第六章 陽国と神子姫と華族 その二
「それで、拙者に聞きたいこととは?」
溜息を洩らしつつ、龍之丞が主に問うと、テッセリはちらりと兄たちに視線を交わし、本題を切り出す。
「君の祖国、陽国についてだよ。今まで俺に関係ないから詳しく聞かなかったけど、今回は妹の人生がかかっているからね」
正直に答えるように、とテッセリは己の騎士に命じつつ言葉を続ける。
「だいたい、陽国って謎だらけ不審感ありありなんだよね。あ、神秘的って言ったほうがいい?」
「主殿、あまりいじめないでくだされ。皆様もすでにご存じだと思いますが、拙者も黒曜殿と同じように、『言霊縛り』を施されており、話せない部分もありますので、ご容赦願いたい」
お茶らけつつも言外にお前の祖国は非常識だという主に、龍之丞は苦笑いしながら答える。
「改めて自己紹介させて頂きます。拙者、名は龍之丞。今は追放の身のため性はありませぬが、八宮の出でございます。祖国より追放され、主殿に拾って頂きました」
「再会したときは驚いたぞ。まさか『葉月』殿が、優秀なお主を手放すとは……ああ、龍之丞殿は八宮家の次期当主だったんです」
八宮家は華族十二家のなかでも武芸に秀でた一族。そのなかでも龍之丞は歴代の当主を抜きんばかりの武芸の才を持ち、更に長子のため次期当主の座も誰の異論もなく確定していた。
その龍之丞が陽国から海を渡った王国の、しかも王宮で出会うとは黒曜も夢にも思わなかったのだろう。
「ハーシェリク様には説明しましたが、開国派は一宮を筆頭に、八宮と十宮なんです」
黒曜はそう言って、説明を求める兄王子たちに再度説明をする。
保守派筆頭は二宮、中立派は三宮が筆頭で、黒曜が国を出るまでは危うくも均衡を保っていたのだと。
「いや黒曜殿、その勢力図は古い」
その説明を龍之丞が否定した。
黒曜が豆鉄砲をくらった鳩のような顔をしたが、龍之丞は言葉を続ける。
「拙者が国を放逐されたときの開国派は一宮と八宮のみ。十宮は保守派に寝返った」
「まさかっ!? 『神無月』殿はあれほど開国に……閉鎖された国を変えようとしてたではないか!!」
テーブルを叩いて立ち上がる黒曜に、龍之丞はその時のことを思い出したのか、渋い顔つきで首を横に振った。
「拙者が追放される数年前、神無月殿は亡くなった。正式な跡取りはおらず、神無月殿の弟殿が当主の座を継いだおりに保守派に降ったのだ」
ため息を漏らしつつ、龍之丞は肩を落として言葉を続ける。
「神無月殿の死や十宮の方向転換は、あまりにも突然で不自然だった。拙者は不審に思い、秘密裏に調べていたんだが……それが国への叛意ありととられ、追放された」
「……よく追放で済んだな」
龍之丞の冷静な言葉に、黒曜も激情を抑え込むように椅子に深く腰掛け、そう言った。
国への叛意有りと沙汰が下れば、十二華族の跡取りだとしても、極刑を逃れることはできない。
「神子姫様が、追放とおっしゃったのだ」
他十二華族の当主たちが龍之丞の極刑を望んでも、神子姫が追放といえば追放となる。
まさに鶴の一声だ。
「つまり、陽国は内部分裂している上、保守派が優勢ということだね?」
テッセリがまとめると、龍之丞が頷く。
しかし意を唱える者がいた。
「だがそれでは、おかしくないか?」
眉間の皺をさらに深くしたウィリアムである。
「聞けば保守派は、他国との関係を煩わしく思っているのだろう? なら保守派はなぜ他国に嫁がせた者の娘を欲しがるのか」
ウィリアムの言葉に、マルクスも同意する。
「そうだな。真偽はともかく、それこそ天啓というものがわかるのは、神子姫だけなのだろう。なら保守派の息のかかった、都合よい者を据えたほうがいい」
自分の思い通りに動く神子姫を擁立することができれば、保守派は開国派を一掃することができるのだ。
なぜこうも回りくどい、というよりは意味不明な行動をするのかがわからなかった。
「神子姫になるには、条件がある」
ハーシェリクがぽそりと呟いた。
皆の注目が集まったが、ハーシェリクは指を顎におき、視線をテーブルに落したまま続ける。
