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第五章 王子と王女と傭兵 その二


 そして一時間後には、ハーシェリクはメノウと護衛のためのオランを連れて、いつの抜け道を使って城下町へとやってきたのだった。


(なんかいつも私が抜け出していると思われているみたいで、癪だけどさ)


 そう内心ハーシェリクは不服に思うが、見れば城門から護衛を伴って出るのと、抜け道を使って抜け出すのを比較すると、後者のほうが多いのでそう思われても仕方がないだろう。


 ちなみにクロは連れてきていない。メノウと再会した日のことがあるからだ。本人もそう思ったのだろう、いつもならお小言の一つや二つ……否、五つや六ついわれるだろうが、今回は無言で送り出した。

 シロももちろんお留守番である。ついでに陽国の気を引いてもらうため、また使者団にストーカー行為……もとい、面会申請をハーシェリクはお願いした。


「あ、『言霊縛り』についてふれちゃだめだよ」


 そうハーシェリクが念を押したら、再度美しい顔を歪め舌打ちされたが。


「姉上、どこか行きたいところや、食べたい物とかありませんか?」

「そうね……だけど」


 ハーシェリクの言葉に、メノウは遠慮してか紗越しでもわかるほど、はにかみながら口ごもった。


 メノウが王都に戻ったのは久しぶりな上、自室に閉じこもってばかりいたので、よかれてとおもってハーシェリクは提案したのだが、姉は最初の印象通り深窓の令嬢で、奥ゆかしい性格らしい。


 兄も姉もお妃さまたちも、王族なのに王族らしくないな、とハーシェリクは思う。

 よく物語に出てくる王族は、高慢な者や尊大な者のイメージが強い。だがハーシェリクの家族は、そんなイメージから遠い場所にいるような性格だ。別の意味で個性の強い面々だが。


(父上の性格かなぁ……)


 普段の父は妃たちにも子どもたちにも、高官や官吏、下働きの者たちにも優しい。

 それがやや頼りなく見えて、バルバッセが生きていたころは侮られていたが、ここ半年の間に国王としての力量を存分に発揮し、現在は不当な評価は払拭されつつある。陽国の使者たちにみせた、王の威厳ある姿も一因だ。

 そんな父を慕う妃たち。そしてそんな両親を見て、しっかりと様々な教育されてきた子たちならば、性格が歪むことはないのだろう。

 王族だからこそ、国民たよりも恵まれた生活を送れる分、責務があることを自覚しているのだ。


 しかし、今日はちがう。メノウは今、弟と城下町に遊びにきた姉なのだから。


「遠慮しなくていいですよ。オランが買ってくれますから」

「俺かよ」


 冗談めかしていうハーシェリクに、オランが後ろで肩を竦めた。とは言っても呆れているわけではない。オランはハーシェリクがどんな雰囲気を望んでいるのかがわかって、自ら道化を演じてくれるのだ。

 乗ってくれたオランに、ハーシェリクはニヤリと笑う。


「だって私財布持ってないし、子どもだしね!」

「説得力ないなぁ……」


 ハーシェリクの腹心たちが聞いたら、皆が同じことをいうだろう台詞を、オランが代表して呟く。

 自分の主の本性を知れば、誰もが思うことだろう。もちろんハーシェリクもわかっている。中身はアラサー……否、生まれ変わってからの年月を足せば四十路をすでに超えているのだから、子どもなんておこがましい。


