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第九章 忠義と決別と金の瞳 その二



(金の、瞳……)


 かつて、初代神子姫が天啓をもたらす時、その瞳は金色こんじきに輝いていたという。そのため歴代の神子姫も候補となる神子姫付きも、全員が金の瞳なことが絶対条件だ。

 金の瞳を持つ女人は神子姫付きとなり、貴賤関係なく国に召し上げられ生涯過ごすこととなる。そして次代の神子姫に選らばれたときのため、日々勉学に励み、神子姫にお仕えするのだ。

 神子姫付きを輩出はとても名誉なことであり、その家には膨大な恩賞を与えられる。


 だがそれは、金の瞳の女人が生まれた場合だ。


「目隠しとれちゃったか……ごめん、気持ち悪いだろ」


 弐拾四番はそう言うと、視線を伏せた。

 それはクロがどう反応するか、怯えているようだった。

 いつもと陽気な彼とは真逆な反応だが、それも仕方のないことだろう、とクロは察する。


 金の瞳を持って生まれた男は、女人とは真逆の運命をたどることとなるからだ。

 

 過去、この国に初めて金の瞳を持った男が生まれた。

 人々は金の瞳を持つ男を大切に育てた。男は優れた運動能力や知能、そして瞳の力を持っていた。特に瞳の力は、当時の神子姫に匹敵するほどのものだった。


 だが陽国の君主は、神子姫と決まっていた。どれだけ能力があろうと、人々に慕われようと、それは変わらぬ不文律。犯してはならない神域である。


 それを金の瞳を持つ男は納得しなかった。それだけではなく、神子姫や国への不満を口にするようになり、専横を狙う者に利用され、やがて陽国に大きな内乱をもたらすこととなる。


 辛くも内乱は神子姫側が勝利を収めたが、多くの人々の命を失うこととなった。

それ以降、金の瞳の男児は禁忌となり『忌み子いみご』とされ、生後間もなく亡き者とされるようになる。そして忌み子が生まれた一族は、周囲から疎まれ、生き地獄を味わうこととなるのだ。


 きっと忠誠心しかなかった昔のクロなら、弐拾四番のことを嫌悪したかもしれない。

 だが今は、ないも思わなかった。むしろ長殺しに加担した彼の今後が心配になる。


「瞳については、特に何も思わない。だが弐拾四、なぜここに?」


 クロの言葉に、弐拾四番は顔を勢いよくあげる。そしてクロと視線を合わせて、彼が嘘をついているわけでも、取り繕っているわけでないと知ると、安堵の笑みを浮かべた。

 そしてにやりといつも通りに笑う。


「兄貴が殺されそうになっているのが『視えた』から」

「視えたって……それに何度兄貴というなと」

「だって、兄貴は俺の兄貴だから」


 弐拾四番の言葉に、クロははっとした。


(まさか……)


 本来なら忌み子は産まれた時に、殺される。

 だがもし、その家が高貴な一族……十二華族だったら。それも長男を組織に奪われて、待望の次男も瞳持ちだったとしたら……


『任せたぞ、紅蓮』


 父の言葉が蘇る。そして弐拾四番の、人をおちょくるような笑った顔は、その父になんとなく似ていた。


「……希流?」


 無意識に漏れた言葉。その言葉に、弐拾四番――希流は、満面の笑みを浮かべた。


「あったりー!」


 今にも跳ねそうなほど万歳をその場ですると、希流は胸を張る。


「まあ、俺は最初からわかっていたけどね。兄貴は兄貴だって! ……あれ? 兄貴、なんで頭押えてんの? 頭痛?」

「いや、ちょっと眩暈がな……」


 褒めてと言わんばかりの弟に、兄は額を押える。


(なんでこう能天気なんだ……)


 教育係をしている時から、彼はそうだったことを思い出す。どんな訓練も任務も、気負いなく能天気にこなす為、それが周囲の反感を倍増させていたのだ。本人はまったく気にも留めてなかったが、その分クロが気苦労を背負う羽目になった。


 過去の苦労を思い出し、疲れを思い出したクロに、希流は声を潜める。


「眩暈なんてしている暇はないよ。逃げなくちゃ」


 遠くから誰かがくる気配がする。すぐに長が殺されたことも、誰がやったのかも発覚し、追手がかかるだろう。

 今まで以上に、時間が勝負となる。


「……ああ、そうだな。いくぞ、弐拾四番」

「あーにーきー?」


 弟は不満そうな声を上げる。

 クロは数瞬考えたあと、その不満を察して言い直すことにした。


「希流、いくぞ」

「うん!」


 クロの言葉に、希流は心の底から嬉しそうに笑って返事をした。

 それにクロも口の端を上げ、笑い返したのだった。




 

