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第五章 王子と王女と傭兵 その三



「え?」


 ハーシェリクの間の抜けた声と同時に、オランは素早く周囲に視線を走らせる。


「……つけられたか?」

「いや、俺と会ったときくらいに現れた。狙いがどっちかわからなかったが、俺がメノウ殿下に迫ったときに、若干様子が乱れた」


 それだけ言うと、リュンはいつもの飄々とした雰囲気に戻り、にぱっと笑う。


「俺お勧めのお店へ行かないか? 料理も美味しいし、給仕の女の子も可愛いんだ」


 そうしてリュンに連れられてきたのは、美味しいと評判のお洒落な喫茶店だった。彼のいったとおり可愛らしい制服を着た女性や伊達な給仕服を着こなす男性が給仕している。

 リュンは常連なのか、女性店員ににこりと微笑まれ、案内はなぜか男性にされたが。


 リュンの連れのハーシェリクたちを見た彼は、何も言わずにさっさと個室に案内してくれた。教育が行きとどいているんだろう、さりげなく緊急時の脱出する裏口まで教えてくれた。


 店員のおすすめランチを頼み、人心地つく一行。

 食事なので紗をとったメノウにリュンが沸きだったが、オランの一睨みでしおしおと席に着くという一幕もあったが。


「ああ、やっぱり美人との食事はいいなぁ」


 いくつかある本日のランチメニューのうち、メインのチキンのソテーを食べながら、リュンは満足げに言う。視線の先のメノウは、リュンと視線を合わさぬよう俯いて、野菜のキッシュを食している。

 その隣で白身魚のムニエルを切り分けるハーシェリクは、何度目かわからないため息を漏らす。


「私たちもいるんだけどね」

「俺は坊ちゃんも可愛くて好みだよ」

「私、男だからね」


 いつものリュンの軽口を、ハーシェリクもいつものように右から左へと受け流す。

 リュンはチキンを頬張って飲み込んでから、にやりと笑った。


「知ってるって。俺、男でも女でも美人はまず口説くの。坊ちゃんは陛下のお子さんだろ? 今でさえ可愛いのに、将来絶対美人確定だよなー」

「……はぁ」


 どこまでが本気で冗談なのかわからず、ハーシェリクはため息しか出ない。


「で、食事しながらだけど、また坊ちゃん面倒に巻き込まれてるの?」


 パンをちぎりながらリュンの言葉に、ハーシェリクは首を傾げる。


「なんでそう思う?」

「いやさっきのヤツ、その手の道の者だろ。気配を消してるかんじが、逆に違和感バリバリだったけど。あとこの国の人間じゃないな」


 顔の形がこの大陸の者と違う、とリュンは付け足す。

 いつも軽くてチャラいリュンが、まともなことを言っているので、ハーシェリクは感心した。


「リュンさんが初めて傭兵っぽく見えた」

「今まで何に見えてたんだよ。まあ傭兵は命あっての商売だからな。疎くちゃあっという間に地面の下さ。って坊ちゃん話逸らすなよ」

「バレた? 察してよ」


 ハーシェリクはにこりと微笑んで言い、言外に話す気はないと告げていた。

 その様子にリュンは呆れた表情のまま、視線を動かす。その先にはリュンと同じ、チキンのソテーランチにしたオランがサラダを食していた。


「あんた、坊ちゃんに仕えるのって大変じゃないのか?」

「……察しろ」


 同情する視線を受けリュンから受け、オランは主と同様一言で斬って捨てた。

 リュンは肩を竦め、パンを手に取る。


「まあとりあえず、気を付けろよ。追い込まれた人間は、性別も年齢も、国関係なく何するかわからない。あと身内もな」


 身内、という単語に反応に、ハーシェリクは食事の手を止めた。

 ハーシェリクの様子に気も留めず、リュンは言葉を続ける。


「今日も黙って出てきたんだろ? しかも今日即決したかんじで。で、居場所がばれてるってことは、内通者がいるってことだ」


 その言葉でハーシェリクははっとする。

 今日メノウと出かけることは自分と腹心たち、そして黒曜と長年メノウに仕えている侍女だけだ。彼の言う通り、決定から実行までの時間は短く、簡単に情報が漏れるとは考え難い。漏れるとしても、もっと猶予があったはず。


