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第八章 大樹と親と子 その二



 クロが十宮の屋敷から去って、数日が経った。

 港の宿屋の二階の一室に泊っているクロは、海が良く見える窓の縁に腰かけ、穏やかな海や港を行きかう人々を眺めていた。

 すでに組織への報告は書鳥しょどりを飛ばしており、その後の支持を待つだけである。


 書鳥とは、手紙など書簡を足に括り付け、目的地や人物に届ける特殊な訓練をした鳥だ。

 国土を海に遮られている群島国家の陽国では、手紙の配達は海運が一般的である。しかしその場合、各島の港に寄港するため、日数がかかる。そのため火急な用件な場合は、費用は高額になるが書鳥が使われていた。

 組織で飼育されている書鳥は一般人が使う鳥と種が違い、特殊な調教が施され強く速く、そして正確である。


 組織の書鳥ならば、飛ばして一日もあれば本島の組織に到着するだろう。


(……早ければ、もうすぐか)


 長はどんな結論を下すのか。

 謀反の疑いなしと帰還命令となるか、それとも叛意有りと暗殺を命じるか。


(もし暗殺命令がきたら、俺はあの人を殺せるのか?)


 十二華族など高貴な人物が罪を犯した時、表向きは事故死や病死などとし、裏では組織が秘密裏に処理してきた。

 上位の者が罪を犯したと民がしれば、いらぬ混乱を招くからだ。

 もちろん時と場合によっては表沙汰になることもあるが、今回は民からの信頼も厚い十宮家。民の混乱も必須となるだろう。ならばこれは秘密裏の処理となる。


 クロは今まで、何度も処理をしてきた。

 組織に与えられた任務通り、必要とあれば一族郎党、女も子どもも赤子さえも手にかけた。

 それが任務だからだ。


 だが神無月の話を聞き、果たしてそれが正しかったのか今になって迷いが生じた。

 何も考えず、ただただ組織に従ってきた己に。


 そして脳裏に浮かぶのは、楽しそうにお喋りをする神無月と、儚げな微笑みを浮かべる妻だ。

 なぜか二人の顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。


 羽ばたきの音がクロを思考の淵から呼び戻す。

 クロが視線を向ければ、書鳥が丁度窓から入るところだった。

 鳥は狭い部屋を器用に一周し、備え付けの椅子の背もたれに止まり、クロに首を傾げてみせた。


 クロは立ち上がると、常備している書鳥の好物の木の実を荷物から取り出し、与えながら鳥の足に付けられた書簡を外す。


 一度深呼吸をし、書簡を開封する。小さく折りたたまれた紙を広げ、字面を追った。


「……帰還せよ、か」


 クロは呟き、深く息を吐く。力の入っていた肩も、若干降りた。


(よかった……よかった?)


 己の心中の呟きに、己で問う。

 任務に自分の意思は必要ない。なのに、なぜ自分は安堵しているのか。


 クロは感情を振り払うように首を横に振る。


 既に己の任務は終わった。ならば帰還するのみだ。

 今から船を手配しても、出発は明日の朝になるだろう。


(……最後に挨拶くらいは、したほうがいいか。帰還命令ということは、十宮の疑いが晴れたということだ……それくらいは伝えても問題ないだろう)


 どうせ船が出るまでは、暇になるのだ。単なる時間潰しである。

 クロはそう誰になく言い訳をしつつも、夜になるのが待ち遠しかった。


 そして夕日が空と海を染め、星が瞬き出した頃、クロは宿屋を抜け出した。

 音もなく闇夜に紛れ、十宮の屋敷に侵入したとき、その異変を感じ取った。


(……なにか、おかしい)


 とても静かだった。寝静まっているのだから当たり前だが、いつもなら夜番の警備が巡回しているため、人の気配がする。

 だが今はまったく人の気配もなく、それなのに張った糸のような緊張感をクロは肌で感じ取った。


 いつもならあの書斎に直行するところを、屋敷を見て回る。

 庭から様子を窺うと、渡り廊下に警備の者が倒れているのを発見した。

 クロは警戒しつつも近づくと、寝息が聞こえてくる。


(眠っているのか?)


