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第六章 陽国と神子姫と華族 その一


 メノウと城下町へ出かけた三日後、日程が遅れていたテッセリが王城へと帰還した。前回と同じように多くのお土産を伴って。


「ただいま戻りました。途中土砂崩れで道が塞がれて、本当にまいりましたよ」


 居城区の外宮の談話室の扉を開いたテッセリは、開口一番集まった兄弟にそう言って苦笑いした。


 桜のような色合いの赤みのかかった癖のある金髪に、鳶色の瞳の第六王子。髪と同じく顔立ちも母親譲りで、朗らかな笑顔は相手に警戒心を滅多に持たせることはない。


 各国に遊学した彼を『放蕩王子』と呼ばれていたは過去のこと。

 バルバッセの悪事が表にでたことにより、彼がなんのために遊学という名の国外での人脈作りについて、ほとんどの者が察することができただろう。

 彼のおかげで先の秋の豊穣祭が各国の賓客を招き、大成功をおさめたのだから。


 そんな彼は、陽国の使者が到着する前日には戻る予定だったが、途中トラブルに見舞われ遅れてしまったのだ。


「テッセリ兄上、おかえりなさい。お疲れ様でした」


 若干くたびれているテッセリに、ハーシェリクは労わるように声をかける。


「ただいま、ハーシェ!」


 テッセリは可愛い末弟に労わられ、にぱっと笑うとハーシェリクを抱き上げ、高くかかげた。彼が帰還帰すると行われる恒例行事である。最初は恥ずかしがっていたハーシェリクも、今は諦めつつある。


(もうあと何年かすれば、持ち上げられなくなるだろうし……なるよね)


 自分が小柄な自覚がハーシェリクは、そう希望的観測をするのであった。

 そんなハーシェリクを降ろしたテッセリは、やや残念そうな表情で口を開く。


「うーん、やっぱり兄様呼びのほうがいいなぁ……だめ?」

「もうすぐ学院に入るので、ごめんなさい……」


 可愛らしく小首を傾げるテッセリに、ハーシェリクは苦笑で答えた。


「残念だけど、しょうがないか。来年度からは僕も復学するし、一緒に学院へ行こうね」

「遊学はいいのですか?」

「まあね。一応公務ということで試験は受けて単位は大丈夫だけど、国外の伝手はそれなりにできたし、今度は国内をね」


 そうにっこり微笑む兄に、ハーシェリクは曖昧に頷くしかなかった。


 テッセリの国外の伝手作りは、バルバッセへの対抗手段だった。バルバッセとの戦いに備えて。次いでその先を見越して。

 そのバルバッセをハーシェリクが打倒したことで、前者の用途がなくなってしまったが。


「で、噂の陽国はどうですか? ウィル兄上」


 話題を変えるように、テッセリは次兄に話を振る。ちなみに三つ子とユーテルは学院のため、この場にはいない。

 名指しされたウィリアムは、眉間の皺が数本増やしつつ、口を開いた。


「最悪だ」


 そうため息を漏らすように、低い声で言葉を続ける。


「今後の国交や交易について話し合おうにも、まったく交渉の席に着かない。メノウとの面会が成立しない限り席に着くことはない、ということだ」

「それは、お疲れ様です」


 肩を竦めるテッセリ。ウィリアムは頭痛を堪えるようにこめかみを親指で押さえる。


「外交官のなかには、痺れを切らしてメノウに一度合わせてみてはと進言してくる者もいるくらいだ」

「それはメノウが望まない限り、父上が許さないだろうな」


 ウィリアムの言葉に長兄マルクスが言う。それはハーシェリクも同じ考えだった。

 専横されようとも、愚王と国民に誹られようとも、家族のために耐えると決めてからは耐えきった父。国益のためだったとしても、彼は己の言葉通りメノウを売ることはない。


 ただハーシェリクは、父が頑なに家族を守ろうとするのは、幼いころ尊敬する父や兄たち家族を奪われたことによる心的外傷トラウマないかと考える。奪われること、失うことを人一倍恐れているのだ。

 バルバッセは死してもなお、自分を含めソルイエやペルラ、兄や姉など多くの人たちに、心の傷として居座っていると思うと、ハーシェリクは歯がゆくなる。


「ああ。だからあちらは長期戦の構えだ。こちらが痺れを切らすのを待っているのだろう」

「こちらとしても、陽国だけに構っているわけにはいかないからな……ハーシェ、これを」


 マルクスはウィリアムに同意しつつ、ハーシェリクに手紙を差し出した。


「私に、ですか?」


 ハーシェリク宛の手紙は珍しい。さらにマルクスが渡してくることもだ。

 兄から手紙を受け取りつつ、ハーシェリクは首を傾げる。


「母上から預かった。公国経由で届いた、お前の部下からお前宛の手紙だ」

「部下? ……あ!」


 兄の言葉に、すぐに脳裏に二人の姿が思い浮かんだ。


 一人は紅色の髪の女性。もう一人は青い翼を持つ男性。

 女性の名は、アルテリゼ・ディ・ロート。

 男性の名は、ゲイル・ファル・キルディ・ブラウ。

 ハーシェリクには、クレナイとアオと呼ばれる二人だ。


 祖国を追われた彼女と祖国を失った彼が、自分の配下になり、今は獣人の国ルスティア連邦へと内密な使者として出向いている。


 ハーシェリクは受け取った封筒の封蝋を割ると、手紙を取り出し、字を目で追う。


『我が君、いかがお過ごしでしょうか。南の地は冬も暖かく過ごすことができました』


 時候の挨拶から書かれた手紙は、クレナイらしい女性的な綺麗な文字で書かれていた。


(……クレナイもアオも、元気そうでよかった)


