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第五章 王子と王女と傭兵 その一



 城下町の人々は、その姉弟が手を繋いでいく姿を微笑ましく眺めていた。


 弟は金髪の少年。彼はこの国の第七王子であり、城下町に住まう者なら彼が誰かを知っている。王国内でも名前だけなら知らぬ者はいないだろう。

 本来名とは別に『リョーコ』という名で、城下町の人々に親しみを込められて呼ばれている。


 そんな彼が手を繋いで町を歩く女性。町娘が一張羅として着る高級感漂う衣装を身に纏い、弟と同様防寒具も着込んでいた。ただし顔は紗で隠れているのが残念だ、というのが城下町の人々の感想である。


 彼女が誰なのか。言わずとも城下町の人々は察することができた。

 ハーシェリクが手を繋いで歩いているというだけで、それが誰かは押して知るべし。よくわかっている城下町の人々は、ハーシェリクたちを煩わせないよう遠目に見守っているのだ。

 とはいっても興味があるので、つい視線で追ってしまうのは仕方がないことだろう。


 そんな周囲の視線を気に留めず、ハーシェリクは姉メノウの手を引き、道を進む。背後にはオランが私服で護衛に勤めていた。


「姉上、あちらに行ってみませんか?」

「ええ」


 メノウは頷き、歩幅の小さいハーシェリクに合わせて歩みを進める。


 なぜ二人が出かけているのかは、今朝のことだった。


「メノウ姉上、大変だなぁ」


 窓際のお気に入りのソファで寛ぎながら、食後のお茶をすすりつつ、ハーシェリクはぽつりと呟いた。


「何か言ったか、ハーシェ?」

「あ、ごめん。独り言……だけど、聞いてもらっていい?」


 出仕してきたオランに問われ、ハーシェリクは一瞬躊躇ったあと、そう切り出す。


「メノウ姉上が大変そうだな、と思ってね。ほら、毎日陽国の使者のキサラギ殿が押し掛けてるって聞くし」


 陽国の使者がきて早一週間が経過した。陽国の使者団代表の如月は、王国との外交もそこそこ連日、どころか日中三時間置きにメノウへ面会申請をしている。すべてを却下されているが。


(ほぼストーカーだよ。こっちの世界に規制法がないのが悔やまれる)


 規制法があったとしても、相手は国の賓客で適用されるかは不明だが。

 それに下手に出ては外交問題となる可能性もある。現段階ではこちらが強気に出ないこととが相手もわかっていて、だからこそ連日飽きもせず押し掛けているのだろう。


 外交を担当するウィリアムと官吏は呆れ果て、面会対応する後宮付きの官吏も侍女も毎日のことに精神的に参ってきているらしい。メノウ自身も自室から出てこれず、学院への復学もできない状態だ。


「ああ、あれか」


 オランも何か思い出したらしく、眉根を寄せる。


「俺も一回遭遇したな。門番が困っていたから、追い返したが」

「よく話聞いたね」

「なに。ちょっと小競り合いになったから、諌めたら大人しくなったよ」

「……なるほど」


 それって外交問題にならなかったのか、とハーシェリクは一瞬思ったが、自分のところまで話がこなかったということはならなかったのだろうと思い直す。というか考えることを破棄する。


「ハーシェ、気がついているか?」


 そうオランは言うと、ちらりと視線を動かした。


「……うん」


 ハーシェリクも同じ方向に視線を移して頷く。

 視線先には、茶器を片付けているクロがいた。

 二人の視線を感じてか、クロが手を止めて振り返る。


「……なんだ?」


 やや居心地悪そうに視線を逸らして言う彼に、ハーシェリクはカップをテーブルに置いて、ソファから立ち上がると、クロと真っ直ぐ対峙した。


「クロ、何か困っていることない?」

「ない」


 取りつく島もない、とはこのことだろう。視線も向けないクロの即答に、ハーシェリクは小さくため息を漏らして、再度口を開く。


「じゃあ言い方を変える。私に言いたいことはない?」


 ハーシェリクの言葉に、クロが小さく息を飲んだ。

 人が行きかう城下町の一室ならば、外の喧騒と相成り、気づかぬ程度の音。だが王城の居城区にある外宮、さらにハーシェリクたち以外は外出している昼の時間帯となれば、室内はとても静かで、その音がハーシェリクさえ聞き取れた。


