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第六章 陽国と神子姫と華族 その三



 現れたのは、肩で上下させて息をし、慌てた様子のハーシェリクの筆頭騎士だった。


「ハーシェ、問題が起ったっ!」

「オラン!?」


 ハーシェリクも声を上げる。

 主の姿をみたオランが、数拍で我に返って室内の状況を見て、我に返って姿勢を正した。


「歓談中乱入し、申し訳ありません」


 比較的王族と親しい間柄にある彼だが、親しき仲にも礼儀ありと頭を下げる。

 そんな彼にマルクスは旧友に微笑みかけた。


「オクタ、気にするな。急ぎだろう? 畏まる必要もない」

「悪いな、マーク」


 そうオランは言い、ハーシェリクに向きあった。


「メノウ殿下が消えたと連絡が入った」


 それだけでも衝撃だった。だがその次に己の筆頭騎士から言われた言葉に、ハーシェリクの思考は停止する。


「……そして、黒犬の行方もわからない」


 メノウが消え、クロも行方不明。

 この二つが偶然で無関係だと、この場にいる全員が思うことはできなかった。







 体が揺れている。


(ああ、だから私はだめなんだ……)


 メノウは動かない身体、目を閉じているのだろう薄暗い視界、そして朦朧とする意識のなか、自責の念に囚われていた。


 自分が動かなければ、と思った。だから明日こそ陽国の使者に会おうと思った。まずは相手の本当の目的を確認せねばと。


 彼らの目的は自分ではなく末弟なのだと、夢で『視た』のだから。

 なぜ彼らが弟を狙うのか。その真意を知らねばと。


 だからまずは手紙で面会の承諾をと思い、筆を執りながら侍女の用意した茶を一口飲む。

 ハーシェリクがくれたというお茶は、初めて飲んだ味わいや香りで、気を使う弟らしいと思った。そして再度、便箋に向かおうとしたところで、意識が途絶えた。


(私は本当に……)


 メノウが自分の『力』を自覚したのは、まだハーシェリクの年齢くらいの時だった。


 毎朝窓辺にくる小鳥に餌をあげていた。やっと慣れたのか初めて手にのって餌を食べている小鳥を眺めていた。ふと小鳥と目があったかと思うと、別の光景が目の前に広がった。


 草むらに小鳥が落ちている。場所は華宮の裏手の木の下。

 なんだろうと不思議に思った瞬間、小鳥が羽ばたいていく音にその光景は消え、部屋に戻っていた。掌の餌は小鳥が食い尽くしたのだろう、なくなっていた。

 変な夢でもみたのだと思っただけで、その日の昼には忘れていた。


 だが数日後、小鳥があの光景のように、花宮の木の下で冷たくなっているのを見つける。

 猫に襲われたのか怪我をし、それが原因だったようだ。母に許可を得てから、木の根元に埋めて花を飾った。


 次は侍女と曲がり角でぶつかってしまったときだ。

 その侍女が男性に暴力を振るわれている光景が見え、凍えるかのような恐怖の感情が流れ込んできた。


 すぐにその光景や感情は霧散し、メノウが我に返ると、侍女が頭を下げて涙声で謝罪していた。

 侍女の謝罪を受け入れ仕事に向かう見送ったが、どうしても気になって彼女を観察していると、やや足を引きずっているように見える。

 夢のことには触れず母に相談すると、侍女は職を辞しメノウの前からいなくなった。


 後日、侍女の同僚たちの立ち話を盗みきくと、彼女は婚約していたが、その男性から暴力を受けていた。

 それを侍女から聞きだした母が烈火のごとく怒り、婚約者の家共々締め上げ婚約を解消させた。それでも怯える侍女を側妃たちの伝手でお見合いをさせ、遠方へと嫁がせたのだ。


 侍女が幸せになったと聞き、メノウは安堵と同時に恐怖を覚える。

 なぜ自分がそんな光景をみたのかと。


 『力』は日に日に強くなっていった。

 目があった者、触れた者の過去や未来、感情が己のなかに流れ込んでくる。

 夢でも同じように未来か過去か、もしくは同時刻の別の場所のことを視る。


 さらに大臣の悪行も夢に視た。父に問いただせば、それを事実だと肯定された。


 それから『力』は、時を重ねるごとに強くなる。


 『力』について、誰にも言うことができなかった。

 他人の感情がわかり、過去や未来が視え、不幸を知ってしまう未知なる『力』。

 そんな力を持つことを知られ、家族から嫌われたらと思うと恐ろしかった。

 毎日己の力の恐怖や国の行く末を案じ不安になることに、押しつぶされそうだった。


 そしてメノウが心の均衡を崩す、決定的なことが起こってしまう。


 そのきっかけとなったのは、礼儀作法の教師の女性だった。

 貴族出身の彼女は厳しく、また高慢なところがあった。王族の姫を躾けることに、優越感を持っていた。姉のセシリーと愚痴りあったこともあったが、彼女の性格はさておき教わることは、貴族の淑女としては優秀な彼女の教えは必要なことだし、教師として一流だった。