 一刻後、クロたちは神域の森でかつての同僚たちに囲まれていた。

 長を失ってもさすが組織。上位幹部が仮の長を務め、即時追撃部隊を放ったのだろう。


「……囲まれたか」

「やっぱりかー」


 クロの言葉に、希流も同意する。

 できれば神域の森を抜け、王都の人ごみに紛れたかったが、やはり時間が足りなかった。

 組織は様々な能力を持つ者がいる。どんな細工や攪乱をしても、見破られてしまうのだ。

 せめてその者が任務に出ていればよかったが、それは運がなかったとしか言いようがない。


(人数は二十、二十一……二十五か)


 組織の約半数。任務に出ている者を除く、今組織にいる構成員ほぼ全員だろう。まだ任務にでていない見習いも含まれているかもしれない。


「希流、先に行け」


 さすがにこの人数を相手に、生き残ることができるかどうかはわからない。それなら弟だけでも……

 そんな兄の言葉を察してか、弟は即時首を横に振った。


「だめだよ。さすがに兄貴でも、この人数は捌ききれない」


 そしていつも通り、にやりと笑う。


「それに、兄貴。まだ躊躇いがあるでしょ?」


 弟の言葉にクロの眉間に皺が寄る。金の瞳に見透かされたようだ。


「……それもお前の瞳の力か?」


 若干不機嫌な声音の混じった兄に、希流は肩を竦めてみせる。


「ううん。俺の力は、『先』が少し『視える』だけ。でも力がなくてもわかるよ。何年兄貴の弟分やってると思ってるの」


 希流の言葉に、クロはため息を漏らす。

 本人はやや抽象的な物言いをしているが、彼の能力はきっと『予知』なのだろう。とは言っても断片的な先しか視えないようだが。


「お前が勝手に弟をやってたんだろう」

「ひっどいなーってうわっ」


 クロの物言いに、気流が唇を着きだし不貞腐れる。そんな弟の頭を、クロは乱暴に撫でた。


「大丈夫だ、希流……生き残るぞ」

「……もちろん!」


 弟の返答が、戦闘開始の合図となり、兄弟は各々武器を手にする。クロはそれと同時に躊躇いを捨てた。

 殺さなければ、自分が殺される。|希流(弟)が殺される。守らねばならない。


 そして神域の森は、かつて同僚たちが、血で血を洗う惨劇の戦場へと化した。

 赤い月が空の真上に登っていくにつれ、神域の森を血で汚し、死体が増えていく。

 圧倒的な数の差。それでも十宮の血を引く兄弟は、欠けることなく武器を振るっていた。


 だが数は物を言う。

 相手がそこいらの破落戸ならば、さほど苦戦は強いられないだろう。しかし戦闘訓練を受けた組織の構成員相手では、そううまくはいない。

 さらに武器が血肉で劣化し、糸も魔力が通しにくくなるし、魔力も減り続け枯渇するのも時間の問題だ。


(さすがに、劣勢か)


 相手からの魔法攻撃を魔眼で警戒し、糸操りも最低限に留め、投擲や接近戦で仕留め、敵の半数以上を仕留めてもなお、敵は撤退をしない。


 当たり前だ。長を殺した者を逃がしはしないだろう。

 ふと視線を弟に向ければ、彼の背後から白刃が迫っていた。


「希流ッ!!」


 クロはすぐさま糸を操り、白刃を持つ手を切断、さらにその持ち主の胴半分を切り裂いた。

 周辺に血をまき散らしてその者は倒れ、クロは弟の横に立った。


「油断するな」

「……ご、めん」


 いつもなら軽口を一ついいそうなのに、希流は肩で息をしながら謝るだけだった。目頭を押え、頭を振っている。

 瞳の力の使い過ぎだろう。もしくは予知能力は、魔力の消費が多いのか。

 希流は幹部候補だといっても最下位。追っ手には彼よりも上位の者もいる。勝つためには、予知能力を駆使しなければならないのだろう。


(希流の限界が近い……いや、それは俺もか)


 魔力も武器も限界が近い。追っ手は十も満たないだろう。


「あと少しだ、行くぞ……ッ!」


 クロが促そうとした瞬間、足を引っ張られ転倒する。

 見れば先ほど倒したはずの者が、残された片手で自分の足を掴んでいた。


(浅かったかッ)


 同僚を屠ってきた糸は切れ味が落ち、さらに希流を守るために瞬発的に操ったため、魔力が十分に行き渡っていなかった。


「裏切り者に死を!!」


 頭上から声が響き渡った。


(ここまでか……)


