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第十章 疑惑と疑念と王国の番犬 その二



「ということで、坊ちゃんの筆頭騎士殿を借りていきますよ。あの執事殿を単独で止められて自由に動かせるのってオクタヴィアン殿くらいですので。できたらテッセリ殿の騎士殿も借りたいのですが」


 リュンの言葉に、テッセリが己の騎士を見る。


「タツ、いける? 祖国の人間を手にかけることになるかもだから、無理強いはしないよ」

「追放された身でも祖国の者の尻拭いは、その国の者がするべきでしょう」


 龍之丞はつい微笑を浮かべた。


 この国の王族は、人を思いやる心を持っている。それは地位や身分が上がるに連れ、忘れてしまう者が多い心だ。

 人は他人から敬られ崇められ続ければ、驕ってしまうものだ。生まれた時から大国の王族という地位を持ち、他人に傅かれて生きてきたにもかかわらず、その心を忘れない王子王女たちの存在は、龍之丞にとって稀有で神聖なものに思えた。


 自分も元は十二華族だ。人に頭を下げさせる存在で、追放されなければ今もそうだっただろうし、昔の自分なら絶対に頭を下げなかっただろう。

 だが祖国の外の世界を知った今、自分がいかに小さな存在か実感した。だから自然に頭を下げることができる。


 龍之丞はテッセリの傍に膝をつき、頭を垂れる。


「主、ご命令ください」

「……わかった。必ず姉上を助けて、問題を解決し、必ず帰ってくるんだよ」

「はっ!!」


 テッセリの命令に、龍之丞は腹の底から声を出す。その声量に部屋中の空気が揺れた気がした。

 声の大きさに少しだけ驚いているハーシェリクに、リュンが覗き込む。


「坊ちゃんもいいよね?」


 許可を求めているが、ハーシェリクには拒否権はない。もちろん拒否なんてしないが。

 だからハーシェリクはにっこり笑って言った。


「私も行くからね」


 ハーシェリクの言葉に、リュンは一度目をまんまるに見開くと、すぐに眉間に皺を寄せ、渋い顔を作る。


「……えぇ~?」


 大げさなほど不満な声を上げいやいやと頭を横に振り、両手を腰に当てると諭す、というよりは説教するように言葉を続けた。


「坊ちゃん、本当に危険だよ? あと真面目にはっきり言うけど、足手まとい」

「本当にはっきり言うね!?」


 もちろんハーシェリクは自分が足手まといの自覚がある。

 年齢も能力も何もかも、この場にいる誰よりも劣っているという自覚が。


「だけど、クロは私の執事だよ。私が行かなくてどうする?」


 クロを止める役目は、オランではない。自分だとハーシェリクは確信している。

 自分が行かなければ、彼は戻ってこないと。


「……あー、これが筆頭たちを困らせる頑固王子かぁ~」


 真っ直ぐと自分の瞳を見てはっきりと答える王子に、リュンはため息とともに肩を落とした。


 筆頭たちが王子のお願いに、最初は拒んでも最後は折れるのは有名な話だ。ハーシェリクはその儚げな容姿と異なり、言い出したら聞かない頑固者だと。そしてその行動は、いつも結果がついてくるのだ。


 リュンは説得を諦めた。もともとリュンは、無駄な努力はしない主義でもある。


「わかりました! だけど何かあっても、俺は責任持ちませんからね。坊ちゃんがついていくって言いだしたの、殿下たちも聞きましたよね!」


 リュンはそう言って兄王子たちを見渡す。

 最後にリュンと視線があったマルクスは、にっこりと微笑んだ。


「ハーシェのこと、頼んだよ」

「王太子殿下、なに爽やかな笑顔で無茶ぶりしてくれてんの!? あなたたち兄弟だね!」


 誰をも魅了する微笑みを浮かべた王太子に、リュンは敬語をも忘れ悲鳴じみた声を上げる。助けを求めルークに視線を向ければ、上司も口の端を上げて笑顔を作っているだけで何も言わない。

 つまり、このあとの責任は自分が持つことになったのだ。もちろん同行するハーシェや騎士たちにも責任はあるだろうが。


(あー、なんかあったら減俸で済むかなぁ~……いや、坊ちゃんに何かあったら減俸だけで済むわけないか! チクショウ!)