 いつものように叱責を受けているとき、彼女と目があった瞬間、視てしまった。


 彼女が背後から、誰かに刺されていた。

 夢から覚めたメノウは青くなり、彼女に言った。

 誰かに恨まれていないか。身辺の警護をしたほうがいいのではと。


 突然言い出した彼女に、教師は眉を顰めただけだった。それでも追いすがるメノウに、彼女は煩わしそうにするだけだった。


 後日、彼女は職を辞する。理由は自己都合とだけだったが、噂では不倫関係だった男性の妻に刺されて、命は取り留めたものの一人で立つこともできに有様になったという。


 メノウは起りうる未来を知っていたの、助けることができなかった。


 それからメノウは、誰かの顔をみることも、触れることもできなくなった。

 夢見ることを恐れ、夜眠ることさえ満足にできなかった。

 日中でもカーテンを閉め切り、薄暗い自室へと閉じこもる。誰にも会わないために。


 知っていても己にそれを変える力はない。すべてが重くのしかかってくるだけだった。


 ある日、閉じこもってしまった娘に母は「視えるのか?」と問うた。

 『力』のことを指しているのだろうと思ったメノウは声を出さず頷いた。

 娘の返事に母は「どうしたい?」と聞く。

 メノウは「逃げたい」と答えた。


 母はそれ以上何も言わず、父に相談し、離宮での療養をすることで、娘と他人の接触を最低限にした。


 それでも『夢』を視るため、メノウの苦悩はなくならなかった。


 ある日、また夢を視た。

 末弟が崖から濁流へと落ちていく光景を。


 飛び起きて母に末弟についてきくと、彼が幼いながらも帝国との国境の紛争地域へと向かったと言われた。療養している自分には言えなかったと。


 どうすればいいのかわからないまま、ただただ怯えるしかなかった。

 だが数日後、末弟は無事な上、帝国との戦争に勝利したとの報せを受ける。


 メノウは安堵したと同時に己に絶望した。

 まだ学院にも入っていない幼い弟は、危険を冒しても家族や国民、国のために立ち向かっているのに、自分はなんなのかと。


 それから少し経ったある日の夜、メノウはまた夢を視た。王都の家族たちが次々と倒れていく様子。

 それを邪悪な笑みを浮かべ見ている大臣。


 翌日、王城で不明の病が流行り、王族たちが次々と倒れている報せを受け、決して戻ってはいけないということを命じられた。


 母はそれに頷きつつも、拳を振るえるほど握りしめていた。


 それから毎日のように夢を視た。


 苦しむ父や兄、姉たち。

 沈む王都の国民。

 嗤う大臣。

 そして剣を向けられる末弟。


 夜中に何度も悲鳴を上げて飛び起きる。そしてあれはただの夢だと言い聞かせる毎日。

 自分でもそれがただの夢ではないことがわかっているのに。


 そう自分を誤魔化していた日々は、大臣が倒れたという報せによって終焉を迎える。

 末弟が大臣の悪事を暴き、不治の病と思われた毒の中和剤をつくって家族の命を救ったと。


 メノウは打ちひしがれた。

 自分が逃げてばかりだ。

 自分が怯え現実逃避している間、幼い弟は巨悪と対峙に打ち勝った。

 自分は王女であり、彼の姉なのに、何をしているのかと。


 だから弟の危機を視たとき、自分が助けねばと思ったのだ。


(それなにの……)


 遠くから声が聞こえる。

 男の声だ。


拾参番じゅうさんばん……いや、元拾参番か。早くしろ」


 それに対する返事はない。


(ごめんなさい……ごめんなさい……)


 メノウは心の中で謝りながら、意識はまた闇に呑まれる。

 次に意識を取り戻したとき、目の前にはあの夢の光景が広がっていた。



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