「だけど、坊ちゃんの身内が、簡単に情報を売るとは思えないんだよなぁ……」


 リュンがぼそりと呟き、ナイフとフォークを音を立てず空の皿の上に置く。

 傭兵だというのに、彼のテーブルマナーは完璧だな、とハーシェリクは関係ないことに意識をとられた。一種の現実逃避かもしれない。


「ということは、そうせざるを得ない状況ということだ」

「……リュンさん、なにか知ってるの?」


 窺うように問うハーシェリクに、リュンは肩を竦めてみせる。


「いや、知らないよ。今の状況を見て聞いての俺の所感……陽国は、胡散くさいんだよな」


 リュンの言葉に、ハーシェリクとオランは顔を見合わせ、メノウは力なくナイフとフォークを皿に置いた。彼女の前の食事は、半分以上が残っていた。


 その後、食事を終え裏口からでた一行は、リュンと別れ帰路へとついた。

 つけてきた者が誰であれ、このままお忍びをすることは危険だと全員が判断したからだ。


「じゃあメノウ姉上、また夕食で」


 抜け道を通り、居城区へと戻った分かれ道のところで、ハーシェリクはそう姉に次げた。


「はい、今日はありがとう、ハーシェ」

「いろいろありましたけど、少しは気分転換になりましたか?」


 メノウは頷くと、紗越しに視線をオランに向ける。


「……あの、オクタヴィアン様も、ありがとうございました」

「え?」


 虚を突かれたオランが瞬きをする。


「今日、護衛をしてくださって……それに以前、倒れた私を運んでくださったと聞いています……あと助けてくださいました」


 メノウは深々とお辞儀をし、紗が一瞬だけ宙をふわりと舞う。

 オランが何と声をかけていいかわからず考えあぐねいているうちに、メノウは顔を上げる。


「本当にありがとう、ございました……では失礼します」


 そう言ってメノウは背中を向け、華宮へと向かって行き、二人はそれを見送った。

 メノウが華宮へと消えて、ハーシェリクが口を開く。


「オラン、どう思う?」

「……何が?」


 戸惑いの声で返事をした部下に、ハーシェリクはニヤリと笑う。


「メノウ姉上のこと」


 ハーシェリクは気がついた。姉がオランのことを意識していることを。

 前世、数多の恋愛系シュミレーションゲームで鍛えた乙女の勘が告げている。とは言ってもまだ意識をしている段階だろうが。

 オランも鈍くない上モテるのだから、気がついただろう。

 若干間を置いて、オランは口を開く。その声は彼にしては弱々しい。


「……ハーシェ、俺は」

「言わなくていいよ」


 オランの言葉をハーシェリクは遮った。

 オランは過去、最愛の婚約者を失った。それも自分の失態、と本人は思っている。

 その心の傷や複雑な心情を、ハーシェリクは癒すことも、完全に理解することもできない。

 ただ、とハーシェリクは思う。


「いつまでも一人でいることが、彼女が望んだことかなってふと思っただけ……ごめん。これはお節介だったね」


 だがお節介だとわかっていても、いつか彼に寄り添い癒してくれる人に巡り会うことを、ハーシェリクは願う。


「……それは、お前もそうじゃないのか?」

「おっと反撃された」


 オランの言葉にハーシェリクはおどけてみせた。


「茶化すなよ」


 やや苛立ちを含んだ声に、ハーシェリクは笑ってみせた。

 ただその笑みは、大人びていて胸を締め付けるような、切ない笑みだった。

 ハーシェリクは自室のある外宮へと歩きだし、オランお続く。


「さて。で、どう思うオラン?」

「終わったんじゃなかったのか?」


 若干呆れ交じりのオランの声に、ハーシェリクは歩みを止めずに首を横に振る。


「メノウ姉上のはね……身内の話だよ」


 その言葉に、第七王子の筆頭騎士は表情を引き締めた。








 メノウは華宮にはいった直後、音が鳴るほど歩みを速めて自室へと滑り込んだ。

 その様子を目撃したメノウ付きの侍女が、心配してノックをする。


「メノウ様、どうなさいました?」

「……なんでもないです。夕食まで休みますので、一人にしてもらえますか?」

「かしこまりました。ではお茶の用意だけして、待機しておりますので、なにかありましたらお声掛けください」


 メノウの言葉に侍女はその場から離れ、給湯室へと向かった。

 侍女の心配をよそに、メノウは城下町へでた衣装のままベッドへと飛び込み、顔を枕に埋める。


(私ったら……私ったら!)


 町であったことやさきほどのことを思い出し、赤面する。

 とても逞しい背中だった。彼の背中が目の前に現れたとき、ほっとして胸が高鳴った。生まれて初めての感情だった。

 同時に罪悪感も胸に生まれる。


「なんていうことを……」


 そう擦れるような声で呟く。

 初めて会ったときに視えてしまった彼の過去。そして心。


(あの人の心には、あの女性がいるのに……)


 とても優しそうな女性だった。並んだ二人はとてもお似合いだった。

 それを思い出すと、胸を締め付けられるように苦しい。


(あんなモノを視たから……)


 彼の背中に触れたとき、一瞬だけ視えてしまった光景。

 背を向けた黒髪の女性が赤子を、隣に立った騎士が腕のなかに黒髪の子ども抱いているのを。

 それが何を意味するか、メノウは解らないし、考えようとも思わない。


(………今は、やらなくちゃいけないことがある)


 いつまでも逃げ回っていてはだめだ。

 まずは覚悟を決め、陽国の使者と面談をしなければ。


 視えた未来を変えるため、知っている自分が行動を起こさなければいけない。

 でなければ、あの強く優しい末弟が、また己を犠牲にしてしまう。

 それだけは防がなければならない。


 そう思いつつも、脳裏に浮かぶのは逞しい背中とあの光景。

 それがただ苦しかった。




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