 やけっぱちになりかけるリュンだったが、とりあえず何かあったら王子を担いで逃げようと心に決める。 そして気持ちを切り替えるため、その場で一度深呼吸をする。


「……では出かけますんで、準備お願いしますよ」

「わかった。じゃあオラン、シロにも声かけてくれる? 準備はできているかって」


 リュンの言葉にハーシェリクは頷き、オランに言う。そして言葉を続けた。


「てかリュンさんがなんで私に近づいてきたのか、やっとわかった」

「わかったって?」


 首を傾げるリュンに、ハーシェリクは申し訳なさそうな表情で言う。


「まだクロが執事になってないとき、偶然にしてはよく町で会うなと思っていたけど……あれルークさんからの私を護衛する依頼でしょ」


 そしてハーシェリクはさりげなくルークを見る。ルークはその視線をにっこりと微笑んで受け止めた。


「さて、私には何のことだかわかりません」

「ほら、こやつの腹の中は真っ黒じゃ」


 黒曜が今にも舌打ちでもしそうな声音で言った。さきほどから黒曜はルークに対して辛口である。とはいっても憎んでいるというよりは、馬が合わないといったふうだが。

 ルークたちのことは置いておき、ハーシェリクはため息を漏らす。


「バレてたのが軽くショック……いや、連れ戻されないだけマシだった?」


 よくよく考えれば、五歳にも満たない王子が一人で町に繰り出しているのだ。いくら抜け道があったとしても、あんな長い間自由に行き来していて、ばれないということは無理がある。


 今冷静に考えればそう思うが、あの頃はそこまで思い至らないほど必死だったのだ。ルークが知っていたということは、父も知っていて黙認してくれていたということである。つまり自分の嘘はばれていたのだ。

 申し訳ないやら、恥ずかしいやらで落ち込むハーシェリクである。とはいっても後悔はしていないが。


「名前を教えてくれなかったのも、納得だし……」


 王国の番犬という仕事から、実名を言うことはしないだろう。

 ハーシェリクはさらにため息を漏らす。


「美味しいお店とか、穴場とか、近道とか教えてもらって気のいい兄ちゃんだと思ってたけど、裏があったんだなぁ……」


 ハーシェリクは人間不信になりそうと呟き、視線を床へと落した。

 その呟きに、リュンがぎょっとする。


「いやいや坊ちゃん。俺が坊ちゃんに近づいたのは確かに依頼もありましたけど、別に接触する必要はなかったんです、本当に。だけど、俺が坊ちゃんと知り合いになったのは、個人的な興味もあったけど、城下町の人たちと同じで話したかったんですよ! あと名前を言わない理由は半分は本当ですからね!」


 まるで口説いた女の子の気分を害したときに謝るように、リュンは口数多く言う。いや、もしかしたらそのときよりも、言葉は多いかもしれない。

 それでも顔を上げないハーシェリクに、リュンは続ける。


「実際話したら、すっごく楽しかったですし。もともと他の任務の合間で少なかったですし、それに筆頭殿たちがついてからはお役御免になって寂しかったですよ? この前のメノウ殿下の護衛も久々で嬉しかったですし」

「……じゃ、今度、私を騙した罰として美味しいお菓子、奢ってくれる?」


 そう言って顔を上げるハーシェリク。その表情は悪戯が成功した子どもそのものだった。


 リュンは嵌められたと思ったが、それ以上に彼が暗い表情でないことにほっとする。

 ハーシェリクに、負の感情の籠った表情は似合わない。


「……もう、やられた! 坊ちゃんがそれで許してくれるなら、俺の勝負店のスイーツを奢りましょうっ!」

「よっしゃ!」


 ハーシェリクがガッツポーズをする。

 自分のお忍びがバレていたことはショックだが、それは既に過去のこと。過ぎてしまったことはしょうがない、と開き直ることにする。ただあとで父とルークには、謝罪とお礼を言いに行こうと思うが。


「……近道?」


ハーシェリクとリュンのやり取りを聞いて、オランがぽつりと呟いた。


「オラン、どうしたの?」

「ハーシェ、前教えてくれた、花街への近道を教えてくれたのって……?」


 初めて二人で町に出た時、ハーシェリクはオランにいろいろ教えてくれたのだ。そういろいろ、子どもが知っているのはおかしい情報まで。


 ハーシェリクはそのことを思い出し、リュンに視線を向ける。

 リュンがさきほどと打って変わって、若干顔色がよくなく、ハーシェリクは首を傾げた。


「あれもリュンさんが教えてくれたんだよ。花街について詳しく聞きたいなら、本人に聞くといいよ」

「あ、坊ちゃん……!」


 若干静まり返った室内に、ハーシェリクの幼い声はよく響く。リュンが慌てて末王子の口を塞ごうとしたが、間に合わなかった。


「リュンさんは常連だし、いいお店知ってるんじゃないかな? ……て、オラン?」


 可愛らしく無邪気に首を傾げるハーシェリク。

 ハーシェリクにはまだわからないが、男の事情があることを前世の記憶のおかげで知っている。そうじゃなくても、可愛い女の子にお酌されてお喋りに花を咲かせれば、オランにはいい気晴らしになるかもしれない、と思っている。別に女の子じゃなくても、リュンと飲み友達となってもいいが。