 夜ならば当たり前だが、警備の者がこんな場所で眠るのはおかしい。

 クロは彼の口元に鼻を寄せる。すると独特な香りがした。


(この香りは……)


 それは組織でよく使われる、強力な睡眠薬である。飲んだり、嗅いだりするだけで、相手は一瞬で眠りに落ち、さらには前後一日の記憶が混濁するという、組織が仕事をしやすいように開発された薬だ。


(まさかっ!?)


 クロは駆けだす。途中、警備の者と同じように倒れた家人がいた。息はしていたので無視し、クロはいつもの書斎へと向かう、

 辿りつく直前、部屋のなかから話し声が聞こえ、クロは己の気配を消し、中の様子を窺った。


「あなたは見かけによらず強情な人だ。同意すれば、死ななくてすんだかもしれないのに」


 聞き覚えのある声が聞こえ、続けてごほりと咳が響く。


「……心にもないことを言うな。私が同意しようが、結末は同じだろう……ならば、我を通すまで」


 神無月の声だった。だがいつもの明るい口調ではなく、低く唸るような声だった。


「売国奴め。減らず口を……誰だ」


 その声に、クロは観念して開けたままだった室内へと続く扉の前に立ち、神無月と相対する者の名を呼んだ。


「……無鹿様」

「ああ、拾参番。内偵ご苦労だった」


 仮面を付けた彼は声音も変えず、いつものようにクロを労わった。だがそれがクロには異常に感じた。


 彼だけではない。神無月の状態も異常だった。

 彼はいつものように席に座っている。だが口からは血を流し、片手で胸を押え、片手は倒れぬよう机に着き、身体を支えていた。衣のいたるところは切られ、赤い染みができていた。


 名持ちの能力はあまり知られていない。だが無鹿の得手は組織内で知れ渡っている。

 彼の得手は『毒』と『拷問』である。


「なぜ、このようなことを? ……私は、十宮の謀反の疑いなしと報告しました」


 監査の結果、不当な利益も得ておらず、利益隠しもしていない。武器も過剰に保有していなければ、秘密裏に薬品などの開発もしていない。

 話はした。だがそれは単なる話でしかない。少なくとも、神無月が神子姫に叛意を持っているとはクロは微塵にも感じなかった。


「何を言っている」


 無鹿が呆れたように言った。


「この国の礎を……我らを否定する者が、謀反人でないわけがなかろう」

「何を根拠にっ!」

「拾参番、私には『全てを見えてる』んだよ」


 クロはその言葉に息を飲んだ。


『全てを見える』能力……つまり、無鹿の能力は『透視』か『望遠』かその両方か。もしくは己の意識を飛ばす『幽体離脱』能力を有しているということだと予想できた。


 クロが十宮を訪れていたとき、いつも窓は開いていた。

 名持ちほどになれば、クロでも気配を感じることは難しい上、遠距離から能力で覗かれていたのであれば、クロが解かるはずもない。

 それに声が聞こえずとも、読唇術は組織の見習いから習得必須となる初歩的技術だ。クロと神無月の会話は丸聞えだったのだろう。


 幽体離脱よりも、その可能性が高いとクロは考える。なぜなら幽体離脱ならば、クロが気が付かないはずがないからだ。


「嶺様は、最初からそのつもりで……?」


 表情はあまり動かずとも考えをめぐらすクロに、無鹿は頷く。


「ああ。嶺様は初めからその心づもりでした。表向きはお前が内偵をし、本命は私だ」


 そして愚痴をこぼすように、無鹿は付け加えた。


「お前を派遣すれば、十宮当主は心変わりするかもしれないと思ったが、無駄だったようだ。むしろお前が懐柔されるとは、残念だ」


 戻ったら審議にかけられるだろうから覚悟しておけ、と無鹿は付け足す。


「何を……」


 それ以上クロの言葉は続かなかった。審議のくだりではなく、当主が心変わりするということが理解できなかった。

 それを察してだろう。無鹿が首を横に振る。


「わからないならいい。いや、わからないほうが幸せだろう」


 そう言って無鹿は、再度神無月と向き合った。


「さあ神無月殿、言い残すことは」

「……月影は公正だと、信じたのが私の落ち度だった。まさか、神子姫様直属の組織が保守派に傾くとはな」


 苦々しくも皮肉を言う神無月。


(組織が、公正ではない? 保守派?)