 手紙を読み終えてハーシェリクは安堵する。

 ルスティア連邦は獣人族が九割以上を占める国だ。そんな国で人間であり、獣人を排除している王国からきたクレナイが、無事任務を果たせるか心配だったが……


「表情からして、あちらはうまくいっているようだな」


 マルクスの声に、ハーシェリクは手紙から視線を上げる。


「あの『軍国の至宝』……いや、お前の軍師が手紙を寄越すということは、前向きな事柄でしか考えられないが」

「はい!」


 ウィリアムもそう言い、ハーシェリクは笑顔で頷いたのだった。

 ハーシェリクが一通り手紙を読んで封筒に戻したのを見計らって、テッセリがカップを片手に口を開く。


「で、その陽国というのは、狂信者の集まりなんですか?」

「……テッセリ。相手は一応友好国だ。少しは言葉を選べ」

「でも、マーク兄上も少しは思っているでしょう?」


 ソーサラーにカップを戻し、うんざりしたようにいうテッセリ。それはマルクスもウィリアムも、そしてハーシェリクも思っていることだ。


 何かがあれば「神子姫様が、神子姫様が」と口にする彼らは、王国からしたら異様に見えるのだ。建前ではなく、本心からそう言う彼らは、ハーシェリクにはとある人物と被る。


 かつて聖フェリスを狂信し、王国を乗っ取ろうとした人物と。

 ハーシェリクは信仰を否定しないし、必要な人もいることと理解している。だが信仰は怖いとも感じる。信仰は良薬でもあり、劇薬でもあるのだ。それは前世、比較的信仰の自由な国で育ったハーシェリクの価値観であるが。


 テッセリは小さくため息を漏らす。


「これは、うちの騎士に口を割らせるしかないですね」

「うちの騎士? ……あ」


 テッセリの騎士は、陽国の出身である。正確にいうならば、陽国から追放された武士だ。

 自分の騎士とも仲がよいらしく、彼が帰ってきたと聞いたオランは、稽古をつけてもらおうと言っていた。


「でも、コクヨウ様から聞いたんですが、喋れない理由が……」

「ああ、『言霊縛り』のことか。まあ喋れないことは本人が把握しているだろうし、大丈夫じゃない?」


 心配するハーシェリクをよそにテッセリが軽く言うと、扉の外に待機している侍女を呼ぶため鈴を鳴らしたのだった。


 それから皆がカップの茶を一杯ずつお代わりした頃、室内にノックの音が響いた。

 扉が開かれると、がっしりとした体つきと精悍な顔の男がおり、手本のような礼をする。


 黒く長い髪は後頭部で縛り、私服の着物に似た服を着流した男の名は龍之丞たつのじょう

 今話題の陽国の出身で、本人曰く『追放された身』で、とある港町でテッセリに拾われた。

 ハーシェリクの筆頭たちの就任については特殊な経緯があるが、それと勝るとも劣らない印象を与える人物である。


「失礼いたしまする。主殿、お呼びですか」

「タツ、戻ってきたばかりで疲れているところ悪いね……で」


 そう言ってテッセリは龍之丞の横に視線をずらした。


「なんでコクヨウ様も一緒なの?」

「……いや、それが……」


 テッセリの言う通り、室内の王子たちはいきなりの黒曜の出現に、目が点になっていた。

 うまく説明できずしどろもどろになる龍之丞に、彼を知らない他人ならばやましい事があるのではないか? と疑いを向けるだろうが、生憎この場にいる王子たちは龍之丞と黒曜両者の性格を知っているため、そんな下世話な邪推はしない。

 黒曜は王国式の完璧な礼をすると、妖艶に微笑んでみせた。


「お久しゅうございます、テッセリ様。私が丁度リュウ……龍之丞殿に会いにいったところ、テッセリ様からの報せがきまして。それで勝手についてきただけだから、あまり彼を責めないでください」


 それに聞きたいことは同じだと思ったので、と黒曜は付け加える。


「同じ、ですか?」


 首を傾げながらも、給仕が準備した新しい席に二人を進めるテッセリ。

 二人が着席し、給仕がカップに茶を入れ部屋を出て行くのを見送ったあと、黒曜が口を開いた。


「ええ、私よりあとで祖国を離れたこやつなら、私の知らぬことも知っていると思いまして」

「お二方はお知り合いで?」

「私の叔母が八宮家に嫁ぎ、その子どもが龍之丞殿でして。親戚で、如月殿と同じく幼馴染という関係です」


 マルクスが問うと黒曜は説明をする。


 そして昔を思い出してか、黒曜は持っていた扇で口元を隠しころころと笑った。


「童の頃はこやつと稽古してまして。一緒にとら……如月殿も稽古をともにしたが、まああいつは弱くて根性なしで、泣いてばかりおるくせに後をついて回ってきてのぅ。妾はそれがおもしろくておもしろくて……」

「黒曜殿、口調が昔に戻っておりますぞ」


 龍之丞が窘めるようにいうと、黒曜は扇をぱたりと手で鳴らす。


「あら、失礼いたしました……龍が口煩いのも昔とかわらないのぅ」


 後半、ぼそりと黒曜が囁いたことを、傍にいたハーシェリクは聞き逃さなかった。


(……これはまさかの三角関係?)


 男二人女一人の幼馴染たち。うち男女は婚約関係だが、婚約者は軟弱者。片や武芸に秀でたもう一人。

 ハーシェリクのオタク心をくすぐる、なかなかおいしい設定である。

 とは言っても二人の口調から、当時は恋ではなく兄妹のような関係だろう。だがそれがわからぬ如月少年は初恋の人を盗られたくなくて、泣きべそをかいてもひっついていたのだろう。


 第三側妃マリエル曰く、如月がすねらせた過程を垣間見えたような気がしたハーシェリクであった。




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