 本人的には気を回しての発言だが、それは子どもが口にするには早すぎた。

 冷たい視線がリュンに集まり、彼はその場から逃げ出したくなる。

 口に開いたのは、やはりオランだった。


「なるほど、子どもに花街への近道を教える輩が、今判明した……リュン殿?」


 名を口にしたオランの声は、いつになく低かった。

 背筋に冷たいものを感じたリュン。己の命の危機の気配を察知した。


「……さあさくっと行きましょうか! 囚われの麗しい姫様を取り戻しに! ついでに執事殿も! オクタヴィアン殿も準備があるでしょう!? さあさあさあ準備出来次第、西門集合ということで!!」


 早口でまくしたてるように言うリュンに、オランは軽くため息を漏らす。


「……わかった。ヴァイスを連れてすぐ向かう」


 ただし、とオランは続けた。


「近道の件は、戻ってからだ」


 そう言ってオランは歩きだし、龍之丞も続く。

 その時、リュンはオランの死刑判決のような台詞に、悲鳴を上げるのを堪えるので精一杯だった。


 二人が退出すると、リュンはため息とともに唸り声をあげ、孔雀色の髪をかきむしる。この任務を無事終えたら、即雲隠れしようと心に誓った。


「……はあ。坊ちゃん、恨みますからね」


 リュンは隣で首を傾げるハーシェリクに、恨み言を呟く。

 この王子は鋭いようで、時々ぬけているのだ。


「え、なんで?」


 さらに首を傾げるハーシェリクに、リュンは項垂れたのだった。


「では私は執務に戻ります。陛下とともに、吉報をお待ちしておりますね」

「妾も戻ることとします。姉様たちも心配しているでしょうし」


 ルークの言葉に黒曜も続く。


「では、途中までお送りいたします」


 ルークの申し出に、一瞬だけ眉を顰めた黒曜だったが、すぐに頷いた。


「私たちも普段通りにしたほうがいいだろうから、執務に戻るとするか……近道の件は、オクタに任せるとしよう。ハーシェ、無理はするなよ?」


 マルクスも椅子から立ち上がり、ちらりとリュンに視線を投げてから、ハーシェリクに念を押し、退出していく。


「では、私も普段通り、陽国の使者たちと会談をしてくるか。いつも通りに。こちらのことはまかせておけ、ハーシェ」

「あ、ウィル兄上、俺もお供しますよ」


 いつもの表情筋が働かない顔から、外向きの素晴らしい笑顔になったウィリアムが立ち会がると、テッセリも続く。


「使者の皆さんをいびる……もとい、お喋りするの楽しみだなー。ハーシェ、気を付けて全員で戻ってくるんだよ」


 どうやら二人は、陽国の使者たちを外交と見せかけた、拘束に向かうのだろう。

 少なくとも使者たちを押え、外の者との連絡を断つ必要がある。


「はい……お二人とも頑張ってください」


 とても楽しそうな雰囲気なのに、妙な緊張感を漂わせ出て行く二人を見送る。

 きっとこれから、ハーシェリクたちが戻るまで、陽国の使者は二人にねちねちいびられ……もとい、外交の場から出ることは叶わないだろう。


 残った二人。ハーシェリクが特に準備はないので、このままリュンと西門へと向かうことにする。


「……だけど、なんか引っかかるんだよな」


 廊下を進みながら、ぽつりとリュンが呟いた。


「ん? リュンさんなにか言った?」

「いや、なんでもない」


 そうリュンは答えつつも、胸の引っ掛かりが消えることはない。


(誘っているように感じるのは、俺の気のせいか?)


 クロほどの手練れなら、誰にも気づかれずメノウを攫うことは可能だ。だがあえて馬車を使い、門番のいる門から出ていくという目立つ行動をとった。


 まるでこちらをおびき寄せようとしているように。実はクロとメノウは餌で、本命は別のことではないのかと、長年の諜報活動で培った経験のせいで、穿った考え方をしてしまう。

 だがその場合、本命とは何かがわからない。


 リュンは自問自答する横で、ハーシェリクも同じことを考えていたが、やはり彼もその答えを出すことはできなかった。








※「近道」については「黄昏の騎士」の第三章その一をご参照ください(笑)

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