 神無月から出た言葉も、クロを混乱させるものだった。

 月影はどの派閥にも属さない、公正な組織だとそう教えられ、信じてきた。

 クロの足元で、長年信じてきたものが、音を立てて崩れていく気がした。


「すべては神子姫様のご意志」

いな


 無鹿の言葉を神無月は即座に否定する。そして机についた片腕に力を入れて背筋を伸ばし、無鹿を真っ直ぐと見て、断言する、。


「これは、神子姫様のご意志ではない。これはお前たち長が保守派と通じ、神子姫様のご意志も仰がず、独断で判断した越権行為だ」


 十二華族の当主の暗殺。例え、神無月が叛意ありと判断されたとしても、その地位や影響力から最終的に判断を下すのは神子姫の範疇だ。

 神無月は、神子姫がそんな判断をしないと知っている。


「なにを……」

「神子姫様は、決して保守派ではない。姫様・・は、誰よりもこの国の状況を憂いておられる」


 無鹿の言葉を遮り、神無月は言葉を続けた。

 その言葉は、神無月が神子姫と直接言葉を交わせる仲だということを、表わしていた。


 神子姫と対面し直接言葉を交わすことができる者は、神子姫付き以外では少ない。

 誰が相手であろうと謁見では薄い幕越しで、言葉も神子姫付から伝えられる。許可なく神子姫の尊顔を見た者は、天より雷が降り注ぎ、声を聴いた者は病に侵され、命を絶たれるとも言い伝えられる。


 そんな神聖不可侵の存在である神子姫との謁見が、十二華族でも下位の十宮が許されているなど思わないだろう。


「おまえ如きが……」

「おまえ如き?」


 今にも奥歯を砕きそうなほど、噛みしめた無鹿の口からでた言葉を、神無月は鼻で笑う。


「姫様との謁見が許されている十二華族の当主に対し、その言い草か。月影は公正さだけでなく敬意も誇りも地に落ちたな」

「戯言を……もうその煩い口も、閉じる頃合いだ」


 無鹿の手には短刀が握られている。


「死んでもらう」


 そう宣告し、無鹿は進もうとした。


 だが、一歩も進むことができなかった。

 彼の四肢や胴、首に蜘蛛の糸のように細い鉄線が何重にも巻かれ、動きを封じている。

 無鹿が動き出そうとした瞬間、瞬時に糸が巻きつき、彼の自由を奪ったのだ。

 彼の手から短刀が落ち、乾いた音を立てる。


 その鉄線は、部屋をあらゆるところを伝い、使い手の手に繋がっていた。


「! 拾参番なにをっ!?」


 鉄線の使い手、クロは答えない。


 否、言葉にできなかった。

 己が信じていた組織に裏切られたこと。嶺に信頼されていなかったこと。神無月のこと。


 混乱する一方で、冷静な己もいた。

 このまま神無月を、殺させてはいけないと。


 無鹿の瞳の能力が解れば、対処も容易い。

 透視や望遠の能力ならば、戦闘にはさほど影響はない。

 幽体離脱の能力だったとしても、クロはそれを感知できる。


 それはクロの能力が『魔眼』だからだ。

 クロは自分の魔力や他人の魔力、空気中を漂う浮遊魔力さえも『視る』ことができる。


 相手が魔法を使おうとすればわかるし、罠や結界も感知できる。

 もし無鹿が幽体離脱の能力ならば、それは意識という魔力の塊を飛ばすことになるため、クロが気が付かないはずがないのだ。


「やはり、蛙の子は蛙か!」


 そう無鹿は叫び、糸から逃れようとするが、余計に食い込むだけで無駄に終わる。


 『魔眼』自体は、組織にはさほど珍しい能力ではない。むしろ割合的に多く、無鹿のような能力や魔を破壊することができる『破眼』、催眠術をかけることができる『睡眼』と比べれば、その性能は劣る。