 目の前に己の命を奪う白刃が迫り、クロは己の死を覚悟する。

 だが次の瞬間、己と白刃の間に背中が割り込んだ。


「兄上!!」


 肉を裂き、血が噴き出る嫌な音が響く。


「希流――!!」


 自分の叫び声のあとのことを、クロはよく覚えていない。

 ただ自分の足を押えていた者は頭部が割られ、頭上では息絶えた者が宙づりに。残りの追っ手たちもほぼ全員が物を言わぬ亡骸となっていた。


「……なぜだ」


 最後の生き残りの追手が問う。彼は幹部で四番だったが、クロにはどうでもいいことだった。


「なぜ、裏切った……」


 そう問う彼にクロは無慈悲にとどめを刺す。彼には十宮の件は知らされていなかったのだろう。


「……希流」


 倒れ地に濡れた弟をクロは抱き上げる。どう見ても致命傷だった。まだ息があるのが不思議なくらいだ。


「……兄上、怪我はない?」


 いつも兄貴と呼んでいたのが、兄上呼びとなっていた。

 だがクロは何も言わず、地に落ちていた手を握る。


「ああ、お前のおかげだ」

「よかった……俺の眼の力、役にたった。ずっと兄上が、襲われるのを視ていたから……」


 希流はずっと視ていた。兄が組織を裏切ることになることも、追手に追われることも、そして殺されそうになることも。物心ついた頃からずっと。


 初めは誰かわからなかった。でも初めて兄に会った時、『先』しか視せなかった金の瞳が、一度だけ『昔』を見せたのだ。自分が生まれた時と兄が生まれた時のことを。それで彼が自分の肉親であることを知った。


「すまない……」


 謝罪を口にする兄に、希流は微笑み首を横に振る。


「兄上、これは決まっていたことなんだ。俺は、この後の自分を視たことがないから……」


 この先の兄を視ることはあっても、その隣に自分がいることはない。

 それは、そういうことなのだと、希流は解っていた。


 希流は掴まれた手を握り返す。


「……兄上、恨むよ」


 その言葉に兄が目を見開いた。

 してやったり、と希流は微笑む。いつも澄ました顔の兄の虚をついてやったのだ。


「絶対、生きなくちゃ、恨むから……兄、う、え……」


 自分は知っている。兄の先には、兄が求め、兄を必要とする人々がいることを。そして兄が兄らしく生きる場所があることを。

 だから生きて欲しい。


 だがそれを伝えるには自分の時間が足りなかった。

 希流は微笑んだまま瞳を閉じ、手から力が抜け、地に落ちる。


 クロは一度だけ希流を抱きしめると地に横たえ、立ち上がる。

 埋葬をしてやりたいが、時間がなかった。それに組織は裏切り者だったとしても、瞳持ちの死体を手荒に扱ったりはしないだろう。


 クロは月を見上げる。


(ああ、月が赤い……)


 一度振り返った。組織がある方向を。

 そして駆け出す。次の追手に追いつかれる前に。

 月明かりを避け、森の闇に溶け込む。


(父上、母上、希流……何をしても俺は生きて、この国から脱出する)


 この世にいない家族にクロは誓う。

 生きること。それが家族が自分に願ったことだ。


(……だけど、その後はどうすればいい?)


 長年忠義を尽くしてきた国に、信じてきた者に裏切られ、家族を失った自分はこれからどうすればいいのか。

 これから進む先は、この森の闇のように暗いものだった。





 父の言われた通り、十宮の船で国を脱出したクロは、グレイシス王国に渡った。

 だが国籍も身分証明も持たぬ身で、まともな職につけることもできず、クロは祖国と同様、裏の世界で生きることとなる。


 そして数年後、クロは出会った。

 ハーシェリクという『光』に。


 父や希流と似た雰囲気を持ち、見返りなく国に尽くし、家族や国民を大切にする、目には見えないものを多く持つ自分の主に。

 自分に『先に死ぬことは絶対に許さない』と、生きろと言ってくれた存在。


 龍之丞から忠告を受けた時、クロは恐怖を覚えた。

 彼を失うことも、彼に過去を知られることも怖かった。


 生みの親を助けられず、育ての親を殺し、同僚たちを屠り、弟を守れず、一人だけ生きて逃げた自分を。

 もし軽蔑され、育ての親のように『不要』と言われたら……


 それほどクロにとって、ハーシェリクの存在は大きく、自分の見えない傷を癒す『光』だった。







「ハーシェ!!」


 聞き覚えのある声にクロは覚醒する。いつの間にか場所は地下のようだった。

 湿っているが、それには昔を思い出す嗅ぎ慣れた匂いがした。


(……血?)


 薄暗い部屋のなか、籠った匂いにクロは混乱する。視線を落せば、両手にはナイフと糸があった。ナイフは血に濡れている。


「なぜだ……」


 すぐ傍で聞き覚えのある声に、クロはゆっくり視線を向ける。

 そこにはいつもなにかとつっかかってくる不良騎士がいた。

 そしてその腕のなかには、血にまみれた己の主が……


「なぜ、なぜ裏切った、シュヴァルツッ!!」


 今までにない、憤怒の形相で殺意を向ける騎士。


 血に濡れた己のナイフ。

 そして動かぬ己の主。


「あ、あ、あ……あああああああ!!!」


 全てが繋がった瞬間、クロの絶叫が響き渡った。






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