当、というか致し方なしといえる。
すると自動的にリュンが単独行動になる。彼の実力はわからないが、一人は心配だ。
心配そうな表情をするハーシェリクに、リュンは察してにかりと笑う。
「俺は元々単独行動が多いから、下手に組むより一人のほうがやりやすいんだ。それにたぶん本命とぶつかるのは坊ちゃんたちのほうだろうし」
そう言ってリュンは見取り図に視線を落す。その見取り図の一階部分には、違和感を覚える空白があったのだ。
貴族の屋敷には隠し通路や隠し部屋が存在する。なにかあった時の脱出通路や避難部屋、人には言えない秘密の部屋など様々だ。
もし彼らがメノウを攫って隠すなら、そう言った場所のほうが都合いい。
ハーシェリクたちは突入後、すぐにそこに向かう予定だった。
「上階を制圧したら俺もそちらに向かいますんで、本っ当に気を付けてくださいよ?」
リュンの言葉に、ハーシェリクはしぶしぶ頷く。それに満足して、彼は周りの者たちを見渡した。
「最終確認。最優先はメノウ殿下の救出。使者たちはできたら生かしてとらえること……執事殿は、坊ちゃんにお任せで。補足事項は?」
リュンの言葉に龍之丞が手を上げる、
「一つだけ。彼らとは目を合わせないよう」
「目?」
その場にいる全員が首を傾げたが、龍之丞は頷くだけでそれ以上言葉を発しなかった。
きっと詳しく話せば『言霊縛り』に抵触するのだろう、と全員が察し追及はしない。
「では、作戦開始は五分後で。俺は裏口に回りますね」
リュンの言葉を合図に、皆が各々動き出した。
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