 だがそれでも、ハーシェリクはわざとらしく頬を膨らませ、口を嘴のように突き出す。

 とても愛らしい表情に、ついつい彼らを見守っていた町民たちが和んだ。それはメノウも同じで困ったようなはにかみから、堪えきれなくなって拭き出した。


 そんな彼らに話しかけてきた者がいた。


「あ、坊ちゃんじゃないか」


 ハーシェリクが振り返ると、不思議な色合いの緑の髪と暗い茶色の瞳、左目の下に二連の黒子が印象的な青年だった。


「リュンさんじゃん。こんな時間から珍しいね」

「おいおい、まるで俺が不真面目な人間じゃないか」


 青年――リュンはハーシェリクの軽口に、わざとらしく肩を竦めて見せる。


「知り合いか?」

「うん」


 いいところの坊ちゃんの仮面も、王子様の仮面も被らず、素を出して対応するハーシェリクに、オランが問と、彼は頷いた。


「紹介するね。彼は私が街に出た頃に知り合って、いろいろ情報を教えてくれる傭兵のリュンさん。あ、リュンっていうのは私が勝手に呼んでるだけ」

「初めまして~」


 リュンがにへらと笑い、片手を上げる。

 あまりにも軽い対応にオランは、やや呆れて表情に出そうになったのを押えつつ、それよりも気になった単語が己の主から飛び出して追及する。


「勝手に呼んでいる?」

「だって会うたびに名前聞いてもはぐらかすし、不便だったから」


 ちなみにリュンは緑を意味する『グリューン』からとってきていることを言うハーシェリク。


「はあ?」


 オランは今度こそ耐えきれず、呆れた表情で声を出してしまう。


「あ、法的には悪い事してないから。たぶん」

「たぶんってひどいなぁ」


 ハーシェリクのフォローとは言うには杜撰すぎるフォローに、リュンがまたもや大げさに肩を竦めた。

 そんな彼にオランは胡乱気な視線を送る。


「どういうことだ?」

「いろんな女の子と仲良くなって、その人数だけ偽名を使ってるんだよ」


 それもどうかと思うけど、とハーシェリクは呆れたため息を付きながら続ける。


「でも教えてもらった偽名で呼んでも、反応しなかったんだよね」

「だって本名教えるの恥ずかしいじゃん」

「いや、その恥じらいはわからない」

「それに偽名を名乗っているんじゃなくて、好きに呼んでもらっているだけだし」

「ああ、だから時々ペットみたいな名前で呼ばれているんだ……」


 前世の世界でいうところのポチ的な名前で呼ばれていた彼を思いだし、ハーシェリクは呆れて首を横に振った。


「そんなこと言ったら、坊ちゃんだって人のこと言えないでしょ」


 痛い所を突かれ、ハーシェリクはぐぬぬと口ごもる。頭と口が回るハーシェリクだが、口で彼に勝てたためしはない。


「それ、いいのか?」


 オランが微妙な表情で言うと、ハーシェリクも微妙な表情で答える。


「別に必ず本名を名乗らなくちゃいけないという法もないし、一応調べたけど偽名で犯罪しているわけでもないし」


 彼と出会った当初、町の人たちに彼がどういう人物か聞いてみたら、評価は男女で割れた。

 女性からは「優しくて話し上手な面白い人」や「一度でいいから遊ばれたい」

 男性からは「女にだらしないが、話のわかる気のいい奴」もしくは「色男でモテてずるいが話相手にはいい」

 内容はさておき後ろ向きな評価は少ない。

 前世にもこういう類の男はいた。女性にモテるが男性からあまり疎まれない、要領のいい世渡り上手な男が。


 結果、ハーシェリクは放置しても問題なしと判断し、町で会えばお喋りしたり奢ってもらったりしている。


「既婚者に手を出しているわけでも、結婚詐欺しているわけでもないし。むしろ女の子の食事とか全部出すし、贈り物もまめだし、扱いも優しいし。中には割り切って遊んでいる女の子もいて、逆に遊ばれてるし。悪い人間じゃないよ、たぶん」

「俺は遊ばれてないやい!」


 そう頬を膨らめていじけるリュンにハーシェリクは何度目かわからない、諦めの感情が籠ったため息を漏らす。

 こういった男は男女の修羅場を何度も繰り広げそうだが、彼に関してはその話は一度も聞いたことがなかった。それは彼が相手を観察し、大丈夫な人間を選んでいるからだ。もしくは本気になられる前に逃げるか。

 彼はある意味、オランとは別の意味で空気を読むのがうまい。特に男女の関係に置いては。


 青年らしいある意味健全で、ある意味爛れた生活を送る彼を、ハーシェリクは老婆心ながら心配しているが、親でも上司でもないのに成人した男に言うのもおかしい気がするので、何も言う気はない。