 だがクロが若くして拾参番なのは、任務の遂行能力や身体能力の高さの評価だけではない。

 評価の最たるは、魔眼を使用しての緻密な魔力操作だ。魔眼を最大限に効率よく効果的に使用し、さらにその力を利用して魔力を緻密に操作可能なことが、地位をもたらしていた。


 月影独自の技術に『糸括り』という鉄線を扱うものがある。

 魔言が彫られた、伸縮だけでなく強度も切れ味も自在な特殊な糸。その操作は難易度が高く会得できる者が少なく、極めることができる者も稀。

 だがクロは、糸括りを己の魔眼と技術、そして努力で会得し、組織でも歴代一の糸使いになった。


 その伸縮強度自在の糸は、音もなくクロの意思のまま、無鹿を拘束する罠を張っていた。

 無鹿の叫びの内容に、クロは一瞬だけ目を開いたがすぐに細め、拘束され動けぬ彼に話しかけた。


「無鹿様、この命を出したのは嶺様で、その背後は二宮ですか」


 わざとらしく様をつけるクロに、無鹿は沈黙で答える。


「沈黙ですか。ならば本人に確認するまでです」


 そうクロは言い、落ちた彼の短刀を拾い上げた。

 毒が塗ってあるのだろう、水滴が床へと落ちる。


「……私が戻らねば、疑われるのはお前だ」


 無鹿の言葉に、今度はクロが沈黙で答える。

 そして彼の胸に、彼の短刀を突き立てた。


 毒が効かずとも心臓を一突きされては、名持ちも命をつなぐことはできない。

 無鹿が息を引き取り、鉄線を回収して彼の遺体を転がした後、クロは神無月と向き合った。


 彼も無鹿の毒に犯され、先は短い。無鹿の毒は解毒剤が存在しない。彼自身は毒に耐性があるし、短刀に塗られた毒は暗殺するための毒だからだ。ただしその毒は、即死するものもあれば、遅効性のもある。拷問用も別にあるらしいが、死んだ彼には聞けないし、聞く必要もない。