 視線が交わらない二人の間に、嫌な沈黙が続く。

 それに焦れたのか、助け舟なのか、オランが間に割って入った。


「おい黒犬、何らしくなく悩んでるんだ?」

「黙れ」

「いいや、黙らないね」


 反射的にクロは言ったが、オランは口を閉じかなかった。


「俺たちはハーシェの筆頭だ。何に置いても主を優先しなくちゃいけない。それが己の命であってもな。それが『主従の誓約』だ……それは、お前が一番理解しているんじゃないか?」


 オランの言葉に、手を握りしめる音が微かに響く。ハーシェリクが視線を向ければ、クロがいつもしている白手袋にいくつもの皺が走っていた。


「お前に言われなくても……」


 苛立った声音で、クロがぼそりと言った。眉間に皺を深く刻み、憤怒というよりは苦悩な表情をしていた。いつも感情を取り繕うことが多い彼には、珍しい表情だった。


「……なら今、主より何を優先しているだ」


 オランの追撃に、クロは沈黙する。だがそれは数瞬のこと、クロはハーシェリクから、オランへと対峙することを選んだ。

 クロが彼に向けた表情は、嘲笑し軽蔑しているようなものだった。


「……お前に、何がわかる?」


 そう言いつつ、クロは一歩進む。


「すべてに恵まれているお前に、何がわかる? お前のように、家族に恵まれ、飢えも知らず不自由なく王国ののうのうと暮してきたお前にっ!」


 オランの前に着くと同時にクロは吐き捨てるように言い、彼の胸を片手で突き飛ばす。

 だがオランは予想していたのかややふらついただけだった。ただ、暴力よりも言葉のほうが癇に障ったのか、眉を上げた。


「なんだと?」

「ちょ、二人とも落ち着いて!!」


 一触即発な雰囲気に、ハーシェリクが慌てて二人の間に割り込もうとした瞬間、自室の扉がノックなしに開かれた。

 そこには絶世の美女、と言われる性別詐欺の美青年のシロが立っていた。


「……取り込み中か?」


 対峙する同僚二人と、その間に血相を変えて割り込もうとする上司に、本人は無意識だろうが可愛らしく小首を傾げてみせる。

 そして形のいい口火を動かした。


「ハーシェ、二人を止めたいなら私に言え。向こう一ヶ月は動けないようにしてやる」

「シロ、やらなくていいからね……」


 無表情な美貌で、過激なことをいうシロにハーシェリクが項垂れる。そしてシロの出現に勢いが逸れ、難しい顔をしている二人に言った。


「二人とも、少しは頭は冷めた?」


 ハーシェリクの問いに、二人は沈黙で答えた。


「オラン、心配するのはいいけど、挑発して本音を聞きだそうとするのは、今は間違っている」


 オランは本来気配りする相手を思いやる性格だ。なんだかんだでクロの性格も熟知している。オランは挑発してクロが我を失うほど激昂すれば、隠していることを聞きだせると思ったのだろう。


 ハーシェリクもクロのような捻くれた性格なら、やり方としてはありだとは思う。

 しかし今、クロの抱えている問題は、自分たちが想定していたことよりも、もっと彼の核に触れる部分だった。いつもなら言わないことをつい口走ってしまうほどに。


 あのままでは自室が血の海になっていたかもしれない。シロのおかげで失敗に終わったが。


「クロ。オランがのうのうと生きてたなんてことがないことは、クロが一番わかっているよね?」


 オランが筆頭騎士になった時、彼の生い立ちについて調べたのはクロだった。

 もちろん生活面では恵まれた暮しだっただろう。だが彼が失ったものを知っていれば、簡単に口にしていいことではない。


 二人はハーシェリクの言葉に、互いに視線を交差させる。さきに動いたのはオランだった。小さくため息を漏らす。


「確かに言いすぎた。悪かったな」


 だけどな、とオランは言葉を続ける。


「お前ハーシェの筆頭執事だ。誰が何を言おうと、過去がどうであろうと、この事実は変わらない」


 そのことだけは忘れるなと言うオランに、クロは背中を向け彼から離れていく。だがぽつりと「煩い。お節介め」と呟いた。

 謝罪を期待してなかったのだろうオランは、肩を竦めただけだった。


「で、シロ。今日はどうだった?」


 問題は解決していないが、とりあえずは収まったため、ハーシェリクは窓際のソファに戻りながら、シロに問いかける。


 シロも微妙な雰囲気の同僚たちの間を通り抜け、ハーシェリクの対面するソファにどかりと腰を下ろし、深々とため息を漏らした。その姿さえ、窓から射す陽光に照ららせ、絵になる美しさである。