「その条件を満たすのは、血筋だけじゃない。だからこそメノウ姉上が候補になった」
メノウでなければならない条件があるのだ。でなければ、保守派の筆頭がわざわざ毛嫌いする外国まできて、ストーカーのような行動をしたりはしないだろう。
「なにか特別な条件がある。 ……ですね?」
テーブルから視線を上げ、ハーシェリクは黒曜と龍之丞を交互に見る。
幼い王子の視線を受け、黒曜は視線を落し、龍之丞は感心したように息を漏らした。
「……やはり、あなたは聡い。そして鋭い。あの青年が主に選ぶわけだ」
『言霊縛り』を気にしてか明言は避け、龍之丞はそう答える。
「クロ――私の執事は、やはり陽国の出身なんですね」
青年とは十中八九クロのことだとハーシェリクは当たりをつけた。
クロの容姿は黒髪や肌の色など、陽国の者と通じているところがある。しいていえば、陽国の者の瞳は黒だが、彼は暗い赤色だが。
ハーシェリクの言葉に、龍之丞は寸瞬考えを巡らせたあと、首を横に振った。
「否」
「え?」
予想外の言葉に、ハーシェリクは目を見開く。だがそんな彼に龍之丞は言葉を続ける。
「彼は存在しない者」
「……それは、どういう意味ですか?」
彼の今までの口ぶりから、クロが陽国の出というのは疑うこともない。だから否定されると思わなかった。
ハーシェリクの重ねた問いに、龍之丞は無言で答える。
それでハーシェリクは察した。
「……これも言えないこと?」
龍之丞は、それも無言で答えたのだ。
誰もが沈黙しているさなか、黒曜がカップの茶を一息に飲み欲したあと、深くため息を漏らす。
「しかし、我が祖国は少し進んだと思ったが、後退していたとはな。真に残念です」
残念な気持ちがつい零れてしまった黒曜。
それに反応したのは、ハーシェリクの問いに無言を貫いた龍之丞だった。
「……その心は?」
「ああ、お前はあの場にいなかったから知らぬのな。使者団のなかに女性がいたのだ。私が祖国にいたときには考えられない」
ハーシェリクも使者団が到着したときのことを思い出す。確かに優美な衣装を纏った女性が一段にはいた。メノウのように顔を隠している者も。
「……何が考えられないんですか?」
王城にも女性が官吏や侍女として働く者もいるし、重職につく者もいる。男性と比べて女性が官吏や騎士や兵士になるものは少ないが、それでも皆無ではない。
だから陽国の使者団に女性がいることに、王国の者たちは違和感を覚えていなかったのだ。
それは兄王子たちも同じ考えなのだろう、首を傾げながら黒曜に視線を送る。
その視線を受けて、黒曜は苦笑しながら答えた。
「あの国は男性優位な特色でして……女性は外に出ず家を守るのが当たり前。夫の命令は絶対。政に参加などもってのほか。昔のままなら、女が他国へ出向くなど許されません。だから使者団に女性がいて政にも参加することが許されたのかと……」
そう言って黒曜は深くため息を漏らす。我が祖国ながら情けない、と小さく呟いた。
まるで前世の世界の昔のような、絵に描いたような男尊女卑の国。黒曜のような女性が生きづらいのも納得である。
「神子姫という女性が頂点なのに?」
マルクスも戸惑いながら言った。
散々神子姫という女性を崇め立てながら、女性を蔑む矛盾。それはこの場にいる誰も感じた違和感だ。
「ええ、だから私も常々おかしいと思ったのです。私よりも劣る男たちがなぜ国を動かし、私が家に閉じこもらなければならないのか、と。まあ私もあの頃は若かったので、いろいろやりましたが……と話が逸れましたね」
当時を思い出してか黒曜は艶やかな微笑を浮かべ、ふと我に返りこほんと咳払いをする。
「だから、女が使者団にいたことにほっとしたのですが……龍之丞殿?」
黒曜が幼馴染に話しかける。彼女の言葉を聞いてから、無言だった彼。
だが瞳をかっと見開き、勢いよく立ちがった。
「まさか!」
龍之丞が声を荒げ、彼の座っていた椅子が音を立てて後ろに倒されたと同時に、扉も勢いよく開かれた。