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序章 影と満月と咆哮

【注意:この作品は『転生王子と軍国の至宝』の続編です。前作読後推奨】



 これは夢だ、と彼女は直感する。

 森ではなく、樹海と表現されるのが正しいであろう風景が視界に広がっていた。

 自然が多い場所は、人が住む場所と比べ浮遊魔力が多く生成されるため、湿り気と合わせ場の空気が重く感じる。それを現実のように肌で感じながら空を見上げれば、暗く赤みの帯びた満月が浮かんでいた。

 その仄暗い明かりが生い茂った木々の葉の隙間から零れ、地面を所々照らしている。


 否、照らされていたのは地面だけではない。

 地面から盛り上がった樹木の根、大きな岩肌、地面を這うように生えた植物たち。

 そして、多くの屍たち。


 ある者は喉を切り裂かれ、白目のまま天を見上げるように仰向けで。

 ある者は胸を貫かれ、這いつくばったままで。

 ある者は首を吊ったかのように宙で。


 多くの、そして様々な死体に共通するのは黒い髪を持ち、黒い衣服を纏い、そして黒い布で口元を覆い隠していること。


 その物言わず者たちの中央、木々の切れ間から降る月光を浴びるこの場の唯一の生存者たち。

 生存者の一人である青年が膝をつき、自分より一回り小柄な者を抱え込んでいた。


「……え、う……よ」


 小柄な者がそう青年に途切れ途切れ言った。

 彼女からは二人の顔は見えない。ただ二人とも周りのものたち同様の黒髪で黒い衣服の隙間から見えるのは、白磁のような肌か、血の赤だ。


「ぜ…………恨むから……兄う……え……」


 そう擦れた声を発し、彼は力尽きた。

 その身体を青年は一度だけ抱きしめ、丁寧に地面に横たえると、彼は立ち上がり、周囲を見まわす。

一瞬だけ、夢見る彼女と視線が交錯する。


 顔の造形まではわからない。それなのに瞳だけが爛々としていた。背中に氷を落されたような、ぞっと悪寒を覚える暗く赤い満月のような瞳。


 次の瞬間彼女は引っ張られ、視界は樹海から闇に覆われる。

 次いで穴に落ちるような感覚のあと、場面は変わり薄暗い屋内にいた。


 己のもののはずの手足が、己の意思を無視し動く。

 それなのに、まるで水中にいるかのように、身体に負荷がかかり重い。

 声を上げようにも、口は呼吸をするだけの器官なりはて、己の荒々しい息遣いが、耳に届くのみ。

 眼前に広がるは薄暗い部屋。備え付けられた年代物の魔法道具の照明が、淡い光で室内をほのかに照らしている。室内にいる人間たちを、なんとか視認できる程度の光だ。


 ごくりと彼女が息を飲む。己の心臓がまるで早鐘のようになって、うるさかった。

 それなのに、耳のすぐ傍で鳴ったかのように、ぴちゃり、と水滴が滴り落ち弾けた音が聞こえる。

 だが薄暗い室内を見渡しても、蛇口は備え付けられてはいない。

 しかし石畳でできた床は、まるで桶をひっくり返したかのように、濡れていた。


 それが水ではないことを、彼女は知っていた。

 夢だというのに、錆びた鉄のような匂いが鼻腔を占拠する。

 ほのかな明かりに照らされた、床一面に広がる暗い赤。


 それが、人が生きていく上で必要な液体なのだと、幼子でも知っている。


「なぜだ……」


 若い男の唸るような声が響く。

 視線を向けると、まず目に入ったのは、黒い服を着た男の幅広い背中だった。

 その男は彫像のように、微動さえしなかった。

 だが声をかけたのは、その男ではない。


 さらに視線を動かせば、黒服の男と対峙するかのように、騎士の青年が彼を鋭い眼光で見上げていた。

 薄暗くてもなぜかわかる、夕焼けのような色の髪、晴れ渡った空のような蒼い瞳が印象的な、近衛騎士の制服に似た白い衣装を着た青年。

騎士の青年は、利き手には剣を握り、そして逆手には、己の主を抱いていた。


 白い衣装は、青年が片膝をついているため、裾が地面につき、赤く染まっている。