「収穫なしだ。口も頭も固い連中で嫌になる。こっちからわざわざ出向いているというのに」


 シロは陽国の使者が滞在し始めてから毎日、貴賓室に出向いては、陽国の魔法が知りたい、と使者たちに面会を申し込んでいる。

 それこそメノウにストーカーの如く面会を申し込む彼らのように。時には魔法狂いオタク……もとい、魔法研究仲間のマルクスの筆頭魔法士のサイジェルも連れて。


 だが今日までけんもほろろ、面会が成立したことはない。


(シロの美貌に迫られても揺るがないなんて……)


 シロは男だが、傾国の美貌の持ち主である。赤の他人には塩対応どころか、吹雪対応でも彼の美貌を傷つけることはない。むしろその対応がいい、と信奉者ヘンタイを着々と増やしていっている。


 その彼に毎日魔法のこととはいえ言い寄られているのに、くらりともしない陽国の使者たちにハーシェリクは感心した。

 むしろ逆に自分のところには、使者団の世話をしている担当官を通して苦情がきているのだが、ハーシェリクは笑顔でスルーしている。

 自分たちがメノウにやっていることを棚に上げ、何を言っているのか。


「品物のやり取りだけでなく、そうした知識や文化の交流も大切だと思います」


 そう笑顔で己の部下を止めないことを宣言すると、担当官もわかっていたのか「そうですね。大切ですよね」と笑顔で嫌がらせ、もとい交流に賛同してくれた。


(あ、もしかしたら)


 ふと、ハーシェリクはお妃様たちとの交流会を思い出す。


「『言霊縛り』されてるのかな」

「『言霊縛り』とはなんだ?」

「なんかね……」


 聞いたことのない単語に、シロが首を傾げ、ハーシェリクがさらりと説明する。

 するとシロの眉間に皺を寄せた


「それを早く言え」


 そして立ち上がり、扉へと向かう。


「シロ、どこへ行くの?」

「まずその紋を調べるところからだ」

「私の話、聞いてた?」


 なぜそうなるのか、とハーシェリクは呆れたが、シロは振り返り、口の端を持ち上げて笑う。


「聞いていたとも。隷属の紋とも違うのだろう? 興味はある。呪いの一種みたいなものか? 現物をみたい」

「いや、今さえ面会してくれない使者たちなんだから、調べさせろと言われても無理でしょ」

「……なら」

「コクヨウ様も無理だからね」


 王子の筆頭魔法士の地位を持つシロでも、王の側妃に会うことは憚られる。容姿が女性だとしても。

 ハーシェリクの言葉に、シロは舌打ちをするとソファまで戻ってきて、先ほどのように荒々しく再度腰を下ろした。

 その様子にハーシェリクは嘆息する。


「……で、なんだっけ」

「メノウ殿下のことだろ?」

「ああ、そうだった」


 なんだかんだで話が脱線してたのだが、オランの言葉で初めの話題に戻った。


「せっかくメノウ姉上が戻って来たのに。居城区から出られないのがね」


 出ても精々庭園だが、今の時期、温室ではない庭園は見れる花や草木も少ない。

 ハーシェリクも気晴らしになればと遊びにいくが、メノウは歓迎はしてくれるが、なかなか表情は慣れないのだ。


「シュヴァルツ、お茶が欲しい。それなら、いつもお前がやってることすればいいんじゃないか?」


 クロにお茶を要求しつつ、シロがハーシェリクに言う。


「いつも? ……あ!」


 シロの言葉にハーシェリクは数拍考えたあと、手を叩いたのだった。




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[一言] 何に置いても ⇒何を置いても 優先しているだ ⇒優先しているのだ  王国ののうのうと ⇒王国でのうのうと ハーシェリクの対面する ⇒ハーシェリクに対面する 陽光に照ららせ ⇒陽光に照…
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