「……神無月殿」

「……ふふ、父とは、呼んでくれないのかい?」


 いつものような声音で、神無月は言う。

 その言葉にクロは息を飲んだ。


『蛙の子は蛙か!』


 そう無鹿は叫んでいた。その言葉を聞いた時から、予感はしていた。己の父親は……

 そして全てが腑に落ちた。


「いいか、私はもうすぐ死ぬ。お前はここから逃げるんだ」


 そう言い、神無月は胸を押えていた手で、壁にかけられた絵画を指す。あれも王国から来たのだろう、陽国国内では見ない技法の絵だった。


「あの絵の裏にある手紙を持って我が家所有の商船へ行けば、王国へ送り届けられる。お前なら外の国でもやっていけるだろう」


 こうなることを予想していたのか、神無月は準備をしていた。

 自分が死んでも息子を生かす方法を。


 絵画の裏から手紙を取ったクロを、神無月は手招きする。

 そして恐る恐る近づいてきた彼を、腕を掴んで引き寄せ、抱きしめた。


 死直前の人間とは思えない、力強い抱擁だった。


「……紅蓮、生きろ」


 クロの耳元で、神無月は囁く。


「お前が少しでも、私に罪悪感を覚えてくれるなら生きろ。弟とともに」

「弟? ……希流?」


 彼の妻、否、自分の母親が言っていた名前を呟く。


 神無月は続ける。


「ああ。妻が産んだ息子は、二人とも『瞳持ち』で生まれてすぐ組織に連れていかれた。組織にいるだろう」


 あの日のことを、神無月は昨日のことのように覚えている。


 元々十宮は、『瞳持ち』を多く輩出する家系だった。

 赤子が産まれ、瞳が深紅だと発覚した一刻後には、赤ん坊は屋敷から消えていた。

 次男も同じだった。


 陽国では当たり前のことだ。市井では瞳の色が黒でない者は、神の子であり、神隠しにあうとされている。

 実際は月影が子を攫っているのだが、その言い伝えのせいか、それが当たり前なのだ。


 そう、当たり前だ。子を失い泣く親がいようと、陽国で生きる者ならば、常識だ。だが……


「守れなくて、すまなかった……」


 国は大切だ。責任のある立場だ。皆が同じ気持ちだろう。だがそれでも、怒りを覚えた。

 ただただ静かに泣き、壊れていく妻を抱きしめながら、己の無力に打ちひしがれた。

 一度しか抱くことができず、後悔だけが残った。


 だが次があるならば、守ると決めていた。


「私は、もう長くない。行け。時間がない。組織にばれれば、希流の命も危ない」


 そう言い、神無月はもう一度力強く抱きしめ、クロを離す。


「……父上、必ず弟を守ります」

「ああ、任せたぞ、紅蓮」


 神無月は、そっと息子の背を押す。

 その手の感触を感じ、クロ……十宮家の長子である紅蓮は、開け放たれた窓から飛び出した。

 父との最後の言葉を守るために駆け、闇夜に消える。


 息子がいなくなった部屋で、神無月は大きく息を吐き、どかりと身体を椅子に預けた。


(ふふ、三つ……いや四つも五つも願い事も叶った)


 息子を奪われてから抱いていた願い。


 一つ、息子の声を聞くこと。

 二つ、息子と茶を飲むこと。

 三つ、息子と話をすること。

 四つ、息子を抱きしめること。

 五つ、死に際に息子がいること。


 諦めていた願いだった。だがその願いは叶った。あとは息子たちが、生きて国を脱出することを願うばかりだ。


「お館様……」


 妻の声が聞こえた。

 動かなくなりつつある首を動かせば、いつもよりさらに顔色が悪い妻がいた。


「すまないな、お前」


 神無月は謝ることしかできなかった。

 こうなったのは、己が当主としての才覚が足りなかったせいだとわかっていた。

 開国派が自分を目障りだと思っていたことも、それを利用しようとした者が複数いたということもわかっていたが、打つ手がなかった。


「家も息子も、お前も守れない夫で……」

「いいえ。私こそ、弱い妻で申し訳ありませんでした」


 現実と妄想を行き来する妻の言葉にしてはしっかりとした言葉に、神無月は目を見開き、妻の顔をまじまじとみる。


「……おまえ、まさか」

「紅蓮を見た時、思い出しました。自分が逃避していたことも」


 一目で自分が腹を痛めて産んだ子だと確信した、という妻に神無月はさすが母親だと感心する。

 ただそれは自分も一目見てわかった。あの深紅の瞳は、初めて抱き見た瞳だった。


「紅蓮は、あなたの若い時にそっくりでしたね」

「いや、お前のほうに似ていたではないか? ……希流はどちらに似たのか、知りたかったな」


 長男以上に、重い運命を背負って生まれてきた次男。


「私が死んだら……ぐっ」


 血が口から吹き出し、衣を赤く染める。

 妻は手をそっと彼の背に添えた。


「はい、私もすぐお傍に」


 妻の言葉に、神無月は続きを言うことができなかった。

 十宮は乗っ取られる。その後、家令や家人は最悪解雇で命を取られるまではないだろうが、妻はわからない。よくて幽閉か、次期当主の妾。最悪は自分と同じように……


「……悪いな」


 止めるべきだろう。だが神無月は止めなかった。どうせ止めても、妻は自分を追いかけてくるだろう。


「いいえ。私はお館様の伴侶でございます。あの世への道中もお供させてくださいませ」


 そう妻は微笑み、当主に寄り添った。




 後日、十宮家は当主夫妻が突然の病に亡くなった発表され、当主弟が跡継ぐ。

 そして開国派から一転保守派となり、王国との国交も前当主と比べ、格段に減った。




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