 さらに抱えている主から流れているであろう液体で、赤く染まる面積を増やしつつあった。


 彼女は、その抱えている人物を見て、悲鳴を上げる。

 否、あげたつもりだったが、それは声にならなかった。


 淡い陽光のような金の髪は赤く濡れ、春の新緑を思わせる碧眼は固く閉じられている。元々色白だったが、顔色はまるで漂白された布のように真っ白だった。


 己の騎士に抱えられた彼の腕は、力なく、地面へと投げ出されている。


「なぜ、なぜ裏切った、シュヴァルツッ!!」


 青年は、動かない主の体を抱え、目の前の同僚であり、そして裏切り者となった青年の名を咆え、室内に反響する。


 黒服の男が振り返る。

 その瞳は、あの月と同じ、暗い赤。


 騎士の咆哮が消える前に、今度こそ彼女の喉を裂けるかのような悲鳴が響き渡った。






 自分の悲鳴で彼女は目を覚ました。

 今が現か夢かわからず、布団を両手で固く握りしめ、肩を大きく揺らし荒い呼吸を繰り返す。大きな瞳の色は金色。だが瞬くと、親譲りの黒色となり、寝室の天井を映していた。


 やがて呼吸が落ち着き、握りしめていた手を解き、上体を起こす。

 汗で顔に張り付いた己の長く癖のない髪を片手で払いのけ、彼女は深呼吸をした。そこでやっと周囲を見まわし、まだ陽が昇る前だということを知る。


「……なんという夢を……」


 先ほどの夢を思い出し、彼女は両手で顔を覆った。


 赤い満月、暗い樹海、転がる屍、力尽きる者、一人生き残った者。

 次は薄暗い室内、黒服の男、騎士の咆哮、そして血で赤く染まった幼子……生々しく恐ろしい光景に彼女は震え出す。


(なぜ、あんな夢を……)


 わからなかった。幼い弟には数年は会っていないというのに、なぜ成長した彼が夢に出てくるのか……

 思考を遮るようにノックが響き、主である彼女の返事を待たず扉が開かれる。


「侍女が、悲鳴が聞こえたと……どうかしたか?」


 そう言いながら寝台に歩み寄り、彼女に話しかけたのは、女性だった。黒髪に黒い瞳、そして王国ではとんとみかけない象牙のような肌を持つ、彼女の母親だ。


「……『夢』を視たのか?」


 母親はそう言うと寝台に座り、己の娘の額に手を置いた。

 ビクリと肩を揺らす娘に、母は己の言葉が正しかったと察する。


「おまえは、どうしたい?」

「お母様……」


 母親の問いに、娘は一度瞳を閉じる。

 あの夢は恐ろしかった。だがそれ以上に、恐ろしいことが起こるのではないか、そう予感がした。

 覚悟を決め、瞳を開く。


「お母様、王都へ戻ります」


 そう彼女――大国グレイシス王国の第二王女、メノウ・グレイシスは発した。

 起こりうる恐ろしい未来から、末王子を守るために。






 大変、大変長らくお待たせしました。

 『ハーシェリク 転生王子の英雄譚』シリーズの第六弾、『転生王子と陽国の神子姫』がスタートです。


 今回は作中でも人気の高い筆頭執事の黒犬ことクロの過去の話がメインとなってきます。

 いつも通りコメディあんどシリアス、そして規制はかからないであろう(大丈夫かな?大丈夫だよね??)残酷描写(冒頭)でいきますので、よろしくお願いします。


 更新は後二回は毎日、以後二日から三日に一回予定(予定は未定)の不定期です。

 来年一月中の完結を目指します。


 活動報告のコメント、感想ではしばしネタバレがある場合がございますので、閲覧の際はご注意ください。またコメントを残して下さる方は、他の方への気遣いを忘れずにお願いします。


 また活動報告で投稿の仕方について書かせて頂きました。

 ハーシェリクの投稿の仕方(一部ごとの投稿など)についてですので、興味ある方はどうぞ。


 誤字・脱字は時間が空いた時に直していきますので、生暖かくスルーして頂ければと思います。

 では楽しんで頂けたら幸いです。


 


 楠 のびる


 2018/12/22


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