「いや、大の男が頬を膨らめても可愛くないからね?」

「坊ちゃん酷い! 初めて会った頃は初心で可愛かったのに!」


 頬を膨らめる彼にハーシェリクが言うと、傷ついたと言わんばかりにリュンが文句を言う。

 そんな彼にハーシェリクはにっこりと微笑んだ。


「でも私はいつも可愛いでしょ」

「……くそう、すっごく可愛い!」


 リュンが悔しそうに言い、ハーシェリクが声を上げて笑う。

 彼のこの心地よい軽快な会話が、彼の人気の秘訣だろう。


「で、たぶん知っていると思うけど、こっちがオラン。私の騎士」


 笑いが治まったハーシェリクが、オランを紹介する。


「ああ、あの烈火の将軍の息子さん。前の戦は大手柄だったそうで」


 リュンはオランを見て、ぺこりとお辞儀をした。あまり興味もないのか、おざなりである。オランもその対応に気にせずに、お辞儀を返すだけだった。


「で、こちらが私の姉上」

「はじめまして。弟が……」


 メノウの声を聞いた瞬間、リュンの目がきらりと輝いたのをハーシェリクは見た。

 リュンは颯爽とメノウの前に立つと背筋を伸ばし右手を胸に置いて、紳士が淑女にするような礼をする。


「初めまして、メノウ殿下。せっかくお会いできたのに、贈る物を持っていない私を許して頂きたい」


 さっきのチャラい雰囲気を一変、畏まった口調でメノウに話しかける。なんという変わり身の早さか。


「よかったらこの後、お食事でもいかがですか?」

「え?」


 腰を折りながらもメノウと視線を合わし、にこりと微笑む。数秒前とは別人のような変わり身で、オランは呆気にとられ、ハーシェリクは呆れた。


「あ、の……」


 困惑の声を上げ、メノウは一歩後ずさる。そんなメノウにリュンはさらに一歩間合いを詰めた。


「リュンさん、人の姉をいきなり口説かないでくれる?」

「綺麗な女性を前にして口説かないなんて、俺の名が廃る」

「本名知らないし」


 ハーシェリクは突っ込むが、リュンはそれを無視し、紗越しで彼女の瞳を覗き込む。


「薄い布で美しい笑顔も瞳も見ることができないなんて……今、私の心は、地の底の業火で身を焼かれるようだ……」

「なんで見れないのに美しいとわかるのかとか、一人称が私に変わっているとか……て、リュンさん聞いてる?」

「殿下、愚かな下僕に、その美しい瞳を見せてくれませんか……?」


 さらに一歩近づくリュン。瞬間風が吹き、メノウの紗が煽られ、顔が露わになりかける。


「……やっ」


 小さな悲鳴を上げ、メノウが紗を押えたがバランスを崩し倒れそうなった瞬間、彼女の目の前には大きく逞しい背中があった。

 その背中にぽすりと倒れ込み、メノウは硬直した。


「いい加減にしろ」


 怒りを含む低い声が背中越しに響く。

 オランがメノウとリュンの間に割り込んだのだ。眉間に皺を寄せ、剣の柄に手を置いて。


「あーごめんなさい。悪乗りしすぎました」


 リュンは両手を上げて降参の意を示す。


「療養から帰って来たのに、陽国の使者たちから難題突きつけられて、学院にも復学できずにいるって噂だったから、気晴らしになればと思ったんだがね」

「……そんなに噂になってる?」


 リュンの言葉に、ハーシェリクははっとして小声で問う。


「まだ密やかに、だ」


 そう、とハーシェリクは頷き、難しい表情になった。

 国と国との外交が上手くいっていない、と国民の間で噂が立つのはあまりよろしくない。自国の外交能力に疑問を持たれるのも、相手国に不信感を持たれるのも。それが小さな火種だったとしても、やがて大火になる。


「じゃ、とりあえず。飯に行かない? お詫びに奢るよ」


 難しい顔をしているハーシェリクに、リュンは明るく言った。続けて声を潜める。


「それに、早くこの場から離れた方がいい」






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