6 もうすぐ、終わりか
“本屋を出ると、俺とユキは公園に行った。”
“この公園はちょうど俺の家に向かう道とユキの家に向かう道に分かれるところで、ここのベンチに座っていろいろな話をするのが俺たちの一般的なデートだった。”
“……とは言っても、まだ一緒に帰って三回目だけど。”
「時間……大丈夫ですか? もう日も暮れてきましたけど……」
“ユキが心配そうに言った。”
“ユキは家に帰っても誰もいない、と最初に寂しそうに言っていたから、一昨日はなるべく長く一緒に居ようと思った。”
“だけど、母親がいつもより早く帰ってくることをコロッと俺が忘れてて、探しに来た母親に二人でいるところを見られそうになった。”
“女の子と二人でいるところなんて見られたら、何を言われるかわかったものじゃない。”
“俺はユキを慌てて滑り台の陰に隠した。”
“そのときの俺と母親のやり取りも聞いていたから……いろいろと気にしているのかもしれない。”
はあ……。彼女に気を遣わせるとか、駄目だろ。
いや、『タカフミ』って皆に頼られるキャラは作ってるものだから、これが等身大と言えば等身大なのかな。
“ピンポーン”
『A:そうだね、そろそろ帰るよ。』(※テストプレイが終了します)
『B:ユキの家に行ってもいいかな?』
『C:(マニュアルにする)』
……何だ、この選択肢は……。
まだ手も繋いでないってのに、Bは早すぎるだろ。
とはいえ……Aを選んで終わらせてしまうのも勿体ない。
「ユキの家に行ってもいいかな?」
「え……」
“ユキは目を見開くと、唇をわなわなと震わせた。”
“やっぱりいきなり過ぎたらしい。家に帰りたくないからって、ユキを困らせては駄目だ。”
「ごめん、冗談だよ」
“俺はそう言うと、すっくと立ち上がった。”
何だ……家に行けるわけじゃないのか。
もう、選択肢も出ない。……これで本当に最後みたいだな。
「じゃ、帰るね」
「はい」
“ユキも立ち上がると、にっこり笑って手を振った。”
“さーて、十分癒されたし、俺も……”
「あ、あの……!」
うおっ、何だ!?
急にナレーションが途切れて、ユキの声が割り込んできた。
何だ、何だ、最後のイベントか?
……いや、でも何か変だぞ?
呼び止められたら振り返るぐらいするはずなのに、俺の視界はユキには戻らない。
まっすぐ公園の外の道に向けられていて――。
「必ず帰ってください! タカ……」
* * *
ブツンという音がして、急に視界が真っ暗になる。
クラリと眩暈がして、倒れそうになった。
何だ? 何が起こった?
――……失礼しました。
テーヘン!? どういうことだよ!
――ちょっとしたバグがあったようです。テストプレイの終了がうまくいかず、強制的に断ち切らせていただきました。
終了……? でもあの『ユキ』って子、何か喋ろうとしてたぞ。
最後のイベントが残ってたんじゃないのか?
――いえいえ、あのまま暗転して終了なんですよ。そこがちょっと問題だった訳でして。
ふうん……。まぁ、いいけどさ。
――で……プレイしてみて、どうでしたか?
えーと、いろいろとあるぞ。まずは……。
* * *
気づいたことをテーヘンに片っ端から説明する。
辺りは真っ暗闇でどこに向かって喋ったらいいのかわからないが、とにかくテーヘンがしきりに唸る声だけは時々聞こえてきた。
――……なるほど。とても参考になりました。
一通り説明が終わると、テーヘンは満足そうな吐息を漏らした。
その声と同時に、パッと目の前に青いウィンドウが現れた。
急な光に目が眩む。
『シマダ タクヤ 地球年齢:15歳
容姿:73pt 頭脳:88pt 運動能力:84pt 運:15pt 260/400
内向性:31pt 外向性:86pt
思考:92pt 感情:90pt 直感:12pt 感覚:81pt 392/600
計:652/1000
外向−思考タイプBA・SP』
……何だ、これ?
――プレイ後のデータです。
ああ……そう言えば。……でも、どこがどうなったのかよくわからないが。何か変わったか?
――そうですねぇ……思考と感情を上手くバランスを取って選択しておられたので、あまり変わってはいませんが、少しだけトータルptが上昇しています。
ふうん……。まぁ、何ていうか、気分はスッキリしたよ。
楽しかった。
――それはようございました。……さて……タクヤさん。どうしますか?
どうって? 何がだ?
――ずっとチュートリアルモードでプレイしていたようですが……このまま『タカフミ』になることもできますよ。
……えっ……。それって……。
――現実世界に戻らず、我々が用意したこのゲームの中で生きていくことができます。今後のテストプレイヤーの補佐をして頂くことになりますが。
そんなことできるのか!?
だって、その……ウンチャカ人とやらのためのゲームだろ、本来は!?
――タクヤさんは、『SP』ですから。『SP』の特典の1つです。
……このまま、この世界で……。
あの飲んだくれ親父の暴力に怯えることもなく、可愛い従順な彼女と、たくさんの友達に囲まれて。
そりゃ母親は、ネックだが……。
そうだ……それに現実世界に帰っても……エリカは、いない。
俺の心は、グラグラ揺れた。